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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
IMMORPG
18/85

017 ジュピター皇国③

※過激な表現、残酷な描写が含まれていますので閲覧する際は、注意をお願い致します。

「私がこの隠者の森で研究を始めて一〇年。現実世界ではまだ一年ですが、ようやくユーピテルの研究に対抗出来る薬が完成致しました」


 メティスの話しの通り、隠者の森とミズガルズ世界では時の流れが違う。

 ミズガルズ世界での一年が、隠者の森では一〇年となる。

 これでようやく一つの謎が解けた。

 メティスとユーピテルは同年代の筈だったからだ。

 この隠者の森で一〇年の歳月を過ごした事で、二人の年齢に開きが出来ていたのだ。


「あなたは、人が何故、巨人化するか解りますか?」


 人が巨人化?

 一体何故だろうか?

 うーん、解らないな...


「その答えは“擬似魔核”にあります」


 ユーピテルの目標は人間と言う種族の進化である。

 人間は、身体能力や魔力が乏しく、その寿命も短い。

 亜人のような特殊能力も無く、幻想種や精霊種のような強大な魔力を保有していない。

 では、その人間が他の種族に対抗する為に、種族として存在進化する為に必要な事は何か?

 辿り着いた答えが“擬似魔核”だった。


「核がどう言ったものか解りますか?核とは幻想種や精霊種が持ち、人間が持つ心臓の代わり、いえ、それ以上の機能を有しているものです。もしも、人間に、その核を持たせる事が出来れば、どうなると思いますか?」


 幻想種や精霊種は、心臓の代わりに、その役目を果たす核によって生存を維持している種族。

 核は血液の変わりに、魔力を全身に流す事で生命活動を維持しているのだ。

 更に、核は空気中の魔力を自動的に吸収する為、半永久的に活動が出来るのだ。

 人間の弱点である寿命が無くなる。

 そして、魔力を周囲から吸収する副次効果として、体内の魔力保有容量が拡張される為、人間の弱点である魔力不足が補える。

 核を持つ事で、人間の弱点である寿命と、魔力不足が一度に解消されるのだ。


「人間と言う種の限界を超え、その脆弱な身体能力や魔力を強化出来るのです。寿命と言う縛りも無くなり、その存在を進化させる事が出来るのです」


 では、人間に核を持たせるにはどうすれば良いのか?

 その答えが、魔科学による人間への核の移植融合だ。

 但し、そのまま人体に、幻想種や精霊種から取り出した核を移植しても、身体が拒絶反応を起こして絶命してしまう。

 純粋に、人間に核を移植する事は、何度実験を重ねても無理な事だった。

 人間が核を持つ為には、幻想種や精霊種のように、それに適した身体が必要だからだ。


「その理想を掲げ、人間に核を持たせる為の移植実験が始まったのです。ですが、そう上手くはいかなかったのです。何度も、何度も、何度も実験を繰り返し、試行錯誤を繰り返しました。ですがその間、一度も実験が成功する事はありませんでした」


 では、次なる実験。

 人間の身体のまま、核を移植するにはどうすれば良いか?

 そこで新しく試した事が、心臓と核の融合だ。

 人間にもともと備わっている心臓を利用すれば、核と身体の拒絶反応を抑えられると思ったからだ。

 そこからは、心臓と核の融合実験が始まった。

 どうすれば心臓に核の機能を持たせられるか?

 どうすれば心臓に核を融合出来るのか?

 その答えが“コア”と呼ばれる器にエネルギーを封印する技術の応用だった。

 心臓と呼ばれる器に、魔核と言うエネルギーを生み出す器官をそのまま封印する技術。

 それが“擬似魔核”と呼ばれる器官の誕生だった。


「では、核の移植が出来ないならばと、核を融合してしまえば良いとの考えに至ったのです。そうして始まった実験が、心臓に核の機能を持たせる事でした。これは世界に蔓延しているコアの技術を応用する事で、一先ずの成功を収める事が出来ました。擬似魔核の誕生です」


