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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
IMMORPG
16/85

015 ジュピター皇国①

※過激な表現、残酷な描写が含まれていますので閲覧する際は、注意をお願い致します。

『ジュピター皇国』

 世界一の標高を誇るオリュンポス山に建国してからニ九九年の月日が流れる。

 第十二代国皇『天空皇ゼノ・サトゥルヌス・ユーピテル』が統べる皇国。

 魔法と科学を融合させた唯一の技術を取り扱うミズガルズ最大勢力。


『天空皇ゼノ・サトゥルヌス・ユーピテル』

 魔法世界で、いち早く科学の力を見出した人物。

 亜人や精霊種、幻想種、魔物と比べて非力な人間が、少ない魔力で対抗出来るようにと、科学の力に手を染めた。

 比類なき頭脳を持つ人間の皇で、自己至上主義者。



 この場所は、限られた人物だけが出入りする事が出来るジュピター城地下の“魔科学の間”。

 天井が高く、異様に広い空間(施設)。

 周りには見慣れ無い機械や、配線が部屋中を駆け巡っていた。


「今度こそ...これでどうだろうか?」


 ある科学装置の前で、金髪勺眼の人物が何かを弄っている。

 年齢は四○歳前後の痩せ型の男性だ。

 目の下には消えない隈が広がり、顔色がかなり悪く、とても不健康そうだ。

 機械を弄りながら“何か”と魔力を融合させている。

 この人物こそが、ジュピター皇国の国皇“天空皇ユーピテル”その人。

 暗くて良く見えないが、白衣の下に身に纏う衣装は皇に相応しい身なりをしていた。


「ふはははっ!ようやく完成したぞ!これでミズガルズを我が手中に収める時が来た!」


 目の前の装置の調整が上手く行き、天空皇ユーピテルは笑った。

 間も無く、ミズガルズ世界の覇権を手中に収める事を確信しての事だった。



 暗転するように場面が切り替わる。

 場所が変わり、此処はジュピター皇国から離れた孤島“クレタ島”。

 元からあった洞窟を改造して、人の住処にした場所だ。


「“スペクトラル”坊ちゃま。成人おめでとうございます」


 ジュピター皇国では、男性が一八歳になると成人を祝う事が慣わしだ。

 その御祝いの言葉を伝えたのは、年老いた侍女のアマルティア。

 表情には皺が目立つ年老いた老婆だが、優しそうな笑顔で青年を見ていた。

 この女性の人物像として、相手の成長に繋がる為ならば、心を鬼にして厳しく指導する事が出来る、愛情を持った心の強い女性だ。

 アマルティアは、このクレタ島にて、“スペクトラル”が成人するまで身の回りのお世話を全てやって来た。

 言葉使い、礼儀、作法、教養、教えられる事全てをだ。

 深々と一礼をした後、“スペクトラル”に真剣な表情で語り始めた。


「ここで、私から坊ちゃまの御出生についてお話があります」

「ティア婆、突然どうしたのですか?」


 そう答えたのは金髪勺眼の青年。

 佇まいや、その姿勢から、しっかりとした教養を受けている事が明白で、聡明そうな雰囲気と健康的な肉体を持っていた。

 スペクトルは成人したばかりのお祝いの席で、自身の出生についての話を「何故聞かなければならないのか?」と驚いている。


「“スペクトラル”坊ちゃまには、成人をする今日まで黙っていましたが、あなたには皇族の血が流れているのです」


 それは突拍子も無い話で、あまりにも突然な宣言。

 成人したその日にスペクトルが皇族だと告げられたのだ。

 アマルティアがこの孤島にて、一人でお世話をしていた人物こそが、天空皇ユーピテルの息子で第六皇子ゼノ・ウラヌス・スペクトラル。

