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第03話『始まる最後の恋』

 ゾクリ。

 修平くんの眼差しは、少し不気味なモノを感じる。まるで、質問ことばでコーティングされた針を私の心の奥底まで届かせてくるかのような、そんな不気味な感覚。この眼差しは、質問として投げかけられた言葉通りの答えを求めているわけではないことを示している。

 下手に誤魔化せば、簡単に見透かされてしまうだろう。だから私は、完全な真実ではないものの偽りでもない答えを返す。


「簡単な話だよ。修平くんと小夏ちゃんをメンバーに加えたら楽しそうだなって思ったんだ」


「……そっか、それは名推理だったな。そうとも、俺と小夏は場を盛り上げるプロ! 俺たちが居れば、平和ボケするような退屈は日々は送らせないさ」


 あれ? あっさり納得してくれた……?

 修平くんの反応は、あまりにも不自然だと思えるほどのもの。

 ほんの一瞬前までの眼光は嘘のように消え失せ、いつもの見慣れた修平くんに戻っている。


「うん。私の勘に間違いは無かったよ!」


「ああ、巡の勘は本物だと思うぞ。勘のいい俺が言うんだ、間違いない」


「修平くんも勘がいいんだ?」


「もちろん! 俺の方こそ、巡と一緒にいればこんな田舎生活も楽しいものになるって分かってたからな。巡と出会った瞬間は庇護欲をそそる病弱系ヒロインなのかとも思ったが…実際は元気で明るい正統派ヒロインだってことにはすぐに気付けたさ」


「……え?」


 途中から修平くんの言葉の意味がよく分からなくなってきた。

 首をかしげる私の様子を面白そうに眺めた修平くんは、ぽんっと私の肩に手を置く。


「ありがとう、巡。実を言うと、最初はなんでこんな田舎に小夏と二人で放り出されたんだろうって、モヤモヤしてたんだ。小夏と一緒だからなんとかなるだろうとも思ってたけど、不安が全く無かったと言えば嘘になる。でも、巡と出会えて、ここに来てよかったと思えたんだ。巡のおかげで葵雪や椛とも友達になれたし、巡たちがひよりを受け入れてくれたから、既に毎日が楽しい。これからも、ずっとずっとよろしくな」


 修平くんは、無邪気な少年のように眩しい笑顔を向けてくれた。

 ずっとずっとよろしくな、かぁ……。うん、それは私も同じ気持ちだよ。私だって、六人でずっとずっと一緒に居たい。夏も秋も冬も、そして卒業後も、ずーっと一緒に居たい。でも、この世界はそれを許してはくれないってことを私は知ってる。

 だから私は、他の誰よりも、今目の前の幸せがどれだけ尊いものか知ってる。修平くんは今、現実に叶うという前提で思いを口にしてくれてるんだろうけど、私は違う前提で言葉を返すよ。


「そうだね。ずっと、ずーっと、一緒に居たいよ。私もみんなのことが大好きだし、みんなと過ごす時間が幸せ。こんな幸せが続いて欲しい」


 せっかく修平くんがこんなに眩しい笑顔を向けてくれてるんだ。私も笑わなくちゃね。


「……巡、初めて笑ってくれたな」


「えっ」


「巡が楽しそうにしたり微笑んだりすることはあっても、その笑顔を見せてくれたのは初めてじゃないか。俺、巡はいつも何かを思いつめてるんじゃないかって心配してたんだ。まるで、俺たちには見えていない何かを常に見つめて怯えているんじゃないか? なんて根拠のない疑いを抱いたこともあった。でも、そういう笑顔ができるなら、安心したよ」


 確かにそうだよ。私は常に、今目の前のこと一つ一つを重みのあるものと捉えていたし、みんなが私に優しくしてくれる分だけ罪悪感を感じてたよ。やっぱり君は本当に勘が鋭いんだね。

 でも今ので分かったよ。私が余計なことを少しでも考え続ける限り、この夢を最高に幸せなモノにすることはできないんだね。私が放つ些細な違和感は、修平くんにはしっかり伝わっちゃうから。

