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第16話『最後の晩餐』

 すっかり夜の帳が降り、世界が暗闇に包まれた。

 今いる高台からは、今日遊んだ川辺を含む虹ヶ丘の景色を一望することができるのだけど、今はもう暗くてほとんど見えない。見えるのは、ぽつんぽつんっとした民家の灯りだけ。

 本当ならこの場所もこの時間は暗闇と静寂に包まれるんだけど、今日は特別な日。


「はいっ、牛カルビとシシトウが焼けましたよーっ! そして修平さんっ、オーダーの一口ステーキ焼き加減レアでございますっ!」


「トウモロコシももうすぐできるから、みなさんお皿のスペース空けておいてくださいねー!」


 バチバチという炭火の音と、ジュージューと油が滴り肉が焼ける音、そして食材を次々と手際よく調理していくひよりちゃんと小夏ちゃんの声が明るく響いている。


「お肉も野菜も本当に美味しい。それに、ちゃんと焼き加減のオーダーまで完璧にこなすなんて……。ひより、小夏、あんた達やるわね」


「本当に美味しいんだよ~。準備の疲れが吹き飛ぶ~」


 次々と取皿に配られる食材を堪能する葵雪ちゃんと椛ちゃんもとっても楽しそう。


「ああ、本当に美味いな。小夏がバーベキュー得意なのは知ってたが、ひよりもかなりの腕前だな。グッドだぜ」


 修平くんがひよりちゃんに親指を立てると、ひよりちゃんはえへへと嬉しそうに笑った。


「はいっ、まずは風見さん。トウモロコシ焼けましたよ」


「ありがとう!」


 私は小夏ちゃんから焼きトウモロコシを受け取った。

 すごく熱いけど、噛めばパキッと気持ちの良い音がし、たっぷりの甘みと香ばしさと絶妙な醤油加減の味わいが口いっぱいに広がる。

 気がつけば、みんなも小夏ちゃんが焼いた焼きトウモロコシの味わいに頬を緩ませていた。


「本当、幸せなんだよ~」


「こんな所まで器具や荷物を運んで全身が重かったけど、これだけ美味しいと元気が湧いてくるわね」


「それじゃあ、片付けも頑張れるようにいっぱいいっぱい食べてくださいね」


「うぅっ……」


 小夏の言葉を聞いて葵雪ちゃんはガクっと肩を落とし、みんなが笑う。

 昼間に行われたスイカ割りサバイバルゲームは、このバーベキューの役割分担を決めるものだった。

 一番最初に全滅した小夏ちゃんひよりちゃんペアは、焼き係。食材を焼いてみんなに配っていくのが役目。と言っても小夏ちゃんとひよりちゃんも食べる権利はあるから、二人共みんなの分を焼きつつ自分達も食べてるし、それどころかちゃっかり一番美味しい部位を独り占めしてたりする。

 私にスイカを割られて敗北した椛ちゃん葵雪ちゃんペアは、準備・片付け係。バーベキュー中はただ食べていればいいけれど、準備と後片付けはこの二人がしなければいけない。

 そして優勝ペアである私と修平くんは、ただ食べて楽しむだけでいい。……と言っても、私と修平くんも準備を少しだけ手伝ったし、片付けも椛ちゃんと葵雪ちゃんメインなだけで、みんなでやるつもりだけどね。


