014 ギルド設立・魂位上げ
「...」
目が覚めると、目元にヒンヤリとした感覚が残っていた。
あれ?
何で濡れているんだろう?
「...涙?」
寝ている間に...
泣いていたのかな?
だが、心が凪のように静かで、感情そのものが起き上がっていない。
空虚。
胸にポッカリと穴が開いた感じだ。
「あれは...なんの記憶だったんだろう?」
夢の中の記憶。
思い返すと不思議な光景だった。
何処か、見知らぬ部屋の中。
誰かを待ち望んでいる光景。
寂しさと、喜び。
その相反する感情が入り混じっている気持ち。
ただ、それ以上の事は、何も思い出す事が出来なかった。
「...ラグナロクRagnarφk...プレイしよう」
僕のいつも通り。
起きて直ぐにラグナロクRagnarφkへのログイン準備を始めた。
ラグナロクRagnarφkが正式オープンしてから、丁度一ヶ月が経った。
今日はラグナロクRagnarφkで新機能の追加がある日。
僕は今。
ホーム拠点で新機能追加のその時間まで待機をしているところだ。
「うん...ホーム拠点も順調に拡張が出来ているな!」
平屋だったホーム拠点も、今では三階建ての拠点へと拡張。
一階は最初から設定されていた部屋に加えて、追加の施設と既存の部屋の移動を行った。
内装は、エントランス、アイテム倉庫、鍛冶場、調合室、作成室が設置してある。
エントランス以外のそれぞれの部屋の機能は拡張してあり、だいぶ広い空間へと変わった。
エントランスだけ初期状態のまま、まだ何も弄っていない。
二階へと続く階段があるだけの空間で、気休め程度だが、オープン記念に貰ったユグドラシル(世界樹)のオブジェクトを飾っていた。
「ユグドラシル(世界樹)のオブジェクトを飾っただけなのに、それだけで豪華に見える不思議。まあ、その存在感が凄いからな」
一説には、ユグドラシル(世界樹)の苗木との話も出ているが、現存するユグドラシル(世界樹)をそのまま縮小したような作りだ。
まあ、見た目が縮小版だとしても、ゲームの設定でどうとでも出来そうな気はするけど。
「アイテム倉庫は、見た目で言えばそこまで変わっていないんだよね。保存出来る容量は全然違うけど」
初期設定から設置してあるアイテム倉庫。
そこは車庫のような空間で、車二台分が置ける広さだった。
今ではその倍くらいの広さになったが、最大保存要領が五〇〇種類までに拡張してある。
「五〇〇種類と聞くと多いように感じるけど...もう、今の時点でほぼ埋まっているんだよね。まだまだ欲しい素材はあるし、強化素材も足りない。早めに次の段階へと拡張しないとな」
まだ四段階の拡張が残っており、次が一,〇〇〇種類、ニ,〇〇〇種類、五,〇〇〇種類、要領無制限と拡張が出来る。
アイテム自体が様々な物を作る為に必要な物。
勿論、装備品の強化素材も含まれており、それらを集め出すと容量が直ぐにパンクする。
鍛冶場は、新しく追加設置を行い装備製造と装備強化を拡張している。
装備製造は、装備品の指定レシピを入手し、その指定アイテムを揃える事で装備品が製造出来る。
装備強化は、装備品毎に指定されたアイテムを使用する事で、装備の威力を段階的に上げる事が出来る。
ちなみに職業で鍛冶師に就いている場合、その成功率や、装備品の品質が上昇する。
「まだ大した装備品は作れないんだけど、今の内から鍛治技術は上げておこう。自分だけの限定武器を早く作りたいからね」
調合室も、新しく追加設置を行い薬作成と効果追加を拡張した。
薬の作成も、薬の指定レシピを入手し、その指定アイテムを揃える事で薬が作成出来る。
効果追加は、薬毎に指定されたアイテムを使用する事で、薬に副次効果が追加出来る。
こちらも薬剤師の職業に就いている場合、その成功率や、薬の品質が上昇する。
「薬は品質が高い方がその効果が高まるからな。その分、店売りのポーションより高性能になるんだよね。それで回復量も変わって来るし、効果追加を行えば、ポーションなのに毒も消せるってなるからね」
作成室も、新しく追加設置を行い魔法具作成を拡張した。
魔法具作成は、指定レシピを入手し、その指定されたアイテムを揃える事で魔法具が作成出来る。
同じように魔法具師の職業に就いている場合、その成功率や、魔法具の品質が上昇する。
「魔法具のレシピ、まだ全然公開されて無いんだよな。身体能力UPの指輪は嬉しんだけど、まだ効果が微々たるものなんだよね...早く他の種類が増えてくれると嬉しんだけど」
設備の拡張で残っている物は鍛冶場で装備追加効果、オリジナル装備作成、調合室で薬強化、アレンジレシピ、作成室で魔法具強化、魔法具追加効果、オリジナル魔法具作成の拡張が残っている。
「設備もまあまあ揃って来たけど、拠点ポイントが全然足りないな...ストーリー進めて、ギルドで依頼こなして、ポイントを増やして行くしか無いから...まあ、それのおかげで魂位も上げられるから良いんだけどね」
二階の拠点設置は厨房、書斎、リビング、浴室となっている。
厨房以外は元々設置してあった物だが、二階に移してそれぞれの施設の効果を拡張してある。
厨房は、拡張設置を行い料理作成と保存室を拡張した。
料理作成では指定されたアイテムを使用する事で料理を作成出来る。
保存室は、料理の保存が出来る空間を作成した。
今の時点で保存要領(最大一〇品)と冷蔵機能を拡張。
残っているのはオリジナル料理の作成と、保存室は最大要領開放と、保温機能、時間停止機能だ。
職業で料理人に就いている方限定で品質(美味しさ)と追加効果(食べてから一定時間POWUPなど)を加えられる。
書斎は戦闘シーンの保存、戦闘シーンの編集を拡張。
お気に入りの戦闘シーンを一〇個までと、保存した戦闘シーンをカメラアングルを切り替えて編集が出来る。
書斎機能の拡張は元々ある魔物図鑑、世界地図を合わせてこれで全部拡張済みだ。
リビングは拡張出来る機能は広さだけで、後五段階拡張が残っている。
