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第06話『猫の鳴く丘にて【2】』

 店内はカップルや連休満喫中の学生たち等で賑わっていた。繁忙期だからか、店の規模にしては店員さんの人数も多いものの、なかなか忙しそうに見える。そして、店員さんは女性しか見当たらず、全員が猫耳カチューシャを着けていて、なんだか違う趣旨のお店ではないかと思ってしまう。

 私たちが会計を済ませるまでは満席だったものの、会計を済ませたと同時にちょうどタイミング良く席が空き、テーブルを確保することができた。

 と言っても、ヒノキ素材のテーブルに常設されている椅子の数は四脚。桜色の鮮やかな髪が特徴的な店員さんが、予備の椅子を二つ持ってきてくれる。


「はい、これで六名様座れますよー」


 テーブルと同じ素材の椅子四つに加え、ヨーロッパの貴族邸にでもありそうなアンティークで高級感溢れる椅子が二つ追加された。


「えーっと。見たところ、そちらのお兄さんと黒髪のあなたが恋人ですね? この二つの椅子、実は足元に連結具があってぴったりくっつけれるんですよ。ぜひ、こちらへ」


 そう言って店員さんは二つの椅子をくっつけ、私と修平くんに着席を促してきた。


「どうして俺たちが恋人だって分かったんだ?」

 

 修平くんの疑問は、私を含めたみんなの疑問。


「そんなの、見れば分かりますよ。わたしには、人のオーラも守護霊も因果の糸も運命の脈も、全てが見えますからね」


 店員さんは桜色の髪をさっとなびかせて微笑んだ。あえて冗談だと分かるように言ってるんだろうってことは分かるけれど、嫌らしい感じはしない。

 葵雪ちゃんだけは露骨に訝しげな表情を浮かべているものの、全員が着席して、それぞれが注文したスウィーツをテーブルに広げた。


「どうぞごゆっくりお召し上がりください。そして、こちらをどうぞ」

 

 店員さんは最後に修平くん以外の全員に猫耳カチューシャを渡し、桜色の髪をふわりと広げ可愛らしい猫耳をピョコンと動かしながらお辞儀をして業務へ戻っていった。


「なんか、不思議な店員さんだったな」

 

 修平くんの目線は桜色の髪をずっと追っていたけれど、その意識はすぐにこっちへ引き戻されることになる。



 Another View 修平



 俺はどうもあの店員さんが気になって、つい巡たちのことを一時的に忘れ、特徴的な桜色の髪を目線で追い続けた。

 だが、そんな俺の意識を強引に引き寄せる会話が耳に入ってくる。


「にゃーにゃー。猫さんになりましたよー」


「にゃんにゃん。ひより猫さん可愛いにゃー」


「猫夏ちゃんも可愛いにゃん」


 ぶふぉぉっ。

 唐突に聞こえてきたひよりの声と小夏の声の方を見て、俺はつい吹き出してしまった。

 猫耳ひよりと猫耳小夏が、まるで子猫の姉妹のようにじゃれあっているではないかっ! お互いに手を丸めてじゃれあうその光景はあまりにもシュールだが、本物の子猫のように可愛らしいモノ。

 やばいぞこれは。後輩と妹へ対する感じ方が、猫耳カチューシャ一つでここまで変わるとは! 俺は無意識のうちにスマホを取り出しビデオ撮影機能を起動させようとしたが、その時視界の端に映ったモノに意識を持っていかれ手が止まってしまう。


「はむはむ。わたしは和菓子が好きだけど、たまには洋菓子もいいものだにゃーん」


 猫耳椛が両手で包むようにシュークリームを持ち、小動物のように可愛らしく頬張っていた。まるで子猫がおやつを貰っている時のような幸せそうな顔をしている。

 スマホを手に握っていることすら忘れてその様子を観察していた俺の目線に気づいたのだろうか。猫耳椛は一度シュークリームを皿に置き、唇の端に付いたクリームをぺろりと舐め、俺の方に迫ってきた。


