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第07話『猫の鳴く丘にて【3】』

「……も……って欲しいにゃん」


 巡は小声で何かを訴えかけてきた。恥じらいのためかあまりにも小さな声で、うまく聞き取れない。


「え? なんだって?」


「……私のことも可愛がって欲しいにゃん」


「そんなの、当たり前じゃないか。お前が世界で一番可愛いぞ」


 巡のあまりの可愛らしさに半分理性をやられている俺は、惜しげもなく恥ずかしいことを口にしていた。

 だが、この衝動は止められない。

 巡の手触り良すぎる黒髪を優しく優しく撫でてやると、巡は心地よさそうに目を閉じ俺に頭をあずけてくる。そのまま柔らかすぎる頬や華奢な肩を撫でても心地よさそうにしたままであり、子猫をあやすように顎の下をこしょこしょとくすぐるとくすぐったそうに見を震わせながらも、まるでもっともっととおねだりするようにしがみついてくる。

 ああ、幸せだ。こんなにも可愛い生き物を独り占めできるなんて、俺は世界で一番幸せな人類だよ。

 俺は時間の流れも、今ここがお店の中だということも忘れて巡を愛で続けた。そんな俺の意識に強引に割り込むように、同じテーブル内の喧騒が耳に入ってくる。


「ほらほらー、葵雪ちゃんも早く着けるんだよ~」


「イヤよ。どうしてあたしがこんなモノを」


「えー、絶対似合うと思いますよ? ひよりは、ぜひとも見てみたいです」


「さあさあ水ノ瀬さん。みんなで猫さんになりましょうよー」


「断固お断りよ。そんな恥ずかしい格好、できるはずないじゃない。だいたい、あんた達も恥ずかしくないの?」


「わたしは恥ずかしくなんてないんだよ~。むしろ楽しいんだよ~。ほらほら、にゃんにゃん」


「ひよりは一人でやるなら抵抗がありますけど、みんなでやれば楽しいですよ。さあ、にゃんにゃんしましょう」


「にゃーにゃー。綺麗な白猫に変身した水ノ瀬さんはきっと可愛いにゃん。うちの変態お兄ちゃんも、きっと大喜びするにゃん」


「なんであたしが恥ずかしい格好までして小夏の変態お兄ちゃんを喜ばせなきゃいけないのよっ……」


「ん? 呼んだか?」


 いつの間にか不名誉な呼び名で話題にされていては黙ってるわけにもいかない。俺は巡を愛でる手を止めること無く、葵雪を見つめる。

 ――ああ、なるほどな。葵雪だけ猫耳を着けず、黙々とシュークリームを食べてたのか。


「おいおい葵雪。そりゃあ無いだろ」


「修平まで何よ」


「俺は黒猫が一番好きだが、白猫も好きなんだ。あーあ、葵雪の猫耳姿だけ見られないなんて、残念でならない。俺は、葵雪も含めたみんなの猫耳姿が見たかったんだがな」


 俺の言葉に続き、椛と小夏とひよりもわーわーと葵雪に追い打ちをかけ始めた。

 断固拒否する姿勢を貫いていた葵雪だったが、巡まで目線で葵雪に猛烈なテレパシーを注ぎ始め、葵雪に反論をさせないように完全方位で全力おねだり一斉射撃を浴びせ続ける。


「――――ああもうっ、分かったわよっ! 着ければいいんでしょっ、着ければっ!」


 とうとう折れた葵雪は乱暴に猫耳を着け、羞恥に頬を染めながらあからさまに不機嫌な顔で腕を組んだ。


「おおおっ……」


 俺は、想像を超えるその姿に驚いた。想像していた以上に、白猫葵雪は可愛い。可愛いだけでなく、気品さえ感じさせる美しい純白の猫である。

 表情こそ不機嫌そのものだが、こんな姿では、ただのツンデレヒロインくらいにしか見えない。


「葵雪ちゃん、す~っごく可愛いにゃー」


「んなっ、ちょっと椛、何するのよ! くっつかないで! 離れなさい!」


 葵雪に甘えにゃーにゃーと甘い声を出す椛。


「想像以上の可愛さですにゃん。にゃーにゃー」


「綺麗な白猫さん、一緒ににゃんにゃんするにゃー」


 ひよりと小夏も葵雪にまとわりつく。


「そんな顔してないで、一緒に楽しむんだよ~。ほら、にゃんにゃ~ん、猫さんだにゃん、一緒ににゃんにゃんして欲しいにゃんっ! って、一緒にやるんだにゃん」


「椛、あんた殺されたいの? あたしがそんなことやるわけ無いでしょ」


「いいじゃないですかー。絶対可愛いですって! 一緒にやりましょう? にゃんにゃん」


「ひよりまでバカなこと言わないで。どうしてそんにゃことを……できるわけ、にゃいでしょっ! …………っ!?」


 葵雪はセリフを言い終えた直後、自分のセリフの異常に自分で驚いた。


「水ノ瀬さんもすっかり猫さんになってるにゃー。さあ、思い切って、にゃんにゃん」