現時点で一〇〇㎡の広さがあり、後は四〇〇㎡、九〇〇㎡、一,六〇〇㎡、ニ,五〇〇㎡、一〇, 〇〇〇㎡と拡張出来る。
今で一〇m四方なので十分の広さを誇る。
浴室は設備強化、回復効果追加を拡張し、設備強化で露天風呂化、回復効果追加で状態異常回復(全)を追加してある。
設備強化は魔泉化、回復効果追加はMP回復(%)が残っている。
MP回復は一〇段階で、一〇%~一〇〇%回復と拡張出来る。
三階は私室、客室だ。
この階はまだ全然弄れてない。
客室は数を拡張設置出来るが、アルヴィトルの部屋だけ拡張設置して私室、客室共にデフォルトのままだ。
ホーム拠点で拡張設置出来るもので残っているものは地下フロア、エレベーター、庭、飼育小屋、車庫だ。
「諸々、ポイントに余裕が出来たらかな?」
『私室』
部屋の広さは初期設定のまま、五m四方。
内装は白を基調とした家具で揃えてある。
まあ、置いてあるのはテーブルと椅子とベッドのみなんだけど。
椅子は座り心地が良い物、ベッドは寝心地が良い物と、現状で用意出来る高品質な物を置いている。
「ギルド機能、追加実装か...今日の一〇時からアップデートされるんだけど、早くその時間にならないかな?楽しみだよ!」
椅子に座りながらメニュー画面を開いて、お知らせを選択する。
お知らせ一覧が表示された。
中身はこれまでに運営から届いたお知らせメールが新着順に表示されている。
一覧から一番上に表示されている[アップデートについて]を選択。
[アップデートについて]
『ギルド』機能実装日時
本日一〇:〇〇~
いつも『ラグナロクRagnarφk』をご利用頂きありがとうございます。
この度、新機能『ギルド』の実装を行います。
ギルドとはプレイヤーが任意に結成出来るグループ機能です。
ギルドメンバーだけに発信出来る『ギルドチャット』やメンバーだけが入場可能な『ギルド拠点』が存在致します。
さらにギルド拠点内に作成出来る拡張型機能『ギルド設備』ではメンバーで協力して自由自在なフロア(階層)を作成する事が出来ます。
※ギルド設備
ギルドポイントを使用して設置出来る施設。
※ギルドポイント
メンバーで協力してクエストを達成した時に入手可能。※一.ニ
※施設一覧
商売施設の設置、メンバー間での物品交換場、ダンジョンの作成、ギルド武器の作成。ギルド魔法の登録。※一
※ギルドの作成方法
『メニュー>ギルド>ギルドを設立する』から行えます。
またギルドを作成するには『ギルド設立証』が必要です。
ギルド設立証は、アップデート後のログインボーナスで配布致します
※ギルドの参加方法
ギルドへ参加する為には、ギルドマスターやサブギルドマスターから招待を受けて承認する事で、ギルドへ参加が可能です。
※ギルドへの招待方法
ギルド未所属のプレイヤーを自身のギルドへ招待するには、ギルドに誘いたい人とフレンド登録を結ぶ必要がございます。
『フレンドメニュー>ギルド招待』を行う事で招待が出来ます。
※役職と権限について
ギルドには下記の役職があり、それぞれギルドへ行える権限が与えられています。
※ギルドマスター
全ての権利を持つ権力者。※三
※サブマスター
『ギルド勧誘』『連絡』の両方を行うことができます。
また他のギルドメンバーに対して『連絡編集』の権限付与が出来る者。
※連絡編集
『ギルドからの連絡』にある『編集する』コマンドから、連絡を更新や変更出来る者。
※注意事項
※一内容や期間など予告なく変更になる場合があります。
※ニメンバー同士での共有、個人での管理の選択が可能です
※三権限の変更や委譲、ギルドの解散はギルドマスターのみが行える機能です。
そして、今は丁度一○:○○。
プレゼントメニューを開けば、運営からギルド設立証が送られていた。
「これが、ギルド設立証。凄い豪華だな」
「他の人のギルドに入るのは...僕には出来そうに無いし、これから始まるだろうギルドイベントでも必要になるだろうし...やっぱり、自分で設立するのが一番良いかな」
プレゼントから[ギルド設立証]を選択して受け取った。
早速ギルド設立証を使ってみる。
メニューを開き、新しく追加されたギルドの項目から、ギルド設立をクリックする。
「『ギルド設立証』を使用致しますか?」
※使用した場合このアイテムは消失致します。
[YES/NO]
(それは、もちろん!)
[YES]
「ギルドを設立致します。ギルド名を決定して下さい」
「僕のギルドを作るって考えた時、「最初はどうしよう?」って悩んだけど、自分で作るならギルド名はもう決めてあるんだよね。僕の名前のルシフェルにちなんで“明けの明星”」
[明けの明星]を打ち込む。
「明けの明星。こちらで宜しいでしょうか?」
[YES/NO]
(うん問題なし!)
[YES]
「それでは『ギルド』をお楽しみ下さい」
ギルドの設立が完了すると、ホーム拠点のリビングに、新たにギルドへと向かう事が出来るゲートが設置された。
どうやら、そのゲートを潜ればギルド拠点を建造出来る、空き地のような何も無い空間へと転移する事が出来るみたいだ。
「ゲートを通ってギルドに来るか、メニューからギルドを選択して移動する事も出来るのか。でも、どちらの方法もホーム拠点に居る事が条件なんだ」
僕は早速、リビングにあるゲートを潜ってギルド拠点へ建造出来る空間へと向かった。
「ここがギルドを建てる場所?...トレーニングルームに似ているのか?あの丸いのは何だろう?」
僕の目の前には、魔力エネルギーが凝縮された丸い宝玉が浮いていた。
その宝玉に近寄ると、「ブォン!」と言う音と共にホログラム式のディスプレイが浮かび上がった。
そこには[ギルドコアに触れてギルド拠点を建造して下さい]と表示されていた。
「ギルドコア...これに触れれば良いのか?」
僕は書いてある通りに、ギルドコアに早速触れてみた。
「冷たい?...何だか身体の力が抜けている?」
ギルドコアに僕の何かが吸収されている。
この感じだと多分、魔力かな?
