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ラグナロクRagnarφk  作者: 遠藤
IMMORPG
10/85

009 ハデス帝国①

「ハデス帝国を攻略しますか?」


 アルヴィトルが、そう僕に尋ねて来た。

 これは僕の様子を伺っているのかな?

 微笑みとまではいかないが、既に無表情な対応は無くなっていた。

 何だか、この短期間で随分と表情が柔らかくなった気がするよ。


[YES/NO]


(さて、今回はどんなストーリーになるのかな?冥府皇だっけ?まさか...死神が相手とかでは無いよね?)


[YES]


 魔獣諸国連邦ポセイドン(現・亜人共和国ポセイドン)を攻略し、無事に打倒ジュピター皇国への協力を得る事が出来た。

 ジュピター皇国の外堀を埋める為にも、次はハデス帝国の攻略が必要となる。


「では、先ず、ハデス帝国の内情から説明させて頂きます」


 アルヴィトルがクールな表情のまま説明を始めた。

 見た目では判り難いが、これでも一応、表情(喜怒哀楽)の違いがあるのだ。

 ポイントは目尻と両端の口角を見る事。

 まあ、まだまだ判別する事は難しいんだけれど。


「ミズガルズ世界において、死亡した魂は必ずこの場所“冥府”へと集められます。冥府に集められた死者の魂は選定者である『冥府皇プルート』により選別され、その魂の強度によっては神界へと送り届けられます」


(選定者って事は、プルートも神族の協力者なのかな?一体なんの神だろう?)


「選定者という事でお気付きだと思いますが、冥府皇プルートは私と同じヴァルキュリーでございます」


(ああ、そっか。ヴァルキュリーって魂の選定者だったけ)


「ミズガルズ世界が誕生したその時から、主神オーディンの命によりこの世界で選定者を任されているのです。今回は同じ使命を共有する同志として協力を仰ぎます」


(ミズガルズ世界誕生からいるって凄いな!じゃあ、僕達の大先輩って事か)


「ただ、言い難いのですが...少々、性格に難がある御方です。その、何と申し上げますか...長く生きている事もあり刺激に飢えているのです...」


 アルヴィトルが顔を曇らせながら話す。

 今までに言葉を詰まらせるところなんて見た事が無いのに。

 それに、自発的にこんな困った表情を見せる事は初めてだった。


「ただ間違い無く、無償では協力してくれないので覚悟はしておいて下さい。では、御健闘をお祈り致します」


 アルヴィトルが此処まで言うのは珍しい。

 どうやら、ハデス帝国の攻略は一筋縄では行かなそうだ。

 とても面倒臭い事になりそうだと、僕の頭の中にインプットされた。

 正直、ハデス帝国で何が起きるのか?

 僕に何を要求されるのか?

