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第04話『とある小説家』

 5月のゴールデンウィーク。

 子供はもちろんのこと、第三次産業に従事する者以外の大人も大喜びの季節がやってきた。既に桜は全て散り、気温も高くなってきたけど、まだまだ過ごしやすい季節であることに変わりはない。

 今日はみんなで隣町へ遊びに行く予定。明日は修平くんとデートをしに行くというスケジュールになっていて、私と修平くんは二日間連続で隣町へ行くことになる。


「おはよう、巡。ずいぶんと早いな」


「おはようございます。まだ待ち合わせ時間の三〇分前ですよ?」


 待ち合わせ場所の駅に一番乗りでベンチに座っていた私の元に、修平くんと小夏ちゃんがやってきた。

 うん。確かに待ち合わせの四〇分前から居た私も私だけど、修平くん達もずいぶんと早いよね……?


「ちょうどこれくらいの時期にこの駅から眺める景色っていいでしょ? ほら、程よくおひさまがあたってぽかぽかと気持ちいし」


「確かに巡の言うとおりだな。今日はこのままここでのんびり過ごすのもいいかもしれない」


「言いたいことは分かるけど、さすがにそれはダメだよお兄ちゃん」


 修平くんは私の真横に腰掛け、さらにその隣に小夏ちゃんが腰掛ける。

 私と修平くんはそのまま自然と互いに手と手を重ね、小夏ちゃんは即座にスマホを取り出して画面だけを見つめる。


「私のことは居ないものとして認識していいから、お兄ちゃんは二人っきりの待ち時間を楽しんで」


 小夏ちゃんはスマホから一切目を離さず、そう言った。

 私と修平くんが結ばれてすぐにそのことを打ち明けた時は、あまりにも唐突すぎる報告にみんな驚いていた。でも、今となってはみんなにとって当たり前の事実でしかない。小夏ちゃんも一見そっけないように見えるけれど、本当に私と修平くんを気遣ってくれているということは分かっている。

 私は心の中で小夏ちゃんに感謝し、みんなを待つ間という短い時間だけでもこの暖かい日差しの中で修平くんとの時間を過ごそうとした。でも、修平くんは私ではなく小夏ちゃんの方を向いている。


「なあ小夏。またラノなろ小説読んでるのか?」


 ラノなろ小説…これまでの世界で数回くらい聞いたことがある小説投稿サイトの名前。

 確か正式名称は『ライトノベル作家になろう』だったはず。どうやらオタク系の趣味も嗜んでいるらしい修平くんと小夏ちゃんが好むような内容の小説を一般の人が投稿するサイトで、このサイトから実際に出版までして本物のライトノベル作家さんになる人もいるんだとか。


「うん。宮古みやこハル先生が新作をweb投稿し始めたんだ。まだ連載が始まったばかりだけど、きっとこの新作もすぐに書籍化されると思うよ」


「へー、宮古ハル先生の新作出てるのか。俺も夜にチェックしておこう……あ、巡はこのサイト知ってるか?」


 いつの間にか私が蚊帳の外になりかけていたことに気づいてくれたんだね。修平くんは私も話の輪に招き入れてくれた。


「サイト自体は知ってるよ。読んだことはないんだけどね」


「このサイト、本当に作品数が多いうえに、ほぼオタク向けの作品ばっかりだから巡が好むようなサイトじゃないよな。でも、一つだけ巡にもお勧めしたい作家さんが、宮古ハル先生だ。小夏、宮古みやこハル先生の小説の魅力を巡に説明してやれ」


「ガッテンだよ、お兄ちゃん!」


 小夏ちゃんは飛び上がるように立ち上がり、私と修平くんの前に仁王立ちして説明を始めてくれる。


「宮古ハル先生は、投稿作品が実際に出版されて書店に並ぶほどの大人気作家さんなんですよ。登場キャラクター達の個性豊かさやギャグシーン、そしてテンポの良さは一般的なライトノベルと呼ばれる分類と同じなんですが、描かれるシナリオと文体の巧妙さは文芸の領域。ライトノベルでありながら、オタク層だけでなく一般の人にも人気を得られる作家さんです。書籍化もされた、たった一夏だけの恋を描いた物語はコメディー要素も多くとっても引き込まれる内容で、まるで先生本人が経験してきたかのようなリアリティに溢れる描写の数々! クライマックスシーンはとても切ないですが、ヒロインと主人公が共に成長しハッピーエンドで終わります。オタク趣味がない人でも絶対に引き込まれるので、ぜひ読んでみてください!」