 神のお告げを聞き御乱心となった天空皇ユーピテルの魔の手から逃れる為に、此処クレタ島に隠れ住んでいたのである。

 その神のお告げとは「近い将来、貴方は自身の子供に殺されるだろう」であった為、天空皇ユーピテルがその事を真に受けてしまったからだ。


「私が皇族??」


 突然の告白に困惑をするスペクトラル。

 この孤島にてひっそりと、アマルティアと二人で協力をして静かに暮して来たスペクトラルにとって、到底信じられない話だからだ。

 それに成人をしたその日に「あなたは皇族です」と告げられたとしても、その話を消化する事は出来無いし、鵜呑みにする事も出来なかった。

 先ず、このタイミングでどうして自分に話したのかが解らなかった。

 今の生活で十分満足をしていると言うのに。


「理由は唯一つ。あなたにはお母様の想いを引き継き、父親であるユーピテルを討って欲しいのです」


 今まで、歳の離れたアマルティアと暮らして来た中で、自身の出生についての話をした事が一度も無かった。

 それは、周囲には自分達と比べるような相手もおらず、基本的に自給自足の生活を送っていた事も起因している。

 スペクトラルにとっての母親は産んでくれた相手では無く、育ての親のアマルティアこそが母親だからだ。

 アマルティアの優しさを、愛情のある厳しさをしっかりと受けて育った為、実の母親の事など疑問に思う事すらも無かった。

 既に、スペクトラル自身が、アマルティアの事を本当の母親だと思っているのだから。


「ティア婆...私にとっての母親はアマルティア、ただ一人ですよ」


 スペクトラルは、今の幸せな生活を失いたく無かった。

 「今更そんな話をしないで欲しい!」と、実の母親だと言う関わりが無かった人の事よりも、「アマルティアこそが、私の母親なのです」と言った裏の意味を込めて、先程の話を拒絶するように答えた。


「坊ちゃま...ありがとうございます。ですが、坊ちゃまは知らなければならないのです」


 アマルティアがスペクトラルの言葉の裏の意味を汲み取り、その真意を知ってか感動して涙ぐんでしまった。

 だが、此処から話す事はスペクトラルにとって大事な話。

 その為、「しっかりと受け止めて下さい」と自身の涙を袖で拭った。


「坊ちゃまのお母様のお名前は、“レアー”と仰います。レアー様は大変聡明な方で、ジュピター皇国の発展に欠かせない御方でした。植物の生態や、農作業に大変精通をしておりまして、国土を広げる際に国民の皆様の生活を守ってきたのです」


 何十年も続く隣国との戦争や、人間同士の争いで、ジュピター皇国の領地は荒れ果てた。

 食べ物に困る国民が生きる残る為にも、公爵家の令嬢であるレアーは、この荒れ果てた土地でも育つ食物を、国民に食料の普及を無償で提供していたのだ。

 “人こそが財産であり、人こそが国”なのだと。

 周りからは、その美貌と美しい心も相まって“豊穣の女神”と称えられていた。

 その終わらない戦争の中で、無情にも国民が死んでいく事に嘆いていたレアーだが、その当時、まだ一介の皇子に過ぎないユーピテルの台頭により、国の勢力図が激変したのだ。

 魔力や資源に劣る人間が、周辺国に住まう亜人、精霊種や幻想種に対抗する為に科学の力を利用したのだ。


 ユーピテルは、生まれた時から普通の人とは違い、その異常性から神童と呼ばれていた。

 そして、本人も周りの評価に臆する事無く、努力をして成長をし続けたのだ。

 小さい頃に神童と持てはやされ、努力をせずに凡人に成り下がる事を嫌って。

 だが、ユーピテルは人間としての種族の限界を早々に知ってしまう。

 亜人には、人間の持っていない身体能力や特殊能力がある。

 精霊種や幻想種には、人間には敵わない桁違いの魔力が、魔法技術がある。

 では、人間には何があるのか?

