016 ジュピター皇国②
『ジュピター皇国・ユーピテルの私室』
「人の生は短いものだな...全くこの世には無駄なものが溢れている」
「ユーピテル様、それは仕方ありません。皆が皆、ユーピテル様のように賢く生きる事は出来無いのです」
「アトラスよ。全く人は面倒なものだな。いっその事世界を創り直すべきか...ふむ。それもまた良かろう」
「はっ。ユーピテル様が望むままに、私達は行動致します」
「丁度“あれ”も完成したところだ。ならばこの好機、活かすべきか...」
物思いに耽るユーピテル。
何かを思いたったように一人で思慮しては、勝手に自己完結させていた。
アトラスからすれば、これはいつもの事。
ただし、自身は何を言われても直ぐに対応出来るようにと、ユーピテルの言動に対して姿勢を正して待っていた。
「では、これよりミズガルズの覇権を握る為に、アトラス指揮の下『魔導兵器部隊』を用いて侵攻作戦を開始せよ」
「はっ!かしこまりました。これよりジュピター皇国の総力をもってミズガルズ侵攻を開始致します!」
『ジュピター皇国魔導兵器部隊』
『魔戦車部隊』
古代文明の遺産である戦車を、魔力で動かせるように改造した兵器。
装甲に使用している金属は、魔力と金属を融合された魔金属を使用している。
その魔金属には、更に魔法陣が刻まれており、空気中に含まれる魔力を吸収し、利用する事で、魔戦車が稼働中は常時結界が張られている。
低位の魔法なら簡単に跳ね返す事が出来る結界だ。
主要武器は、魔法弾では無く、実弾を使用している魔導砲・改。(これは亜人共和国ポセイドンで使用されている魔導砲を改良した物)
威力は、魔導砲の五分の一程度だが、実弾の為、その回転率が速くなっている。
ちなみに、ジュピター皇国では、この魔戦車を二〇両保有している。
『魔水艦部隊』
古代文明の遺産である潜水艦を、魔力で動かせるように改造した兵器。
装甲には魔戦車と同じ魔金属が使用されている。
海軍と言えば、海上を主戦場にして来たこの世界にとって、海中から攻める事が出来るのはかなりの脅威。
主要武器は、爆薬を利用した誘導式の魔導ミサイル。
但し、この世界では爆薬の材料となる資源が少ない為、その数に限りがある。
全部で十隻保有しているが、稼動出来る魔水艦はその内の半分の五隻のみしか無い。
『魔空挺部隊』
こちらはガレオン船よりも規模の小さいキャラベル船を改造した試作飛空挺。
魔金属を使用した場合、現在の技術力では、その重量により空を飛ぶ事が出来なかった為、装甲は木材のまま。
但し、結界魔法を発動出来る魔法具が設置されていた。
こちらの主要武器は、試作武器である魔導縮退砲。
魔科学最先端の試作兵器の為、保有は三隻あるが、稼動出来るのはまだ一隻のみ。
それも不備が多く、空を自由自在とは行かず、辛うじて飛んで行ける程度の完成度しか無かった。
[ミズガルズ同時侵攻作戦α]の場合。
「これよりミズガルズ同時侵攻作戦、魔戦車部隊による、原始の街プリモシウィタス侵攻作成を開始する!!」
魔戦車一両につき、四名の皇国兵が搭乗している。
魔戦車部隊、全二〇両を稼動させて、ミズガルズの中枢にあるプリモシウィタスを占領する作戦。
ユーピテル曰く、「中立地帯など、私が管理出来無いものなら、その存在すら許さない」との事だ。
陸路を全二〇両で進む様子は、まさに圧巻である。
「おい、何だあれは!?」
外壁の上から、プリモシウィタスの衛兵が見慣れない物を発見して驚く。
これまでに見た事も無い物体だ。
「うろたえるな!先ずは門の出入り口を封鎖せよ!手の開いている其処の二人はそれぞれ街長と、ギルド長に報告せよ!」
衛兵長らしき人物が、声を張り上げて即座に指示を出して行く。
流石は歴戦の指揮官と言うところ。
不測の事態にも慣れたものだ。
「「はっ!ただちに!」」
二人の衛兵は姿勢を正し、勢い良く敬礼をする。
そして、指示を受けた通りに、即行動を開始した。
「物理的な力で、この外壁を破壊する事など出来る訳が無い!魔法に対しては魔法結界がある!皆の者はそれぞれの配置につき、地上への攻撃準備をせよ!」
外壁の上から、地上に向けての波状攻撃。
これまでの歴史の中で、侵攻して来る魔物に対して、上空からの圧倒的に手数の多い攻撃で防衛を果たして来た。
これは防衛時のマニュアルでは無いが、衛兵長がこれまでに経験して来た事による対処法。
未だに破られた事のない防衛手段だ。
「皆の者!いつも通り対処すれば、間違い無く防衛出来る!」
衛兵長が、全ての衛兵の指揮を上げ、攻撃がいつでも出来るようにと待機をさせた。
そして、魔戦車が外壁に一定距離近付いて来ると。
「全兵、攻撃準備始め!」
衛兵長が指示を出す。
だが、内心。
今までに見た事も無い、動く何かの塊に動揺していた。
(一体何なのだあの塊は!?)