 全く検討がつかなかった。


「まあ、成るように成る...か」


 どうせ、僕が出来る事は限られているのだ。

 だったら、アルヴィトルに言われた通り、覚悟を決めて冥府へと向かう事とした。




『冥府プルーティア』

 ミズガルズ世界の辺境の地にあり、肉体を失った魂が集まる場所。

 唯一『冥府皇プルート』のみが、この世界の死者の魂を管理出来る存在。

 現在は、ミズガルズ世界に死者の魂が溢れてしまい、冥府へと回帰しない魂が増えていた。

 漂う剥き出しの魂は悪に染まり易く悪霊と化す恐れがある為、決して放置の出来無い問題だ。


「冥府って言うから...地獄みたいな場所を想像していたけど、どうやら、全然違ったな...」


 僕が冥府と聞いた時に、一番最初に想像した事は地獄だった。

 それは一度も見た事の無い空想上の場所なのだが、草木などは存在せずに大地が荒れ果て、生物の生存があり得ない環境を想像していた。

 だが、実際はそんな事が無かった。

 豊かな自然に溢れている場所。

 冥府と言う名称からは(程遠い)想像の出来無い、深緑に囲まれた国だ。

 どうやら、世界樹であるユグドラシルが近い為、国中の至るところにマナ(体外魔力)が溢れていた。

 そのおかげか、(僕はまだ見た事が無い)精霊が国中を活発に動き回っているらしい。

 魂を管理するには、持って来いの場所みたいだ。


「マナ(体外魔力)に溢れている場所...空気が美味しいな」


 自然の豊かな場所は、そこに居るだけで爽快感が得られる。

 マイナスな感情はリフレッシュされ、新たなやる気が漲る感じだ。

 これから向かうハデス城は、広大な敷地を誇る冥府プルーティアの中に存在している城。

 僕は、この後に訪れるだろう不安な出来事を少しでも塗り潰せるように、なるべく気分の良い状態で、冥府皇プルートが住うハデス城へと向かうつもりだ。

 だからこそ、この自然溢れるエネルギーはとても有り難いものだった。


「じゃあ...冥府皇プルートに会いに行こう...かな?」


 心は重いのに、身体は軽い。

 雨が降った日の学校へ向かう直前の憂鬱な気分。

 何処か、そんな感覚に似ていた。

 これは緊張や不安から地に足がついてない状態。

 自分の意思とは別に身体だけが機能しているからだ。

 自分が思ったよりも、反応が鈍くなっていたようだ。


『ハデス城』

 冥府プルーティアに唯一存在する皇城。

 別名、白亜の神秘。

 その城の美しさは見た者の心を奪う。

 そして、そのまま冥府の住人となる事を希望する者は数知れず。

 冥府のオアシス、ミズガルズの楽園と呼ばれていた。


 場所を移動し、案内をされるように辿り着いた、ハデス城玉座の間。

 豪華絢爛と言った感じは見受けられないが、細かい装飾が施された空間。

 どちらかと言えば、芸術性の方が高い内装だった。

 その中央の玉座に座る人物。

 全身をローブで隠している人物が座っていた。


(思っていたよりも...小さいのか?)


 きっと、この人物こそが冥府皇プルートその人だ。

 遠目からになるので正確な事は言えないが、たぶん僕よりも身体が小さいと思う。

 それも、玉座に座っているので、ハッキリとは解らない事だが。


(とりあえずだけど...死神や、凶暴な悪魔では無さそうだ)


 冥府の皇と言う事なので、死神、もしくは、巨大な悪魔のような人物を想像していた。

 だが、実際は違うようだ。

 抱えていた不安が少し晴れて、張り詰めていた緊張が緩和した。


(えっと、謁見なんて一度もやった事が無いんだけどな...とりあえず...目の前で膝をつけば良いのか?)


 僕は、周囲を確認しながら玉座の前へと進む。

 それらしき場所で膝をつき、頭を下げた状態で相手の反応を待った。

 段取りも作法も知らない僕では、それっぽく見せる事で精一杯だった。

 玉座に腰掛けるプルート皇は全身を隠しているのだが、体勢を崩している事だけは解った。

 脚を組んで交差させ、玉座の肘掛けに肘を置いている。

 ただ、体勢は崩しているのだが、醸し出す雰囲気がピリピリと威圧して来ていた。


(苦しい?...何だか、心臓が締め付けられている気分だ)


 今回の訪問は、ジュピター皇国を打倒する為の協力要請。

 相手は一介の皇だ。

 下手な事をして怒らせでもしたら、その時点でジュピター皇国攻略が詰んでしまう。

 いやいや、ゲームとは言え、これだけリアルにする事は必要無いでしょう?

 何でもリアルにすれば良いってものでは無い。

 一般人の僕には、こんな重圧は耐えられないよ。


「ほう。お主が“ルシフェル”か。我等が主神オーディン様から話は聞いておるぞ」


 聞こえて来たのは、艶があり粘り気のある美声。

 僕の想像は見事に裏切られていた。


(この声...女性!?)


 僕は事前情報で冥府皇と聞いていた為、勝手に男性だと想像していた。

 アルヴィトルの説明で「私と同じヴァルキュリー」と言う言葉を忘れて。


(そう言えば、ヴァルキュリー(戦女神)なんだっけ?だとしたら...ちゃんと考えれば解ることだったな...)