 脆弱で特殊能力も無く、魔力も魔法技術も低い。

 弱者同士、他人と群れる事でしか自衛が出来なかったのだ。

 それを皇族であったユーピテルは肌で感じ、現状を打開する為に知識を求めたのだ。

 ミズガルズにある文献は全て読破し、地域に伝わる伝承や、古代文明の遺産から、それこそ人の噂による物まで、全ての知識を求めたのだ。

 そこで、ようやく発見したのが、古代文明の遺産である科学だ。

 魔法が発展したこの世界では、もはや過去の遺物であり、この世界に必要が無くなった物。

 だが、魔力が低い人間にとっては必要な物だった。

 科学こそが、人間の進化に必要な物なのだと。

 現時点では、世界に流通している科学資源が足りずに、科学の力を最大限活用する術が無い事を知った。

 だが、それを補う為の魔法がある事に気が付く。

 大した事の無い人間の力でも、僅かばかりの魔力しか保有していなくても、科学に活かす事で、前時代の科学レベルを超える技術を生み出す事が出来るのだと。

 魔法と科学の融合“魔科学”の誕生だ。

 そこからは、日夜研究に勤しみ、その技術を向上させる事に尽力した。

 そして、今に至り魔科学を利用した兵器を用いて、皇国の強さを磐石にしたのだ。


「ジュピター皇国が今の地位を築き上げてからは、国も民も格段に潤いました。坊ちゃまのお母様であるレアー様も、そんなユーピテルに惹かれてしまったのです」


 婚約当時は、気持ちで惹かれていた部分もあるが、地位も実績もある公爵令嬢のレアーは、皇国の未来の為にも、皇族であるユーピテルに嫁ぐ事が決まっていた。

 勿論、この婚約はレアー自身の気持ちがあってこその決定である。

 皇国の繁栄も考え子孫を残す事が必要だと思ったユーピテルはそれを受け入れ、二人は夫婦となった。

 それから時が経ち、皇位を継承したユーピテルは、レアーとの間に子供を授かる。

 皇国の為、子孫繁栄の為、五人の子供を生んだ。

 上から女の子、女の子、女の子、男の子、男の子と。

 そして六人目の子供を授かる時に、それが起きてしまった。

 皇国の歴史に刻まれた、史上最悪の事件が。


 ユーピテルは、基本他人を信用していない。

 それは妻であるレアーに対しても、自分の子供に対してもだ。

 もともと人間関係を築く事が不得意で、他人の気持ちが全く解らない人間である。

 そこに来て、“神のお告げ”と言う最悪な甘言を聞いてしまったのだ。


「近い将来、其方は自身の子供に殺されるだろう」


 それは本当に神のお告げだったのか?

 悪魔の囁きだったのか?

 それとも知識を追い求め過ぎた反動で見た幻覚なのか?

 それとも歴とした現実の出来事なのか?

 誰にも解く事の出来無い事実として残ってしまった。


「お告げを聞いたユーピテルは暴挙に出ました。...自分の子供を一人残らず殺してしまったのです」


 流石のレアーも、事が起きる前に暴挙を止めようとしたが、ユーピテルは聞く耳を持たなかった。

 あろう事か、レアーの目の前で子供を一人残らず惨殺したのだ。

 目の前で自分の子供を殺される苦しみ。

 それは、どんなに日にちが経とうが、どんなに年数が経とうが、決して忘れる事が出来る筈も無かった。

 毎晩、その夢を見ては脳裏から離れない光景。

 自分の子供の必死の悲鳴を、自分の子供が切り刻まれて焼かれる姿を。

 悲痛な顔、泣き叫ぶ顔、血が流れる身体に、肉が焼かれて爛れて行く姿。

 肉や内臓が生きたまま焼かれ、その場で人間が焦げて行く気持ちの悪い臭い。

 どれも鮮明に思い出してしまう。

 それこそ今、目の前で事件が起きているようにだ。

 精神に多大な付加を受けたレアーは、心が壊れてしまった。

 ただ、お腹の中には、これから生まれて来る子供がいた。

 その子共だけは、「何があっても守らなくては!」と決意する。


「そこで私が一役請け負い、レアー様と結託して、スペクトラル坊ちゃまをこの島に逃がしたのです」


 アマルティアは、公爵家の筆頭侍女であり、レアー専属の従者であった。

 その事もあって、どんな時でもアマルティアはレアーの傍に居る事が出来たのだ。

 そして、二人は体面上、「レアーが子供を亡くしたショックで部屋に閉じ篭った」と言う事にしたのだ。

 実際に、子供を亡くしたショックで部屋から出る事など一度も無かったのだが。

 そして、ユーピテルに内緒でスペクトラルを生み、この島に隠したのだ。


「そう。あなたの父親は感情が無い“化物”なのです。一度行動をした事により理性の嵩が外れ、対抗勢力の断罪が始まって行ったのです」


 ユーピテルは、自身の理想を追求する為には手段を選ばない人間だ。

 対抗勢力になりそうな皇族の関係者、公爵家、貴族は有無を言わさずに滅ぼした。

 それは一般の国民も含めて。

 政権を否定する噂話だろうが、対抗勢力を支持する些細な話も見逃さず、疑わしきは即罰し、自身にとって有益な者だけを残して来た。


「このままでは、ジュピター皇国は血も涙も命も無い鉄の国になってしまいます。お母様の想い、亡くなったご兄弟の分、ひいてはジュピター皇国の為にユーピテルを討たねばならないのです」