 擬似魔核の融合に成功したユーピテルは、今度はそれを人間に移植する実験を始めた。

 だが、実験で移植を試した人間全員が身体変異を起こし、巨大化をしたのだ。

 これは、幻想種や精霊種のような、核が生成する膨大なエネルギーに身体が耐えられるように適応する為の成長。

 しかし、身体が巨大化するだけならまだ良かったのだが、その適応する際の急激な変異に身体が耐えられず肉体は崩壊した。

 理由は臓器移植と一緒で、身体と臓器には適合率がある為だ。

 人間の身体に、どうしても心臓と核を融合した擬似魔核が馴染まなかったのだ。


「擬似魔核が出来た事により、実験の段階が格段に上がりました。後は擬似魔核を人間に移植させ、適応させるだけですので。ですが、これもすんなりと上手く行く事が無かったのです。あるのは弊害だけでした。その時、初めて人間が巨人化したのです」


 そこから導き出された事が、「擬似魔核が身体に馴染む為の人体の強度が足りない」と言う結論だった。

 それならば、擬似魔核が生み出すエネルギーの負荷に身体が耐えられるように、人間自体を複数融合して実験してみる。

 実験を開始した当初は、移植融合を一人で試していた時よりも擬似魔核の生み出すエネルギーの負荷に耐える事が出来ていた。

 だが、ある期間を過ぎると、どうしてもエネルギーの負荷に耐える事が出来ず、その身体が崩壊して行った。

 それは何故か?

 新たなる疑問が生まれた瞬間だった。


「擬似魔核は確かに素晴らしい物です。理論上では、他の核を持つ種族と同じように、半永久的にエネルギーを生み出す事が出来る機能をもっていますので。ただこれは、普通の人間では、そのエネルギーに耐える事が出来なかったのです」


 だが、それを解決する答えは既に見つかっていたのだ。

 実験を繰り返した中で、奇跡的に崩壊せずに生き残った固体が居た事を。


「ですが、その中で偶然的にも、奇跡的にも生き残った実験体が居たのです。それは成人を超えた大人では無く、成長がまだ始まっていない子供。私達はそこに成功の鍵を見つけたのです。ただ、中々成功する事は無く、生き残った実験体も僅かでした」


 それは成人した大人では無く、成長を始める前の子供を使った実験体。

 身体が成長しきった成人だと、擬似魔核を移植した際の身体の変異、成長に耐えられなかった。

 ユーピテルは実験をしている中で偶然発見した事例から、奇跡的な成功例から、生まれたての赤児を使い、「擬似魔核と身体の成長を同時にさせれば良いのでは?」と解決方法を見つけたのだ。