『冥府皇プルート』

 ミズガルズ世界の始まりから生きている魂の選定者。

 ユグドラシル最初のヴァルキュリー。

 三国の皇の中で唯一の女性で美の女神と称えられる容姿を持つ。

 他人に地肌を見せる事を嫌い普段から仮面やローブで全身を隠している。


「さて。わざわざこんな所まで訪れるとは、いったいどんな了見じゃ?」


 相対しても未だにその容姿を見せないプルート。

 僕に説明を求めた。

 僕はその問いに答える為、亜人共和国ポセイドンで起きた事を説明した。

 現状ミズガルズ世界では亜人共和国ポセイドン(旧・魔獣諸国連邦ポセイドン)、ハデス帝国、ジュピター皇国の三強と呼ばれているが、単純な国力で考えるとハデス帝国、ジュピター皇国の圧倒的二強なのである。

 それを踏まえた上で近年のジュピター皇国の好き勝手な領土侵略や皇族至上主義、ミズガルズ世界において害悪となりつつあるジュピター皇国を、これ以上放置する事は出来無い。

 ジュピター皇国打倒の協力をハデス帝国へと要請した。


「ふむ。それは道理じゃな。人間は争いが絶えず、欲にまみれて周りの自然を気にもせん。特に、ジュピター皇国の人間は酷いからのう」


 冥府皇プルートも世界のバランスが崩れている事を危惧していた。

 人間の為の世界、ミズガルズ世界が生まれてから何千年と経つが、このような状況は初めてなのだと。

 これ以上死者の魂が溢れてしまえば、負のエネルギーが世界を蔓延し生態系から環境までの全てを破壊するだろう。


「このままじゃと、ミズガルズ世界の破滅は免れないのう...」


 冥府皇プルートの話から、その言葉の一端から、このミズガルズ世界に最悪の状況が近付いている事が解る。

 それにもう、既に死者の魂は溢れ出しているのだから。


「ただ申し訳無いのじゃが、妾は此処から離れる事が出来んのじゃ。だが、妾も今の状況を何もせず看過する事など出来ん」


 何だろう?

 変な違和感を感じる。

 言っている事、思っている事は本当なんだろうけど、冥府皇プルート本人に焦りを感じ無い。


「そうじゃのう...妾個人は協力を出来んが、国としてならお主に協力してやらん事もないぞ。但し!お主の力を妾に示して貰う事が条件じゃがな!」


 ニヤリと口角を上げる。

 それは、新しい玩具を手に入れたばかりの子供のように、その玩具でどれ位遊べるのかと期待を膨らませて。

 「妾を楽しませて見せろ」とばかりに、冥府皇プルートの言葉尻が愉快そうに上がっていた。


(表情は見えないけど、絶対にわらっているよ...)

 

 仮面やローブで表情や容姿を見る事は出来無いのだが、その話し方で愉しんでいる事が解る。

 そして、笑うのでは無く、僕の事を嗤って。


「くくくっ。ではお主には、我が帝国が誇る『五冥将』と条件付で戦って貰おうかのう。お主が五冥将に勝つ事が出来たのならば、ハデス帝国は全面的にお主に力を貸そうぞ!」


 ああ、成る程。

 これがアルヴィトルが言っていた事なんだと痛感する。

 刺激に飢えているのだと。

 これは...憶測になるのだが、いや、きっとその通りなのだろう。

 冥府皇プルートは歪んでいる。

 このやり取りは自身が愉しむ為のもの。

 自分の欲を刺激する為に、渇いた欲を満たす為に、僕を戦わせようとしているだけだ。

 それにしても『五冥将』か...

 ハデス帝国最強戦力じゃないか。


『五冥将』

 ハデス帝国が誇る最強精鋭。

 最古から現存する五種族の族長が勤める。

 吸血鬼族、鬼人族、骨人族、蛇人族、幽鬼族の五種族。


「場所は...そうじゃのう。ハデス城の隣にそびえ立つ『試練の塔』で戦って貰おうかのう。うむ。見事試練を乗り越えたならば五冥将を貸し出そうぞ!くくくっ。では、我が帝国が誇る五冥将を打ち破って見せよ!」


 僕は冥府皇プルートの愉しみ?の為に五冥将全員と戦う事になってしまった。

 試練がどういうものか想像出来無い。

 戦闘である事には変わらないだろうけど、“条件付き”が厄介なのだ。

 ただ、此処で「そんなの無理だろ?」と腐っても仕方が無い。

 「協力をして貰う為にも全力で頑張ろう!」とやる気を漲らせた。


(嘲笑われているなら尚更。僕が、刺激どころか、劇薬なんだと思い知らせてやる!)