「一夏の恋のお話かぁ……そういうのいいね。面白そう」


 説明を聞く限り、普通のオタク層向けの本とは一味違うみたいだし、隣町の本屋さんで買ってみよう。


「あ、そうそう。お兄ちゃんは黒髪女子高生が大好きな黒髪フェチなんですよー」


「「えっ?」」


 私の声と修平くんの声が見事に揃った。


「お兄ちゃんも宮古ハル先生の作品のファンで、推しキャラが居るんですよ。お兄ちゃんの推しキャラはメインヒロインとは別のサブヒロインで、風見さんのような長くて綺麗な黒髪の高校三年生なんです。つまりお兄ちゃんは黒髪フェチで、風見さんのその髪に惚れた可能性があるわけですよー」


「ああー、なるほど。だから修平くんはよく私の髪を…………」


 すごく納得がいった。

 修平くんは二人っきりで激しめにイチャつく時、よく私の髪に触れたり、時には匂いを嗅いでくる時がある。私は修平くんに髪を触ってもらうの好きだし、匂いを嗅がれるのは恥ずかしいけど喜んでくれるならそれでいいと思ってる。


「おい小夏。推しキャラの髪色がそのまんまフェチになるという理論は横暴すぎるぞっ! 俺は巡が黒髪美少女だから惚れたんじゃなくて、巡が巡だから惚れたんだよ。……と言っても、巡の髪は本当に触り心地が良くて、巡の匂いがするから、大好きだっ!」


「ちょっ、修平くんっ!?」


 修平くんは突然私に抱きつき、私の髪をスンスンし始めた。


「おおー、お兄ちゃんったら見せつけてくれるねぇ。ただの変態にしか見えないよー?」


「いいんだよ。小夏はいないものとして認識していいんだから、今は俺と巡の二人っきり。何をしようと、俺たちの勝手さ」


「もうっ、修平くんったら……」


 私は恥ずかしさで既に倒れそうだけどなんとかこらえて、修平くんを抱きしめてあげる。

 小夏ちゃんは少しだけ私たちをニヤニヤと眺めてたけど、すぐに飽きちゃったみたいで、また私とは反対方向の修平くんの隣に座ってスマホを眺め始めた。

私も目を閉じ、密着する修平くんを感じる。しばらくこうしていよう…………。





「はぁ~っ。あんた達、本当にバカップルね」




「っ!?」

 

 つい修平くんとイチャつくことに集中しすぎていて、どれくらいの時間が経ったのかも自覚がない。そして、いつの間にか私たちの目の前に葵雪ちゃんと椛ちゃんとひよりちゃんが居ることにも気づかなかった。


「葵雪っ、椛っ、ひよりっ……。いつからそこに居たんだ」


 慌てて私から離れた修平くんもびっくりしていた。


「つい一分くらい前からね。でも、ここまで歩いてくる間もずっとあんた達を見てたわよ」


「二人とも幸せそうだったんだよ~」


「まさかひより達がここまで接近しても気づかないなんて、本当に二人っきりの世界に居たんですね」


 もうダメ、顔が熱くて沸騰しそう。

 確かに私と修平くんの関係はみんな公認だけど、だからといってイチャついてるところをここまで観察されるのは恥ずかしいよ。

 小夏ちゃんも、せめてみんなの姿が見えた時点で教えてくれればよかったのにっ! ……と思いながら小夏ちゃんを見てみると、スマホを眺めてるふりをして顔を伏せてクスクスと笑ってる。ああ、なるほどね……。


「せっかくこれからみんなで出かけるんだから、そういうことは、今夜二人っきりになってからにしなさいよね」


「はい、葵雪先生。おっしゃるとおりにいたします」


 完全にテンパっちゃってる修平くんが変な返事をした。でも、ちょっと待って? それはつまり、今夜私と修平くん二人っきりの時間があるということかな?


「なによその喋り方、気持ち悪いわね。電車が来るまでには元の修平に戻りなさいよ」


「了解。元の俺に戻ったぞ」


「戻るの早すぎないっ!?」


 葵雪ちゃんにしてはものすごく珍しい、キレのあるツッコミ。

 普段あんなにもクールな葵雪ちゃんのこんなツッコミを見られるなんて、さすが修平くんが加わったこのメンバーだよ。毎日が賑やかで楽しくて、決して飽きることない。

 この後も楽しい一日になることは間違いないね。

 

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