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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
IMMORPG
13/85

012 ハデス帝国④

※過激な表現、性的な描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。

『試練の塔・四階』 

 僕が、この階層に辿り着いて直ぐ思った事。

 お香を焚いたような、甘い匂いが部屋に充満していた。


「...これは、何の匂いだろう?...やたらと甘い?」


 匂いを嗅いだだけで、心臓の鼓動が速まって行く事を感じる。

 血の巡りの循環が上昇し、身体全身が温かい。

 いや、これは熱いのか?

 特に下半身の辺りがムズムズするような、そんな変な感じだった。


「何だか、身体が変な感じだ...熱でもあるのか?」


 僕は身体の異変を感じ、その場に立ち止まって休もうとするのだが、何故か足が勝手に動いて行た。

 部屋の中央へと吸い込まれるように無意識に歩いていたのだ。

 その部屋の中央には、これまでと同じようにローブで身を隠す人物が立っている。

 だが、その人物は、今までの試練で相対してきた相手の中で最も小柄な人物。

 不気味な感じを受けてしまう。


「よくここまで来ましたね。私はエキドナと申します」


 エキドナと名乗るその人物。

 声を聞いた限りでは女性だろう。

 ローブで姿を隠したまま、丁寧な物腰で話し掛けて来た。

 何だか今までと違い、試練だと言う事を忘れてしまうような、そんな落ち着いた雰囲気で歓迎された。


(なんだろう?声が...聞きやすい?いや...聞いてしまうのか?)


 自然と聞き入ってしまう相手の声。

 会話のテンポが合うのか?

 お互いの波長が合うのか?

 それは解らなかった。


「ああ...これは大変、失礼致しました。姿を見せずに話し掛けてしまい、申し訳ありませんでした」


 僕の何処を見れば良いか解らない視線を受け取ったのか、挨拶を済ませたエキドナが、その場でローブを脱ぎ始めて行った。

 先ず初めに、フードに手を掛け、ゆっくりと素顔を覗かせて行く。

 何だろう?

 僕は見入っているのかな?

 これは、自分でも解らない初めての感覚だった。

 フードを脱ぎさり、顕わになったエキドナの素顔。

 バランスの取れた美しい顔立ちに、艶のある長く綺麗な髪が特徴的だった。

 ただ、瞳はずっと閉じたままで、一度も開く様子が無かった。

 何でだろう?

 そして、上から徐々にローブを脱いで行くのだが、漏れ出る吐息と合わせてその一連の動作が非常に艶めかしい。

 ああ、そうか。

 僕は魅入っているんだ。

 目の前の美しい女性に。

 ローブを脱ぎさり、中から姿を現した人物は、漆黒のドレスを身に纏う女性。

 目測だが、身長は170cm程だろう。

 とてもスタイルの良い美女だ。


「お待たせ致しました。それでは、早速で申し訳ありませんが、試練へと移らせて頂きます」


 エキドナが丁寧に頭を下げる。

 その間もずっと瞳を閉じたままだった。

 それなのにだ。

 僕の事が見えない筈なのに、あまりにも自然に話し掛けて来た。

 それは然も見えているように、僕の居る場所を把握して。

 

(盲目...なのか?それとも...)


 今の様子だけでは判断が出来なかった。

 それに、滞り無く会話が出来ているのなら、僕が気にしても仕方が無い事だ。

 これから試練が始まるのだから。


「そうですね...私が出す試練では、今までのおさらいを致しましょうか?」


 僕に尋ねるように聞いて来るが、返事の確認を取る訳では無かった。

 エキドナはそのまま話を続けて行く。


「これまで試練を達成した報酬として、それぞれの階層主からアイテムを頂いていると思います。私の試練ではそちらを使用させて頂きます」


 僕がこの階層に来るまでの間に、試練の達成報酬としてアイテムを受け取って来た。

 一階の達成報酬として、“黒のタリスマン”。

 二階の達成報酬として、“黒の指輪”。

 三階の達成報酬として、“黒のオーブ”。

 これらの貴重品を貰って来たのだ。


「確かに...試練を達成するごとにアイテムを貰っていたな...」


 ただ、貴重品を貰ったは良いが、その使い方が解らない。

 アイテムの説明欄も「????」と表示されており、その事が尚更僕を混乱させていた。


「先ずは、“黒のタリスマン”から説明を始めましょうか?準備をして頂けますか?」


 エキドナから黒のタリスマンを取り出するように催促される。

 そして、それを首からぶら下げて欲しいと、ジェスチャーで指示を受けた。


(凄い...やはり“見えて”いるみたいだ)


