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第17話『永遠の約束』

 修平くんに守られたまま泣くことしかできずにいると、やがて地震は収まった。

 

「大丈夫か?」


「うん。でも修平くんがっ……」


「俺なら大丈夫だ」


 満身創痍のはずの修平くんは立ち上がり、私も引っ張り起こされた。

 目の前に広がるのは、天変地異によって完全に原型を失った高台。

 みんな死んでしまった。何度経験してもこの感覚は慣れない、胸が張り裂けそうに痛くて苦しい。

 しかも生き残ったのは、よりにもよって私と修平くん。修平くんが私をずっと庇い続けてくれたおかげで、軽いかすり傷を何箇所か負っただけ。私の代わりに、修平くんが全身から血を流していた。


「チクショウ、なんでこんなことに……」


 修平くんは私をしっかり抱いて支えてくれながら、血が滲むほど強く唇を噛み締めていた。

 分かるよ、その気持ち。私もね、その気持ちを何度も何度も何度も何度も何度も経験してきたんだから。でもね、死んでしまった人間はもう生き返らないんだよ。


「修平くんっ……」


 声を出してみて初めて、自分の声が震えていることに気づいた。

 やっぱり、大切な人たちが死ぬことには慣れない。涙が止まらない。


「巡が無事なのがせめてもの救いだ」


「でも修平くんが無事じゃないよっ……どうして」


「巡は俺の恋人だ。世界でいちばん大切な存在だ。当たり前だろ」


「……ありがとう」


「でも、巡しか救えなかった」


 そう言って修平くんは私を安全な所に座らせて、みんなの命を奪った大地の前まで歩いていき、くずおれるように膝をついた。


「なんで、こんなことにっ!」


 修平くんは何度も何度も拳を地面に叩きつけていた。夜の闇の中、遠目でも、その拳から血飛沫があがっていることは分かる。


「修平……くん……」


 私は震える足になんとか力を込めて修平くんに歩み寄り、背後から抱きしめた。


「もう、やめて……」


「…………」


 修平くんは血だらけの拳を降ろし、とりあえずこれ以上自傷行為に走る心配はなくなった。


「なあ、巡。なんでこんなことになったんだ?」


「それはね、修平くん――――」


 最後くらい、話してもいいだろう。

 この後、私も死ぬんだ。それはきっと、修平くんを悲しませることになる、あまりにも身勝手な選択。でも、私はみんなが居ない世界を生きていくほど強くないんだ……。だから、ごめんね。せめて、理由くらいはしっかり説明するから。


「これはね、運命なんだ。私たちは、生きていてはいけない存在だと、世界から認知されてる。だから世界は私たちを全力で殺しにかかる、それが運命の日」


「どういうことだ」


「言葉の通りだよ。今までね、何度も何度も何度も何度も何度も、こうやって運命の日を迎えた。誰が死ぬかはその時その時でバラバラだったけれど、必ず誰かが死んだし、修平くんが死んだことだってあったんだよ。でもね、私は時間を巻き戻す力がある。私は、運命の日が訪れる度に時間を巻き戻して、どうにか運命の日に抗おうとして、戦い続けたんだよ。でもね、全部無駄だったんだ。時間を巻き戻すような力があっても、運命には勝てないんだ」


「…………」


 修平くんは黙って震えてる。


「当然、だよね。信じられるわけ、ないよね。無理に信じろとは言えないよ。でもね、これが、私が生きてきた世界なんだ。時間を巻き戻す力を持つ私が、ずっとずっと繰り返し続け抗おうとしてきた、あまりにも残酷な世界の真実。――――ありがとう、修平くん。修平くんのおかげで、私は最後に最高の三ヶ月を過ごせたよ。この最後の夢で、私が繰り返してきた長い長い時間の全てが報われたよ」


 まだ黙っている修平くんを背後から抱きしめ続けながら、私は耳元で囁く。


「ごめんね、修平くん。私、みんなが居ない世界を生きていけるほど、強くないんだ。だから私は誰か一人でも欠けた時点で時間を巻き戻した。でも、いくら時間を巻き戻してもこうなっちゃう。だから、さようなら……。修平くんだけは、どうかこのまま生きて。私たちが体験できなかった夏を、秋を、冬を、私たちのぶんも体験して」


 私は最後に修平くんの頬に口づけをし、修平くんから離れ、手すりも展望看板も全てが落ちていった崖に歩み寄る。


「ありがとう、そしてごめんね。さようなら……」


 私は自ら、崖の下に頭から身を投げた。

 暗闇の中に落下していく。あと何秒後に死ぬのか分からない。

 もう、これで本当に最後だ。何も思い残すことはない。高望みをすれば、きちんと七夕を超えて、七夕の先をみんなで過ごしたかった。けれど、叶わぬ幸せを求めたところで逆に不幸になるだけ。今はただ、最高に幸せだった最後の夢の思い出を胸に秘めたまま死ねることが幸せ。


「ふざけるんじゃねえっ!」


「えっ!?」


 突然修平くんの声が聞こえ、そして抱きしめられる感覚を感じた。

 真っ暗闇の中で何も見えないけど、なぜか突然修平くんに抱きしめられたことは分かる。

 そして、その直後。ぐしゃりという嫌な音が聞こえ、全身に衝撃が走った。しかし痛みはたいしたことなく、私はまだ生きてる。まさかっ……。


「修平くんっ!?」


「め……ぐり……」


 ああ、分かる。唯一の光源である月に雲がかかっててかなり暗いけれど、感触ですべて分かる。

 今私は、修平くんの上に乗っているんだ。そして修平くんは私をかばい、私の下敷きとなって地面に叩きつけられたんだ。あまりはっきりとは見えないだけで、修平くんの身体がどんな状態になっているかはだいたい想像できる。


「なんでっ!? どうしてっ!?