 正直、スペクトラルは話の大きさに付いていけていない。

 スペクトラルからしたら今まで生きて来た中で、急に「貴方には兄弟がいました」「ですが、既にもう亡くなっております」と、言われても実感が出来無い。

 だが、話を聞いた上での母親の気持ちや、亡くなった兄弟の事を聞いて、黙っていられる程薄情でも無かった。

 ましてや、自分と血が繋がっていた家族だ。

 心の底から湧き上がる様々な感情に戸惑う。

 悲しい。

 悔しい。

 許せない。

 仇を討りたい。

 どれも今までに経験した事の無い感情で、自分の気持ちを抑えられ無い精神状態は初めてだった。

 それは、種火が酸素を取り込んで燃え上がって行く炎のように、気持ちがどんどんと高鳴って。


「解りました。ではアマルティア、どうすれば良いのですか?」


 今までの経緯を無理矢理、理解させて飲み込んだ。

 だが、スペクトラル自身は孤島でぬくぬくと育てられた事もあり、それに抗う術など持っていない。

 悔しいのだが、自分で何が出来るのか解らないのだ。


「坊ちゃま。悔しい思いをさせてごめんなさいね」


 アマルティアは、スペクトラルに一方的に押し付ける事を謝る。

 本来なら、唯一、皇位を継承出来るスペクトラルが、主導で行動を起こさなければならないからだ。

 だが、万が一の事も考え、情報が漏れてユーピテルに殺されない為には必要な措置だった。

 スペクトラルが成人するまで、皇族である事を話せ無かったのだ。

 何故ならば、成人になれば皇位を継承出来てしまうのだから。


「ここからやる事は一つだけです。ユーピテルを討つ事だけ。そこで重要になるのが、魔科学、魔導兵器の無効化です。」


 皇国の要である魔科学、魔導兵器が、ジュピター皇国の最大戦力だ。

 では、その二つをどうやって無力化するのか?