そして、こちらの攻撃範囲に魔戦車が進入した瞬間。
上手い事動揺を隠しながら、周囲の衛兵の指揮を高める。
戦いは、負ける雰囲気を出した瞬間に、気持ちが折れた瞬間に負けてしまうのだから。
「一斉攻撃!放て!」
それぞれに貫通攻撃が付与された火炎矢、投げやり、投石、それらの攻撃が一斉に放たれた。
攻撃は全弾、見事に魔戦車へと命中した。
そのモクモクと立ち込める煙に粉塵。
それを確認した指揮官である衛兵長は、「なんだ。ただの杞憂だったな...」と安堵した。
だが、巻き起こった煙や粉塵が晴れて行くと、そこには無傷の魔戦車が動いていた。
衛兵達の攻撃は、全てその装甲に弾かれていたのだ。
「何!?無傷だと!?」
衛兵長は、全ての攻撃が弾かれた事に信じられないと驚く。
だが、それ以上に驚くべき事が目の前で起こったのだ。
突然、鳴り出す爆発音。
魔戦車に搭載されている魔導砲・改が発射されたのだ。
轟音を鳴らしながら、外壁へと飛んで来る何かの塊。
見た事も無い攻撃だ。
「なんだ!魔法は効かないぞ!」と衛兵長が思っていたところ、その砲撃が外壁に当たった瞬間、爆発して弾けた。
「流石は歴戦の外壁!!そして、魔法結界!!見事攻撃を防いだぞ!」と塊が爆発をした事で防衛に成功したと勘違いをする。
その爆発の煙が消えて無くなった瞬間。
自分の目論見が外れた事を認識させられた。
砲撃が当たり、爆散したそれらの破片が、分厚い外壁を見事に抉っていた。
「っ!?何故だ!?」
今まで、どんな魔物の物理攻撃をも弾いて来た外壁。
それが、魔戦車の攻撃で為す術無く砕けてしまった。
それで終わらない猛攻。
何と言っても、相手には同じ物体のものが二〇両居るのだ。
目の前の魔戦車達から、矢継ぎ早にと魔導砲・改が何度も放たれて行く。
あの分厚く逞しい外壁が、その度に砕かれてしまい、無残にも削られてしまう。
「何だあの攻撃は!?魔法じゃないのか?」
結界により魔法攻撃が効かない筈の外壁。
それが見るも無残にどんどん削られて行く。
この世界が生まれた時から歴史を一緒に刻んで来た原始の街。
これまで一度も他者からの侵攻を許した事が無かった。
それが今、目の前で崩れ去った。
複数の魔戦車からの止まらない砲撃が、とうとう外壁を破壊してしまった。
「外壁が...こんな事があり得るのか...」
跡形も無く破壊された外壁を見て、衛兵長がその場で崩れてしまった...
