第01話『出会い』
巡 View
もう何度も何度も見てきた、春の訪れ。
視界いっぱいに広がる丘には、数え切れないほどの数の風車…決して回らない不思議な風車が植えられている。私がこのスタート地点に立った回数と、この風車の数、どっちのほうが多いんだろう……なんて思考も、もう何度目か分からない。
だけど、今私がここに居るのは、今までとは全く異なる理由。今まで私は、運命に抗うために、希望を持って、この地に立ってきた。でも、それが全て無駄なことだと知ってしまった。
「もう、嫌だよ…………」
涙が溢れる、震えが止まらない。
私はこの場所に逃げてきただけ。今までみたいにもう一度やり直したかったわけじゃない、ただ、逃げてきただけ。
もう何度も何度も何度も何度も何度も経験してきた残酷な運命から目を背け、逃げ出した結果、ここにいる。衝動に駆られて軽率な行為をした結果、私はまた、残酷な運命を経験しなければならなくなった。
「どうして、どうしてなの……なんで、みんな死ななきゃいけないの……」
私は、何度も何度も何度も何度も何度も運命に抗おうとし、残酷な運命を経験し、それでもなお抗い続けた。私独りだけの時間軸では、春から初夏までの季節だけで何十年も生きて、抗い続けた。その結果、分かったことがある。
運命は、変えられない。
今まで私は、ただ必要以上に大切な人たちの死を積み重ねてきただけ。ただの女の子が少しくらい特別な力を得たくらいで、運命を相手に戦えると勘違いしていた。
でも、ようやく分かったんだ。運命というものは、人の身では絶対に抗えないってね。それを分かっていたはずなのに、馬鹿な私はまた繰り返してしまった。
今まで希望を抱き続けた分、この残酷すぎる真理はあまりにも辛い。息が苦しい、視界が揺れる、足に力が入らない。
「かはっ、あぁっ、――っ!」
苦しい。呼吸が思い通りにできない。
自力で立つことができなくなった私は倒れ、正常な呼吸を求めてもがこうとしたけど、手足が思うように動かない。
私、このまま死んじゃうのかな……。もしも、目の前に広がる風車が全て、私が今まで繰り返してきた時間の中で死んでいったみんなの墓標なのだとしたら……?
「おーい、大丈夫かーっ!?」
声が聞こえたような気がする。
「おい、しっかりしろっ!」
え? この声はもしかして……?
「おい、大丈夫かっ!?」
「お兄ちゃん、この症状はきっと、過換気症候群だよ」
「かかん、なんだって? それは何の病気だ? どうすればいい?」
「とりあえず落ち着かせてあげて、楽な姿勢にしてあげて、ゆっくりと深く呼吸させてあげて」
「分かった! ほら、もう大丈夫だ! 俺がついてる、だから落ち着いてゆっくり深く呼吸をするんだ!」
私を抱き起こしてくれたのは修平くん。後ろには小夏ちゃんもいる。
もう私は声も出せない状態だけど、修平くんに抱かれて声を聞いた瞬間に、ものすごく安心感が湧いてきた。
「さあ、吸って……吐いて。吸って……吐いて」
修平くんは私の背中をさすってくれながらリズムを取ってくれる。私はそのリズムに従って、精一杯呼吸をした。
――――だんだんと楽になってきた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
「よし、落ち着いてきたようだな」
「お兄ちゃん、きっともう大丈夫だよ。あとは、完全に落ち着くまで安静に」
「…………あり、がとう」
だいぶ落ち着いてきた私は、お礼の言葉を絞り出すことができた。
「お礼はいいから、まだ喋るな。少し安め」
そう言って修平くんは私をお姫様抱っこし、丘の頂上にある広葉樹の根本に運び、木陰に座らせてくれた。
そして、まだ脱力してる私の汗と涙をハンカチで拭い取ってくれる。いつの間にか大量にかいていた汗と未だに止まらない涙をハンカチで拭ってくれている間も、ずっと励ましの言葉をかけ続けてくれた。
ああ、修平くん。やっぱり君は、本当に優しいよ。この世界の私と君は他人なんだよ? なのに、ここまで親身になって私を介護してくれるなんて……。
「……本当にありがとう、私はもう大丈夫だよ。ほら、おかげでこの通り」
完全に回復し、涙も止まった私は、立ち上がってみせた。
「よかった。泣きながら倒れてたもんだから、焦ったよ」
「あの状態を見るに、過換気症候群……何か大きなショックを受けた場合に起こる心因性の発作かと思いますが、何かあったんですか?」
「うん、最近ちょっと悲しいことがあってね、それを思い出しちゃったんだ。でも、本当にもう大丈夫だよ。ありがとう」
「そっか。本当にもう大丈夫なら、とりあえずよかったよ」
「……ちょっと悲しいことがあって、それを思い出してあんなことになるなんて。いったい、最近何が起こったんですか?」
ゾクリ。
なんだろう。小夏ちゃんの眼差しから、ものすごくイヤなモノを感じる。気のせい……なのかな?