 僕は言われた通りにアイテムバックから黒のタリスマンを取り出し、首からぶら下げる。

 おっ!?

 何だか馴染みが良い気がする。


「それでは説明させて頂きます。そちらの装飾品は特殊効果を持つ魔法具となっております」


 エキドナは瞳を閉じて見えていない筈なのに、僕が装備している黒のタリスマンを正確に指差して説明を始めた。

 その行為からも、見えていない事が嘘のようだ。

 もしくは、何らかの方法で見えているのも知れないが。

 ただ、僕にとってそれがとても不気味に感じた。


「そちらの黒のタリスマンに魔力を流しますと、内側に刻まれた魔法陣が発動し、装備者をお守りする結界が形成されます。では一度、実際に試してみて下さい」


 エキドナに言われるがまま、僕は黒のタリスマンに魔力を流してみる。

 すると、黒のタリスマンに刻まれていた魔法陣が浮き上がり、黒い光が輝きを放ち始めた。

 その黒のタリスマンから生成された黒い粒子が僕の周囲へと広がって行く。

 黒い粒子は一瞬にして八個の球体に変化し、その黒球が僕を囲むように立方体を模った。

 そうして、黒球の点と点が繋がり線を作り出し、線と線の平面に結界を作り出した。


「わっ!これは凄いな!魔力を流すと一瞬で結界が出来上がった!」

「はい。このように魔力を黒のタリスマンに流すと結界が形成されます。しかもこれは、流す魔力の大きさによって結界を作り出すスピードが速まるものです。取り扱いが熟練ともなれば、文字通り一瞬で結界を張る事が出来ます。但し、これには少なからずの弊害がございます」


 僕が驚いている所に、釘を刺すように注意する。

 それは丁寧に諭すように、黒のタリスマンの特色を教えてくれる。


「この魔法具を使用し、周囲に結界が張られている状態ですと、その結界内では身体を動かす事が出来無いのです。どうですか?動けますか?」


 僕は、今の結界が張られいる状態で動こうとするが、その中では身体を動かす事が全く出来無かった。

 「歩こう!」や「ジャンプしよう!」と言った意識はあるのに、身体の感覚だけが抜け落ちたようにだ。


「本当だ!?この状態だと全く身体を動かせない!」

「この結界は一度だけ攻撃を防いでくれるものです。ですが、結界を張っている間は身動きが出来無いのです。では少し失礼致します。」


 エキドナはそう言うとこちらに向かって指を指した。

 その瞬間。

 僕に張られていた結界が壊れた。


「えっ!?」


 どうして結界が破壊したのか解らない。

 そして、驚いたのも束の間。

 結界の破壊後、僕の目の前にはエキドナが振るった鞭が寸止めされていた。

 

「このように、結界の使いどころが重要となります。判断を間違えて使用しますと、身を守る為の結界がその役割を果たせずに、足枷のように働く場合がございます。どうかお気を付けて使用して下さい」


 これらは一瞬の出来事だったが、僕が結界を張っている間。

 エキドナの指からは黒い魔力が弾丸状に変化し、僕に向けて発射されていたのだ。

 僕はその事に気付く事が全く出来なかった。

 攻撃が何も見えなかったのだ。

 そして、結界が破壊されて呆気にとられているところに、エキドナが振るった黒鞭が目の前に迫っていたのだ。


「確かに...動けないのは弱点だな。それに使いどころを間違えれば、今みたいに自滅しそうだよ」

「ここまでは宜しいでしょうか?」


[YES/NO]