こんな筈では無かったと。
[ミズガルズ同時侵攻作戦β]の場合。
「これよりミズガルズ同時侵攻作戦、魔水艦部隊による、亜人共和国ポセイドン侵攻作成を開始する!!」
五隻の魔水艦が、亜人共和国ポセイドンの領域へと侵入して行く。
それは海上で無く、目視の難しい海中をだ。
丁度その頃。
ポセイドン海域を守護している守護隊長ルカ。
彼は、いつも通り海の上を警戒していた。
亜人共和国ポセイドンが誇る、巨大戦闘帆船であるガレオン船の船首にて。
「うーん。今日も平和な一日だな」
両腕を真上に上げ、身体を伸ばしている。
とても気持ちよさそうな表情だ。
ルカは風が運ぶ潮の匂いを嗅ぎながら、太陽の日差しが海面に反射し、煌びやかに輝いている光景を楽しんでいた。
この海域は、とても自然が感じられる場所。
ゆらゆらと揺れる海面は、透明度の高い綺麗な海水。
その為、海上からでも、海中、海底を覗き見る事が出来るのだ。
そこから見える、珊瑚や、彩豊かな魚達。
形が歪にデコボコしている頭の魚や、身体の色が水温により変化する魚。
様々な生態系が、この場所に存在していた。
自然のまま手付かずの海。
奇跡の楽園と呼ばれていた。
「ああ...烏賊食いてぇな」
自然を感じ、海の中を覗き見ているが、頭の中は安定の烏賊の事。
役職が就いたと言うのに、何も変わっていない。
ルカは自然のままの環境が好きだ。
だが、今まで生きて来た中で唯一、変わらず愛し続けている物が烏賊になる。
「やっぱり烏賊焼きが、この世界で一番最高だよな」
起きている時も烏賊。
寝ている時も夢にまで出現する烏賊。
寝ても覚めてもって奴だ。
ルカの頭が烏賊の事だけでトリップしていると、突然、海中にいた魚達が一斉に動き出した。
「あっ!?急に何だ!?」
魚達が今までに見た事もない動きをしている。
そこでようやく遅れながらも異変に気付いた。
だが、何故動き(逃げ)出しているのか、その原因が解らない。
「何が起きている?異常は特に見当たらないが...」
海上を見渡しても、自分達が乗っている船以外、怪しい物は全く見えない。
「なんだ?巨大な魚でも...烏賊でも現れたのか?」と考えていたら、突然、ガレオン船が衝撃と共に大きく揺れた。
「なんだ!?衝撃吸収の魔法具で船体をコーティングしていると言うのに?」
亜人共和国ポセイドンが誇る最新戦闘帆船のガレオン船は、波や風など、ましてや魔法を結界で防いだ衝撃でも揺れる事が一度も無い代物。
どうやら、何かが可笑しい。
今まで起きてこなかった事が起きている。
それは一体何だ?
すると、ほんの一瞬の出来事。
ガレオン船が爆発し、その形状を保てない程に大破した。
ルカが、その爆発に巻き込まれながらも、意識が消えて行く中で見た物は。
「海の...中か...」
海上に巨大な水柱が立った。
巨大ガレオン船を跡形も無く吹き飛ばしてしまって...
[ミズガルズ同時侵攻作戦γ]の場合。
「これよりミズガルズ同時侵攻作戦、魔空挺部隊による、ハデス帝国侵攻作戦を開始する!!」
ハデス帝国、冥府プルーティア上空。
この世界の空ではあり得ない光景。
普段は海で見ている物が、何故か上空に浮かんでいた。
「目標補足。魔導縮退砲、発射準備!!
ハデス城の上空にて、魔空挺の船底の一部分が開き、試作武器が出現した。
その姿を現した兵器は、ファンタジー世界に似つかわしく無い最新化学兵器。
無機質な金属の塊が、その場を強調していた。
「魔道縮退砲、充電開始!!」
指揮官による指示を受け、操作員がボタンを押す。
すると、ゴテゴテと強調をした試作武器へと魔力が集まり出す。
その収束する高濃度の魔力は、周囲の次元を歪めて、バチバチと黒い紫電が走るように魔力の圧縮を繰り返した。
中心部に魔力が「キュイーン」と球状に圧縮する事、四回。
オペレーターが「魔導縮退砲、発射準備完了。いつでも発射出来ます」と報告を上げた。
「うむ。システムオールグリーン!目標補足!!魔導縮退砲、発射!!!」
その一言により放たれた魔導縮退砲。
圧縮された魔力の塊が、勢い良く地上に向けて放たれた。
周囲を巻き込み鳴らす轟音。
そして、目標地点に辿り着いた瞬間。
音の一切無い静寂が訪れた。
そこからは一瞬の出来事だった。
気付く事も、気付かせる事も無く、ゼロコンマ何秒を刻んでいる間の出来事。
この日、ミズガルズ世界から、ハデス城が消失した...