「葵雪、俺からも頼むよ」


「葵雪ちゃんのにゃんにゃん、私も見てみたいなー」


「小夏、修平、巡までっ……。ああもう、ここまで辱められたら、今更捨てる恥なんて残ってないわっ! やればいいんでしょ、やればっ!」


 葵雪は一度立ち上がり、後ろを向いた。

 そしてくるりと振り返り、後ろを向いた一瞬のうちに完璧に創り上げた可愛らしい笑顔で、両手を猫のように丸めてポーズを取る。


「にゃーにゃー、猫さんだにゃん。一緒ににゃんにゃんして欲しいにゃんっ!」


 完全にキャラ崩壊した葵雪の完璧なパフォーマンス。

 終わった直後にはその笑顔が引きつっているものの、あまりにも見事としか言えないそのパフォーマンスには文句の付け所がない。


「葵雪ちゃん……可愛いっ!」


 巡が突然鼻血を出した。


「葵雪ちゃん、それは反則だよ~。可愛いすぎるにゃー」


「す、すごいにゃっ。これは、想像以上の破壊力ですっ!」


 椛とひよりも葵雪に見惚れ、小さく拍手している。

 笑顔を引きつらせて羞恥で顔を真っ赤にしていた葵雪だが、少しだけ得意げな表情になりつつある。決して悪い気はしないのだろう。

 だが、残念ながら俺と小夏はなかなかに性格が悪いんだ。今ので、葵雪のちょろさは見抜いたぞ。


「さすがだな葵雪。イイ、すごくイイぞっ! 頼む、もっとその可愛い白猫をやってくれ」


「水ノ瀬さんが優勝だにゃん。私たちにもっと王者のお手本を見せて欲しいにゃ」


「仕方ないわねぇ。あんた達だから特別にもう一度だけ見せてあげるにゃん」


 葵雪は可愛らしく猫さんのポーズをとり、完璧なまでの愛くるしい笑顔を作り、普段のキャラを完全に脱ぎ捨てて可愛らしく鳴きながらポージングをした。

 湧き上がる歓声。俺たちだけでなく近くの席のお客さん達まで葵雪に見惚れている。巡は葵雪のあまりの可愛らしさに失神してしまった。

 俺としてはやっぱり巡が一番可愛いことに変わりはないが、葵雪は葵雪でなかなかにイイ。むしろ、普段クールビューティーな葵雪だからこそ、この破壊力があるのだろう。


「葵雪ちゃんすごく楽しそうだにゃー」


「うんうん、すっごくノリノリですにゃん」


「水ノ瀬さん、なんだかんだ言って自分が一番乗り気じゃにゃいですか」


「あんた達、殺すわよっ!?」


 ああ、やっぱり葵雪は葵雪だった。

 でもな、葵雪。そんな可愛い猫耳を着けて頬を染めて怒ったところで、その怒り顔も可愛いだけだぜ?


「なによ修平。あんた、変なこと考えてないでしょうね?」


 ギクッ。なんでこいつはこんなにも鋭いんだ。まさか、人の心が読めるのか?


「ああ、もちろん考えてたぞ。こんなにも可愛い子猫ちゃん達に囲まれてる状況、妄想だって捗るに決まってるだろ。でも、特に白猫が最っ高に可愛いぞ、葵雪。お前のことが可愛すぎて、お前の妄想で頭がいっぱいだ。お前を抱きしめたくてたまらない、抱きしめて撫で撫でしたくてたまらない。とにかく可愛い、可愛すぎるぞ、葵雪」


「――――っ!?」


「……葵雪?」


「………………」


 バタンっ。

 葵雪は急沸騰し、顔から湯気が炸裂しそうな勢いで真っ赤になって倒れた。

 おいおいちょっと待て。これは予想外の反応だぞ? 俺は葵雪の可愛い怒り顔をもっと見たくて煽っただけのはずなんだが、いったい何があった?


「葵雪ちゃんっ!?」


「たいへんですっ、すごい熱ですっ!」


 椛とひよりが葵雪を介抱するが、葵雪は何かをブツブツ呟きながら意識がここにあらず状態だ。


「おい葵雪、いったいどうしたって言うんだ」


「はぁ……。そっかぁ、お兄ちゃんは何も覚えてないもんね。水ノ瀬さんにとってお兄ちゃんがどんな存在なのか、何も分かってないから」


「え?」


 小夏は意味がわからないことを言いながら俺を冷ややかな目線で見つめる。


「どういうことだ?」


「……水ノ瀬さんってこう見えても、ちゃんと乙女なところあるってことだよ。これからは気をつけてね」


「お、おう。さすがにからかいすぎた、後でちゃんと謝っておく」





 なお、この一〇分後には葵雪も巡もしっかり意識を取り戻した。

 とはいえ、ただそれだけでは済まない。さすがにただ事ではないと何人かの店員さんや心優しいお客さん達をも巻き込んでしまい多くの心配と迷惑を振りまいてしまった俺たちは、六人揃って仲良く頭を下げることとなった。 

 

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