 擬似魔核と身体が馴染むように、高濃度の魔力の培養液に漬けて成長させる。

 そして、ようやく数多の実験を経る事で、擬似魔核の移植融合に成功をしたのだ。

 その際、身体が変異して生き残った個体の失敗作は、そのあまりの醜さにユーピテルが望んだものと違った為、破棄をした。


「それが、この二人キュクロプスとヘカトンケイルです。破棄され殺される寸前に私が助け出し、この隠者の森へと逃げて来ました」


 キュクロプスやヘカトンケイルは、巨人化の弊害で人間としての大事なものを失った。

 記憶、理性、痛覚、味覚、喜怒哀楽の感情、その全てをだ。

 他にも似たような巨人がそれぞれ二人ずつ生み出されたが、間も無く絶命をしてしまった。

 メティスは、その残った二人を人間として助けたかった事もあるが、それよりも、二人を利用する事で巨人化への対策を得る為に行動をしていた。


「私は、個人を助ける為の善意では無く、皆を助ける為に魔科学者である事を選んだのです」


 ユーピテルと共同研究をしていた頃、擬似魔核とは別で進めていた実験だ。

 巨人化した人間は生き残っても、制御が出来る者では無く、好き勝手に暴れてしまう者。

 ユーピテルは、自身が制御出来ないものには興味を失ってしまう。

 次第には、その存在すらも許せなくなり、破壊衝動にかられ存在を消したくなるのだ。

 自分が好き勝手に行った実験で、その結果が望めないとの理由で処分する。

 実験をされた側にとっては、こんなにも理不尽な事は無いと言うのに。


「今更ですが、この研究の代償を、この非人道的な行いを、間違っていたものだと理解したのです」


 メティスは、ユーピテルに比べればまだ人道的だった。

 それならばと、その状態でも制御出来ればと、処分する事無く助けられるのでは?と。

 メティス自身もユーピテルの共犯者なので、非道な人物に変わりは無いけれど。


「今では後悔しかありません。ですが、私はその責任を果たさなければなりません。自分がしてしまった事に対しての償い。これから起こるだろう事態を未然に防ぐ為の対処を」


 生き残った固体を助けたいと言う思いは、「一体どの口が言っているのか?」と事情を知った者なら思うだろう。

 助けたいと思った生命よりも、その手で殺して来た生命の方が数え切れない程、多いのだから。

 だが、そんな事はメティスも十分に解っている事。

 それは今更の事で実験をした後の事がしっかりと想像出来ていれば、後悔をする事も無かった事。

 それでも、今になって、ようやく助けたいと思う事が出来たのだ。

 そして、その為に魔法具を開発する事に全力を注いだ。


「二人の頭に装着している魔法具は、巨人化の弊害である理性を取り戻す事ができる物。そのおかげで何とか一緒に暮らせるようになりました。」 


 その魔法具を装着する事で、二人の巨人はメティスと意思を共有出来ているのだ。

 それからは、数々の非人道的な研究を行った魔科学者としての責務を果たす為、生き残った巨人を元に戻す為に研究を始めた。

 巨人化した身体。

 変異した細胞。

 擬似魔核。


「それでようやく、巨人化に効果を発揮する薬の開発に成功しました」


 二人の巨人を隅々まで研究する事一〇年。

 長い年月をかけてようやく擬似魔核を再度融解し、元の身体に戻せる薬の開発に成功した。

 但し、完全な薬では無く、これでも成功率がまだ二〇%程しか無い薬だ。


「外にいる二人にはまだ薬を使う事は出来無いのです。もっと長い年月をかけて研究が出来れば良いのですが、ユーピテルは待ってくれません」


 時間(年月)さえあれば完全な薬を作る事も出来たが、その時間(年月)が全然足りない。

 ユーピテルの研究が完成すれば、ミズガルズ世界は何も出来ずに征服されてしまうからだ。

 それを避ける為にも、未完成の薬を使用して世界を守るしかない。

 たとえ罪の無い実験に利用された人間を殺す事になったとしても。


「私は酷い人間です。大勢を助ける為に、少数を切り捨てるのですから。ですが、何もしなければもっと多くの被害が出てしまうのです」


 この決戦が終わった後、メティスは全ての断罪を受ける覚悟があるのだと言った。

 だが、ユーピテルだけは何をしてでも止めなければならないとも。


「既にユーピテルの研究は完成していると思われます。ミズガルズの覇権を握る為に間も無く世界征服に出る筈です。一緒に研究をしていたからこそ、ユーピテルの考えが手に取るように解ってしまうのです」


 魔導兵器を利用したミズガルズ世界同時侵攻。

 ジュピター皇国側からすれば、ミズガルズ世界を征服する為の戦い。

 僕達側からすれば、ワールドカルマを聖(秩序)に持って行く為の最終決戦だ。


「ですので、三手に分かれてプリモシウィタス、亜人共和国ポセイドン、ハデス帝国の防衛を行いましょう」


 プリモシウィタス防衛には、メティス、ヘカトンケイルのチーム。

 亜人共和国ポセイドン防衛には、スペクトラル、キュクロプスのチーム。

 ハデス帝国防衛には、僕、ニンフのチーム。

 この三手に分かれて防衛を行う。

 すると、メティスが皆の顔を覗いて、その意思を確認、共有する。

 失敗出来無い防衛作戦を成し遂げる為、円陣を組み皆の手を合わせた。


「無事防衛が成功しましたら、ジュピター皇国領のオリュンポス山で合流を致しましょう!」


 全員と約束をして、それぞれの防衛に向けて行動を開始した。

 これがミズガルズ同時侵攻作戦が始まる前の話だ。



 [プリモシウィタス防衛線]

 ミズガルズ世界が誕生してから、世界と共に繁栄をして来たプリモシウィタス。

 この街は、一度たりとも他国の侵略を、魔物の侵略を許した事が無い。

 物理的な守りの要である分厚い外壁と、魔法攻撃を通さない結界の二十障壁が、プリモシウィタス“最強の盾”を誇っていたからだ。

 そして、目の前に広がる魔戦車は、ジュピター皇国が誇る魔法と科学の融合の魔導兵器である“最強の矛”。

 “最強の盾”と“最強の矛”はどちらが強いのか?

 何でも防げる最強の盾。

 何でも貫く最強の矛。

 矛盾と言う言葉があるように、その二つがぶつかった時はどうなるのか?