『試練の塔』

 ハデス帝国において五冥将に任命される事は種族の繁栄と権力を意味する。

 五冥将とは、それほど絶大なる地位なのだ。

 ただ、冥府皇からの任命以外にも、五冥将になる方法が存在している。

 それは五冥将との一騎討ち。

 五冥将の中から一名を指名して試練の塔にて決闘を行う。

 その勝負に勝つ事が出来れば、入れ替わりで五冥将となれるのだ。

 ただ、この国の有史以来、五冥将の入れ替えは一度しか行われていない。

 その時は牛鬼族と鬼人族が入れ替わったみたいだ。だ。


「試練の塔に行く前に...回復薬を充実させておこう」


 僕は、試練の塔に入る前に城下街でアイテムを買い揃える。

 この国に辿り着いて、ようやくハイポーションが売られるようになったからだ。

 試練の過酷さを想定して回復薬をメインで購入する。

 ハイポーションに、マナポーション。

 それらを今現在買えるだけの数量、四個ずつを購入した。


「今現在購入出来る最大数だ。...これだけあれば何とかなりそうだな」


 全資金を費やしての生命線の確保。

 試練に負けるよりも、殺されて死ぬよりも、金で買える生命があるなら安い物だ。

 そうして、アイテムの購入が終わり、準備が整ったところ。

 僕は覚悟を決めて試練の塔へと向かった。


『試練の塔・一階』

 部屋の中央には全身を黒いローブで姿を隠している人物が立っていた。

 身長一九〇cm。

 ローブ越しだが、妖艶な雰囲気が漂っている。

 僕は部屋の中央へと進んで行く。

 そして、相手との距離が一〇mまで近付いた時。

 黒いローブの人物が喋り出した。


「ようこそ試練の塔へおいで下さいました。私は吸血鬼の始祖にて、吸血鬼の王ヴァイアードと申します」


 全貌を隠したまま、その場でお辞儀をする吸血鬼の王。

 これから目の前の相手と戦うのだが、此処は試練の塔。

 普通に戦闘をする事は出来無い。

 相手が指定する条件で勝負をするのだが、その条件がどうなっているのか?

 不安と期待が入り混じり、ドキドキと胸が鼓動していた。


「それでは、早速条件を指定させて頂きます。私との戦闘条件は、“魔法のみの戦闘”で“アイテムの使用は禁止”させて頂きます。準備は宜しいでしょうか?」


[YES/NO]


(魔法のみの戦闘?物理攻撃やアイテムが使用出来無いのか...せっかく用意した回復アイテムなのに、この条件だと厳しいな...だけど、僕の本職は魔法使い。なら全力を尽くすのみ!)


[YES]


 僕が[YES]を選んだ、その瞬間。

 ヴァイアードは右手(肩から先)を勢い良く真横に伸ばした。

 それも肩から右手の指先まで真っ直ぐ綺麗に伸ばして。

 その際、腕を勢い良く伸ばした風きり音と共に、その全貌を隠していたローブが無数の蝙蝠へと変化して周囲に散らばった。

 中から現れた人物は、緑色の長髪に切れ長の紅い瞳。

 生気を全く感じる事が出来無い色白の男性だが、顔立ちがとても整っており絶世の美男と言える人物だ。

 黒のタキシードを身に纏うその姿。

 凛とした姿勢に立ち振る舞いから相手の高貴さが伺える。


(見た目は勿論なんだけど、その動作や仕草がいちいち格好良いな!姿を隠すローブも無数の蝙蝠に変化するし...僕も欲しい!)


 現実では、恥ずかし気も無くこう言った行動が出来る人物を中二病と呼ぶそうだ。

 影でそんな風に言われてる事を知らない僕は、こう言った立ち振る舞いが大好物。

 試練が終わりホーム拠点に戻ったら早速練習しようと心に誓っていた。


「貴方が勇敢な者か?それとも唯の蛮勇な者か?じっくりと見させて頂きましょう」


 伸ばしていた右手を顔の前に運び、左手は右肘に添える。

 顔の前の右手はそれぞれの指の間に隙間を作りながら顔を覆っている。

 指の間から覗く視線が格好良い。

 他人から見たら、キザったらしい格好付けたポーズになるのだろうが、僕からすれば不快な印象が全く無い。

 その見た目の良さが合わさる事で、とても絵になっていた。


(どうして、こういちいち台詞が格好良いのだろう?...僕の言ってみたい台詞リストに加えておこう)


 言ってみたい台詞として、「勇敢な者か?蛮勇な者か?」と一先ず心のメモ帳に書き留めた。

 それに、戦闘が始まる前だと言うのに、僕は妙な高揚感を感じている。

 これから戦える事が楽しみで仕方無いのだ。


「では、掛かってきなさい!」


 掛け声と同時に両手を腰元に下ろし、両掌を僕に見せるように開いた。

 すると、バトルフィールドが同時に広がり戦闘が始まった。


(相手は...動く気配が無い?)