「精霊の力を借ります。“ニンフ”おいでなさい」


 アマルティアがそう呼ぶと、蛍火のような光が、突然目の前を漂って現れた。

 その光の正体は、手のひらサイズの妖精。

 身長ニ〇cm程の大きさ。

 その見た目からは汚れの無い純白、透明感を感じるもの。

 美しい女性(大きさ的に美少女?)の姿をしており、その肌には何も身に纏わず裸のままだった。

 背中には大きな羽があり、飛ぶ時に光の粉が舞っていた。


「初めまして。私はニンフよ。スペクトラル、宜しくね」


 ニンフは羽ばたかせながら、スペクトラルの肩に飛び乗った。

 そして、耳元で微笑みながら挨拶をする。

 それはとても、可愛いらしい笑顔だ。

 だが、アマルティア以外の人(女性)と話す事が初めてのスペクトラルは、明らかに戸惑った様子。


「えっ!?あぁ!ニンフ...さん?」


 ただでさえアマルティア以外の人物を見た事が無いと言うのに、目の前に居る人物は妖精。

 しかも、裸だ。

 自分と身体のつくりが違う事に驚きつつも、何故か妙に興奮する感覚。

 スペクトラルが初めて性を感じた瞬間だった。

 目の前の女性をじっくりと観察していた。


「そう、ニンフよ。宜しくね」


 ニンフは首を傾げながら、ニコッと笑う。

 綺麗な顔立ちに愛くるしさを伴った不思議な笑顔。

 それを目撃したスペクトラルの心臓には、「ズキューン!」と矢が貫かれていた。


「...あっ、はい。宜しくお願いします」


 驚いた表情のまま口が開いているのは、少し格好悪い。

 これから先。

 生涯を共にする二人の出会いは、そんな締まらない出会いから始まった。

 それを傍目から、二人のやりとりをアマルティアが微笑んで見ていた。

 「坊ちゃまにも春が来たのですね」と涙ぐましく。

 そして、今後の行動を決定するように二人に話し掛けた。


「では、先ず初めに坊ちゃまがやる事は“メティス”を探す事です。ここから先はニンフが教えてくれるので彼女に聞いて下さいね」


 アマルティアがそう告げると、スペクトラルの旅の準備をし始めた。

 旅に必要な道具、装備、お金、全ての物をものの数分で纏めて用意した。

 その間に、ニンフからスペクトラルへと今後の方針に対する説明があった。


「ユーピテルに対抗する為に、重要人物のメティスを探す事が最優先なのだけど、私達だけでは心許無いわ。ここから先は協力者が必要になるわ。先ずは、ここクレタ島を出て、始まりの街プリモシウィタスに向かうわ。その最中に、今後の方針の細かい事を話すわね?」


 ニンフが説明している間にすっかり旅の準備は整っていた。

 後はスペクトラル自身が準備をするだけだ。

 流石は皇家の血筋を引く事もあり、この場に用意された物は最高品質の物ばかり。

 スペクトラルは、その装備がまた良く似合っていた。

 白金をベースにした聖騎士を想像させる装備。


「では、坊ちゃま。いってらっしゃいませ」


 アマルティアが笑顔で送り出す。

 その笑顔の裏には、喜怒哀楽と言う感情を何度も経験して得た、様々な感情が詰まっている事だろう。

 苦しい事も、辛い事も、寂しい事も、それら全てを乗り越えた思い。

 とても。

 とても温かく優しい笑顔だ。




「...以上が、ジュピター皇国の内情です」


 アルヴィトルがジュピター皇国の歴史を説明してくれた。


「今回がミズガルズ世界の最終決戦となります。ミズガルズ最大勢力であるジュピター皇国は魔法と科学の国です」


 NPCであるアルヴィトルだが、今ではその表情も豊かになり、“人”と変わらない行動を取る。

 身振り手振りで、自分の感情を乗せながら解り易く説明してくれる。


「攻略をする為にも、第六皇子スペクトラルと合流をして頂きます。スペクトラルは冒険者ギルドでルシフェル様の事を待っております。全身を隠すマントを羽織っていますが、小さな妖精が近くを飛んでいるのですぐに解ると思います」