「...あれっ?ギルドコアが段々と熱くなっている!?」
魔力が吸収されるごとにギルドコアに熱が帯び始め、それは、徐々にギルドコアが充電されて行くような感じだった。
すると、ギルドコアから突然、光が放出され、周囲へと眩しい輝きが放たれた。
「うわっ!?眩しい!」
光の放出が終了すると、ギルドコアが稼働を始めた。
すると、再度ディスプレイが表示され、そこにはギルド拠点を建造出来る項目が映し出された。
手でスクロールする事で、建造拠点を選択出来るみたいだ。
今現在、映し出されているものは、城、宮殿、神殿、教会、墳墓、洞窟、大樹、以上の七種類だった。
「ここから選べば良いのか?これは、後で変更出来るのかな?注意書きは無いから...大丈夫なのか」
お知らせの説明文には変更出来ませんとは書かれていなかった。
何か条件があるのかも知れないが、いずれ変更は出来そうだ。
それなら気にせずに、自分の好きなものを選ぶ事に。
「この中なら、神殿にしようかな」
ディスプレイを手でスクロールして行き、神殿を選択した。
すると、神殿を選択した瞬間。
目の前のギルドコアへと、この空間の周囲から大量に光の粒子が収束を始めた。
収束をする光の粒子は、ギルドコアを中心に神殿の形へ変わりながら模って行く。
形が出来上がり、光の粒子が中を埋め尽くすと、眩い輝きと共に神殿が具現化した。
「おお、これは凄い!!圧倒的だ!!」
目の前で起きた現象に驚き、細部まで細かく作りこまれた神殿に感動をする。
一度目は全体を、二度目は細部を、そして、もう一度全体をマジマジと見て観察を繰り返した。
神殿は城塞のような形で、現実世界で言う『ヘロデ神殿』に近い形をしていた。
周囲は真っ白な石の壁で囲まれており、三つの区画に分かれていた。
手前から広場、神殿、本殿と分かれ、それぞれの区画の広さは体育館位の大きさだ。
「初期状態でこの広さは凄いな!これで拡張したらどれ位の大きさになるんだろう?」
ギルド拠点は、どちらかと言うと国に近い役割となる。
ギルドマスターは、国の主としてギルドに君臨し、他のギルドと鎬を削り合う。
ギルドメンバーは、家臣の役割を果たし、ギルドマスターと共にギルド(国力)を強化して行く。
ホーム拠点と同じで、ギルドポイントを使用して機能を拡張出来る。
ギルドクエストや、ギルドダンジョン、特殊イベントでギルドポイントが入手出来るみたいだ。
「やるからには、最強のギルドにしたいよね!」
ラグナロクRagnarφk、NO.一プレイヤーを目指し、ギルドでもNO.一を目指す。
但し、まだギルドクエストや特殊イベントは参加出来無いので、当面の目標は個人能力を上げる事となるが。
「その為にも、冒険者ギルドに行ってランクや魂位を上げるかな」
今現在の僕のステータスはこうなっている。
『ルシフェル』
称号:努力家
種族:天使LV10 大天使LV1(New)
職業:魔法使いLV10 魔導士LV10 召喚士LV1
HP
1326/1326
MP
2204/2204
STR 212
VIT 181
AGI 225
INT 323
DEX 157
LUK 110
[スキル]
剣技LV1(New) 短剣技LV6 格闘技LV6 杖技LV5 弓技LV7 鞭技LV1(New) 鎌技LV1(New)
[魔法]
火属性魔法LV10 水属性魔法LV10 土属性魔法LV8 風属性魔法LV9 白属性魔法LV1(New) 黒属性魔法LV5 炎属性魔法LV1 氷属性魔法LV1 召喚魔法LV1
[固有スキル]
浮遊 飛行(New) 魔力消費3/4
[才能]
記憶と思考
種族や職業で覚えられる属性魔法は、全部で十五属性。
基本属性の火、水、土、風、白、黒の六種。
上級属性の炎、氷、大地、雷、聖、闇の六種。
特殊属性の時、空間、生命の三種だ。
これ以外にも召喚魔法や、精霊魔法など属性外の魔法も存在している。
だが、魂位には上限が定められている為、一個人が全部の魔法を覚える事は出来無い。
魔導書を使用すれば、それとは別で覚える事が出来る魔法もあるにはあるのだが、基本は、種族と職業の組み合わせが大事になって来る。
こればかりは、どの組み合わせが正解なのか解らない。
「限定されているからこそ戦略が重要になるし、戦闘に技術が求められる。これが楽しいんだよね!」
種族や職業の恩恵は確かに大きい。
だが、戦闘で命運を分けるものは個人の技量による部分が大きい。
格闘ゲームで言えば、同じキャラクターを使用して対戦したとしても、操るプレイヤーの技量によってその強さが変わるのと同じ事だ。
「結局は、スキルや魔法も使いこなせないと意味が無いし、それだったら自分が好きなものでカスタマイズしたいよね!丁度、種族もレーンアップ出来たところだし」
種族が大天使になった事で、新たな装備可能武器が開放された。
それは、剣、鞭、鎌の三つが解放された。
「これでようやく剣を装備する事が出来るよ!」
僕が待ちに待っていた事で、恋焦がれていた剣の装備。
夢にまで見て来た英雄像が、剣と魔法のハイブリットだからだ。
その両方を満遍なく使用し、バッタバッタと敵を薙ぎ倒す。
一個人で何千の敵と、何万の敵と渡り合える英雄だ。
「英雄...誰にも負けない。誰にも殺されない。そんな最強に!!」
剣と魔法、そのどちらも怠らずに最強を目指す。
それは片一方だけの頂点では無い。
両方においての頂点をだ。
僕がもともと得意では無かった肉弾戦も、今では短剣だろうが、徒手空拳だろうが、杖だろうが、満遍なく使う事が出来る。
今のままでは、ただの器用貧乏かも知れない。
だが、僕は“自分が使えるもの全てを使いこなす”事が目標なのだ。
種族進化も、クラスアップも経験して来た。
順調にステータスも上がっている。
勿論、対人戦をしたとしても誰にも負けるつもりは無い。
ただ、自分の強さが、他人と比べてどれ位の強さなのかが解らなかった。