 どうやら、ヴァイアードはその場から動く気配が無い。

 両掌をこちらに向けたまま僕の様子を伺っている。

 僕が場所を移動する度に、必ず正面を向くようにしていた。


(それなら試しに、これから!)


 それならばと、僕は覚えたての土属性の中位魔法を唱えた。

 呪文の詠唱が始まると、相手に向けて突き出した手の前に、茶色の粒子が集まり出した。

 身体の中の魔力、オド(体内魔力)が消費されて行く事が解る。

 その収束する茶色の粒子は、徐々に形を変えて行き、複数の石の塊を形成して行った。

 一つの大きさはそれぞれ二〇cm程。

 そのゴツゴツとした石が空中に四つ浮かんだ。


「ストーンブラスト!!」


 四つの石は不規則に動き出す。

 ヴァイアードに対して物凄い速さで放たれた。

 だが、ヴァイアードは微動だにしない。

 魔法が当たり、「これでどうだ!!」と僕が思った瞬間。

 その魔法は、ヴァイアードに当たる直前、何かに弾かれていた。

 どうやら、ヴァイアードの足元には円形の魔方陣が浮かび、透明な障壁が魔法を弾いていた。


「魔法障壁!?」


 僕が初めて見る、その魔法障壁に驚いている間。

 ヴァイアードは魔法を防いだ後すぐさまに反撃へと移り魔法を発動していた。

 ヴァイアードの前方に魔法陣が顕現する。


「えっ!?魔法陣!?」


 魔法陣に収束して行く光。

 その緑色の光が魔法陣をなぞって行き、魔法陣が緑色の光で満たされた時。

 すると、魔法陣が激しく発光し、風の刃が勢い良く放たれた。


「くらいなさい。旋律の風刃」


 風の刃による魔法攻撃。

 それが一度だけで無く、等間隔に放たれて連射で三度。

 その三つの風の刃が勢い良く僕に向かって飛んで来た。


「風の刃だろうが、真っ直ぐ飛んで来るだけなら!」


 僕は魔法の軌道を見極める。

 風の刃は勢い良く迫って来ているが、軌道が直線的なので避ける事は造作も無さそうだ。

 そのまま即反撃に移る為、相手の正面に身体を向けたままサイドステップを踏んで攻撃の左側へと避けた。


「このまま反撃を...え!?」


 驚いた理由は、一度避けた筈の風の刃が迫って来ていたからだ。

 それまで真っ直ぐ飛んで来ていた筈の風の刃。

 だが、僕の移動と共に、三つとも瞬時に軌道を変えて曲がりながら追尾して来たのだ。


「マジか!?」


 不意な出来事。

 これは油断をしていた訳では無い。

 その証拠に、相手の魔法に対して十分な距離を取っていた。

 だが、突然の変化に加速。

 防御が間に合わず、三つの風の刃全てに当たってしまった。


「ぐっ!!」


 ただ、思ったよりもダメージは少なく、風の刃で切られたと言うよりも風の塊がぶつかったと言う衝撃だった。

 一つ一つの威力は低い。

 ダメージもHPを少し削られる程度の威力しか無かった。


「くっ!先に攻撃を受けてしまうとは!...追尾効果があるのが厄介だな...まあ、ダメージが少ない事だけが救いか」


 初手で言えば、完全に相手の勝ちだ。

 それもまさか、ヴァイアードが呪文の詠唱では無く、魔法陣を発動した事に驚く。

 しかも、魔法陣から発動した魔法には追尾効果がある為、その難易度が跳ね上がる。

 威力が低いと言っても、このまま攻撃を受け続ければ、いずれは死んでしまうのだから。

 僕はすぐさま体勢を取り直して、先程よりもヴァイアードから距離を開ける為に大きく離れた。


「さて、これはどうしよう?」


 ヴァイアードは始めの構えに戻り、今一度様子を見始めた。

 どうやら、こちらが攻撃しない限り動かないようだ。

 これは考える時間が出来るので、ありがたい事。

 そこで、僕は先程の攻防を振り返ってみた。


「中位魔法が魔法障壁によって防がられたのなら...上位魔法なら通用するのか?」


 ヴァイアードの張る、魔法障壁の強度が解らない。

 だが、必ずしも全部の魔法を防げる訳では無いだろう。

 確実では無いが、上位魔法なら障壁を破る可能性がある。


(やはり、可能性があるのは上位魔法か?)