(使いどころさえ間違えなければだね...説明に関しては、もう大丈夫かな)


[YES]


「では、次に“黒の指輪”について説明させて頂きます。今度はそちらを装備して頂けますか?」


 言われた通りアイテムバックから黒の指輪を取り出す。

 だが、指輪を嵌める事自体、人生初めての事。

 正直、どの指に嵌めたら良いのかも解らない。

 取り敢えず、邪魔にならなそうな右手の人差し指に、指輪を装備する。


「はい、ありがとうございます。では黒の指輪についての説明です。先程と同様、黒の指輪に魔力を流して頂くと、自身の装備武器に特殊効果が付与されます。実際に試してその効果を確認しましょうか?魔力を流してから、そちらのナイフでこちらを攻撃してみて下さい」


 エキドナはその場にて、空中に魔力で出来た的を何個も作り出す。

 周囲に広がる魔力の的。

 その複数の的を結界で包み、僕に合図を送った。


「では、お願い致します」


 言われた通り右手にナイフを持ち、その状態で黒の指輪に魔力を流してみる。

 すると、黒の指輪から黒い粒子が放出されて行った。

 その黒い粒子は、僕が装備しているナイフの回りに集まり、ナイフそのものを黒い魔力でコーティングして行く。


「何だか...不思議な感覚だな。魔力を纏う感じに似ているし、僕が操作をしなくても勝手に魔力が維持されている感じなのか?それに、マナスラッシュの魔法に似ているのかな?...とりあえず、言われた通り攻撃をしてみるか」


 浮いている的目掛けて、駆け寄ってナイフで攻撃をしてみる。

 的そのものが結界で覆われている為、僕の攻撃は「弾かれてしまうんだろうな?」と考えていたら、ナイフを振るった軌道通りに、結界ごと中の的も斜めに切り裂いた。


「えっ!凄い!攻撃が貫通した!?」


 結界を破壊するのでは無く、攻撃が軌道通りに貫いた事に驚く。


「驚くのはまだこれからです。装備武器を変更して使用して見て下さい」


 言われた通りにナイフから弓矢へと装備を変更する。

 弓矢を構えた状態で同じように闇の指輪に魔力を流すと、今度は矢の方に黒い魔力がコーティングされた。

 そして、浮いている的を狙って矢を射る。

 勢い良く放たれた矢。

 その時、僕の手元から離れた状態でも、指輪から遠く距離が離れた状態でも、突き進んで行く矢は魔力でコーティングされたままだった。

 一直線に進む矢は結界も、的も、そのまま貫通して壁まで突き刺さった。


「これは凄い!手元から離れても貫通の効果が続くんだ!?」

「ええ。魔力を流してから一度目の攻撃に貫通の効果が付与されます」

「でも、壁は貫通しなかったげど?」

「試練の党の壁には魔法を無効化する効果があります。物理攻撃に対しても修復する機能がありますので気にせずに攻撃して下さい」

「それはまた凄い機能だね」

「では、まだまだ的はあるので練習して見て下さい」


 周囲に浮いている的は沢山ある。

 この感覚に早く馴染む為にも、言われた通りに練習をして行く。

 ナイフ、杖、弓矢、素手で、その貫通効果を試しながら的を破壊して。


「指輪を使っての攻撃に、だいぶ慣れてきたかな?...まあ、こんなところか」


 練習もはかどり、指輪の特性も掴めたところで、エキドナに話し掛けて次に進む。


「では、最後は黒のオーブについて説明させて頂きます。黒のオーブを取り出して頂いても宜しいでしょうか?」


 アイテムバックから黒のオーブを取り出す。

 これは装備が出来るような代物では無い。

 一体、どうやって使うんだろうか?