「一度も休まずに、ここまで来たけど、どれ位の強さがあるんだろう?...いや、他人を気にするよりもか」
目指すは最強。
それなら他人と比べる事よりも、自己研鑽に励めば良い。
止まらずに突き進めば目標に辿り着ける筈なのだから。
そうして僕は魂位やステータスを上げる為、冒険者ギルドへと依頼を受けに行った。
『プリモシウィタス』
中央区・冒険者ギルド。
此処はいつ来ても人が溢れて賑わっている場所。
閑散とした光景など、今までに一度も見た事が無い。
それは此処が、初まりの街で始まりの街だからだろう。
依頼の種類も豊富で、どんなランクにも対応している事が大きい。
「依頼を受注出来る新たなランク上限が開放されたからか、人が増えているな...いや、これは単純にプレイヤーの数が増えたのかな?」
冒険者ギルドのホールには、様々なプレイヤーが集まっていた。
皆がそれぞれ自分達の友達や仲間と話しているようだ。
ふと、聞こえてしまう誰かの会話。
「そういえば、ギルド機能追加されたな!」
「ようやくだよな。やっぱり、お前は自分で作るの?」
「いや、オレは何処か強い人のところに入れて貰うよ!寄生坊上等ってね」
「ええー!そうなの?...それなら、おれもそうしようっと」
仲の良さそうな男二人組みの会話。
「何だよお前もかよ!?」とおちゃらけた様子。
その内容は、今朝に実装されたばかりのギルド機能についてだ。
強いプレイヤーが居るギルドに入ってしまえば、その恩恵は計り知れないもの。
その人物に協力を得る事が出来ればそれだけで強くなる近道が出来あがるし、ランクを上げる事も楽になる。
まあ、一方的な寄生だけでは成立せず、お互いに利のある関係が必要な事は言うまでも無いが。
ただ、今のところゲーム内では、強さを知る為の術が無い。
今後、個人戦やチーム戦などのイベントが立てば、それ以降は解るのだろうが、個人の強さを発表しているランキングが無いので、こればかりは運になりそうだ。
(任意で強いプレイヤーを選ぶのは難しいんじゃないかな?ランダムだと運しだいになりそうだし。都合良く、やる気ある人達が集まれば強くなるとは思うけど、中には、気楽にやりたい人もいるだろうし。そのバランスが難しいよね)
違う場所では、ゲームの攻略具合について会話をしていた。
「なあ?どこまでメインストーリー攻略した?」
「どこまでって言うか、まだ最初の国だよ。なんかすげー難しくてさ。全然進めないんだよね」
「分かる!攻略サイトを見ても難しいよな」
「あれっ?攻略サイトって、正規のやつあったっけ?」
「いや、正規のやつにそんなの無いよ。ほらっ?あのゲーマーで有名な人居るじゃん?その人もラグナロクRagnarφkプレイしてて...」
「ええーっと、その人ってジークて言う人だっけ?」
「そう!ジークさん!その人が攻略サイトを作成してくれてさ!」
「マジッ!?あの人って、他のゲームでも根こそぎ上位独占している人でしょ?」
「...らしいね?俺は全然知らなかったんだけど...でさ、その攻略サイトを作成してくれている有名なジークさんでも、まだ最初の国しか攻略していないんだって!」
「ええー!ジークさんでまだそこなの!?じゃあおれだと、何ヶ月掛かるか解んねえじゃん...」
「だよな...攻略情報載せているプレイヤーは沢山いるけど、役に立たない情報ばかりなんだよね。その中で断トツでジークさんがTOPっぽいし...ああ、あやかりてぇな」
と、そんな会話が聞こえて来た。
僕はその会話の中で、何個か気になる部分があった。
(あれっ?その凄い人でも攻略は一国だけなのか?僕は二国攻略出来ているけどな... )
周りの進み具合に疑問を感じてしまう。
ラグナロクRagnarφkがオープンしてから一ヶ月が経っていると言うのに「まだそこまでなのか?」と。
だが、それよりも有益な情報を知る事が出来た。
それは、僕が一番気になった部分で、今後を左右する事。
TOPプレイヤーの存在。
(TOPプレイヤー...か。他のゲームでも軒並み上位に入っているプレイヤーなんだ。そうなると、相当強いんだろうな...。負けたく無いな...僕には...これしか...無いのだから)
僕は、ラグナロクRagnarφk最強を目指している。
その為、TOPプレイヤーと呼ばれる人物には負けられない。
負けない為にも、更に魂位やステータスの上昇を目指さなければならない。
(“ジーク”って言う名前だったよね...忘れずに覚えておこう)
他の場所では、男女三人組のパーティで会話をしている。
「ここ一週間、BoBoと連絡が着かないんですが、何か知っている人はいますか?」
「私も、ギルド依頼の事で連絡をしたのですが、まだ一度も返事が返って来ていません」
「ワシは、BoBoと直接やり取りした事が無いからのう。いつも連絡はリーダー経由じゃ」
「そうでしたね。でもBoBoと連絡が取れないのはおかしいんですよ。僕は、現実世界でもBoBoを知っている仲なので、こっちだけで無く、向こうでも連絡が取れないって事が、今まで無かったんです」
「そうなんですね。それだと一週間も連絡が無いと心配になりますね」
「そうかのう?ワシも一週間くらいなら仕事で出張もあるし、旅行で遊びに行く事も全然あるぞ。その時ばかりはゲームもせんからのう」
「でも、BoBoは決してそう言う人じゃ無いんですけど...」
「もしかしたら...ゲーム自体に飽きられたのかも知れないですね」
「ふむ。居ないやつの事を考えても仕方無いじゃろう。今日は三人で頑張ろうぞ」
「ええそうですね。依頼の期限は決まっていますので今居る人で対応しましょう」
「...分かりました」
(なんか嫌な話聞いちゃったな...まあでも、他人によっては“たかがゲーム”になってしまうんだよね。その事に僕がとやかく言う事は出来ないし、その事を僕が気にしても仕方が無い。全員が全員、満遍なく楽しめるものなんて無いだろうしさ)