一方、同時侵攻作戦が始まる前。
「僕達は?」と言うと、幻想の森の中に来ていた。
「ここから先が隠者の森になるわ」
ニンフが指を差した先は、周りと何ら変わり映えの無い、幻想の森の中の一部。
森の中は全て獣道となっている為、ニンフが指を差した先も、僕には変わり映えの無い獣道に見えている。
この先に隠者の森が?
『隠者の森』
現世と冥界の狭間にある世界。
通常の時間軸とは異なり、全く別の流れで動いている場所。
普段は結界により侵入する事が出来無いが、妖精のいたずら(導き)によって間違って訪れる人物が極稀にいるそうだ。
一度迷ったら出てこれないと言われている樹海。
「いい?私から絶対に離れないで付いて来てね?」
ニンフから離れないように注意される。
言われた通り、僕達はニンフの後に付いて行き、獣道を一緒に進んで行く。
だが、ある地点を越えた時。
突然、今までに感じた事の無い違和感が生じた。
(何だ!?この地に足が着かない感じは?...浮遊とは違う?)
この道なき道を進む感じは、天地が定まっていない歪な空間を、上下左右反転しながら進んでいるようだ。
感覚が反転し、アベコベな世界を渡り歩いているような変な感覚。
少し気持ち悪い。
僕達はニンフに付いて行くがまま結界の中へと侵入し、先の解らない道を進んで行く。
すると、突然。
世界が変わるかのような光が空間へと差して込んで来た。
(眩...しい)
その眩しい光の先を目指す僕達。
光の先に辿り着くと次元が揺れ出した。
グニャグニャと空間が変わり、一瞬にして切り替わる場所。
木々に囲まれた湖が目の前に現れた。
「ここが...隠者の森?なんて...綺麗な場所なんだ...」
僕達はその湖に導かれるように、吸い込まれるように無意識に近寄って行く。
湖の中心には、大きな、とても大きな樹が生えていた。
「大きな樹...世界樹?...えっ?家が...生えている!?...樹の中に家?」
大樹と家が一体化しており、樹から家が生えているように見える。
いや家から樹が生えているのか?
そのどちらかは解らないが、木々から差し込む光が幻想的に樹を照らしていた。
皆がその場で立ち尽くし、目の前の光景に圧倒されている。
「...」
言葉を忘れ、景色に魅入っている僕達。
突然、地面から無数の土が盛り上がった。
「!?」
盛り上がった土はボコボコと、次第に人の形を形成して行く。
大きさはバラバラだが、こちらを囲むように、次々と土の人形が出来上がる。
「囲まれた?」
一瞬の気の緩みでは無いが、瞬く間に土の人形に囲まれた僕達。
その中でも、ゼウスは土の人形に囲まれて、どうしたら良いのか解らずに慌てていた。
「ルシフェル様!!これはどうすれば!?」と挙動不審に。
その反対に落ち着いているのがニンフだった。
意外と肝が据わっているようだ。
「どうやら、防衛機能が働いてしまったみたいね」
ニンフが困ったように口に手を当てながら答える。
目の前の土の人形は、ゴーレムと呼ばれる物。
用があるのは家の中のメティスなのだが、目の前のゴーレムをどうにかしなければならない。
ゼウスとニンフは瞬時に自分の身を守る為に防御を固めた。
戦闘は「ルシフェル(様)に任せた!」と言わんばかりに。
「これが...ゴーレムなのか?」
此処に辿り着くまでも、戦闘は僕の担当だった。
それはこうした状況になっても変わらず、役割が分かれているので僕からすればやり易い。
だが、これまでの戦闘は敵との間に僕が入る形。
ゼウスやニンフには、僕の背後で敵の攻撃を受けない位置に居て貰っていたのだ。
それが今、全方位にゴーレムが存在している状況。
守り辛い陣形なのだ。
「数が多いな...一人ならどうとでもなるけど...」
チラッと横目で二人を見る。
ゼウスは剣を持つ両手が震えていた。
ニンフは然も当然のように僕の胸の中に潜り込んで来た。
「やっぱりここが一番安全よね」と一目散に逃げるようにだ。
ニンフが胸の中に潜り込んで来る感じは、何だかこしょばゆいもの。
相手が裸だから余計にそう感じるのかも知れないが。