 こうして、アルヴィトルの説明が終わった。

 此処からはメインストーリー攻略へと移るのだ。


「では、御武運をお祈り致します」


 アルヴィトルが、手を十字に切り一礼をする。

 そのお祈りを捧げる姿は、作り込まれた彫刻のように美しいもの。

 僕はそのお祈りを受け止めて、プリモシウィタスへと移動を開始した。


「皇子スペクトラルか...一体どんな人物なんだろう?...それに、妖精を見るのも初めてだな」


 今のところゲーム中に妖精が出てきた事は一度も無い。

 ギルドの依頼などでもまだ見た事が無いものだ。

 初めて出会う種族。

 僕はそれがとても楽しみで、急いでプリモシウィタスへと向かった。


「いつ来ても思うけど、ここの外壁はかなり高いな」


 原始の街にて、最古の街である。

 今まで幾度と無く魔物の襲撃を撥ね退けて来たその外壁は、防衛の傷跡が深く刻まれており、何度も改修を重ねて来た歴戦の外壁だ。

 それは熟練の戦士が身に纏う装備品のような逞しさを感じるもの。


「外壁に歴史を感じるな...この街自体、独立した国みたいだよな」


 街全体には、目に見えない結界が張ってあり魔法を通さない。

 もし“この街を支配する”となると、純粋に物理的な力だけで外壁を破壊するしかないのだ。

 この分厚く高い外壁を。

 まあ、そんな事が出来るとは想像出来ないのだが。


「さて、入場の受付を済まさないと」


 街の入り口は全部で二箇所。

 北門と南門に分かれている。

 僕は街に入る為に、ホーム拠点に近い南門で受付をする事にした。


「受付って言うより、これは検問だけどね...まあ、安心、安全を守る為には必要なんだろうけど」


 外壁と一体化している門には、厳重な守りが敷かれている。

 左右に一名ずつ衛兵が立っており、周囲の動向に目を光らせているのだ。

 それが門の入り口と、街への出口、二箇所に分かれてだ。

 外壁の分厚さと同じ長さのある入場門。

 距離にして(外壁の厚さも同じ)一〇m程ある。


「荷物検査が面倒なんだよね...顔パスみたいなのが出来ればもっと楽なのに...」


 門の入り口を抜けた先は、門の出口へ向かうまでの間に検品所が設けられている。

 そこで個人の持ち物から、馬車などの乗り物で運ばれた荷物、その全てが確認される。

 街の安全を期する為に、皇族であろうが、街の貴族だろうが、誰であろうが関係無く検査が行われるのだ。

 更には、門(外壁)の上部の要所に衛兵がずらりと並び、日夜交替をしながら一日中、街の周囲を見張っている。

 監視に抜かりが無いのだ。


「街に入るだけで、ここまでの手続きが必要なところは、他には無いんだろうな」


 そして、いつも通り南門には入場の為の列を作っていた。

 こればかりは時間が掛かったとしても、その順番を待つしかないのだ。


(この待ち時間が長いんだよな...)


 並んで待つ事、一五分。

 ようやく、自分の出番が回って来た。

 先ず初めに、入り口では身分証を確認される。

 この時、身分証が無い場合。

 入場の為だけの証明証をお金を支払って発行するのだ。

 効力が一日限りの入場証をだ。


「では、身分証の提示をお願い致します。無い場合はこちらで、仮入場証を発行致しますのでお申し付け下さい」


 僕は、身分証の役目を果たす冒険者カードを提示した。

 すると、衛兵が腰にぶら下げている魔法具を取り出す。

 魔法具は手の平サイズ型ののスキャナーになっており、冒険者カードの正規品と偽造品を見分ける事が出来るもの。

 最新テクノロジーってやつだ。

 衛兵が魔法具に魔力を込めると、魔法具に刻まれた魔方陣が発動し、冒険者カードをスキャンして行った。


「ご提示ありがとうございました。無事確認が取れました。では、次に検品所にてお荷物の検査を行いますので、そちらまでお進み下さい」


 入場の確認が終わると、門の中から先程とは別の衛兵が現れ、その検品所まで案内をしてくれる。

 検品所では、荷物(アイテムバックの中も含む)検査を行い、街に危害がある物かを丁寧に調べる。

 一応、検品所は通路の左右に設けられており、街への入場に対して少しでも時間の短縮が出来るようにとの事らしい。

 実態は掛け離れているけれども。


(街の入場で並ぶ人と、検査を行う速さが全然見合ってないんだけど、これでも一応短縮はされているんだよな...)


 検品所の中に案内されると、部屋の中には検査官が二人居た。

 その内の片方の検査官が、僕の荷物をテーブルの上に置くようにと促した。


「それでは、お荷物の確認を致しますので、こちらのテーブルの上にお荷物を乗せて下さい」


 僕は言われた通りに、アイテムバックをテーブルの上に乗せる。

 すると、もう片方の検査官が、そのテーブルへと魔力を込め始めた。

 このテーブル自体が魔法具になっており、その上に置いた荷物の中身を解析してくれるもの。

 それはアイテムバックのような、中が異空間に繋がっている物でも、全てを解析してくれる魔法具だ。


(荷物の中には爆薬になるような素材もあるし、様々な武器も収納してある...だけど、これ位じゃあ大した脅威にはならないのかな?)


 もう一人の検査官がスキルを使用ながら身体検査を行う。

 これも、危険な物を隠し持っていないかを調べる為。

 ただ、ここまで厳重な検査を行うが、僕は一度も入場を拒まれた事が無い。

 この街にとって危険な物って、一体何なのだろうか?

 それが解らないし、想像も出来無い。


(街に対する危険...それ程の脅威って、一体どんな物なんだろう?この街が陥落する事なんてあり得るのかな?)


 そんな疑問を抱えながら、検査が終了した。


「ご協力ありがとうございました。全ての確認が終わりました。では、改めまして。プリモシウィタスへようこそ!」


 僕は、言葉の最後の「ようこそ!」がどうしても慣れない。

 今までの検査が厳重だからこそ、急な態度の違いに笑ってしまう。

 だが、これでようやく街の中に入れる。


(ふーっ。やっと、街に入れるよ...)