「おい、バカっ!」
ゴツンッと、修平くんの拳が小夏ちゃんの頭を直撃した。
「痛っ!」
涙目で修平くんを睨む小夏ちゃん。
修平くんはそんな小夏ちゃんの頭をガシっと鷲掴みにして無理やり頭を下げさせ、自らも頭を下げてきた。
「うちの愚昧が失礼なことを! 申し訳ありませんでした!」
「え、ええっ!? いいよいいよ、気にしないで! 助けてもらっておきながら謝られるなんて、困っちゃうよ」
修平くんは頭を上げ、小夏ちゃんも開放された。
開放された小夏ちゃんは殴られた頭を痛そうに抑えてプクーっと頬を膨らませてるけど、さっき感じたようなイヤな感じはしない。やっぱり、さっきのは気のせいだったのかな。
「あ、助けてもらったんだから、自己紹介しておかないとね。私は風見巡、虹ヶ丘高等学校の三年生。君たちは?」
この微妙な空気を変えたい一心で、私は答えを完璧に把握している質問をすることにした。
修平くんと小夏ちゃんはそれぞれ名乗り、ここへ引っ越してきたこと、そして虹ヶ丘高等学校に通うことを説明してくれる。私は全て分かりきってるけど、初対面の他人を装い続ける。
「――――そうだったんだ。これからよろしくね、修平くん、小夏ちゃん」
「おう! 転校先に知り合いが居ると、心強いぜ。よろしく!」
「よろしくおねがいします!」
そのまま、いつもやっていた通り、さっそくスマホを使ってお互いの連絡先を登録しあう。
本当に、今まで数え切れないほど繰り返してきた行為。だけど、私はここまでの流れの中で一つの確信を抱いた。
この世界は、私の世界だ。
今まで重ねてきた通常の出会いと、具体的に何がどう違うのかを問われると、ちょっと困っちゃう。
だけど、ずっと同じ時の流れを繰り返し続けてきた私には分かるんだ。この出会いのシーンは、普通の出会いのシーンじゃない。この夢が誰の世界なのかを示唆するものだと。
だから私はここで、たった一つだけ最後の希望が持てた。
この最後の夢は、楽しい楽しい幸せな夢になるに違いない。いや、絶対にそうしてみせる。最後の夢で私が修平くんと結ばれるなら、もう思い残すことは無いようにできる。
これから始まる最高の夢は、最後の夢。運命の日、私は自ら命を絶つ。だって、誰かが欠けた世界なんて生きていく意味がないし、絶対に耐えられないから。だけど、運命の日までの間は、最高に幸せな人生を歩む。
今まで辛くて苦しい戦いを何十年分も繰り返してきたんだ。神様だって、せめて最後くらいは幸せな夢を見せてくれるよね。