 つい声を張り上げてしまった。

 

「修平くんにだけは生きていて欲しかったのに! 身勝手な願いだってことは分かってるけど、それでも、せっかく修平くんは生き残れたんだからっ! しっかり私たちの分も生きていてほしかった!」


「馬鹿野郎っ……」


 既にかすれきっているが、気迫のこもった声。


「お前、言ってただろ? みんなで夏も秋も冬も過ごしたいって。卒業した後も、ずーっとみんなで一緒に居たいって。そして俺は、絶対に巡の味方だし巡を信じるって言ったはずだぞ。お前、こんな絶望を何度も経験して、それでも時間を巻き戻して、叶えたい夢のために頑張ってきたんじゃないのか? 俺は、お前の言葉を全部信じてるぞ」


「修平……くん……」


「諦めないでくれよ……。俺だって、こんな終わり方は嫌なんだ。だから、頼む。お前のその力で、このふざけた運命を、変えてくれ。巡だけじゃない、俺たち全員の夢を、叶えてくれ……頼むっ……」


 もうすっかり修平くんの声はかすれてきて、呼吸もほとんど感じられない。

 私は涙が溢れて、声もマトモに出ない。


「いままでずっと独りで頑張ってきてくれたんだよな……。これからも、辛い戦いをお願いすることになる……。でも、これだけは覚えておいてくれ。俺は何があっても巡の味方だし、巡を信じる。繰り返された世界の俺は何も知らないし何も覚えてないだろうけど、俺は俺だ、何も変わらず巡の味方で、巡を信じる。だから、巡はもう独りじゃない……絶対に、だ……」


「修平くん……」


 おかしな方向に曲がった修平くんの右手が、ブルブルと震えながら私の方に伸ばされた。もちろん私はその手をぎゅっと握る。

 すると、月にかかっていた雲が完全に移動し、優しい月明かりが私達を照らした。


「っ!?」


 月明かりに照らされた浮かび上がった修平くんの悲惨すぎる姿が、私の胸をぎゅぅっと締め付けた。

 だけど月明かりに照らされて浮かび上がったのは、変わり果てた修平くんの姿だけではない。


「桔梗の花……」


 ちょうど私と修平くんを取り囲むように、桔梗の花が何本も咲いていた。

 優しい月明かりに照らされたその美しい花々は、幻想的な美しさを放っている。


「め……ぐり……」


 修平くんは最後の力を振り絞るように左手を動かし、一番近くにあった桔梗の花を握った。


「俺たちの愛は、永遠の愛。俺たちはこれからもずっとずっと一緒だと約束した。そうだよな……」


「うん、そうだよ。私たちの愛は、桔梗の花言葉通り永遠の愛。でも……」


「だったら、必ず夢を叶えるんだ。俺たちがずっと幸せに一緒に過ごせる未来を掴んでくれ。頼む、これは巡だけじゃない、俺たち全員の願いなんだからっ……」


 ああ、そうだ。私って、本当に自分勝手だったんだ。

 運命の日を超えたいというのは、私だけの夢じゃない。そしてどの世界でも、修平くんは修平くん。私は独りなんかじゃない。

 こんな結末で悲しい思いをしているのは、私だけじゃない。みんな痛くて苦しい死を経験している。私は自分のことばかり考えていた。


「――――分かったよ、約束する。絶対に、この運命を変えてみせるよっ! もう私は負けないから。だから、私を信じてっ!」


「ああ、信じるさ。この先、どの世界の俺も、お前を信じてる」


「ありがとう、修平くん……」


 私は月明かりの元で、この世界の修平くんにお別れのキスをした。

 いつもの唾液が絡み合う感触ではなく、血の味と血の熱さしか感じないキス。だけど、今までのどんなキスよりも修平くんを感じることができた。

 しばらくキスをしていると、そのまま修平くんの呼吸が止まった。胸がズタズタに引き裂かれたように痛い。でも、もう負けるわけにはいかないんだ。


「私は、この運命を変えるまで、負けない。もう、運命なんかに絶望させられたりなんてしない。私の夢は、修平くんとみんなの夢なんだからっ!」


 私はまた繰り返す。

 この残酷な運命に打ち勝つまで、私の戦いは終わらない。それがどんなに長い戦いになろうとも、私は戦い抜いてみせるよ。修平くんが私を信じてくれる限り、私は独りじゃないんだから。

 

「さようなら、この世界の修平くん。必ず約束は守るし、夢は叶えるからね」


 桔梗の花を修平くんの遺体の上に添えて、もう動かない両手で握らせた私は、次の夢の始まりへと進む。



 END

 

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