 迷っている暇は無い。

 ヴァイアードを倒す為には、出し惜しみなどしている余裕は無いのだから。

 ただ、僕自身の魔力量を考えても、上位魔法を使用出来る回数は限られている。

 使えて残り三回と言ったところだ。


「...それなら、先に近距離からの魔法を試してみるか?」


 最近、覚えたばかりの近距離専用の無属性魔法がある。

 体内魔力を刃状に形成し、相手を斬り裂く魔法だ。

 魔力で形成された実体の無い刃。

 これなら詠唱も必要無く、発動そのものが早い為、ヴァイアードが障壁を張る前に攻撃が出来そうだ。


「よし!先ずは近距離から試そう!」


 ヴァイアードとの距離は一〇m。

 相手の動向を見る為一度離れた訳だが、近距離魔法を試す為に相手に近付く。

 正直、不安は大きいものだ。

 だが、今のところ相手はカウンター狙いで、ヴァイアードからは攻撃をして来ない。


(それなら!相手に何かされる前に攻撃を当てれば良いだけだ!)


 その未知なる反撃に備えながらも、走って相手との距離を一気に縮める。

 それでも、動きに変化の無いヴァイアード。

 僕が近付いたところで、構えを変えずに待っていた。


(大丈夫!動かない!)


 僕は近距離魔法の発動準備をしながら、相手との距離が五mまで近付く。

 まだ、相手に動きは無い。


(それなら一気に間合いを詰める!)