 門を抜けて街に入ると、直ぐ食品ストリートになっている。

 此処には、ファンタジー特有の野菜や果物が売っている小売店、その場で食事が出来る屋台や食事処などが連なっていた。


「どれも現実には無い料理...」


 街には、美味しいそうな匂いが広がっている。

 出来立ての料理、嗅いだ事も無い美味そうなソース、そのどれもが食欲をそそる。


「この通りに来ると、頭では解っているのに、どうしてもお腹が空いてしまうんだよな...食欲が刺激されるよ...」


 お肉の香ばしく焼ける匂いや、ソースや、スパイスの匂いが堪らない。

 だが、僕には目的がある為、そんな誘惑には負けていられない。

 冒険者ギルドを一直線に目指さなければならないのだ。


(食事はいつでも出来るから...いつでも食べられるし...食べたいし...ああ。お肉美味しそうだな...良い匂い...お腹減った)


 頭の中では、食欲と言う三大欲求に支配されている。

 そんな余裕は無いのだと、我慢して進む。 

 だが、頭の中が、自身が強くなる事以外で支配された事は初めてかも知れない。

 僕は、こんなに食い意地が張っていたっけかな?


 そうして、何とか目的地である街の中央の冒険者ギルドへと辿り着いた。

 両開きの扉を開ければ、中はいつものように冒険者で溢れている。


(ここはいつ来ても冒険者で賑わっているよな...。一階にはいなそうだな。そうなると、スペクトラル達は...二階かな?)


 二階には一部分だが、テーブル席が数席設けてある。

 このテーブル席は、冒険者同士で依頼の相談をしたり、他パーティに協力要請する為に使用している場所だ。

 一階にはそれらしき人物達は居なかった。

 すると、残りは二階のみ。

 僕は、スペクトラル達がその「二階のテーブル席に居るのでは?」と思い、周囲を良く確認しながら、スペクトラル達が何処に居るか探した。

 テーブル席には様々なパーティが集まっている。

 大体が大人数で作戦会議などを開いていた。

 たが、その中で、テーブル席を“一人”で利用している人物がいた。


(あれ...かな?)


 その人物は、室内に居ると言うのに、全身を隠すマントを羽織っていた。

 そして、その周りをうっすらと光っているものが飛び回っている。

 アルヴィトルの情報通りだ。

 明らかに、他人から身を隠している人物。

 僕はその人物に近付き、目的の人物で合っているのかを確かめるように話し掛けた。


「クレタ島からの...来訪者ですか?」

「っ!?」


 その人物は、クレタ島と言う言葉に反応する。

 驚きながら僕の方へ慌てて向き直した。


「あなたがルシフェル様ですか!?」


 その姿を隠している人物は、「待っていました!」と言わんばかりに語気を強める。

 もしかしたら、長い事この場所で待ち侘びていたのかも知れない。


「ええ。間違いないわ。神のお導き通りね」


 周りを飛んでいる光がそう答えた。

 すると、その光は僕の周囲を何週もクルクルと回りながら、僕の目の前まで飛んで来た。

 目の前に来た事で、ようやくその光の正体が判明した。


(妖精!?)


 その妖精は腰に手を当て、首を傾げながらこちらの顔を覗いている。

 僕は初めて見る妖精に心が躍った。


(お人形が動いているみたいだ!)


 宙を飛び回る妖精。

 それは精巧な作りの人形に、生命が吹き込まれたような感じだった。

 でも、どうして裸なのだろうか?


「お待ちしておりました。これから私達と一緒に“探し人”を探して頂けると言う事で、ご協力お願い致します」


 スペクトラルは全身を隠していたマントを脱ぎ、その姿を現した。

 中から現れたのは、顔立ちがとても整っている青年。

 よく、幼い頃に顔立ちが整っていた人物が、大人になるにつれ、その顔立ちが崩れてしまう人物が多いのだが、目の前の青年は、美少年のまま顔立ちを保った状態で成長を遂げた人物。