 私はもう余計なことを考えないよ。この夢が終わるまでは、私が知ってる現実も私の罪も、考えないようにする。


「修平くんは本当に優しいんだね。ずっと私のこと気にかけてくれてたんだ」


「当たり前だろ? 巡みたいな可愛い女の子、しかも放っておいたらどこかでずっコケて泣いてそうな危なっかしい子、心配せずにはいられないさ」


「あれ? なんか喜んでいいのか悪いのかよく分からないこと言われたような気が」


「とにかく、俺は巡のこと放ってはおけないんだ。まだ、病弱系ヒロイン要素が全く無いという保証はないしなっ!」


「もう、私はそんなに貧弱じゃないよっ! ……って言っても、あんな出会い方をしたら説得力無いよね」


「うん、全く無い!」


「そこはお世辞でもいいから少しくらい否定してくれてもいいと思うな」

 

 でも、あの時修平くんが来てくれなかったら、私は本当にあのまま死んでたかもしれない。


「……なあ巡」


「うん、何?」


「俺さ、あの時の巡の発作について、どういう人に起こるものなのか小夏に説明してもらったんだ。ああ見えて小夏も巡のことすっごく気にかけてるし、俺も巡のことを心配せずには居られない。俺はまだ巡のことをそこまで分かりきってるわけじゃないし、巡が自分で話してくれる気になるまでは何も聞き出すつもりはない。でも俺は巡の味方だし、いつでも巡の力になるってことは覚えておいて欲しい」


「……ありがとう」


 君の優しさと頼もしさは誰よりも知ってたよ。でも、こうして改めて優しさと頼もしさに触れると、やっぱりダメだなぁ……ずっとずーっと君に恋し続けてたのに、また君に惚れちゃうよ。もう何度君に恋してしまったのか、数え切れない。

 でも、この幾重にも積み重ねられ続けてきた私の恋は、この世界では実る。もう確定してる。確定している勝負を恐れる必要はない。


「ねえ、修平くん」


「ん、どうした?」


「私ね、好きな人がいるんだ」


「……ほう」


「その人は、初対面であるはずの私が発作を起こして倒れてた時、全力で助けてくれた優しさと勇気がある人。すごく勘が良くていろんなことに気づける鋭さと頼もしさがあるのに、笑顔は無邪気な少年みたいに眩しいの。何もなく空虚だった私の日常に、新しい刺激と暖かさと煌きを与えてくれた太陽な人。その人の名前はね」


 私は、修平くんにぐいっと接近し、耳元で、一字一句丁寧に耳の穴へ注ぎ脳へ浸透させるようにゆっくりと囁く。





「深凪修平くん。君だよ。私は修平くんのことが大好き」





 あああああ私、なんて告白のしかたしてるのっ!?

 どうして、なんでっ!? 何を思って私はこんな、私らしくないことやってるのっ!? やってしまった……勢いに任せて、つい、やってみたかったけど結局勇気がなくて演じれなかったようなキャラを演じちゃった!


「……ふふふっ、あっはっはははは」


 衝撃を受けたように硬直していた修平くんだったけど、私の顔を見て笑いだした。


「巡、お前って本当に面白いやつだな! いきなり迫って耳元で告白するなんてびっくりしたけど、巡のほうが真っ赤になってるじゃないか! やっぱ巡と一緒にいると退屈しないぜ」


「ちょ、ちょっと止めてよっ……わ、私だって今すっごく後悔してるんだから」


「後悔? そんなの必要ないさ。だって俺は、そういう巡のことが好きなんだから」


「えっ」


 気づけば私は修平くんにぎゅぅっと抱きしめられてた。


「俺もさ、初めて出会った時から、巡のことで頭がいっぱいだったんだ。だから、巡の告白、すっごく嬉しい。ありがとう、巡」


 修平くんの唇が迫ってくる。私は既に心臓バクバクだけど、拒む理由なんて一切ない。

 重なる修平くんの唇と私の唇。交わる体温と唾液。……ああ、何度経験しても、このドキドキ感と幸せは毎回新鮮だなぁ。そろそろみんなの元へ戻ってもいい頃だと思うけど、あと数分だけでもいいから、このままで居たい。

こうして私と修平くんは正式に結ばれ、最後の恋が始まった。 


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