第15話『スイカ割りサバイバル』
試合開始一〇分前。私と修平くんは既にスイカを隠し終えて、最初の配置に着くという名目で偵察を開始してる。
「巡、あそこを見ろ」
「え?」
「草と草を結んだトラップがある」
「あ、本当だ。しかもあんなにたくさん」
茂みの中に隠れて気配を押し殺しながらじっくり観察すると、まるで地雷原のごとくたくさんのトラップが配置された地点が見える。
背中にリュックを背負い、腰に麺棒を差して水鉄砲を構えている修平くんは周囲をぐるりと見回して誰も居ないことを確認した。
「つまり、ここら一帯は小夏とひよりのテリトリーってことだな。となると、これ以上踏み込むのは危険だが……むしろ小夏とひよりのテリトリーだからこそ、もう少し偵察しておきたくもあるな。巡はどう思う?」
「もう少し進んでみてもいいと思うよ。あの二人だったら、もうここには居ないと思う」
「ほう、それは何故だ」
「だって、小夏ちゃんとひよりちゃんだよ? そして、葵雪ちゃん椛ちゃんペアもどこかにいる。となると、葵雪ちゃん椛ちゃんペアこそ防衛戦に徹してきそうだし、それを分かってて小夏ちゃんとひよりちゃんまで防衛戦に持ち込むとは思えないな。あの二人だったら、私たちと同じでスイカを絶対見つからなさそうな場所に隠しておいて自分たちは攻めにいくんじゃないかな」
「なるほど、確かに巡の言うとおりだな。だったら、俺たちは小夏たちのスイカを探してみようか。もしかしたらこの辺りにあるかもしれない」
「うん、そうしよう」
私と修平くんは身を隠しながら、残りの時間をスイカ探しに充てることにした。
※
試合開始時間になり、私たちのスマホに試合開始の連絡が一斉送信された。
「結局スイカは見つけられなかったな」
「仕方ないよ。でも、どこからどこまでがトラップエリアか分かったし、範囲は絞られてるよ」
「そうだな」
物陰に身を潜めながら、ゆっくり慎重に森の中を進んでいく。
すると突然修平くんが止まり、身を隠しながら向こうを指差した。
「あっ……」
修平くんが指差す方向。そこには、高い木の枝からロープで吊り下げられてるスイカがあった。
スイカを隠さずにあえてあんな風に野ざらしにするということは、スイカを守りきる作戦であるとしか思えない。
「あれは罠だな。まさか、小夏たちは待ち伏せ作戦に出たのか?」
「あのトラップエリアからそんなに離れてないし、そうかもしれないね」
「……厄介だな。防衛戦に徹する二チームを潰さなきゃいけないとなると、俺たちのスイカが見つかる可能性は低いにしても、俺たち自身がやられるリスクが高い。……って、あれはっ」
遠くから、慎重にスイカに接近する人影が見えた。
「あれは、ひより……?」
「え? ということは、あのスイカは小夏ちゃんひよりちゃんペアのスイカじゃないの?」
「そういうことだな。あのスイカは葵雪と椛ペアのスイカだ。つまり、この辺りのどこかに……」
ひよりちゃんはまだ私たちに気づいてない。
「ちょうどいい。あのままいけばひよりへ対する攻撃が始まると思うから、このまま様子を見ていよう」
「漁夫の利を狙えるかもしれないね」
「さすがだな巡。そのとおりだ」
私たちの存在に気づかず、いつでも迎撃を回避できるように戦闘態勢でゆっくりゆっくりとスイカに接近するひよりちゃん。
そんなひよりちゃんに対して、ついに攻撃が開始される。
「おっとぉっ!」
射撃がひよりちゃんを頭上から襲ったものの、ひよりちゃんはなんとかそれを回避。
「葵雪のヤツあんな所に隠れてたのか。気づかなかったぞ」
修平くんは今の攻撃で葵雪ちゃんを見つけたみたい。
私には、どうやら木の上に誰か居るってことは分かるんだけど、どこに居るか分からないし、居るのが葵雪ちゃんなのかも分からない。やっぱり修平くんって凄い。
「勝負なんだよ~っ!」
ひよりちゃんが頭上からの狙撃から身を隠してると、椛ちゃんが飛び出してひよりちゃんに襲いかかった。
「くっ……頭上からの援護射撃を含めた白兵戦。さすがにキツイですねっ!」
椛ちゃんは意外と身体能力が高くて、葵雪ちゃんの狙撃は先まで読んだ正確なもの。そんな二人を相手に、さすがのひよりちゃんも防戦一方みたい。
でも、ひよりちゃんも本当に凄いよ。だって、この二人のコンビネーションを前にたった一人で未だに生き残ってるんだもん。普通の人だったら一〇秒も持たないだろうし、なんなら最初の頭上からの狙撃で脱落しててもおかしくない。
「さすがひよりちゃんなんだよ~。これが一対一だったら敵わないかもしれないね~」
葵雪ちゃんの狙撃を味方につけた椛ちゃんは、圧倒的な身体能力を持つひよりちゃんと互角以上に戦い続けてる。ひよりちゃんはなんとか持ちこたえているけれど、さすがに消耗が見え、このままではひよりちゃんが脱落するのも時間の問題かもしれない。
私はそんな戦いについ夢中になっていたけれど、ふと修平くんの方を見ると、顔をしかめていた。
「修平くん、どうしたの?」
「なあ、巡。ひよりのペアって小夏だったよな?」
「うん」
「小夏はどこに居る?」
「別行動でスイカを探しに行ってるのかな?」