こんなに小さくても体温をしっかりと感じる。
だが、正直、誰かを守りながらの戦闘は、一人の戦闘よりも難しい。
ゼウスの安否を確認しながら、全ゴーレムの動向を把握しなければならないのだから。
「それなら、攻撃をされるよりも速く倒せば良いだけだ!」
あれこれ考えるよりも、極論は、仲間がゴーレムに攻撃をされる前に倒せば良いだけ。
ならばそれを実行すれば良い。
時を同じくして、周囲にいるゴーレム達が一斉に動き出す。
だが、どれも動きがそこまで速くない。
むしろ、のそのそと遅い位だ。
「遅い!」
直ぐ近くにいるゴーレム達を、単純なステータスを活かし、素早く駆けて切り伏せた。
そして、一呼吸の間に近くにいるゴーレムを倒す。
僕は残りのゴーレム達と距離が開いている事を確認すると、浮遊を使用して宙に浮かんだ。
それも瞬時に、武器を弓矢に切り替えてだ。
この弓矢は黒の結晶を素材に、鍛冶で作成した僕オリジナル(性能はレシピ通り)の武器。
自身の魔力を矢に変換し、弓で放る事が出来る武器。
性質上、魔力さえあれば無限に矢を放てる。
「残っているゴーレムは...」
空中に飛び、真上からゴーレムを見下ろす。
その一瞬で、周囲に残っているゴーレムを把握した。
ゴーレムの数に合わせて、魔力で変換させた矢を弓にセットする。
そして、相手の動きを先読みしながら複数の矢を一度に放つ。
「そこっ!!」
放たれた矢は、一つも外れる事無くゴーレムに当たり、その土で出来た身体を容易に吹き飛ばした。
そして、僕は矢を放つと同時に次の行動へと移った。
何故なら、弓矢で身体を吹き飛ばされても動いているゴーレムがいたからだ。
相手は土の塊。
当然、痛覚などは持ち合わせていない。
「殲滅する!」
そこで装備を瞬時に剣へと変更する。
今度は浮遊から飛行に切り替え、まだ動いているゴーレムの下へと飛んで行く。
僕は飛行の勢いのままに、荒々しくゴーレムを斬り付けて、その身体を破壊する。
その際、飛行の勢いを止められずに身体は流れてしまうが、浮遊で無理矢理その場に止めた。
「ぐっ!!」
僕の胸の中に隠れているニンフは「キャーッ!?ちょ...その動きは...ダメー!」とあまりの衝撃に苦しんでいる。
僕は無理矢理止めた身体を反転させて、別のゴーレムへと向き直した。
そして、そのまま別のゴーレムの下に飛んでは再び斬り付ける。
残っているゴーレムを跡形も無く壊すまで、同じ行動を何度も繰り返してだ。
「これで最後!」
そうして、周囲にいたゴーレムを跡形も無く壊した。
ニンフは「うっぷ...気持ち悪い」と完全にグロッキー状態。
「でも...なんだか、病みつきになりそうかも」とボソボソ独り言を喋っていた。
すると、何処からとも無く地響きが鳴り始めた。
ズシーン、ズシーンと地響きに合わせて身体も自然と揺れる。
なんだ!?と思い周囲を見渡すがその音の正体が解らない。
その音が僕達にどんどん近付いて来る。
「まさか...上か!?」
僕達が確認している方向は、完全に検討違いだった。
自分の目線に合わせた範囲で、平面(目線より下)、もしくは奥行きしか見ていなかったのだ。
すると、森の先端を越えた先から、巨大な生物が顔を出した。
「なんだ...あの大きさは?」
そこに居るのは随分と規格外な生物。
正直、規格外と言う言葉は、こう言う場合にだけ使うのだろうと再認識した程。
得体の知れない巨人達。
それは、一つ目の巨人と、複数の頭と複数の手を持つ巨人だった。
巨人の身長が目測では解らない程に巨大で、圧倒的な脅威だった。
「化け物...」
巨人に目を奪われていると、気が付けば周りのゴーレム達も再生をしていた。
再び、僕達はゴーレム達に囲まれてしまったようだ。
最悪な状況。
相対するのがゴーレムだけならまだしも、目の前に居るのは規格外な巨人が二人。
流石に、こればかりはどうしようも出来無い。
ゼウスも、ニンフも、既に戦意を喪失していた。
「...なんだよ、これ」
圧倒的な戦力差を感じ取り、何も出来無い悔しさが心を支配した。
目の前の事実を認めたくない気持ちで、嘘であって欲しいと願っている。