ホールは、このように様々な人達で賑わっている。
僕は盗み聞きをしてしまった罪悪感はあるが、討伐依頼の掲示板を見ている時にたまたま聞こえた事。
なので、直ぐに忘れてしまうだろうし、気にしても仕方が無いと切り替えた。
但し、TOPプレイヤーのジークと言う存在を除いて。
「だったら、自己研鑽あるのみ。魂位上げ頑張ろう!」
「さて、討伐依頼は、どれにしようかな...?」
※フロストバード討伐
内容:雪山地帯で異常発生したフロストバードの討伐。
報酬:八〇, 〇〇〇ガルド(討伐数により追加報酬)
期限:無し
※サンドスコーピオン討伐
内容:砂漠地帯に生息するサンドスコーピオンの討伐。
報酬:七〇,〇〇〇ガルド(討伐数により追加報酬)
期限:無し
※フレイムウルフ討伐
内容:火山地帯に生息するフレイムウルフの討伐。
報酬:八〇,〇〇〇ガルド
期限:無し
※デスナイト討伐
内容:墓地に生まれたデスナイトの討伐。
報酬:一〇〇,〇〇〇ガルド
期限:一週間
※ミノタウロス討伐
内容:山岳地帯に現れたミノタウロスの討伐。
報酬:一ニ〇,〇〇〇ガルド
期限:無し
「う~ん。この中なら...初めて見る、ミノタウロスにしてみようかな」
初見の依頼。
だが、僕は新しく追加された依頼を直ぐに受けるようにしていた。
理由としては、先ず、敵キャラクターのグラフィックを見る事が一番の楽しみ。
次に、新規の敵と戦闘をする事が自分の力の糧になるからだ。
僕自身の戦闘経験を経る為にも、更に攻撃のレパートリーを増やす為にも、様々な敵と戦かう事が最適なのだ。
最強を目指す為、その経験こそが自分の強化へと繋がるのだから。
「経験だけは、お金では買えないものだからね」
依頼書を手に取り、受付へと向かった。
今の時間は比較的空いている方で、受付もそこまで混雑していない。
並んで待つのは当たり前なのだが、一番列の少ない受付に並び、討伐依頼の受理を待つ。
職員の目の前に辿り着くと、相手の方から話し掛けて来た。
「本日はどう言ったご用件でしょうか?」
これが予め設定されている定型文だとしても、僕が話し掛ける前に会話を始められる程の対応力。
NPCの役割を超えて、人間とほぼ変わらないコミュニケーション。
「これの討伐依頼をお願いします」
「かしこまりました。では冒険者カードに、依頼書のご提示をお願い致します」
僕は言われた通り、冒険者カードと持参した依頼書を提示した。
「ご提示ありがとうございます。ではこちらで受理致します。少々お待ち下さいませ」
職員は魔法具を手に取り、冒険者カードと依頼書を重ねる。
重なったところに魔法具を当てて、その魔法具に魔力を込めると依頼書の文字が浮き上がる。
その文字は不規則に動きながらも、冒険者カードへと取り込まれて行く。
依頼書の内容が全て冒険者カードに吸い込まれると、その情報が反映されるのだ。
今ではもう見慣れた光景だ。
「お待たせ致しました。こちらで依頼討伐の受理が完了致しました。それではこちらが、魔法袋に討伐証明書です」
布で作られた魔法袋に、羊皮紙で出来た討伐証明書を受け取った。
「それでは規約事項を守ってご注意下さい」
討伐依頼の受理が終わると、ミノタウロス討伐の為の準備を始めた。
僕の生命線となる回復アイテムの補充だ。
僕自身、職業が魔法使いではあるが攻撃魔法主体の為、回復魔法を覚えていない。
今後に関すれば種族が天使の為、いずれ回復魔法を覚える事は出来ると思うけど。
だが、今は回復アイテムに頼っている状態だ。
これが無ければまともに戦う事も出来無い程。
「回復アイテムは僕にとっての生命線。現状の命綱だから何よりも最優先に揃えないと」
道具屋で買う事の出来るハイポーションやマナポーションを買い揃えて行く。
勿論、武器や防具も蔑ろに出来無い物だ。
装備品が弱ければ、その分苦戦する事は解りきっている事なのだから。
だが、お金で守れる生命があるなら、それは安い買い物だろう。
それでも魔物との戦闘において一〇〇%の生命の保証がある訳では無いけれど。
「不測の事態に備えて考えられる対策を講じる事は当たり前の事。それでもやり過ぎなんて事は無いんだから...よし。これで道具の準備は万端かな。あとは...装備かな?」
道具の準備が出来たところで、次は装備を整えに行く。
新しく装備が出来るようになった武器(剣、鞭、鎌)を含めて三つを買いに行く。
「武器を買うなら...やっぱりあそこだな」
数ある武器屋の中から僕がこれから向かう武器屋は、初依頼の時に知り合ったドワーフが居るお店だ。
討伐依頼を通して出会った事がきっかけなのだが、今ではこの場所で購入出来る人物が限られていた。
勿論、条件は初依頼でこのお店の討伐依頼を受けた人物のみ。
もし、初依頼を受けていない場合。
このお店と関わるフラグが消滅してしまう為、後からこのお店で購入出来る条件が発生しない。
随所で、こう言った細かいフラグが立てられており、ユニークイベントに発展する可能性を秘めている事が人気の要因の一つなのだ。
プレイヤーの数だけ自分だけのストーリーが刻まれて行く。
まあ、運の要素が大きいし、偶々当たったとしてもそれが最良とは限らないけれど。
「いらっしゃ...おお!お前さんか!ゆっくり見て行ってくれ」
お店に入ると直ぐ、店主のドワーフは僕の事に気付いてくれた。
何だか、こう言った反応は嬉しいものだ。
仮想世界の中だろうと、お互いの関係性が蓄積されたからこその結果。
僕でもちゃんとした人付き合いが出来ているのだから。
「剣は...あそこか」
此処の武器屋は、一見さんお断りのシステムで紹介制でも無い。
依頼を受けた人物のみが購入出来るのだが、正直、最高級の品質と言う訳では無い。
それでも、僕にとって相性の良い武器が揃っており、デザインも自分好みだ。
もしかして、購入した物のデータが蓄積されているのかな?