 結果は明らかだった。

 文明レベルで言い換えれば、中世時代と現代を比べるようなもの。

 そもそもの性能に圧倒的な差があるのだから。

 複数の魔戦車から放たれる魔導砲・改。

 この魔導砲・改は発射するまでのエネルギーは魔力を使用しているが、砲弾は実弾を使用している。

 その為、次弾への装填が速い事が特徴だ。

 しかも、炸裂弾のように弾ける砲弾は、容赦無くプリモシウィタスの外壁を破壊して行った。

 ミズガルズ世界で“最強の盾”を誇った二十障壁である外壁は、魔法と科学の融合である魔導兵器の“最強の矛”に破られたのだ。


「外壁が...どうしてこうなった...」


 プリモシウィタスの自警団である衛兵長は、破壊された外壁を見て地面に膝を着く。

 衛兵長は、今年三十歳になったばかりで、子供が二人いる男性。

 身長は一七〇cm位だが、岩のような筋肉を持ち、横幅の広い体格。

 白銀に輝くプレートアーマーを身に纏っている。

 髭が特徴的で、もみあげから顎までが繋がっており、ライオンのたてがみのように一周していた。

 そんな衛兵長が、握り締めた拳で地面を力一杯に叩いた。


「こんな事が...あってたまるか!!」


 自慢の外壁が破壊されて絶望的な状況だが、街の防衛をする為に気力を振り絞って立ち上がる。

 自分の子供を守る為、愛する妻を守る為、街民を守る為に。

 しかし、その場で立ち上がって見たものは、更なる絶望だった。


「...何だ!?...あの化け物は!?」


 街の外壁の高さを遥かに超す、圧倒的巨大な二足歩行で動くもの。

 その巨大な者は“人”と言うには余りにも禍々しく、おぞましい化け物だった。

 一つの頭から髪の毛の生えていない五面体をした顔が、全部で一〇頭。

 一つの腕から更に四本の腕が生えた五本腕が、全部で二〇腕。

 歪なバランスで形成されたその身体は、まさに化け物だった。


「歪な頭...歪な腕...」


 五〇頭、一〇〇腕の巨人ヘカトンケイルが、魔戦車のいる反対側から現れたのだ。

 衛兵長はその場で立ち尽くし、化物を見て愕然とする。

 顔面は蒼白で恐怖で身体が動かない。

 持ち直した筈の武器は、いつの間にか手から離れていた。


「そんな...こればかりは無理だ...」


 絶望で打ちひしがれている衛兵長を他所に、ヘカトンケイルは壊された外壁の前に立ち、その二〇腕を広げる。

 化物が、何をしているのか全く解らない衛兵長。

 すると、外壁を破壊していた魔戦車が、突如その巨人を攻撃しだした。


「一体、何が起きているのだ...?」


 知らない勢力と知らない巨人の争い。

 衛兵長は、状況が飲み込めずに困惑する。

 その巨人は、外壁を簡単に壊した魔戦車の攻撃を、ものともしない防御力を誇っていた。

 衛兵長は、外壁よりも硬い巨人の皮膚に混乱する。

 訳が解らないまま困り果てている衛兵長。

 すると、項垂れている衛兵長の背後から、声を掛ける人物がいた。


「外壁は壊されてしまいましたが、ぎりぎり間に合ったようですね」


 衛兵長は、突然、知らない人物から話し掛けられて「ハッ!?」と驚く。

 慌てて振り返り、その人物を確認するが、一度も見た事も無い女性が立っていた。


「あなたは...一体?」

「私はメティスと申します。この状況を覆す為に、彼ヘカトンケイルと一緒にこの街に参りました」


 メティスが巨人を指しながら、彼と言った。


「彼って、あの巨人がですか!?」


 衛兵長は、女性が巨人を指差して、彼と言った事に驚く。