「こちらだけ、今までのアイテムとは性質が異なります。特定条件下でしかその効果を発揮する事が出来ません。効果としては黒のオーブへと魔力を流して頂くと、周囲の闇を吸い取る事が出来ます」

「闇を吸い取る?...それって、どういう事?」

「先ずは、こちらをご覧下さい」


 エキドナは右手を指し注目を集める。

 すると、指した方向には突然黒い霧のような物が現れた。

 黒い霧のような物は円形に集まり形を保っている。


「では、こちらを攻撃して見て下さい」


 言われた通り、黒い霧のような物をナイフで切りつける。

 力一杯ナイフを振るうが、攻撃は空を切ってしまった。


「なっ!?攻撃が当たらないだって!?」


 黒い霧のような物を何度も切りつけるが一度も攻撃が当たらない。


「それなら指輪の力で...」


 指輪の力を借りて、武器に貫通効果を付与して攻撃する。

 だが、黒の指輪による貫通攻撃も、対象を通過するだけで終わってしまった。

 先程まで、あんなに気持ち良く思い通りに切る事が出来ていたのにだ。


「ウソッ!?これでも当たらないだって!?じゃあ、魔法ならどうだ!!」


 物理攻撃が当たらないなら、魔法でなら攻撃を当てられると考える。

 対象に向かってファイアの呪文を唱えてみる。

 すると、対象に向けて赤い粒子が収束し、そこから火が生み出された。

 黒い霧のような物を燃やすように火が起こるが、対象を燃やす事無く時間が過ぎると魔法が消えてしまった。


「はあ!?魔法も効かないだって!?」


 物理攻撃も効かない。

 魔法攻撃も効かない。

 では、一体何だったら黒い霧に攻撃を当てる事が出来るのか?

 そこからは試すように僕が出来得る攻撃を当てて行く。

 杖、弓矢、素手での攻撃。

 水属性、土属性、風属性の魔法攻撃。

 だが、結局どれも対象に攻撃を当てる事は出来なかった。


「...どうでしたか?攻撃が当たらなかったでしょう?では、黒のオーブを使用して見て下さい」


 言われた通り黒のオーブに魔力を流す。

 オーブの周りに黒い魔力が漂い始めた。

 魔力が黒のオーブに刻んである魔方陣をなぞって行き、中心部の黒い光がより一層黒く輝いた。

 そして、オーブに魔力が満たされた時。

 黒い霧の周囲に広がる闇が、オーブに吸収され出した。


「...黒い霧が晴れていく!?」


 黒い霧のような物を纏っている闇が吸収された事で、その闇に隠れていた中身が姿を現す。

 中から現れたのは魔力で出来た魔物。

 “魔念体”である。


「ご覧頂けましたか?中にはこの魔物のように属性そのものに擬態する魔物がいます。擬態した状態ですと、弱点属性意外は攻撃が無効化されてしまうのです」

「だからなのか。闇そのものを攻撃したところで闇雲となって無意味な訳だ...そうなると、闇の属性の弱点は光属性になるのか...でも、光属性の攻撃魔法となると、僕はまだ覚えていないんだよね」

「ですが、この黒のオーブを使用して頂ければ、魔法具の効果で周囲の闇を吸収してくれます。この状態でしたら攻撃は有効となりますので、是非覚えておいて下さい。アイテムの説明はこれで以上になります。何か解らない事はございますか?」


[YES/NO]


(大丈夫。黒のオーブの特性はもう理解した。あとは、それを僕が使いこなせるかだ)


[NO]


「では、この試練の最終確認として、私と勝負をして頂きます。条件は飛行、浮遊の禁止です。ジャンプする事は出来ますが、飛行や浮遊の魔法、同効果のスキルは封じられていますので、どうかお気を付けて下さい」


 そう僕に伝えると、エキドナはその場から部屋全体に向かって息を吹き掛ける。

 その吐息には黒い魔力が込められていて、息が通った場所に複数の魔念体が生み出された。

 複数の魔念体が空中を漂う中。

 エキドナは鞭を装備し、僕に向けて構えを取った。

 その背筋は真っ直ぐ伸び、優雅な姿勢を保ったままに。


「それでは準備は宜しいでしょうか?」


[YES/NO]


(浮遊が使えないのか...だが、ここまで来たのなら!)


