第14話『季節外れのスイカ』
Another View 修平
六月もそろそろ終わり、七月に突入しようとしている。
「ねえお兄ちゃん。まだ七月にもなってないよね?」
そう問いかけてくる小夏は、よれよれのノースリーブシャツにパンツ一枚という、色気の欠片もない無防備な姿でソファーに潰れていた。
兄である俺が言うのもなんだが、小夏はかなりの美少女だと思う。美少女がここまで素肌をだいたんに露出しておいて色気が無いなんて、ある意味才能だぞ。
「まだ七月にもなってない。本当に暑くなるのはまだまだこれからなのに、現時点でこの暑さなのさ……」
俺は小夏を絶望させるために、知らないほうが幸せなこの世界の真理を教えてあげた。
「ウガァーッ! 地球温暖化反対! こんなの異常気象だよっ! これで夏なんて迎えたら七つの太陽で地表が焼き尽くされちゃうよぉーっ!」
「うるせえっ! 騒ぐと余計暑くなるから騒ぐな!」
そう言って俺は冷凍庫にあったアイスキャンディの最後の一本を口に入れた。
「あぁーっ! それは私のっ!」
潰れていたはずの小夏が飛び起きてくる。
だがな妹よ。名前を書いてあったわけでもないアイスキャンディの権利を今更主張したところで遅いのだ。
「フフ、残念だったな」
「うわぁーんっ! お兄ちゃんのバカ! 二酸化炭素が増えると地球温暖化が進むからもうお兄ちゃんは息しないでっ!」
「おいおい、それはいろいろと横暴な主張だな」
俺は小夏の目の前でアイスキャンディを全部食べてやった。
「ええい、こうなったら実力行使だよ」
「ほほう、我が妹よ。実の兄たる我とやるつもりであるか?」
「やるつもりだよ」
互いに構えを取る。
だが、そんな茶番は宅配便のインターホンの音で中断させられた。
※
巡 View
「それで、実家から届いたのがこれというわけだ」
修平くんはえっへんと仁王立ちで言い放った。
先程突然修平くんから川辺に呼び出された私たちの前で冷たい流水に浸かりながらドンッと鎮座しているのは、三つのスイカ。
「まだ時期としてはずいぶんと早いのに、立派なスイカですね! 大きさも色も模様もツヤも完璧じゃないですか!」
「とっても美味しそうなんだよ~」
「椛、皮ごと丸かじりなんてできないわよ?」
目を輝かせてスイカを覗き込むひよりちゃん、スイカにそのままかじりつこうとする椛ちゃんとそれを抑える葵雪ちゃん。みんなも、さっき突然呼び出されたみたい。
「これをみんなで食べようってことだね?」
「そう、そのとおりだ。まだ季節外れの食べ物ではあるが、今日はこの通り季節外れの暑さだ。こんなに暑い日に、この川でキンキンに冷えたスイカは最の高だろ?」
「うん。こんな日は冷えたスイカが美味しそうだねっ! ……でも、こんな所に呼び出して、しかもその大きなカバン。普通にスイカを食べるだけじゃないってことだね?」
「さっすがお兄ちゃんの恋人、察しがいいですねっ!」
ぴょんっと小夏ちゃんが私と修平くんの間に割って入った。
スイカに向けられていたみんなの視線も小夏ちゃんに集まる。
「これから皆さんにはスイカ割りをしてもらいます!」
「おおーっ!」
「楽しそうなんだよ~」
ひよりちゃんと椛ちゃんがパチパチと拍手をする。けれど、葵雪ちゃんは怪訝そうな顔のまま。
「あんた達兄妹が考えるスイカ割りってことは、ただのスイカ割りじゃないわね?」
「さすが水ノ瀬さん、その通りです。これはただのスイカ割りではありません」
ひよりちゃんと椛ちゃんの表情が固く引き締まった。
だって、修平くんと小夏ちゃんが考えてくれるゲームって、ただのゲームじゃないもんね。
小夏ちゃんはカバンから大きめの麺棒を六本取り出して説明を始めてくれる。
「ルールは簡単です。まずお兄ちゃんと風見さんを頭だけ出して地面に埋めます。そして、二人の頭の間にスイカを置くので、花澤さんと小此木さんと水ノ瀬さんはそれぞれ一つずつ順番にスイカを割っていってもらいます。ただし目隠しをしてもらいますので、ターゲットを間違えばお兄ちゃん達の頭が割れちゃっ、痛あぃっ!」
小夏ちゃんの説明を断ち切るようにガコンっと重く鈍い音がし、小夏ちゃんが悲鳴を上げた。
修平くんのチョップが小夏ちゃんの頭を直撃したのである。
「違うだろっ!」
「何がっ」
「その頭を割ってやろうかっ!?」
「もう割れてるよっ!」
頭を抑えて涙目で修平くんを睨む小夏ちゃん。しかし修平くんはそんな小夏ちゃんを無視して、正しいルール説明を始める。
「これからくじ引きで二人一組のペアを三組作る。各ペアはそれぞれ一つずつスイカを持って、最初の三〇分の準備タイムの間に、この川辺全域森を出ない範囲…先週、紙風船サバイバルゲームをした範囲内の好きな所に隠すんだ。スイカ隠しタイムが終わったら試合スタート。自分達のスイカを守りつつ他のペアのスイカを探し出して、この麺棒で割ればいいんだ。スイカを麺棒で割られたペアは脱落で、最後まで残ったペアが優勝。……というのが基本ルール」
そう言って修平くんはカバンから人数分の紙風船と水鉄砲を取り出した。
「もう言わなくても分かるな? 先週やった紙風船サバイバルゲームに、スイカ割りを追加しただけのゲームだ。行動可能範囲はさっきも言った通り、前と同じでこの川辺全域で森を出ない範囲。紙風船を打たれたプレイヤーは脱落。つまり、スイカを割られても負けだし、ペアが二人共脱落しても負けということだ」
「ほうほう、なるほどですっ!」
「前にやった紙風船サバイバルよりもハラハラドキドキなんだよ~」
「面白そうじゃない。スイカを守る要素もあるし、二人しかいないから尚更戦略と立ち回りが重要になるわね」
ひよりちゃんと椛ちゃんと葵雪ちゃんはやる気満々。
「ねえ、修平くん」
「何だ?」
「スイカを隠す時間は、きちんと三〇分確保されるんだね?」
「ああ、もちろんだ。三〇分間は各自スイカを隠す時間、準備時間だ」
「了解、分かったよ」
このスイカ割りサバイバルは初めてだけど、ただの紙風船サバイバルは何度もやってきた。他にもいろんなゲームをやってきた。
だからね、分かってるよ。修平くん達の言う準備っていうのは、文字通り、戦いの準備をする時間だってね。
「よし。それじゃあみなさん紙風船と水鉄砲の準備ができたらくじ引きをしますよっ!」
頭の上にぷくーっと大きなタンコブを乗せてる小夏ちゃんは、まるで何事もないかのように元気な様子。
スイカ割りサバイバルがいよいよ始まる。