「にゃーにゃー。猫さんになったわたし、どうかにゃん?」


 いつものふわふわとした印象の椛とは別人に思える、可愛らしさと野生動物の眼光を併せ持つ猫と化した椛。それに続いて、じゃれあっていたはずの子猫の姉妹…ひよりと小夏も俺に迫ってくる。


「にゃぁ~ん」


 ひよりは楽しそうに笑顔いっぱいに迫ってきた。その純粋無垢な瞳を見ていると、撫で撫でを要求されているかのように思えてくる。


「みゃぁん」


 小夏は、本物の猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしながら俺をじっと見つめ、俺の手の上に頭を乗せてきた。


「……おい、どういうつもりだ?」


 俺は小夏の顎の下から首にかけてを、こしょこしょとくすぐるようにしてみた。


「んっ……んんっ……」


 小夏はくすぐったそうにビクッとしたり身体を震わせたりといった反応を不規則に見せるものの、決して離れない。それどころか、本物の猫のように心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

 おい待て小夏。お前って、こんなキャラだったか?


「みゃぁ~ん。猫夏ちゃんばっかりずるいですぅ~」


「わたしも可愛がってほしいんだよ~。にゃんにゃん」


 椛は密着してきて、ひよりは小夏と反対の手の上に自分の顎を乗せてきた。

 小夏にしてやってるようにひよりの顎の下から首までをこしょこしょとくすぐってやると、小夏以上にくすぐったそうにするものの、だんだんと喉を鳴らし始める。……なんだこの子猫たち、可愛すぎるぞ。

 だが、二匹の子猫ばかりにも構っていられないようだ。正面から俺に密着し甘えている椛が、目線で俺に凄まじい訴えかけをしてくる。


「俺の手は二本しか無いんだが」


 やむを得ず小夏を構っていた方の手を使って椛の柔らかい髪を猫耳ごと撫でてやると、椛は心地よさそうに目を閉じてみゃぁ~んと小さく可愛く鳴いた。

 ああ、猫ってこんなに可愛い生き物だったんだな。俺はどちらかというと犬派だったが、今この瞬間、猫派にジョブチェンジしたよ。


「むー……」


 俺がひよりと椛の相手をしていると、俺の妹だったはずの子猫が頬をぷくーっと膨らませて不満炸裂の目線を向けてきた。


「ごめんな、俺の手は二本しか無いんだ。順番にな」


「じゃあ、次は私の番だよ……?」


「っ!?」


 俺が三匹の猫に気を取られすぎてすっかり忘れていた存在の声が、真横から聞こえてきた。

 ああ、俺はどれだけこの三匹の猫に気を取られすぎていたんだろう。まさか、真横に座っていた恋人を忘れてしまうなんてな。


「めぐ……っ!?」


 俺はその名を呼びながら声の方を振り返ったが、あまりの衝撃に言葉を失った。


「どう、かにゃ……?」


 猫耳を装着した巡が、頬を染め、羞恥と嫉妬で潤む瞳で俺をじっと見つめていた。

 ただそれだけなのに、俺は雷の直撃を受けたかのような衝撃を受けた。もう俺の目には、巡の姿と、ピンク色でキラキラと煌く背景の幻覚しか見えない。


「ひゃんっ!?」


 巡の可愛すぎる声が聞こえた。

 なぜなら俺は無意識のうちに、あまりにも可愛すぎる雌猫をぎゅぅっと抱きしめていたからだ。俺が自分の行いに気づくいたのは、五秒後のこと。


「っ!? わっ、ごめんっ」


 俺はとっさに離れ、周囲のお客さん達の痛いほどの目線に刺し貫かれながら、もう一度巡の姿を見た。

 ……可愛い、可愛すぎる。頬を朱色に染め、流れる黒髪に二つそびえる猫耳をピコピコと震わせ、今にもパニックになりそうなくらい瞳を揺らしながらも俺を見続ける巡が、あまりにも可愛すぎる。


「みゃぁ~……さすがに勝てないにゃん」


 小夏は俺の元から離れ、椛とひよりもそれぞれ自分の席に戻った。 

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