[YES]


「では、参ります!」


 エキドナの掛け声と共にバトルフィールドが広がった。

 戦闘の開始と共に、エキドナは常に移動をしながら鞭で攻撃をして来た。

 軌道の掴めない鋭い攻撃。

 何とかギリギリで避けられるスピードだ。

 そして、周囲に浮いている魔念体は、それぞれ行動パターンが三つに分かれていた。

 一つ、僕に向けて闇の弾丸を飛ばして来る。

 一つ、僕の攻撃からエキドナを守るように結界を張る。

 一つ、闇に紛れて攻撃を無効化する。


「これは、かなり面倒だな...」


 エキドナの攻撃を避けても、周囲に浮かんでいる魔念体の攻撃に注意を払わなければならない。

 場合によっては、魔念体の攻撃のタイミングが重なり、闇の弾丸が僕に向けて一斉発射されてしまうのだ。

 しかも、相手の攻撃を掻い潜り、僕の攻撃をエキドナに与えようとしても、エキドナの周りに魔念体が集まって結界を張ってしまう。

 その周囲に浮かぶ魔念体を攻撃しようとすると、闇そのものに擬態して、僕の攻撃を無効化して来るのだ。


「本当に最終確認というだけはあるな...三つのアイテムの使い所が鍵になるようだ」


 取り敢えずになるのだが、周りに浮かぶ魔念体が邪魔になるのである程度の数を先に倒す事を決めた。

 僕は移動しながら、ナイフと弓矢の切り替えを行い、周囲の魔念体を倒して行く。

 魔念体が闇に擬態した時は、僕の邪魔にならない時だけ、あえて放置をした。

 全体のバランスが重要なのだ。

 エキドナだけに集中をしても魔念体に邪魔をされる。

 魔念体だけに集中をしてもエキドナに邪魔をされる。

 その丁度良い塩梅の中で、エキドナにダメージを与えていかなければならない。

 エキドナの周囲で闇が集まり過ぎた時だけ距離を取って黒のオーブを使用して闇を吸収する。

 剥き出しになった魔念体はすかさず弓矢で倒して行く。


「魔念体が邪魔になって来たら離れてと...ここだ!」


 エキドナは軌道の難しい鞭で攻撃をして来るが、避けられない速さでは無い為しっかりと軌道を見て攻撃を避ける。

 ただ、魔念体から発射される闇の弾丸とエキドナの攻撃が重なる場合、どうしても攻撃を避けられない時だけ黒のタリスマンの力を借りて結界を張る。


「この攻撃は無理だな。結界を張って防いでと。タイミングを間違えないようにしないと」


 結界で攻撃を防いだ後は、硬直が解けた瞬間、即次の行動へと移る。

 そして、エキドナの攻撃後。

 魔念体による結界を張られても大丈夫なように、闇の指輪を使用して矢に貫通効果を付与して行く。


「今だ!!」


 試練の塔・三階の試練で得た集団戦の戦い方。

 その経験を活かし、常に周りを俯瞰して見る。

 そして、相手の動きを先読みし、その一歩先を進む。

 この時に注意をしなければならないのは、いつでもイレギュラーが起きて良いように、相手との最低限の距離を保ったまま、確実にダメージを与えて行く事だ。


「来た来た来た!この感覚...やばい!」


 身体、精神、技術と三位一体となる事で、初めて到達する事が出来る全能感。

 まだまだ足りない部分は多いが、戦闘の楽しさがそれをカバーしてくれている。


「ハハハッ!!」


 そうして、エキドナのHPが残り少なくなった時。

 エキドナの身体へ周囲に浮かぶ魔念体が集まりだした。

 すると、魔念体はエキドナの身体へと吸収されて行き、全身が闇に包まれて行く。

 闇となったそれが、部屋全体へと急激に広がって行き、ほんの一瞬だが僕の視界が奪われた。


「な!?」


 これは驚いて目を瞑った訳では無い。

 目を開けたままなのに、目の前が何も見えないのだ。

 ただ、数m先に何かの気配をずっと感じてはいる。

 そうして広がりきった闇が明けると。

 エキドナが居た場所には、別の生物がそこに居た。


「なんだ?...あれは!?」