「ここで買えば買う程、装備の品質が良くなっている気がするんだよな...オーダーメイドにも融通が利くし、装備品が他と被る事も無いからな」
一つ一つ丁寧に作られ、用途の違う多種類の剣が飾ってあった。
その分値段は張る物だが、此処だけの限定品。
一つとして同じ武器は無く、それぞれが世界に一つだけの武器。
しかも、付属効果が付いている高品質な武器となっている。
「どれも良い剣だ...でも、僕が片手で持てる範囲で最長の剣が良いな」
条件に合う剣を探していると、僕の目に付く武器がそこにあった。
片手剣と両手剣の間にあるこの店独自の“バスタードソード”。
「これは...格好良いな」
僕はそれを手に取った。
バスタードソードは両刃で全長が一五〇cm程。
両手でも握れるように柄は長く作られていた。
武器を持った感じが妙に手に馴染む。
その武器と僕の身体が一体化しているような、そんな不思議な感覚。
「...うん。これにしよう」
この剣の付属効果は、耐久値がプラスされているだけの頑丈な剣。
他に性能の良い武器は沢山ある。
だが、僕はこの大きさと剣の形が好みな為、その理由だけで購入を決める。
やはり、見た目の格好良さは大事だから。
「これを使いこなされば、相当格好良いだろうな」
同様に鞭、鎌を見て行った。
鞭は、一本鞭でマジックスネークの皮で編まれている物を。
マジックスーネクの特性を活かした物で伸縮自在の鞭。
長さを五m~一〇mまで自在に調整出来るようだ。
「伸縮自在の鞭。これは...相当練習が必要だろうな」
鎌は、死神が持っているイメージ通りのサイス。
鉄で出来たシンプルな物だ。
全長はニ〇〇cm程あり、刀身が湾曲している。
付属効果は攻撃力プラスが付いていた。
「死神の鎌。イメージ先行かも知れないけど、これ程、似合っている組み合わせは無いよね」
購入する三つの武器を決定した。
僕はその選んだ三つを手に取って、店主であるドワーフに話し掛けて武器を購入した。
「武器のメンテナンスが必要な時は言うてくれ。次来た時には、もっと品質の良い武器を用意しておくのじゃ。楽しみにしておいてくれ」
武器の購入も終わり、諸々の準備が出来たのでドワーフと別れを告げた。
後は討伐依頼に向かうだけ。
「よし!これで準備も万端。残すは討伐依頼だけだ」
今回の依頼対象ミノタウロスを討伐する為に山岳地帯へと向かった。
場所は、プリモシウィタスから北西に行ったクレタ山と呼ばれるところ。
移動手段に、まだ乗り物(馬など)が無い為、その身体一つで移動しなければならなかった。
「早く、乗り物の実装があれば良いけど...そう言えば、新しく覚えたスキルでも試してみようかな」
クレタ山まで移動するのに、普通に歩いていたら一時間程掛かってしまう。
少しでも時間が短縮出来ると思い、新しく覚えたスキルを試す事にした。
その新しく覚えたスキルは“飛行”。
飛行は浮遊と違い、空中に浮かぶ事で無く、空中に飛んで離れた場所に移動が出来るのだ。
この“移動が出来る”とは浮遊でも出来る事なのだが、浮遊の場合では空を漂う事が一番なので、飛行とはスピード感が全く違ったもの。
僕は飛行を使用して目的地まで風を感じながら飛んで行った。
「この速さで移動出来るのは嬉しいな!風が気持ち良い!」
空を飛んでいる感じは、浮遊スキルでは決して得られない爽快感があった。
慣れていない所為か、スピードを出しすぎると興奮よりも恐怖の方が勝るようだ。
むき出しの肌に触れる風圧。
寒さも、痛さも感じるものだった。
その為、自分が落ち着くスピードで目的に向かう。
自然を感じながら空の移動を楽しめるスピードで。
そして、目的地であるクレタ山に辿り着くと、そこには一目で解る程に目立つ魔物が居た。
『ミノタウロス』
牛頭人身の亜人。
身長は四〇〇cm。
目の前のミノタウロスは、通常のミノタウロスよりも断然大きい変異種。
目付きは鋭く、青よりも深い紺色の目をしていた。
鼻輪が金色に輝き目立っている。
何故か、全身に傷跡が残っていた。
裸一貫で戦いを繰り返して来たら、そうなりそうな傷の付き方。
そんなデザインなのかは解らないが、妙に生々しい傷だった。
中心に宝石が埋め込まれた巨大な斧を持っている。
「最初から傷だらけなんだな...異様な雰囲気の魔物だな」
目の前のミノタウロスは、通常の固体よりも二倍程大きい変異種。
その茶色い身体に身に纏うものは腰布のみ。
「あれが討伐対象で合っているのか?何だか事前情報とだいぶ違うな...でも他にそれらしき相手は見当たらないし...まあ、倒してしまえば関係無いか」
どちらにせよ素材は回収出来るし、この相手なら魂位の上昇も期待出来そうだ。
それなら目の前のミノタウロスが討伐対象と違っても、僕にはどちらでも良かった。
「さて、早速戦おうかな。一体、どんな攻撃をして来るんだろう?楽しみで仕方がないよ!!」
ミノタウロスがその視線の端に居た僕に気付く。
すると、突然叫びだす咆哮。
その紺色の瞳で射殺すような恐ろしい形相で僕を睨みつけた。
「モォオオオオ!!!」
鳴き声は牛のようなものだが、それよりも遥かに恐ろしい咆哮。
僕は咄嗟に耳を塞ぎ、叫び声を聞かないように身を守る。
特集効果で麻痺などしてしまったら堪ったものでは無いから。
その叫び声とリンクするようなミノタウロスのボディビルダーのようなその肉体。
至る場所に筋を浮かせて、筋肉が肥大していた。
「...五冥将オルグも凄い肉体をしていたけど、全然、負けていないな」
咆哮が鳴り止み、全身のバンプアップを済ませたミノタウロス。
斧を振り上げては、僕に向けて勢い良く駆けて来た。
その動きの重厚さ。
「ドスッ!」、「ドスッ!」と一歩一歩が地面に沈む、身体の重さを感じるものだった。
「動きは遅いが、アレで踏まれたら一発でペチャンコになるんだろうな」
その手に持つ斧が僕に当たる距離まで近付くと、何も考えずに勢い良く斧を振り下ろした。
力任せの工夫の無い一撃。
ただ、斧を振り下ろした際の風を切り裂く音が途轍も無い。
「ゴォオ!!」と周囲に風を巻き散らかしていた。
この攻撃が当たれば壮絶な破壊力を生むだろう。
しかし、そこに至るまでの動きが遅かった。
僕は、ミノタウロスの死角に回るように避ける。
「動きが単調な!後ろが、がら空きだぞ!」
がら空きの背面へと回り、渾身の一撃を振り下ろす。
僕が使用するのは、早速卸したばかりのバスタードソード。
その勢い良く振り下ろしたバスタードソードは、ミノタウロスの背中に直撃した。
いや。
直撃した筈だった。
「!?」
攻撃が当たる寸前。