此処に来ての、圧倒的な絶望感。
だが、何もせずに終わる事は、誰かに負ける事よりも、誰かに殺される事よりも、僕のプライドが許さない。
何もせずに現実を受け入れる事は、死ぬ事よりも愚かな事だと知っている。
無理矢理、剣を構え直す。
それで負けるとしても、それで殺されるとしても、最後まで抵抗をするのだ。
目の前の運命に抗って。
「...命を粗末にするのは、お止めなさい」
樹の家の中から出て来た人物。
その人物が、こちらの動きを抑制する。
巨人達も動きを止め、その場で立ち尽くしていた。
複数いた筈のゴーレム達も、その形が崩れて土へと還って行った。
「勇気と無謀は違いますよ。先ずは落ち着きなさい」
言葉には、有無を言わせぬ力強さがあった。
僕は素直に、構えた剣を下ろし鞘に収める。
(あの人が...メティスさんか?)
樹の家から地上に降りて来たのは、五〇代前後の白衣を着た女性だった。
不躾に伸びきった紫色の髪を、後ろで纏め上げている。
目の周りには隈が目立ち、姿勢も折れ曲がったままで、明らかに研究職の人間なのだと一目で解る風貌だ。
「貴方達が、ここまで来た理由は解っていますよ。どうぞ、家の中で話しましょうか」
皆が戸惑いながらも、メティスに樹の家の中へと案内されて行く。
湖から生える大樹には、幹が絡み合った階段が出来ていた。
その樹の階段を登って家の中に入るのだが、湖面に光が反射して樹が照らされていた。
自然が造り出す光のライトアップだ。
湖は透き通っており、湖面から底が見える程の透明度の高い綺麗な湖だ。
皆が皆、興味本位に周りをキョロキョロしながら見渡している。
すっかり、先程までの恐怖感や絶望感が薄れていた。
(凄いな。こんなのここでしか体験できないよ)
現実世界では味わえない光景を肌で感じている。
絶景だ。
見事に、自然と一体化している木造の家。
階段を登って行くと、木の幹が絡み合った自然のトンネル(通路)がある。
樹の幹から、漏れる太陽の日差しが心地良い。
トンネルを抜けた先に家があるのだが、その大きさの規模から言えば、家というよりは館だ。
館の入り口である玄関の扉には不思議な力を感じる。
幻想の森から隠者の森に侵入する時の別世界に繋がるような違和感を。
メティスが扉を開け、家の中へと招待をする。
「どうぞ、お入り下さい」
家の中の家具は、全て木造で揃えられており、とても温かみがあるもの。
と言うよりかは、鉄などの加工物が屋敷の中には一切無かった。
全てが自然から作られた物、又は切り取られた物だ。
屋敷の中を進みリビングへと案内されると、テーブル席に着くように促された。
「では改めまして。ここまでようこそおいで下さいました。あなた達を歓迎致します」
歓迎?
ゴーレム達やあの巨人達がいて歓迎だと言うのか?
そう疑問に感じていると、それに対しての問いをメティスが答えた。
「ゴーレムに関しては侵入者を撃退する自動プログラムが発動しました。しかし、貴方達はゴーレムから攻撃をされていないでしょう?」
どうやらメティスが、事前にこちらに気付き攻撃をする事を辞めさせたらしい。
確かに思い返せば、ゴーレム達は一斉に動き出しただけで、こちらに危害を加える動きは無かった。
「あの“巨人”に関しては、あなた達に、実際に見て貰う事にしたのです。どう思いましたか?」
「どう思いましたか?」だって。
そんな事は決まっている。
絶望だ。
種族としての違いに、能力の開きに、圧倒的な力の差。
蟻が象に戦いを挑むと言う、そんな無謀さを痛感する程に。
「どうやら手荒い歓迎になってしまいましたね。ですが、これで解って頂けたと思います。これから訪れる世界の脅威を」
この世界にあんな者がいるとなると、人間も、亜人も、精霊種も、幻想種も何の抵抗もする事が出来無いだろう。
人間が蚊や蛆を叩き潰すように、巨人にとっては僕達がその立ち位置にいるのだから。
種族間で競い合う以前の問題だ。
勝負にすらならない。
「さて、どこから話しましょうか...何故あのような生物が生まれたのかを」
生まれたのかを?