 かなり格好良い青年だ。


「私はニンフよ!よろしくね!貴方には私達と一緒に、とある人物を探して貰うわ!」


 何処か少し天真爛漫な雰囲気のニンフ。

 人見知りの無い性格が羨ましい。

 これから僕達がしなければならない事。

 それは、ジュピター皇国を攻略するに当たって重要になるものが、その“探し人”。

 その人物の名は“メティス”。

 天空皇ユーピテルと一緒に魔科学を研究していた第一人者だ。


 一人は能力を豊かにする為に。

 一人は生活を豊かにする為に。


 一人は自分が不幸にならないように。

 一人は皆が不幸にならないように。


 目的は違えど、国の為に協力をして、国の発展に尽力をしていたのだ。

 二人で共同して作成した物は数知れず、その中でも戦争の要となる魔戦車、魔水艦、魔空挺の開発は、ミズガルズ世界においての大発明だ。

 どの乗り物も操者の魔力を必要とせず、空気中の魔力を利用して動力に変換する魔導兵器。

 乗り物に魔力の充電が必要となるが、一度充電してしまえば一日中動かす事が出来る代物。

 これらの魔導兵器を使う事で、ジュピター皇国は三強と呼ばれるまでの強国となったのだ。


「ここまではミズガルズに住む者ならば、誰でも知っている歴史だと思うわ」


 ニンフが宙を飛び回りながら、説明をしてくれる。

 その際、魔力や光の燐粉を器用に使っては立体化させて。

 動きが天真爛漫で、その容姿と相まってとても可愛らしい。


 そしてこの後の話には続きがあるのだと。

 今ではジュピター皇国は他の国の追随を許さない程の国力を持っている。

 だが、ユーピテルの絶え間ない研究心から、知識を求める暴走から、魔科学の追及により人道に反する禁断の研究に辿り着いてしまった。

 その事から、ユーピテルに付いて行けなくなったメティスは、恐怖や罪悪感からジュピター皇国を離れる事を決意する。

 メティスが、ユーピテルの研究に対抗出来るようにと、独自の研究を開始したのだ。


「と言う事で、メティスに会いに行くわ!」


 気付いたら僕の頭の上に居るニンフ。

 頭の上から(髪の毛を掴みながら)その顔を覗かせて宣言した。


「メティスが居る場所はもう解っているわ。ただ、その場所は魔物がウジャウジャ居る場所なの」


 メティスは“隠者の森”という場所で、世間から隠れて暮らしているそうだ。

 これから向かう、その場所は、魔物がはびこる幻想の森の中にある隔離された空間“隠者の森”。

 スペクトラルは、アマルティアの戦闘指導もあり魔物と戦えない事も無いが、クレタ島には脅威となる外敵がいなかった。

 それに、実戦経験も、ほぼほぼ無い。

 スペクトラルとニンフの二人だけで、その場所を目指す事は危険なのだ。

 ニンフは僕達と同じ、秩序側の勢力。

 それにより、主神オーディンからお告げを頂いていた。

 お告げは、「この世界が混沌に落ちる時、救世主が現れる。スペクトラルが成人する歳となったらば、共にプリモシウィタスへと向かうのだ。さすれば救世主が助けてくれるだろう。其方は救世主と共に行動を起こし、世界を秩序へと導くのじゃ」と。

 随分と都合の良い話だが、そう言うストーリーなのだと納得をする。

 実際に困っている人達がいるのだから、助けるのだと。


「私達だけで“隠者の森”を目指す事は、正直、力不足なのです。ルシフェル様、どうか私達に力をお貸し下さい」


 スペクトラルが丁寧に頭を下げて、僕に頼んで来た。


[YES/NO]


(もちろん!)


[YES]


「ではこれから“隠者の森”へと向かいましょう。今後は、私の正体を隠す意味も込めて“ゼウス”とお呼び下さい」


 ゼノ・ウラヌス・スペクトラル。

 それぞれの頭文字を取って“ゼウス”。

 世間的には第六皇子は生まれていない事になっていた。

 だが、万が一の可能性を考慮し、本名から皇子と言う事がばれないようにする為の処置。

 これが歴史にゼウスと言う名が記さまれた瞬間だった。


「じゃあ、“隠者の森”までは、私が案内するわ」


 “隠者の森”は、ジュピター皇国、亜人共和国ポセイドン、ハデス帝国、それぞれの領土の丁度間にある不文律地帯。

 幻想の森の中に存在する。

 こうして僕達は、ニンフ案内の下、魔物ひしめく隠者の森を目指す事になった。

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