 見るからに理性など無く、見境も無しに攻撃を振るまいそうな、そんな凶悪な化け物に見えるからだ。

 だが、メティスが彼と言った事で、あの巨人は制御が出来るのではと考えた。


「ええ。あの巨人は“私達”の味方です」


 メティスは巨人を含めて私達と、衛兵長にそう伝えた。

 衛兵長は、その言葉を信じる事にする。

 何故ならば、自分達にはこの状況を打破する手段が無い。

 目の前の見知らぬ女性の言葉を鵜呑みにするしか無いのだ。


「あの兵器は魔戦車。ジュピター皇国の魔導兵器です」


 今度は、見知らぬ勢力の謎の兵器を指差し、それの説明をしてくれた。

 どうやらジュピター皇国の魔科学を応用した魔導兵器らしい。

 と言う事は、ジュピター皇国が、中立地帯であるこのプリモシウィタスに攻めて来たと言う事。

 これは決して許されざる事態だ。


「これは一体何が起きているのですか?」


 衛兵長が、自分では理解出来無い戦況をメティスに尋ねた。

 すると、メティスが現状を解り易く衛兵長に教えて行く。

 ジュピター皇国が、中立地帯で不可侵である筈のプリモシウィタスに侵攻を始めた理由。

 魔導兵器の攻撃について。

 目の前にいる巨人の事。

 そして、今後始まるだろう世界の脅威を。


「馬鹿な!?そんな事が起きて良い訳が無い!この世界を壊して再び創り直すなど!!」


 衛兵長が言葉を荒げる。

 当然だ。

 そんな事が許されるとしたら、世界を創った神様だけなのだから。


「お怒りのところ悪いのですが、紛れようも無い事実なのです。私達はそれを止めに来ました」


 メティスが、衛兵長をなだめるように話を遮った。

 此処からは、私達に任せて下さいと言い放って。


「では、ヘカトンケイル。反撃と行きましょうか!」


 そう言葉を残して、メティスはあの巨人ヘカトンケイルの下へと飛んで行った。



 壊れた外壁の前。

 ヘカトンケイルは、街を守る為に、魔戦車の攻撃をことごとく、その身体で防いでいる。

 それを見たジュピター皇国の魔戦車部隊の搭乗員が慌てている。


「こちらの攻撃が効かないだと!ふざけるな!この魔導砲・改はどんな魔物だろうと一撃で葬って来たのだ!それが...それが効かないなんて事があってたまるか!」


 ジュピター皇国が誇る精鋭武器だ。

 この魔導砲・改の手によれば、ミズガルズ世界に現れるどんな魔物だろうと、その一撃で倒せていたらしい。

 今日この日までは。

 目の前の巨人は、それを受けても平然としていたのだから。


「次弾の装填急げ!全部隊、休まずに撃ち続けろ!」


 部隊長らしき人物が指揮を執っている。


「はっ!」


 全部隊が返事をした。

 発射後、直ぐに次弾を魔導砲・改に装填して行く。


「次弾装填完了!発射魔力値安定!目標補足!いつでも発射出来ます!」


 準備を整えると、部隊長の発射の合図を待つ。

 すると、部隊長が全部隊のタイミングを合わせて指示を出す。


「よし!全部隊!放てー!!」


 二十両から放たれる魔導砲・改は、轟音を鳴らしながら一人の巨人に向かって一斉に放たれた。

 砲撃が目標に当たると、その実弾は爆発し、破片を炸裂させては周囲を破壊して行く。

 地面は土埃が舞い、爆発による煙で巨人を覆い隠して。

 だが、強烈な砲撃が、矢継ぎ早に放たれてはあと塊も無いだろう。


「ふはははっ!全弾一斉砲撃だ!これで無事な魔物などいる筈が無い!!」


 部隊長の笑い声がこだまする。

 ふざけるな!

 魔物は人間の支配下なんだ!

