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第09話『猫の鳴く丘にて【5】』

 小夏を尾行していると、マナーモードにしていた俺と巡のスマホが震えた。

 新着メッセージを確認すると、相手は小夏。内容を読み終えて小夏の方を見ると、目線が合い、そのまま合流することとなった。

 つまるところ、俺と巡の尾行は小夏にバレていたのである。さすが葵雪にさえバレずに尾行をするプロだ。小夏のこういうところは、そんじゅそこらの諜報機関員なんかよりも優れてる可能性有り。

 小夏からのメッセージにも書いてあったが、もし声なんて出そうものなら葵雪に気づかれてしまう。以後俺たち三人のやり取りは、全てスマホのメッセージで行うこととする。

 俺たちの尾行に気づいていない葵雪は一人で店内を見て回っているわけでは無さそうで、俺たちがウロウロしているフロアから遠ざかるために移動していると思われる。そして行き先にあったのは、あまりにも不人気すぎて買い物客どころか店員さんの姿さえ無い、小さな洋服販売エリア。

 葵雪は、ぽつんと佇む姿見の前に立ち止まる。

 俺と巡はその意味が分からなかったものの、小夏は即座に俺と小夏にメッセージを送った。


『いったんメッセージは終了。このままばれないように、サイレントカメラを用意したほうがいいと思う』


 俺と巡は頷き、小夏に続いてサイレントカメラを起動させた。

 姿見の前で、じーっと猫耳姿の自分を見つめる葵雪。ああ、俺もこの後の展開がなんとなく想像できた。

 しばらく自分の姿を見つめていた葵雪は再度周囲に誰も居ないことを確認し、ポージングを始める。

 俺達の前では絶対に見せないような、演技ではない本物の笑顔。普段の葵雪からは信じられないような可愛らしく大胆なポーズの数々。葵雪はまるで、白猫となった自分の姿を思う存分楽しむかのように、完全に普段のキャラを脱ぎ捨てた可愛らしい笑顔とポージングを続ける。時には愛くるしいく甘えるような表情とポーズ、時には女豹のように妖艶で大胆な表情とポーズまで。


「――っ! ぅっ!」


 小夏はサイレントカメラを回しながら必死で笑いを堪えている。もし声なんて出そうものなら絶対に見つかってしまい命に関わるから、小夏はそりゃあもう必死だ。

 巡は葵雪の意外にして貴重なシーンをしっかりとカメラに収めながら、親友の可愛すぎる姿や色っぽさにうっとりしている。俺も、あの葵雪がこっそりこんなことをしている事実は少しだけ笑えるが、どちらかというと巡と同じで単純に魅力的だと思っている。だが、小夏にとってはとにかくおかしくてたまらないようだ。

 おい小夏、頼むから絶対に声を出すなよ。何が何でも堪えろよ。……っと、俺が心の中で念じた直後。ついに恐れていた事態が発生した。


「――――ぶふっ、くふふっ、ふぁはっ……」


 小夏の声が漏れてしまった。

 とっさに小夏が両手でぎゅぅ~口を塞いだのと、まるで空間全てが瞬間冷凍したかのように空気全体が張り詰めたのはほぼ同時。

 ――ああ、ゲームオーバーだ。


「逃げるぞっ!」


 葵雪がこちらに気づいたことを目視で確認する必要はない。

 俺は今更押し殺す必要が無くなった声を出し、巡の手をひいて小夏と共に全力で駆け出した。 

 だが、追跡者は人間離れした脚力と跳躍で俺たちの頭上を飛び越え、前に回り込んできた。


「ニガサナイワヨォ……」


 魔物と化した白猫。その神々しいほどに美しい白髪はぶわっと広がり、アメジストの瞳は人間のモノではなく獲物を刈る猛獣のモノ。


「お兄ちゃんっ!」


 凄まじい瞬発力で殺人級猫パンチを繰り出してきた葵雪。それを、小夏が両腕でガードし俺たちをかばってくれた。

 だが、小夏の小さな身体はそのまま大きく吹っ飛んだ。


「おいちょっと待てっ!? 葵雪、お前ってそんな高身体能力キャラだったかっ!?」


「いたたた……。ううん、違うよお兄ちゃん。水ノ瀬さんはすっごく運動音痴で体力も無かったはず。あんな動きとこんなパワー、絶対にありえない」


「シャァァ――ッ!」


 ああ、やばい。どうやら小夏の言葉が更に葵雪を怒らせてしまったらしい。


「もう私たちが知ってる葵雪ちゃんじゃないよっ!」


「どうやら、そのようだな。とにかく逃げるぞっ!」


 葵雪の異常な脚力を見た俺はとっさに巡を背負い、小夏と共に全力で走る。俺も小夏も、葵雪と違って身体能力が高く、走るのも体力勝負も得意だ。

 だが……ありえないことが起こっている。背後から迫ってくる葵雪は、俺たちが一瞬でも気を抜けば追いつかれるような速度で追いかけてくるのだ。


「逃げろっ、とにかく力の限り走れっ!」


「ダメだよお兄ちゃん、このままじゃ追いつかれちゃう。外に出てどこかに隠れよう」


 小夏の分析は正しい。なぜなら、普段の葵雪であれば既に体力が無くなっているはずなのに、未だに追いかけてくるのだ。


「クッソーっ! そんなのありかよーっ! メチャクチャだああぁぁぁぁ。ふざけるな、こんなの間違ってるぞーっ!」


 葵雪の運動音痴キャラ設定を完全に無視したとしか思えないこの世界の神様に対し文句を叫ぶが、もちろん何も起こらない。


「やめて葵雪ちゃんっ! 人に戻れなくなるっ!」


 親友であるはずの巡の声も、今の葵雪には届かないようだ。

 巡を背負った俺と小夏はデパートから飛び出し、とにかく全力で走る。俺たちの逃走劇は行き交う人々の注目を集めているし、デパートにはひよりと椛を残したままだが、気にしている余裕はない。


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