第12話『私の夢』
巡 View
今日はとっても騒がしく、そしてとっても楽しい日だった。
葵雪ちゃんの家族よりも長い長い時間を葵雪ちゃんと過ごしてきた私だけど、今日ほどいろいろな葵雪ちゃんを見れたことはない。むしろ、今日初めて知った葵雪ちゃんの顔だってある。こんなこともあろうかと通常フォルダとは別に隠しフォルダへバックアップしておいた葵雪ちゃんの可愛い可愛い記録は、私だけの秘密の宝物。
「待たせたな」
ベッドの上で一人きりで過ごす時間は終わったみたい。すぐに秘蔵ファイルを閉じ、修平くんが出たらすぐに入れるように用意していたシャワーセットを持つ。
ここは、隣町の一角にある大人のホテルの一室。本当はみんなと遊んだ後私と修平くんも帰る予定だったけど、明日も私と修平くんはデートでこの隣町に来るわけだし、ならばいっそのことということで急遽予定変更になってここで一晩過ごすことになった。
こんなホテルに泊まっているということは、つまりそういうこと。私がシャワーを浴び終えたら、いよいよ始まることは分かっている。何度経験してもやっぱりいざ本番前となると緊張するし恥ずかしいけれど、それが気にならないくらいに幸せで満たされる。
「巡、焦らずゆっくり浴びてきていいからな」
そう言ってくれる修平くんの手には、例の猫耳が握られている。分かりきっていたことだけど、今まで経験したことのない前戯が待ち構えていると考えると心拍数が上がってしまう。前戯どころかきっと本番中も私は猫ちゃんにならなければいけないだろうし。でも……。
「うん。少し待っててね!」
それで修平くんも喜んでくれるなら、私も嬉しいよ。
※
幸せいっぱいの時間を過ごし、時計を見るとすっかり深夜。
今日は、猫ちゃんになった私を修平くんがいっぱいいっぱい愛情込めて可愛がってくれる前戯が長めだったこともあり、いつもよりも長い時間を過ごした。でも、一分一秒全てが幸せでいっぱい。
「巡……」
修平くんは私を優しく包むように抱きしめ、名前を呼びながら背中を優しくさすってくれている。猫耳以外何も身につけてない私の身体はブランケットと修平くんに包まれていて、ぽかぽかと温かい。
「ねえ、修平くん」
「うん」
「今日はすっごく楽しかったね。修平くん達みんなと過ごす時間はいつも楽しいけど、今日は特に楽しかった」
「そうだな。今日はいろいろありすぎて、むしろ楽しすぎた。まるで、夢みたいな一日だったよ」
「夢、かぁ。そうだね、なんだか夢みたいに楽しくてあっという間の一日だったね」
「最後にはこうして世界一可愛い巡とこんな夜を過ごせてな。もしかしたらこの後目が覚めて、いつもの自分の部屋の天井を見つめてるんじゃないかって思うよ。でも、これは夢じゃなくて紛れもなく現実なんだよな」
「そうだよ。これは紛れもない現実」
「そっか。こんなにも夢みたいな現実があるんだったら、本当に夢だと思っているモノも現実になる場合があるかもしれないな」
「夢が叶うってことかな?」
「そういうことだ。俺には、たいしたことはないけれど絶対に叶えたい夢があるしな」
「修平くんの夢かぁ。どんな夢?」
「かなりストレートに訊いて来るんだな。でも、素直に答えるわけにはいかないかな」
「えー、どうして?」
「巡が叶えたい夢を教えてくれたら教えるよ」
「え?」
「巡が叶えたい夢って何?」
修平くんは、あまりにも唐突に質問をしてきた。
私はそんな唐突すぎる質問に戸惑う。
「私の、夢?」
「ああ、そうだ。巡の夢は、いったい何なんだ?」
「私の、夢かぁ……。うーん、そうだなぁ」
唐突に言われて困ったけど、じっくり考えてみたら、答えは明白だった。決して叶わないことが分かってるけど、叶わないからこそ夢なんだ。
修平くんになら、ありのままを話して大丈夫だろう。もしかしたら笑われるかもしれないけれど、修平くんにはありのままの気持ちを話したい。
「私の夢はね、修平くんと小夏ちゃん、椛ちゃんと葵雪ちゃんとひよりちゃん、みんなで楽しい一年を過ごして、その後の未来もずっとずっとみんなで繋ぎ続けたいな。夏休みにはみんなで海に遊びに行たり、隣町の夏祭りに参加したり。秋にはお月見をしたり、美味しいものをたくさん食べたり。冬はクリスマスパーティーをしたいし、みんなで初詣に行って来年もみんなで楽しく一緒に過ごせますようにってお願いしたい。それが、私の夢」
私の時間軸の中では、夏も秋も冬も、もう何十年も前のこと。夏休みのワクワク感や秋の紅葉景色や雪の冷たさなんて、あまりにも遠い昔のことすぎて、鮮明には覚えていない。
でも、こんな世界に生きてるのは私だけ。修平くんには分からないよね。
「そっか。それが巡の夢か」
そうだよ。紛れもない、私の夢。
うん、変なことを言ってるよね。なんでそんな当然のようなことを夢とするのか、不思議だよね。
「その夢、絶対に叶うよ」
え?