ミノタウロスの身体は、白い光の膜に包まれていた。
僕が振り下ろした渾身の一撃は、ミノタウロスの身体を傷付ける事が無く、その光の膜を伴った皮膚に弾かれてしまった。
「堅っ!!って、しかも貫通無効化!?」
僕は闇の指輪を入手してからは、全ての攻撃に貫通付与する事を癖付けて来た。
そして、今回も当たり前のように貫通を付与した訳だが、その貫通攻撃が弾かれてしまった。
それも、今までに貫通攻撃を弾かれた事は無く、ミノタウロスによって初めてだ。
貫通攻撃が効かなかった事で焦りが隠せない。
しかも、僕の攻撃を跳ね返す程の、肉体の強度(防御力)の高さも相まって。
「貫通が出来ないとしても、剣で斬れない事の方が不味いな...まだ動きが遅い事が救いか。さて、これはどうしたものか」
ミノタウロスの膂力に、その防御力の高さ。
これは、かなり厄介だ。
ただ、忘れてはいけないが僕はもともと魔法職。
物理攻撃が弾かれたのなら、魔法攻撃を試せば良いだけだ。
「あの動きの遅さ...距離さえ取れれば、問題無く魔法で勝負が出来るな」
僕は考えた事を即実行する。
ミノタウロスとの距離を十分に取り、魔法の詠唱を始めた。
試す魔法は、火属性魔法の上位魔法ファイアストームだ。
今の僕には、職業の魔導師を魂位一〇(マスター)にした事で得られた特典、魔力消費三/四がある。
これのおかげで上位魔法を気にせずに、どんどん使用が出来るのだから。
僕の両手から集まる赤い魔力が収束を始める。
身体の中の魔力が火属性へと変換されているのだ。
その魔力が赤い粒子となって前方へと集まる。
球のように丸く凝縮されて行く赤い魔力。
その周囲には、「バチバチッ!」と火花が弾けるようだ。
これで上位魔法の準備が整った。
「ファイアストーム!」
僕はミノタウロスに向けて叫んだ。
僕の前方で収束した魔力球が、回転をしながら拡散する。
すると、ミノタウロスを対象に火の渦が巻き起こった。
地面に生えている草ごと、その周囲を焼き尽くし、その高温が空気中の水分を蒸発させる。
「ゴオオオー!!」と渦巻く火は圧巻である。
相変わらず派手な魔法だ。
だが、その効果がいつもと違った。
「変だな...?“臭い”が全くしない」
通常なら周囲を焼き尽くしている頃。
それと同時に相手の肉体を焦がす、嫌な臭いもついて来た。
だが、火の渦の激しさの為。
僕からは中にいるミノタウロスの動向が確認出来なかった。
「...声も無い?...動きも無い?」
火の渦の中で映る影。
ピクリとも動かない。
焼かれてのたうち舞う訳でも、ダメージを受けて痛みを感じている訳でも、そのどちらでも無さそうだ。
明らかに不自然な程、ミノタウロスに何も起きていないのだ。
「どう...なっているんだ?」
すると、火の渦の中から白い光が輝く。
強く発光されたその輝きと共に、中の影が動き出し、火の渦を斜めに切り裂く。
中から現れたのは、全くの無傷のミノタウロス。
手に持つ斧からは、白い光を眩く発していた。
「ダメージ無しだって...あの魔法具の恩恵か?」
手に持つ斧(魔法具)からは、僕がバスタードソードで斬り付けた時(闇の指輪の効力)と同じように、ミノタウロスの身体をコーティングするように白い光が薄く幕を張っていた。
貫通攻撃が無効化された。
魔法攻撃も防がれた。
物理攻撃も、魔法攻撃も、そのどちらでもミノタウロスを傷付ける事が出来なかった。
僕の攻撃が、どれも通用しない。
「面倒だな...だけど、こういう時は...」
今までに、攻撃を完全に無効化する魔物などいなかった。
物理攻撃が効かない場合は、魔法攻撃が効いていた。
魔法攻撃が効かない場合は、物理攻撃が効いていた。
そして、そのどちらの攻撃も効かない場合は、相手に急所があると言う事。
「弱点がある!」
此処からは弓矢に武器を持ち替えて、相手の弱点になりそうなところを攻撃して行く。
こめかみ、眉間、目、心臓、股間、関節。
浮遊を使用しながら安全な距離から、相手の死角に回って一方的に攻撃を加えて行く。
「これでも駄目なのか?...まさか、弱点が無い新規個体?」
此処に来ての完全に攻撃が効かない相手。
しかも、目の前の相手は、BOSSでは無いのにだ。
「そんな事があり得るのか?」と考える。
何処かに見落としをしていないか、必死に考える。
そこで思い当たる事が一つだけ見付かった。
「...武器を破壊すれば良いのか!」
考えてみれば、攻撃をする度にミノタウロスは白い光に包まれていた。
それも斧(魔法具)が輝いてだ。
ならば今必要な事は、ミノタウロスを攻撃するのでは無く、先に斧(魔法具)を破壊する事。
「あれが魔法具による効果なら!!それを破壊するだけだ!!」
ミノタウロスの武器を破壊すべく、全力で斧(魔法具)に攻撃を仕掛ける。
攻撃をする度に斧(魔法具)は白く輝くが、その光は段々と弱くなって行った。
その事に手応えを感じ始めた。
だったら攻撃の手を休めずに武器破壊に集中する。
すると、遂に斧(魔法具)から光が発動しなくなり、斧(魔法具)にひびが入った。
ミノタウロスを包む白く薄い光も、その効力を失った。
「やはり思った通り!」
斧(魔法具)は効力を失い、ただの鉄の斧に成り下がった。
そこからの戦闘は早かった。
攻撃を防がれる事が一度も無く、物理攻撃も、魔法攻撃も、全ての攻撃がミノタウロスへと当たる。
だが、此処で初めて気付いた事があった。
それは、ミノタウロスが通常の魔物と違い、BOSS扱いになっていた事を。
相手にはHPゲージが浮かんでいたのだ。
「これは、ストーリー以外で初めてだな...それとも、単に目の前のミノタウロスがイレギュラーなのか?それともアップデート後の仕様なのか?...まあ良い。HP制なら“アレ”が試せる!」
ミノタウロスへの攻撃はダメージを与えるだけで、頭や心臓を狙っても一撃で倒す事が出来無かった。
だが、僕の攻撃はダメージを確実に与えている。
そして、それなら新しい事に挑戦が出来るのだ。
「...早速、試してみるか」
此処で僕は、今までに試行錯誤をしていた、僕だけの、僕にしか出来無い、僕専用の新しい戦法を試して見る事に。
それは、浮遊と飛行を併用した空間機動攻撃。
「先ずは、移動から」
ジャンプをして浮遊で空中に止まった後に、飛行で空中を飛ぶ(駆ける)。
傍から見ると空中に見えない足場があり、それを利用して急激に方向転換をしたように見えるだろう。
「浮遊で無理矢理その場に固定...ぐっ!動きを止めずにすかさず飛行で空中を駆けて...」
飛行を浮遊で無理矢理止める為、その身体に掛かる衝撃の負荷が途轍も無い。