 我等人間様の目の前に立ち憚るな!と。

 時間が経ち、モクモクとした煙が晴れて行くと、中には無傷の巨人が立っていた。


「ばっ、馬鹿な...こんな事が」


 信じられないとばかりに頭を抱えて狼狽る。

 魔戦車部隊が持てる最大の攻撃を放っても相手は無傷なのだから。

 かすり傷すらも、その屈強な身体には傷付けていない。

 その事実を認める事が出来ないのだ。

 ジュピター皇国が誇る魔戦車部隊の精鋭兵も、目の前の得体の知れない巨人を見ては、為す術が無い化け物だと恐れてしまう。

 その時、精鋭兵達は震えながら、巨人に飛んで近付く人物が見えた。

 それを最後に、魔戦車部隊全員の消息が消えた。




 メティスが空を飛んでヘカトンケイルの下へと辿り着いた。


「ヘカトンケイルお待たせ致しました。では、目の前の部隊を壊滅致しましょう!」


 それまで街を守る為に全身を広げて、立ち呆けていたヘカトンケイルだが、メティスから指示を受けるといきなり豹変をした。

 それぞれ別方向を見ていた五〇頭一〇〇の目はギョロッと一斉に動き出し、魔戦車部隊を捕捉する。

 五面体の頭で、顔が背面に付いているものは実際には見る事が出来無いが、視線の方向は合わせている。

 目が一斉に動く様子は、ハッキリ言って気持ち悪い。

 それこそ今が、日の出ている日中だから良いものを、夜の墓場や廃墟など、ホラースポットで見た場合はトラウマになる程。


「ぐおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 二〇両ある魔戦車を、その目で全て捉えるとヘカトンケイルが叫んだ。

 それは、今までに聞いた事のあった咆哮を軽く凌駕するものだった。


「!?」


 大地は地震のように揺れ、空気が細かく震えている。

 脳は恐怖を感じ、背筋は冷え、身体は麻痺をする。

 皆が皆、身体を動かせない。

 目の前の巨人を、ただ黙って目で追う事しか出来無い。

 ヘカトンケイルは、外壁が破壊されて出来た、岩のような瓦礫を軽々と持ち上げた。

 それを魔戦車に向けて勢い良く投げつける。


「がぁぁあ!!!」

「!?」


 魔戦車よりも遥かに大きく重い瓦礫が、目にも留まらぬ速さで飛んで来る。

 回避行動の取れない魔戦車。

 瓦礫が勢い良くぶつかると、その下の硬い地面を抉りながら魔戦車をバラバラに破壊した。

 少し離れていた場所で、それを目撃した指揮官が頭を抱える。


「何が起きて...いる?」


 ジュピター皇国で、地上部隊最強の戦力を誇る魔戦車部隊だが、一人の巨人に太刀打ちする事が全く出来無い。

 魔戦車よりも大きい質量の瓦礫が、魔導砲・改を超えるスピードで飛んで来るのだ。

 それだけ単純な攻撃だと言うのに、巨人からすれば、ただの投擲に過ぎないと言うのに、ミズガルズ最強の砲撃として襲い掛かって来たのだ。

 人の手では、為す術が無い。


「こんな事が...!?ぐbっえd!!」


 指揮官が狼狽うろたえている一瞬。

 その一瞬で意識が刈り取られた。

 巨人が一〇〇の腕を使って、一瞬の内に全二〇両を破壊したのだ。

 圧倒的な物量、圧倒的な力を持って、その肉体一つで簡単に壊滅して見せた。

 魔戦車の中にいる部隊兵も丸ごとぺしゃんこに潰されており、潰れた機体から血が流れていた。

 やがて魔導兵器に使用されていた魔力が行き場を失い、大爆発を起こした。

 それこそ跡形も無く、木っ端微塵に。


「ヘカトンケイル良くやりました。これで、ここはもう大丈夫でしょう!」


 メティスは、ヘカトンケイルの五〇ある頭の一つを撫でながら褒める。

 これでプリモシウィタスは守られたと。


「では、合流地点へと向かいましょうか!」


 メティスはその役目を終えたと、出掛けた片手間に買い物に立ち寄った主婦のような気持ちで話している。

 だが、それも仕方無いのだろう。

 ジュピター皇国が誇る魔戦車部隊は、ヘカトンケイルの手によって一瞬で壊滅をしてしまったのだから。



[亜人共和国ポセイドン防衛線]