クスリと笑われたり、軽い感じで流されたりするかと思ってた。でも修平くんはまっすぐに私の目を見つめてくる。
「俺も、巡と同じことを考えてた。この、みんなで過ごす楽しい日常をずっと終わらせたくないってな。この日常さえ守られれば、俺は富も名声もいらない。それに、今夢を語ってくれた巡の言葉には、うまく言えなけどすっごく重みがあった。だからその夢、絶対に叶えるぞ!」
「……うん、絶対に、絶対に叶えようね」
無理だよ、絶対に叶わない。修平くんは何も知らないけど、私は知ってる。人間は、決められた運命には打ち勝てないよ。
でも、修平くんが私と真剣に向き合ってくれるのがすごく嬉しい。実際に夢は叶わないとしても、これだけでじゅうぶんに嬉しい。
私はいつの間にか涙を溢れさせていた。そんな私を、修平くんは優しく包むようにぎゅっと抱きしめてくれる。
「なあ、巡。俺、今から変なことを言うけど、気にしないでくれな」
「え、何?」
「うまくは説明できないけどさ、なんとなく、巡は俺たちが想像できないような何かを背負ってるような気がするんだ。初めて出会ったあの時から、なんとなく、俺たちとは違う視座に立っているような気がした。そして、こうして巡と恋人になって、ずっと過ごしてるうちに、巡は今を楽しむことにあまりにも一生懸命すぎると思ったんだ。まるで、当たり前の日々がどれだけ幸せなことかってのを、誰よりも知っているみたいだった」
「修平くん……?」
「ごめんな、俺、変なこと言ってるよな。でも、もう終わりだ。気にしないでくれ」
そう言って修平くんは私を抱きしめたまま、優しく頭を撫でてくれた。
修平くんに頭を撫でてもらうの、泣けるくらい大好き。修平くんの言葉で私は動揺しちゃったけど、すぐに落ち着きを取り戻せた。
「ただ、これだけは言わせてくれ」
「うん」
「俺は、何があっても巡の味方だし、絶対に巡を信じる。俺はまだ巡とそんなに長い時間を過ごしたわけじゃないけど、これだけは間違いない。覚えておいてくれ」
「うん、ありがとう。その言葉、信じてるからね」
私は孤独な時間軸を歩んでる。修平くんがどれだけ優しくてどれだけ嬉しい言葉を並べてくれても、私が歩む時間軸と修平くんが歩む時間軸が違うことに何も変わりはない。
でも、ただただ嬉しい。今は、それだけでじゅうぶんだよ。本当にありがとう、修平くん。
「巡……」
「修平くん……」
私と修平くんは、抱き合ったままお互いの唇を重ねた。
私と修平くんの舌が絡み合い、唾液が交わる。こうして修平くんとの繋がりを体感できる時間は、あまりにも幸せ。
大好きだよ修平くん。最後の夢で私を選んでくれて、本当にありがとう。最後の夢は、今までで一番幸せな夢だよ。
幸せいっぱいの中、私は修平くんに抱きしめてもらったまま眠りに落ちた。