浮遊で止まる時、「グッ」と身体を堪えるのだが、あまりの衝撃で内臓が動いている事が解る。
「闇雲に身体を止めてはダメだ!必ず足から衝撃を逃がさないと!」
僕は少しでも衝撃を減らす為、浮遊で固定する時に身体を回転させて、必ず足下に衝撃が来るように動いた。
空中での身体の回転。
それは、上下左右が何処にあるのか解らなくなるもの。
天地が逆転したように、その感覚が狂ってしまうもの。
「自分の身体を見てたらダメだ!常に相手を見て、対象を固定する事で、空中を把握するんだ!」
まだまだ、辿々しい動き。
だが、形は出来ている。
重力を物ともしない、物理法則を無視するような、空中を自由自在に駆け巡る動きが。
「空中移動はまだまだだけど、これなら上出来だ!後はこれに攻撃を織り混ぜて...武器の切り替えも混ぜながら...」
流れるような空中移動とは、正直なっていない。
だが、地上にいる相手には絶大の効果を発揮する。
空中と言えど装備の変更は手慣れた物で、剣から弓矢とスムーズに切り替えが出来る。
そして、空中での移動と合わせて、多彩な攻撃を繰り出して行く。
「次は...回り込んで...足下が...攻撃を上下に散らせて...」
空中を跳び回り、瞬時にミノタウロスの状態を確認する。
次に移動する場所も、相手の動きも、この空間も、その全てを把握しながら。
「グモオー!!」
ミノタウロスの叫びがこだました。
本能で攻撃を防ごうと身体を守るが、その全部を守れる訳では無い。
頭を守ろうと腕を上げた瞬間、僕は空いている腹部を攻撃する。
動体を守ろうと身体の前を固めた瞬間、空いている頭部を攻撃する。
このように、相手の動きを逐一観察しながら、確実に攻撃を当てられる場所にダメージを与えて行く。
「...」
集中の出来ている良い状態だ。
口数が無くなり、目の前の事に没頭している。
しかも、今回の相手が巨体だった事も幸いしていた。
僕のまだ大雑把なその攻撃は、動きの遅い巨大なミノタウロスだから通用している事だ。
的が小さければ、今の攻撃では、今の戦法では通用しないのだから。
「グモオー!グモオー!!」
ミノタウロスは僕の攻撃から逃げるように、その場で暴れるように抵抗をする。
僕は、すかさず背中側へと回り、その隙だらけの背面に一撃を加えた。
相手の守りきれない箇所を瞬時に見付けては、剣で斬り付けたり、武器を切り替えて弓矢で攻撃をする。
遠距離と、近距離と、両方を使い分ける一方的な攻撃。
ミノタウロス自身に為す術を無くさせて。
その攻撃を受けている様子は、見えない操り糸で身体を弄ばれているようだ。
「これで最後!!」
がら空きの胸部に剣を突き刺した。
飛行による加速、衝撃を全てその攻撃に乗せて。
すると、ミノタウロスの身体から光の粒子が抜け落ち、僕の身体へと吸収された。
今回は、勝手が解ってからは一方的な展開。
だが、それ程の威力を誇る戦法だと言う事だ。
吸収した相手の魂が、僕の魂を強化している事が解る。
魂位の上昇だ。
『ルシフェル』
称号:努力家
種族:天使LV10 大天使LV2(+1)
職業:魔法使いLV10 魔導士LV10 召喚士LV2(+1)
HP
1541/1541(+215)
MP
2458/2458(+254)
STR 225(+13)
VIT 192(+11)
AGI 240(+15)
INT 345(+22)
DEX 165(+8)
LUK 120(+10)
[スキル]
剣技LV2(+1) 短剣技LV6 格闘技LV7(+1) 杖技LV5 弓技LV7 鞭技LV1 鎌技LV1
[魔法]
火属性魔法LV10 水属性魔法LV10 土属性魔法LV8 風属性魔法LV9 白属性魔法LV1 黒属性魔法LV5 炎属性魔法LV1 氷属性魔法LV1 召喚魔法LV1
[固有スキル]
浮遊 飛行 魔力消費3/4
「ふー。まだまだ課題があるな...」
格下の相手や、空中戦の出来無い相手には、問題無く通用する戦法。
だが、これが僕と同等の相手なら?
空中戦が出来る相手なら?
的を絞る事が出来ずに、むやみやたらの闇雲な攻撃になってしまうだろう。
(先ずは、空中での動きの精度を上げて...)
それから、空中での動き方が全然出来ていない。
僕の理想は、空中を飛び回り縦横無尽に攻撃をするのだ。
加速と停止の切り替えは?
移動と攻撃の切り替えは?
それらを一瞬で、切り替えが出来るようにしなければならない。
(その次は、武器の切り替えの移行をスムーズにして...)
近距離攻撃と遠距離攻撃を混ぜた戦法。
空中移動をしながら武器を持ち替えて、相手に何もさせずに倒す。
武器の切り替えのタイムロスは?
近距離攻撃と遠距離攻撃の判断は?
(改善しなければならない事だらけ...)
この戦法の改善点を挙げだしたらキリが無い。
物理攻撃が効かない相手には?
魔法攻撃が効かない相手には?
相手の特性に合わせて攻撃をしなければならない。
その為には、魔法攻撃が必要になるのだ。
今のままでは呪文の詠唱がある為、併用する事が出来無い。
(無詠唱が出来れば、もっと広がるんだけど...)
身体に掛かる衝撃や負担。
空中を駆ける移動や武器の切り替えに攻撃を含めた戦闘技術。
それらを考慮すると、まだまだ実戦向きでは無かった。
「あれっ?血が出てるのか...鼻血?」
戦闘が終わり、ようやく気が付いた。
膨大な情報量を瞬時に処理し、そのイメージを寸分違わず実行する集中力。
それを行う為には、脳に計り知れない程の高負荷を与えてしまう。
危険信号として血が零れていた。
「くっ...何だか、頭がフラフラする?」
戦闘中は、脳内物質のおかげで痛みを感じる事が無かったが、どうやら脳の毛細血管は切れ、脳自体も焼きついているようだ。
この状態で済んでいる事が奇跡に近い。
身体への負担。
脳への負担。
その両方を蝕む諸刃の剣。
「魂位を上げて...もっと強くならないと」
魂位を上げれば、身体(能力)だけでは無く、思考力(脳力)も強化される。
それは人の持つ五感が、その全ての感覚が向上するからだ。
自分の理想を追求する為にも魂位の上昇が必須となる。
「だけど...ようやく形が出来たんだ。よし...ここからだ!!」
新たな目標が出来たところだ。
自分が編み出した新しい戦法を毎日の日課に加えて練習をする。
無事ミノタウロスも倒せた。
討伐依頼を達成した報奨金を受け取りに、プリモシウィタスへと戻る。
そして、ミズガルズ世界最後の難関であるジュピター皇国攻略へ乗り出すのだ。
「ミズガルズ世界。最後のジュピター皇国攻略だ!」