 そこに居た生物は、上半身はエキドナのままだが、下半身が蛇の生き物。

 そして、エキドナの顔をよく見ると、今まで閉じられていた瞳もパッチリと開かれていた。

 その瞳の瞳孔は縦に割れていて、瞬きが一切無く、常に見開いたままの状態。

 下半身は鱗で覆われていて、地面を這うように動いている。


「そうか。エキドナの正体は...ラミアだったのか」


 それは亜人の一種で、上半身は人間、下半身は蛇の生物。

 蛇人ラミアだ。

 その中でも、エキドナは変異種の蛇人ラミアとなるようだ。


「くふふっ。シュルッ!貴方の全てを頂きます」


 唇を舌舐めずりして濡らすエキドナ。

 どうやら、舌は人間のままだが、通常よりも先が長いようだ。

 その見開いた瞳を覗くと、急激にエキドナの妖艶さが増した。

 すると、突然。


(あれっ?何だか...)


 僕の思考が勝手に低下して行く。

 どうやら、エキドナから発せられるフェロモンが倍増しているようだ。

 これは見えるものでは無く、感じてしまうもの。

 自然とエキドナに心を奪われて行く。


(エキドナ...エキドナ...エキドナ...)


 何故か、僕の思考はエキドナの事で頭が一杯になり、エキドナの姿だけを目で追い続けていた。

 虚な目。

 そうして気が付けば、僕の身体はエキドナに絡み付かれていた。

 密着する肌と肌。

 何だか、とても気持ち良く感じる。

 実際は、僕の身体がギュウギュウに締め付けられている状態だ。

 ギシギシと骨は軋み、全ての内臓が圧迫されていた。

 だが、そんな痛みよりも、エキドナに触れている事が心地良く感じてしまっている状態。

 当然、意味が解らない。


「ようやく、貴方と一つに重なる事が出来ましたわ!!...ずっと。ずっと!ずっと!!この時を待ち侘びていましてよ!!」


 エキドナは僕の顔に優しく触れて来る。

 それはとても繊細な指づかい。

 だが、目の瞳孔は開ききり、舌舐めずりした濡れた唇が震えていた。

 もう我慢なんて出来無い、待ちきれないと言った表情だ。

 その腕で、その胸で、その全身を使って、僕を抱き締めて来る。

 そして、エキドナの下半身の蛇の部分が、僕の事を何重にも巻き付けながら。

 胸が圧迫されて肺が潰れそうだ。

 アバラは何本かヒビが入り、その内の幾つかは折れている状態。

 僕の内臓を、胃や腸そのものを、直接エキドナに握られているようなそんな苦しさ。

 そして、痛みが心地良い感覚を凌駕した時。

 ようやく、僕の理性が戻って来た。


「ぐはっ!!」


 胃の底の方から勝手に血が上って来てしまう。

 内臓を潰され、喉を通る鉄の味が気持ち悪い。

 途方も無く僕が吐き出した血。

 それが綺麗なエキドナの顔にかかって汚した。

 すると、エキドナは顔にかかった血を指で拭って、そのまま口へに運ぶ。


「ぁ~ん...美味しいですわ...ああ!ずっと。ずっと貴方のこれが欲しかったの!」


 血の付いた指を舐めると、それを口の中で堪能するかのように味わう。

 ゾクゾクと震える身体。

 トロンと惚ける表情。

 綺麗なピンク色をしていた舌が血で潤い、真っ赤に染め上げられて行く。

 口の端から血を溢し、その光悦とした表情が美しく、とても艶めかしい。

 すると、エキドナは下半身に力を込めて締め付けを強めていった。

 両手を広げて、僕の頭を抱えてその胸にうずめて行く。


「さあ!貴方の奥から!!もっと濃いものを!!私にもっと!!もっとよこしなさい!!」


 ギュウギュウに締め付けられる身体が息苦しい。

 酸素が身体を巡っていない。

 脳まで行き届かない。

 その為、今の僕は酸欠状態となり、意識が直ぐにでも消えてしまいそうだ。


(意識が...気持ち...いい)


 だが、このまま潰される訳には行かない。

 こんなところで死にたくない。


(でも...このまま受け入れる事なんて...出来ない!!)