 現状僕が使える魔法の中で、唯一移動しながら使える無属性魔法。

 右手で手刀を作り、刃の形に魔力を集めて行く。

 魔力が可視化出来る程に凝縮されて行く。

 そして、手刀を覆う刃を模った。

 相手との距離は残り一m。


「マナスラッシュ!」


 右手から放たれた魔刃。

 相手を切断するように伸びて行く。

 だが、ヴァイアードはその攻撃に当たる直前、無数の蝙蝠に分裂して攻撃を避けてしまった。


「なっ!?攻撃が当てられない!」


 無数の蝙蝠が散らばった瞬間。

 僕の背後に突然ヴァイアードが現れた。


「ふざけるなぁーーー!この糞虫がっ!」

「嘘だろ?一瞬で背後に移動した!?」


 僕はその叫び声を頼りに瞬時に振り返る。

 相手の攻撃に備えて、腕を胸の前で交差させて防御の姿勢を取った。


「くっ!この距離はやばいぞ!」


 紳士たる口調だったヴァイアードは見る影も無く、全身を震わせ怒っている。

 先程までの聴き入ってしまう丁寧で落ち着いた声も豹変し、喉を潰したような、がなり声へと変わっていた。

 いつの間にか、色白だった肌も赤黒く変化していた。

 目は血走り、顔の至るところには無数の血管が太く浮いている。

 しかも、ヴァイアードの身体からは禍々しい黒い魔力が溢れていた。


「何だ!?この変化は!?これから何をする気なんだ!?」


 僕は焦りから早口となっていた。

 頭の中では、目の前の情報を処理しようと必死に考えている。

 だが、多すぎる情報の所為で考えが纏まらない。


「糞虫の分際で煩く飛び回りやがって!塵も残さず消してやる!!」


 ヴァイアードは即座に腕を交差させ力を込め始めた。

 周囲からもの凄い量の黒い粒子が集まり、中心部で圧縮されて行く。

 その禍々しい魔力は、見るからに危険を感じるもの。

 だが、振り向いて相手に背後を見せながら逃げるのは得策では無い。

 僕は相手の正面を向いたまま防御姿勢を取り、浮遊を使用して相手から離れるように逃げた。

 その間。

 ヴァイアードが構えてから計三度の魔力が圧縮されていた。

 すると、両腕を勢い良く広げその圧縮された魔力を解き放つ。


「全て無くなれっ!!破滅の終曲(フィナーレ)!!」


 ヴァイアードが叫ぶと、身体の中心部から黒い魔力がドーム状に広がって行く。

 その黒い魔力が大きくなるにつれ、僕の身体が中心部に吸い込まれるように引っ張られてしまう。

 必死にその黒い魔力に当たらないように浮遊で離れる。

 だが、徐々に増して行く吸引力。

 その為、なかなか離れる事が出来無い。

 この部屋の空間の区切られているバトルフィールドの上限まで、僕は何とか逃げようとするが、その逃げるスピードよりも黒い魔力が迫って来る方が早い。

 ギリギリのところ。

 何とか、僕は上限一杯の端に逃げる事が出来た。

 それなのにだ。

 黒い魔力が空間を埋め尽くすように最大限まで広がっており、僕の足首より先の部分が触れてしまった。

 その瞬間。


「ぐっ!がああああああ!!」


 黒い魔力に触れた部分(足首より先)は、その黒い魔力の中心部に向かうように、急激に線状に引き伸ばされて骨や肉、血が圧縮されて行った。


(いたい!いたい!いたい!いたい!)


 あまりの痛みに顔が歪む。

 だが、何とか我慢をしなければ...

 いや、この痛みでは無理だ。

 人が制御出来る感覚では無い。

 それでも、懸命に歯を食いしばり、必死に足を引き戻して行く。

 その甲斐もあってか、何とか足は無くならずに済んだみたいだ。

 だが、気持ち悪い程に変化をしている自分の足。

 グチャグチャに潰されている足?を見て、その場で泣きたい衝動に駆られた。

 この足が残ったところで使い物にならないのだから。


(ふー。ふー。ふー。)


 極度の痛みの所為か、呼吸は荒く、涙が勝手に零れていた。

 一瞬の内に憔悴しきってしまった僕。

 目の下には隈のようなものが浮かんでいた。

 どうやら、黒い魔力は触れたものを全て引き伸ばしてしまう超重力の塊。

 僕は、あまりにも激痛を感じた事により、脳内麻薬が活性化していた。

 そのおかげで痛覚を遮断してくれたのだが、もはや、足から先の感覚は無い。

 しかも、触れた部分が足の先だけだったにも関わらず、そのダメージは大きく、僕のHPを四分の一まで削っていた。


「ダメージが大きすぎる...これは近寄っちゃだめだ!」


 先程の苦しさが残っている。

 足の感覚が無くなっているとは言え、痛みも脳に記憶されたもの。

 直ぐにでも、その痛みが思い出せてしまうものだ。

 だが、このまま何も出来ずに死ぬ事は嫌だ。

 この現状を回復させたいが、アイテムの使用は出来無い。

 僕の魂位では、回復魔法も覚えていない。

 その為、此処からは形振り構わず。

 我武者羅に、攻撃に専念しなくてはと考えた。


(もう魔力量を気にしている場合じゃ無い...)


 ただ、近寄る事で相手の必殺技が繰り出されるとは思ってもいなかった。

 もし、この攻撃が浮遊の無い他の種族なら即死だったと思う。

 僕は運良く助かりはしたが、既に瀕死の状態だ。

 

「地上には降りられないけど...浮遊で切り抜ける」


 足が潰れている為地上に降り立つ事が出来無い。

 だが、悩む事は、もう止めて僕が使える上位魔法を使用する。

 両手を身体の前方に突き出し、両掌を花が開いたように広げて構えた。

 呪文の詠唱が始まると身体の中に流れるオド(体内魔力)が熱くなる。

 すると、両掌の中心部に光の粒子が集まり出す。

 茶色い粒子と茶色い線状の光が球状に収束して。


「上位魔法をくらえ!ストーンフォール!」


 上空に向かって茶色の球体を放つ。

 天井近くの位置でその球体は弾け、光を拡散させながら無数の石の塊を作り出した。

 石の塊は四〇cm程の大きさ。

 先程の倍の大きさ

 それが空一杯に、無数の星のように広がっている。

 その無数の石の塊は、上空から勢い良くヴァイアードに降り注いだ。

 一人の対象に向けて様々な方向から不規則に石の塊が降り注ぎ、相手も地面も関係なしに貫通させてだ。

 上位魔法のストーンフォールは、当初の目論見通り、ヴァイアードの障壁を破ってダメージを与える事に成功した。

 だが、HPゲージが四分の一程しか減っていなかったのだ。


「嘘だろ...上位魔法でダメージがこれだけ?」


 現状、僕の魔力量では、上位魔法を最大で三度しか放てない。

 これで一度使用しているので、使えて後二度だ。

 このままでは、僕の力ではヴァイアードを倒せる事が出来無い。


(これじゃあMPが足りない...もしかしたら、弱点があるのか?)