「はいっ、ウィンナーも焼けましたっ!」


 今度はひよりちゃんがウィンナーを配ってくれる。

 香ばしく焼けたウィンナーを噛めばパキっと気持ちよく割れ、噛めばじゅわ~っと肉汁と旨味が口いっぱいに広がる。


「なあ、巡」


「?」


「楽しいな」


「うんっ!」


 気がつけば私と修平くんは手を握り合っていた。

 みんなと笑顔で過ごす楽しい楽しい時間。こんなにも幸せな時間を修平くんと一緒に過ごしているこの瞬間は、まるで夢の中の世界のよう。


「そういえばお兄ちゃん。スイカがあと一つと半分残ってたはずだけど、どこに行ったの?」


「ああ、アレならそこのクーラーボックスで冷やしてあるぞ。ラムネもそろそろいい感じに冷えてるはずだ」


「ラムネに、デザートのスイカもあるなんて最高じゃん」


 小夏ちゃんだけでなく、みんなの表情にも活気が溢れる。


「あの黄色いスイカ、美味しかったんだよ~。黄色いスイカは甘くないって思ってたけど、考えが変わったよ~」


「ひより、黄色いスイカなんて初めて見たのでびっくりしましたよ。スイカは赤色だと思ってたので……」


「あら、ひよりは黄色いスイカ見たことなかったのね」


「私も黄色いスイカがあることは知ってたけど、実際に見たのは初めてだな」


「巡まで?」


「まあ、俺や小夏みたいに街で育った人間でも、黄色いスイカはあんまり見ないからな。それに椛が言った通り、黄色いスイカは甘くないモンだってのが一般的なイメージ」


「私もね、うちの両親ったらなんてものを送ってきたんだっ! って思っちゃった。でも、黄色いのにすっごく甘くてびっくりしたよ」


 あのスイカ割りサバイバルの後、みんなで半分だけ食べた黄色いスイカ。本当に甘くて美味しかった。

残ったスイカはこの絶品バーベキューの後のデザートかぁ。ワクワクしちゃう。

 私はラムネを一本もらおうと立ち上がり、クーラーボックスを開けにいこうとした。


「っ!?」


 突然視界がグラリと揺れ、私は勢いよく転んでしまった。

 だけど、揺れているのは私の視界ではなく地面の方だとすぐに気付かされる。


「きゃぁっ!」


「うおおおっ!?」


「危ないっ!」


 みんなの混乱する声、テーブルの上の料理が落ちる音、そしてバーベキューコンロが倒れる音。


「みんな離れろっ!」


 修平くんの掛け声により、倒れたバーベキューコンロからみんな離れ、視界に入る範囲内ではあるけど散り散りになった。

 散らばった炭はまだ赤々と燃えている。この高台は足元が砂利だから火事の恐れはないけど近くに居たら危ない。

 それよりも揺れは強くなる一方で、とうとう誰も立っていられない状態になり、ひよりちゃんと椛ちゃんは悲鳴を上げている。

 ――――ああ、分かっちゃった。なるほど、最後の瞬間まで幸せだったこの夢は、ここで終わるんだ。

 全てを悟った次の瞬間、凄まじい轟音と共に地面が割れた。


「花澤さあぁぁぁぁ――――んっ!」


 小夏ちゃんの悲痛な叫びが聞こえた。

 だけど次の瞬間には、さらに大きな音と悲鳴が響き渡る。


「嫌あああぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」


 椛ちゃんの悲鳴とともに、地面の一部が地滑りして崖の下に落ちていった。この高台はかなりの高さがあり、落ちればまず命はない。

 一瞬にして二人を呑み込んだこの山の暴走。それは、まだ序章に過ぎなかった。


「巡いぃ――っ!」


 激しい地震の中、修平くんが這ってきて私に覆いかぶさってきた。

 どこからか転がってきた大きめの石が私を庇う修平くんに直撃して、赤い飛沫があがる。


「修平くんっ!」


「大丈夫だ。巡は俺が守るっ!」


 私以上に混乱していい立場のはずの修平くんは、頭から血を流しながら必死で私を守ろうとしてくれている。

 そんな中、さらに大きな音と、大きくて柔らかい何かが潰れる音が二つ聞こえた。その音は何度か聞いてきた音だから、何を意味するのかは分かってる。


「ちっくしょおおおおおおっ」


 叫ぶ修平くん。

 ただただ怯えて泣くことしかできないを飛来物から庇って、その身体はどんどん傷ついていく。


「いやっ……どうしてっ……こんなの、嫌だよっ……」


 声が震えて、まともに発声できない。

 こんな経験は、文字通り嫌というほど経験してきた。だけど、やっぱり慣れることなんてできるはずがない。

 

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