「生まれた?」ってどういう事だ?
「あれはまだ、私とユーピテルが魔科学を共に研究をしていた頃の話です。そうですか、現実ではまだ一年も経っていないのですね...もう随分、昔の事に感じます」
メティスが昔を懐かしむように、思い出すように、時の流れを感じながら語り始めた。
「私達の共通目標として、魔科学を使用する事で人生を“豊か”にするという共通認識がありました。最初は自分達の苦手分野を補う事で、協力して新しい技術を生み出す事で、お互いに研究をする事が楽しかったのです」
人間という種族が、他種族に負けない為の新しい技術を確立する。
これは二人の共通認識だ。
魔力の少ない人間が、それを補う為に必要な全く新しい技術。
空気中に漂うマナを魔法に変換するように、自分以外の魔力を利用する科学との融合。
二人の研究で次々と作り上げた魔道兵器の数々。
そう。
此処までは良かったのだ。
「私とユーピテルで開発した物は数知れずあります。それが、兵器という“物”であった時は良かったのです」
“物”と“巨人”から導き出されるもの。
...そう言う事か。
ユーピテルの禁断の研究が判明した。
それは、“物”を兵器にするのでは無く、“者”を兵器にすると言う事。
“巨人”の完成だ。
「ユーピテルは、魔科学の最終目標である人間の種族としての進化を求め、人間そのものを魔道兵器にする事を思いついたのです」
生命の延命、能力の向上、魔力の総量上昇、それら全てを満たす事が出来る方法は人間と魔科学の融合にあった。
...そうなのだ。
外にいる巨人は融合実験の結果の成れの果て。
但し、実験の失敗作として破棄された固体だ。
一つ目の巨人“キュクロプス”。
元は人間のユーピテルの魔化学融合実験の第一犠牲者。
巨大化する際に片目を失いユーピテルの理想から外れた為に破棄された。
五〇頭一〇〇腕の巨人“ヘカトンケイル”。
一人の人間から巨人化するのに失敗した為、複数の人間を混ぜれば可能性が広がると考え人間五〇人を一人の巨人として融合。
実験の結果として理想通りに進まず、余りの醜さにより破棄された。
「二人の巨人はこうなった状態でも生きているのです。どんなに容姿が変化をしても、この二人は“人”なのです」
ユーピテルの勝手な実験のせいで、気付いたらこんな姿にされていた。
二人はその記憶すら失っている為、何故こうなったのかを理解していないが。
外にいる巨人達は、何かを伝えたそうな、何かを訴えたそうな、そんな表情で僕達を見ていた。
だが、自らの言葉で喋る事が出来無い。
それまでは普通の生活をしていたのに。
人と触れ合い、人と話し、意思疎通をしていたのに。
今では触れ合う事も、喋る事も出来無い。
それまでは食事を愉しんでいたのに。
美味しい物を食べて喜んだり、苦手な物を食べて困ったり、皆と笑い合っていたのに。
今では周囲から魔力を吸収する事で生命を維持出来てしまう。
食事の必要が無くなり、そして味が解らなくなった。
巨人化の弊害で、記憶や、味覚や、痛覚が消えた。
喜怒哀楽の感情も薄れてしまい、もはや生きる愉しみが解らなくなっている状態。
「この人道に背く、禁忌の実験は終わっていないのです。ユーピテルは、研究が完成するまで絶対に諦めません」
実験の完成も目に見えているらしい。
と言うか、メティス曰く、実験は既に完成して魔導兵器を超える魔導生物を生み出しているかも知れないと。
それを止める為に、メティスは此処に隠れ住み、隠者の森で研究に没頭していた。
時の流れが現実よりも遅い空間で、何年も篭って研究をして。
メティスが深く、頭を下げて懇願する。
世界の平和を守って欲しいと。
「どうか、ユーピテルを止めて下さい」