 その気持ちの強さだけが身体をつき動かして行った。

 僕が唯一動かせる手を使って、指の先に魔力を必死に溜める。

 そうして、力を振り絞り、無属性魔法のマナスラッシュを発動させた。


「マナ..スラッ...シュ!」


 僕に絡み付くエキドナの下半身。

 魔力刃で切り裂くように攻撃をした。


「きゃ!!」


 すると、締め付けが一気に緩む。

 僕は、その緩んだ隙を見逃さず、一呼吸の内に身体へと酸素を取り込んだ。


「スーッ!」


 そして、一瞬でその身体をこじ開けて、力づくでその場から抜け出した。

 エキドナは下半身を縦に斬られた事により、一時的に動きが鈍くなっていた。

 僕は離れ際に、弓矢に装備を変えて距離を取った。


「このチャンスを逃さない!」


 エキドナに向けて弓矢を連射する。

 だが、エキドナは這いながらも必死に近付いて来ている。

 僕の攻撃が当たらないように蛇行しているが、僕はその動きを先読みして、確実に矢を当てて行く。


「これくらいの攻撃では怯みません!!次はもう!貴方の全てを頂くまで離しませんから!!」


 エキドナがダメージを負いながらも、僕の首に嚙みつこうと動いている。

 狙いを読み取った僕は、敢えて相手の行動を誘導するように攻撃を重ねた。

 そして、右手には最大限の魔力を溜めておく。


「攻撃の狙いが解るなら!敢えて狙わせてやるよ!!」


 これから放つ攻撃は、これまでの試練を達成し、階層主である五冥将を倒した事で魂位が上昇して覚えた魔法。

 矢でダメージを与えながら、エキドナをギリギリまで引き付ける。

 そして、目の前にエキドナが来た時。


「マナブレイド!!」


 マナスラッシュが手を動かした軌道だけを切る魔力刃だとすると、マナブレイドは手の先に魔力剣を維持する無属性貫通攻撃。

 可視化する凝縮された魔力。

 その必殺の一撃であるマナブレイドが、エキドナの身体を斜めに切り裂いた。


「キャーーー!!」


 エキドナの断末魔の叫び。

 その悲痛な叫び声が、部屋中に響き渡った。

 すると、その身体が黒い粒子へと変化して行く。

 それとは別に魂の光が抜け出し、僕へと吸収された。


「魂の力が...溢れて来る」


 エキドナの身体が霧散して、空気中に消えて行く。

 その瞬間。

 バトルフィールドが途切れた。


「ふぅー...ようやく、終わった...」


 戦闘が終わり、少しばかりの時間が経った時。

 部屋の中央に黒い粒子が集まりだした。

 その黒い粒子は、人の形を型取り始めていた。

 徐々に明確になって行く人型。

 黒い粒子の収束が終わる時。

 部屋を埋め尽くす程の黒い光が発光した。

 すると、その黒い光の中から人型をしているエキドナが現れた。


「お見事でした。流石と言いますか...期待通りと言いますか...これで私の試練は終わりです。...それでは、貴方様の傷付いた身体を癒しましょうか?」


 試練を見事に達成した事を褒められる。

 どうやら、期待以上の結果だったらしい。

 これは嬉しい事だ。

 エキドナが僕に向かって歩き出した。


「どうか、じっとしていて下さいね」


 そう言って笑顔で近寄って来るエキドナ。

 足運びに無駄が無い。

 すると、目の前まで近付いた時。


「っ!?」


 突然、僕の身体を抱き締めた。

 エキドナの胸と僕の胸が重なり密着する。


(急に何だ!?また僕の骨を折るつもりなのか!?)


 今までなら、試練で傷付いた身体を癒すのは魔法かアイテムによるもの。

 このように抱き締められる事など一度も無かった。

 覚えているのは、先程の戦いで骨を締め付けられた苦い思い出しか無い。

 それは、アバラを折られる程の痛みだ。


(くそっ!!疲れのせいで力が入らない...)