 ルカが搭乗しているガレオン船が、ジュピター皇国の魔水艦に落とされる少し前。

 皇都ポセイダルの都長館前。


「ゼウスねぇ...ルシフェルの知り合いらしいけど...」


 目の前の全身をマントで隠す男(ゼウスと名乗る男)が、ポセイドン皇に会いたいと言って来たのだ。

 豹人族の女性ジェレミーは、その華奢な腰に手を当て、その男を下から覗き込んでいる。


「マークどう思う?」


 男に疑うような視線を浴びせ、同じ豹人族の男性へと問い掛けた。

 すると、革命後に皇都ポセイダルの都長に就いたマークが、腕を組みながらジェレミーを横目で確認し、ゼウスの正面へと向き直して問いに答えた。


「ふむ。ここまで来ておいて嘘を吐く必要が無いだろう。それにルシフェルの名前を知っているなら、それだけで信頼出来るだろうな」


 亜人共和国の面々と共に革命を起こした僕は、信頼出来る人物にしか素性、名前を明かしていない。

 革命軍のメンバーで僕の事を知っている人物は、現ポセイドン皇、マーク、ジェレミー、ルカの四人だけしかいないのだ。

 それを知っているマークが、ルシフェルと言う名前が出た事で、ゼウスの事を信頼出来る人物だと判断した。


「でも、この人。何だか視線が変なのよね...」


 ジェレミーが感じる、ゼウスからの奇妙な視線。

 それは、これだけ露出の多い女性を目撃した事による、興奮を伴ったイヤラシイ視線だったのだ。

 それも仕方が無い事で、ゼウスは女性に対しての免疫が無いからこそだ。

 これは、男子校出身の男の子が、急に女性と接点を持ったようなもの。

 挙動不審なのは許して欲しいところだ。


「...ルシフェル様からはこちらもお預かりしています。良ければ、ご確認下さいませ」


 ゼウスは視線が泳ぎながらも、懐から手の平サイズの水晶を取り出した。

 その水晶には、ポセイドン皇の新しい家紋である、獅子の上半身に魚の下半身を持つ半獅子半魚と、ポセイドンを象徴する三叉槍が刻印されていた。

 そして、この水晶は魔法具であり、見えない魔法陣が刻まれている。

 魔力を流せば、記憶された映像が立体に浮き上がる魔法具だ。

 ポセイドン皇と僕の生涯変わらない友好の証として送った、永久的に使用出来る映像記録媒体の魔法具だ。


「その家紋は!?なる程。ならば尚更、信じられるものだな」

「もう!そう言う事なら早く出しなさいよね!マーク!早く映像を見ましょう!」


 疑っていたジェレミーの表情は一瞬の内に解け、その水晶にしか目がいっていない。

 マークは、やれやれと言わんばかりに少し呆れた様子だ。

 だが、そう言う事ならと水晶に魔力を込める。

 すると、水晶からホログラムのように僕が浮き上がった。


「この映像を見ているのはマークかな?それともジェレミーかな?いきなりポセイドン皇に見て貰えていたらラッキーだけど...」


 映像はライブでは無く、録画した映像。

 僕からは、この記録した映像が誰に見られているのか解らない。

 なので誰が見ても解って貰えるように、全員の名前を挙げたのだ。


「これから話す事は、亜陣共和国ポセイドンにとって国の存続に関する事なんだ。もう、間も無くジュピター皇国が亜人共和国ポセイドンに攻めて来る。それの対策を...」


 僕は映像に乗せて今の状況を説明して行く。

 これから始まるジュピター皇国の侵攻作戦をだ。

 海に囲まれたこの国を攻めるのに要となる魔導兵器の魔水艦について。

 それに搭載された最新鋭の魔科学兵器の魔導ミサイルについて。

 この後に訪れるだろうミズガルズ世界の危機を。


「...と、言う訳なんだ。ゼウス“達”と協力をして無事に防衛をして欲しい」


 僕は映像を通して、亜人共和国ポセイドンに迫っているジュピター皇国の脅威を伝えた。

 その映像を黙って最後まで聞いていた二人は、内容の大きさに驚きながら少し慌てている。


「まさか、こんなに早く攻めて来るとはな...」

「また、戦争になるのね...」


 マークは、顎に手を当てて考え込んでいる

 ジェレミーは、自分で自分の両肩を抱き締めながら少し震えていた。

 二人共、いやこの国全体に言える事だが、まだ国の再建が完了していない状態。

 そこに来てのジュピター皇国からの侵攻なのだから。


「大丈夫ですよ。その為に私“達”が来ました」


 安心させるようにゼウスが二人に話した。


「私“達”?そう言えば映像でも言っていたが、“達”とはどう言う事なのだ?」

「そうよ。“達”ってあなたしか居ないじゃないの?...もしかして、ルシフェルが来ているの!?」