「だといいがな。もしそうなら、俺たちのスイカを見つけることなんて絶対にできないはずだからな」
そう。私と修平くんのスイカは、この森の中や川辺を探し回ったところで見つかるはずがない。だから小夏ちゃんがスイカ探しに徹していても、私たちが負けることはない。
でも、いくら小夏ちゃんがひよりちゃんを信頼しているからと言って、防戦に持ち込まれることが確定してる葵雪ちゃんと椛ちゃんペアに一人で突撃させるようなことするかな? 仮に小夏ちゃんが私と修平くんのスイカを割ったところで、ひよりちゃんが葵雪ちゃん椛ちゃんペアに倒されてたら、小夏ちゃんは一人で厳しい戦いをしなきゃいけなくなるだけ。
「あっ」
私は見つけた。茂みの影から麺棒を持って葵雪ちゃん椛ちゃんペアのスイカを狙う小夏ちゃんの姿を。
「修平くんっ、あそこ」
「あっ……」
修平くんは完全に小夏ちゃんが別行動を取っていると思っていたのか、気づいてなかったみたい。
だけど、ここからの修平くんの判断と行動は早くて的確。
まず、小夏ちゃんが飛び出して一直線にスイカに向かっていった。ひよりちゃんと一対一で戦ってる椛ちゃんはもちろんのこと、木の上のどこかにいる葵雪ちゃんもひよりちゃんに夢中で気づいてない。
だけど、それは逆に小夏ちゃんがスイカに集中する状況を作ってくれているということ。小夏ちゃんは強くて、まともにぶつかれば勝ち目はない。小夏ちゃんを不意打ちして倒すなら、今しかない。
「もらったぁっ!」
「えっ!?」
リュックを降ろして身軽になり勢いよく飛び出した修平くんは、小夏ちゃんを完璧なまでの不意打ちで撃った。さすがに修平くんがここで飛び出てくるなんて思ってなかったであろう小夏ちゃんの紙風船はあっけなく破れてしまう。
そのまま修平くんは、今度は自らの手で葵雪ちゃん達のスイカを割りにかかる。これで、消耗しているひよりちゃんを万全な状態の修平くんと私で倒せば勝利は確定。――――の、はずだった。
ザブーンッ!
麺棒でスイカを叩き割ろうとしていた修平くんが、突然地面に飲み込まれて水しぶきがあがった。
……なるほど、カムフラージュが完璧すぎて気が付かなかったよ。スイカがぶら下がってる地点のすぐ手前に落とし穴があって、その落とし穴の中は水で満たされてたんだ。
もちろん修平くんの紙風船は破れてて、びしょ濡れの修平くんは脱落。戦っていたみんなもこの一連の出来事に気づいて、椛ちゃんはついスイカの方を見てしまったし、葵雪ちゃんによる狙撃も一瞬だけ止んだ。
「隙ありですっ!」
「わふ~っ」
ほんの一瞬の隙が命取り。ひよりちゃんの射撃が椛ちゃんの紙風船を直撃した。
すかさず葵雪ちゃんの攻撃がひよりちゃんに降り注ぐけれど、さすがひよりちゃんは華麗に回避しながら麺棒を構え一気にスイカに距離を縮める。
「もらいましたぁ~っ!」
ザブーンッ!
修平くんがハマってる穴とは反対方向からスイカに突撃していったひよりちゃんは、修平くんと同じように地面に飲み込まれた。
たった三〇分の間に、水で満たされた落とし穴を二つも作ったの……? 葵雪ちゃん椛ちゃんペアは、罠師の小夏ちゃん以上に恐ろしいかもしれない。
さすがにもう落とし穴を掘れるようなスペースは残されてなくて、本当に無防備な状態となったスイカ。だけど、生き残っているのは私と葵雪ちゃんだけ。私があのスイカを割れば勝ちだけど、木の上のどこかからは葵雪ちゃんがスイカに近づく者を狙撃してくる。葵雪ちゃんの狙撃の雨の中をくぐり抜けて目標に接近するなんて、ひよりちゃんみたいな超人だからできることであって凡人にできることではないし、私みたいに運動が苦手な人には何をどう間違えても不可能なこと。
幸い葵雪ちゃんはまだ私に気づいてないみたいだけど、どうすればいいのか分からない。スイカを割るのは麺棒でというルールだし、スイカに近づかないわけにはいかない。
ん……? ルール? そういえば……。
修平くんが置いていったリュックを見て、根本的なことを思い出した。
そもそもルールでは、脱落条件は紙風船が破れること。つまり、紙風船さえ撃たれなければ脱落にはならない。
「よいしょっ……」
私はリュックを頭の高さまで持ち上げる。
……重い。頭の紙風船を守る盾として使うのに、すごく重い。
当然だよね。だってこのリュックには、私と修平くんのスイカが入ってるんだもん。
「はあぁぁぁぁぁ――っ!」
私は叫び、力の限り走る。
もちろん葵雪ちゃんの迎撃を受けた。でも、リュックを盾にして頭を守ってるから、紙風船は無事。
私はこの瞬間に全てを賭けて走り、麺棒を振り上げ、ロープで吊るされてるスイカを思いっきり叩いた。
スコォーンッ!
とても気持ちの良い勝利の音が響いた。
私が叩いたスイカは漫画のようにきれいに真っ二つになり、皮の方から地面に落ちた。
冗談のように綺麗すぎる断面は、キラキラとした赤色……ではなかった。
「えっ……?」
真っ先にスイカの果肉の色を見た私は、素っ頓狂な声を出してしまった。
だって、スイカの中は黄金のように輝く綺麗な黄色だったのだから。
「「「「「えええぇぇぇぇぇ―――――っ!?」」」」」
ワンテンポ遅れて、私以外のみんなの声も響き渡った。