 疲弊した今の状態では抗う術が無い。

 このままでは不味い事になる。

 この状況から逃げ無ければ、今度こそ僕は死ぬかも知れない。


(それでも!!)


 抵抗する為に力を込めた瞬間。

 僕がエキドナの身体を振り払うよりも速く、魔力に包まれて行った。


(えっ?...魔力に包まれている?なんだか...暖かいな)


 僕は、エキドナの魔力の中で成すがままの状態。

 何も考えずに相手に身を委ね、自然と脱力していた。

 気が付くと、二人して宙に浮かんでいた。

 とても暖かく。

 とても心地良い。


「では、ここからは本格的に...失礼致します」


 そう言うと、突然。

 エキドナの顔が僕の顔に近付いて来た。

 思い掛けない、不意なその行動。

 「ドキッ」と鼓動が高鳴り、思わず目を見開いてしまう。

 そうして近付いて来たエキドナの額が僕の額と重なる。

 お互いの距離が物凄く近い。

 相手の視線から、その息使いまで、エキドナの全てを感じ取れる。


「貴方に全てを...んっ!」


 漏れ出る甘い吐息が、脳を直に刺激する。

 唇をはにかむ動き。

 端から覗く塗れた舌先。

 頬が赤く染まり高揚している表情。

 その一つ一つが、ハッキリ見えた。


(エキドナの...まつげ一本一本がよく見える。口の動き、呼吸、閉じている眼球の動き...それに、なんだか甘い匂いがする?...いい香りだな)


 エキドナの身体から漏れ出るものは魔力だけでは無い。

 分泌されているフェロモンに、蜜のような甘い香り。

 それ以上に、何だか言葉には出来無い不思議な力も一緒に感じている。

 その全てが混じった光が、僕を優しく包み込んだ。


「捧げ...ま、あっ...ん!...す」


 色艶のある妙な声を出すエキドナ。

 全身から滴る液体。

 一人、光悦とした表情を浮かべていた。

 何だかエキドナの身体が熱い?

 すると、エキドナから更に放たれた光が僕の身体全体を包み込む。

 傷付いた身体。

 体力や魔力。

 その全てを最大値まで回復してくれた。


「はあっ。はあっ。んっ」


 何故か、ビクビクと跳ねるように疲弊しているエキドナ。

 僕と密着している身体を擦り付けたまま離れなかった。

 特に腰の辺りがそうだ。

 エキドナの身体の熱が僕の太腿を通して良く伝わる。

 次第に熱が引き、エキドナの状態が元に戻った時。

 宙に浮かんでいた身体も地面に降り立った。

 そして、エキドナは抱き締めていたその力を緩めた。


「突然の事で驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、これで貴方様の全てを回復する事が出来たと思います」


 僕は身体の疲れも無くなり、完全回復をした状態。

 結局、エキドナに何をされたかは解っていない。

 どうして、完全回復したのかも解っていない。

 一体、何が起きたのだろうか?

 だが、エキドナと重なった光の中は、とても暖かく、とても心地良いものだった。


「これは私を倒した、貴方様に捧げる魂。お互いの回廊を繋げる事で、生命力の共有、魔力の譲渡をさせて頂きました。これは唯一、私が忠誠を誓う相手だと言う事です」


 何だか凄い事を言っている。

 その意味は理解する事が出来無いが、その意思は理解する事が出来た。

 だけどもだ。


(忠誠って急に言われても...エキドナは僕に何を求めているんだろう?まあ、気にしても仕方ないか)


 どうやら人間は、理解出来無い事に直面すると、考える事を放棄するらしい。

 もしくは、停滞する事を。

 だって、何をすれば良いのか解らないからね。


「次の試練が最後となります。貴方様はプルート様が見込んだ御方です。そして私も。最後まで油断をせぬように気を付けて下さい」


 すると、部屋の奥に五階へと上る階段が現れた。

 エキドナが階段を手で指しながら、最後の挨拶をする。


「では、貴方様の無事をお祈りしております」


 僕はこうしてエキドナと別れ、試練の塔最上階である五階へ上った。

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