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第08話『猫の鳴く丘にて【4】』

 隣町の中に多数存在し、樹木の根のように複雑に広がっている裏路地。俺たちを除く人の姿はおろか野良猫やゴキブリの姿さえない、薄暗い迷路。

 路地から一歩出れば即座に賑やかで明るい場所に出られるのだが、まるで見えない壁で隔絶されているかのように静寂に包まれた迷路の中で、俺たちは逃走劇を繰り広げていた。


「はぁっ…はぁっ…どうだ? 奴は追ってきてるか?」


「姿はもう見えないね。でも、逃げ切れたとも思えないんだ。すっごく不気味な感じがするよ」


「ごめんね修平くん。私はどこかに隠れてやり過ごすから大丈夫だよ」


「いや、ダメだ。あのバケモノを相手にかくれんぼは通用しない。それに、大切なお前を置いていけるわけないだろ」


 俺と小夏と巡は、とあるバケモノの追跡から逃れてこんな場所にいる。そのバケモノはこの世のものとは思えないほどおぞましく、凶暴で、その動きは機敏にして疾風のごとし。とても巡の足では逃げ切れないので、俺が巡を背負った状態だ。


「でも、こんな状態じゃさすがに修平くんの体力が」


「お兄ちゃん。風見さん背負うの交代しようか?」


「いや、大丈夫。巡は俺の恋人なんだ、俺が守る」


「修平くん……」


 例のシュークリーム屋さんを出てから俺たちは、猫耳を着けたままの状態でデパートに行った。それがまさか、こんなことになるなんてな。





「ミ゛~ツ゛~ケ゛~タ゛~ゾォ~」





 バケモノのおぞましい声が聞こえた。あまりにも突然すぎるアクシデントに驚いたものの、俺と小夏はすぐに身構えた。

 だが、奴の姿が見えない。


「修平くん……」


 巡りが身体も声も震えながら、俺にぎゅっとしがみついてくる。

 大丈夫だぞ巡、絶対に守ってやるからな。


「……っ!? お兄ちゃん、上っ!」


「んなっ!」


 奴は、どういうわけか俺の頭上から襲来した。

 俺は間一髪で降下攻撃を回避できたものの、上から襲来したバケモノはもう目の前。


「シャァーッ! 」


 両手を地面に付き腰を高くあげ、まるで本物の猫が毛を逆立て威嚇するような姿勢で俺たちを睨む妖獣。

 雪のように真っ白な長髪、獲物を狩る鋭く冷たいアメジストの眼光、むき出しの牙、可愛らしい猫耳。……彼女はもう、俺たちが知る彼女ではない。

 文字通り俺たちが知る彼女ではなくなったバケモノの身体能力は凄まじい。現に今だって、俺達に気づかれること無く頭上から奇襲をかけてきた。まるで、ビルの壁を這ってここまで接近してきたみたいにな……。

 そんなバケモノにここまで距離を詰められれば、逃げ切ることは不可能。


「……お兄ちゃん、ここは私が食い止める。お兄ちゃんは風見さんを連れて逃げて」


 そう言って小夏は身構えた。


「おいバカ。いくらお前でも勝てる相手じゃないだろ」


「いいから、お兄ちゃんは早く逃げてっ! できるだけ頑張るけど、そんなに長くは抑えきれない。だから早くっ! 風見さんを安全な場所まで連れて行ってっ!」


 もちろん俺は反論しようとした。だが、小夏のルビーの瞳が俺に向けられた瞬間、何も言葉が出なくなった。

 俺たちは兄妹。そして小夏は、俺の自慢にして最高の妹。ルビーの瞳に込められ俺に向けられたモノを見れば、俺は小夏の意志を否定することなんてできない。


「分かった。小夏、頼んだぞっ!」


「うん。ここは任せてっ!」


「小夏ちゃぁーんっ!」


 叫ぶ巡を背負ったまま、俺は全力で走る。もう振り返らない。

 既に背後では激闘が始まったらしいことが、気配と音で分かる。だが俺はとにかく走るだけ。

 どうしてこんなことになってしまったのか。今更考えても現実は変わらない。とはいえ、無意味と分かっていても過去を振り返ってしまうのが人間というものだ。

 事の発端は、今から一五分程前まで遡る。 







 ※


 あまり大きくなく、人もそんなに居ない、少し古びたデパート。俺たちは各自店内を散策していた。

 俺は巡と行動しており、服の掘り出し物がないか見ている最中。とはいえ、女子陣はシュークリーム屋さんでもらった猫耳を着けたままであり、もちろん巡も可愛らしい姿のままである。本当は普段着を選ぶところなのだが、どうしても、猫耳の巡に似合うちょっとアレな服ばかりに手が伸びる。


「なあ巡。このメイド服なら、その猫耳とすっごく似合うんじゃないか?」


「修平くんったら、さっきからそういうのばっかり……」


 巡は恥じらいで頬を染めながら俺を見つめてくる。

 ――この恥じらいの表情で、猫耳にメイド服姿の巡を思い浮かべてしまった。ダメだ、ニヤニヤが止まらない。むしろ今すぐ着せて抱きしめたい。


「ねえ、修平くん? ごめんね、今の修平くんは本当にただの変態にしか見えないな」


「俺は変態じゃないぞ? 巡が可愛すぎるだけだ」


「もうっ! ……って、あれは葵雪ちゃん」


 巡の視線の先で、葵雪が一人で歩いていた。しかし、すぐにその姿は見えなくなる。

 っと、ここまでは特に気にするようなことでもない。俺はすぐに巡の服選びと妄想に戻ろうとしたのだが、巡が再び、さっき葵雪が歩いていった方向を指差した。


「……小夏?」


 ゴールデンイエローの髪の後ろ姿は、間違いなく小夏。

 だが、その挙動は明らかに不自然なもの。まるで、葵雪を尾行しているようにしか思えない。


「ははーん。これは面白そうだ」


 俺には即座に分かった。葵雪を尾行する小夏を追えば、絶対に面白いことになると。


「私たちも尾行するの?」


「さすが勘がいいな、もちろんだ。だが、巡はこういうことに自信はあるか? 相手はあの葵雪だ、素人の尾行では必ずバレるぞ」


「任せてよ。私ってこう見えて、修平くん達のいろんな技術盗んでるんだよ?」


「ほう。ならばお手並み拝見と行こうじゃないか」


 俺と巡は、葵雪を尾行する小夏を二重尾行することにした。

 

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