 疑問を浮かべながらゼウスに質問をするマーク。

 何かに期待をして喜んでいるジェレミー。

 直ぐにジェレミーの希望を打ち砕く事になるが、ゼウスは丁寧に答えた。


「申し訳ありませんが、ルシフェル様はハデス帝国の方へと行かれています。なので、こちらには来ておりません」


 ゼウスは二人に頭を下げて謝った。

 それを受けたジェレミーは、とても残念そうに悔しがっていた。


「ですが、私“達”でこの危機に応えられるとは思います。皇都には流石に連れて来られませんでしたが...一緒に来て貰えますか?」


 ゼウスが真剣な表情で二人に問い掛けた。

 これから戦争が始まるかと言うのに、ゼウスは全く動じていない。

 その言葉には自信が溢れており、何も心配していない態度だ。

 その態度から、ゼウスの得も知れぬ自信から、二人は圧倒されてしまった。


「...ふむ。では、案内して貰えるかな?」


 マークにジェレミーは、ゼウスが移動する場所へと付いて行く。

 そこは皇都から遠く離れた場所で、皇都との導線上にある山。

 その山の反対側に辿り着いた、二人が見たものは...


「何だ...これはっ!?」

「ゼウス!騙したのね!?」


 二人は目の前の巨大な生物に圧倒された。

 それを見て、死を直感した二人は慌てふためく。

 ゼウスに連れて来られたその場所には、今まで見た事も無いような異形な化け物が居るのだから。


「安心して下さい。彼は私の仲間です」


 ゼウスが巨大な生物を指差しながら仲間と伝えた。

 仲間?

 二人は、ゼウスが何を言っているのか理解が出来無い。


「「...」」


 これは言うならば天災だ。

 自然の摂理で人が制御出来る物じゃない。

 マークもジェレミーも信じられないと、その恐怖で勝手に身体が震えている。

 だが、目の前の巨大な生物はゼウスを確認すると、その場で静かにしゃがみ出した。

 少しでもこちらの目線に、自分の視線を合わせようとしてくれている。


「大丈夫ですよ!私も最初見た時は同じ事を思いましたので。でも、信じて下さい。彼を合わせて私“達”なのです」


 大きな一つ目がギョロッと二人を視認した。


「「ひっ(きゃっ)!」」


 二人して情けない声を上げる。

 だが、自分達に実害が無い事を確認する。

 何故なら、圧倒的な実力差があるのにも関わらず、二人は何もされていないのだから。

 騙されて殺されるとしたら、出会って直ぐに殺されていた筈なのだから。


「か、彼が“達”のちょ、正体って訳か。...くそっ!恐怖で...上手く喋れない」


 無理も無いだろう。

 目の前には死の恐怖そのものが居るのだから。


「...」


 ジェレミーに至っては、喋る事も出来無い。

 ゼウスはそれを放って置き、話を続けた。


「彼は、キュクロプス。間違い無く“人”です」


 確かに二足歩行だし、人が巨大化しただけにも見える。

 だが、その容姿は肌が赤黒く、筋肉が肥大して、血管や筋肉の筋が全身に浮いている。

 頭には髪の毛は生えておらず、真っ赤な一つ目に、鼻や耳が無く、大きく裂けた口。

 身体の割に、両腕が異様に長く太い。


「彼はこの防衛線の要になります。後はポセイドン皇の力を借りれば間違いなくこの困難を乗り越えられます」


 確かに、この巨人が居れば負ける事は無いだろう。

 それ程までに圧倒的な力を感じるのだから。

 ゼウスの言葉を信じたマーク達は、防衛の準備を始める為にゼウス達をポセイドン城に案内する。

 すると、城ではマーク達と同じように混乱する兵が多く、危うくキュクロプスを攻撃するところだった。

 中でもポセイドン皇が一番酷く、魔纏武闘気を身に纏い、国宝の三叉槍まで持ち出し、危うく城ごと破壊するところだった。

 全兵力を集結して、何とかギリギリのところでポセイドン皇を止める事が出来たのだが。

 落ち着いたところで、マーク達と同じようにルシフェルの映像を見せて、本人に納得して貰った。

 此処まで来る事が大変だったゼウスは、見知らぬ疲れが、全身を支配していた。


(メティス様も、ルシフェル様も、こうなる事が解っていたのなら、これは酷い仕打ちですよ...)


 ゼウスは気が付けば、何度も溜息が出ていた。

 だが、これで世界の恐怖が彼等にも解って頂けただろうと、前向きに捉えた。

 明日の防衛線に向けて、ポセイドン城の客室で、その身体と心の疲れを休めた。

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