 戦闘条件は魔法縛り。

 その条件で戦うにはあまりにも厳しい設定。

 ならば、他に何かやり方があるはずだ。

 種族であるヴァンパイアの弱点を思い返す。

 十字架、銀の武器、ニンニク、心臓に杭、火攻め。


「そうか、火攻めか!」


 それならばと、弱点だと思われる火属性魔法を試す事に。

 一応、失敗は出来無い為、火属性魔法の中位魔法から試してみる。

 これはゲームの特性上、相手の弱点属性ならワンランク上のダメージを与えられる事もあってだ。

 呪文の詠唱と共に、僕の突き出した手の前に赤色の粒子が集まり出す。

 その粒子が一つずつ燃え上がる火へと変わり、長さ一〇〇cm程の両先端が鋭く尖った棒状に火が収束した。


「これで貫く!ファイアランス!!」


 手の平の先から、ヴァイアードに直線状に向かい、赤色の火槍がメラメラと音を鳴らし突き進む。

 やはり、ヴァイアードは構えたまま動かない。

 魔法障壁を過信している為だ。

 すると、僕の期待通りに、ファイアランスは魔法障壁を破りヴァイアードを貫いた。

 腹部を貫通させて、相手の肌や肉を焼きながら大穴を開けた。

 中位魔法だが、土属性上位魔法と同じダメージを与えていた。


「思った通り!これなら一気に畳み掛ける!」


 呪文の詠唱を始める。

 両手の中心部分へと赤い粒子が集まる。

 その際、赤い火花が弾けるように球体を形取って。

 詠唱が進むと、収束も段々と強まる。


「ファイアストーム!」


 赤の丸い球体が出来上がると、赤い閃光と共に光の輝きが拡散した。

 すると、ヴァイアードを対象に火が周囲を溶かしながら燃え上がる。

 その火は渦巻き、回転の勢いで荒々しく暴れ回る。

 こうなると、魔法障壁も意味を成さない。

 瞬時に粉々に砕けてしまった。

 空気中の水分は高温で熱せられ蒸発し、空気が急激に乾いて喉がひりつく。

 火の渦巻く勢いが暴風を生み出し、更に火の風が周りを焼きながら吹き飛ばす。


(ヴァイアードの肉が焦げる匂い...肌を焼く音...気持ち悪い)


 ヴァイアードの身体は全身がこんがりと焼けて、もはや炭に近い。

 その燃えている時、何とか声を出そうと必死にさけんでいたが、渇いた叫び声だけが苦しそうに鳴り響いていた。

 上位魔法一回でヴァイアードの残っているHPを根こそぎ奪い取った。

 焼き尽くされたヴァイアードらしき何かの残骸。

 そして、HPゲージが無くなった事でヴァイアードは無数の蝙蝠となって消えてしまった。


「...これは倒せたのか?」


 この時、突然また背後に現れるのかと考え、内心びくびくしながら周りを見渡して様子を伺ったいた。

 だが、バトルフィールドが閉じた事で、僕の不安な気持ちは杞憂に終わり無事に戦闘が終了した。

 足がグチャグチャに潰れているから、無事では無いのだけれど。


「はあ。はあ。...ギリギリだった」


 魔力を使い過ぎて身体に倦怠感が漂っている。

 足先は潰されており、立つ事が出来無い。

 傍から見れば、今の僕の姿は勝者の姿では無い。

 それでも、試練を乗り越える事が出来たのだ。

 僕はそれを噛み締めるように、「よし!」と小さく腰の横で拳を握り締めた。

 すると、目の前に、無数の蝙蝠がバサバサと集まり人の姿を形成して行った。

 ヴァイアードが再び、目の前に顕現する。

 恭しく片手を前に出し、丁寧にお辞儀をして。


「おめでとうございます。条件は見事達成でございます。では、約束通りこれから私達一族は勇敢なる貴方へと協力させて頂きます」

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