太陽なんて似合わないから
「正攻法じゃ無理なのはわかってる。それでも行ってみたい、それで太陽を見たい」
「……わかった、作戦会議ね」
ある程度の作戦については既に考えてある。
この挑戦において課題がいくつか。
まずは地表に出るということ。輸送システムの乗車には端末が必要で、端末には居住情報が入っている。だから駅で地表に行きたいと言っても門前払いというわけだ。
次に外出、日の出までに街を出ていなければならないのだがこれは大丈夫そう。次の日の出は衛星内時間で夜中の3時だから街の方で夜の間に地表では朝が訪れる。
だから今回の作戦で気にしないといけないのは地表にどうやって出るかということだけだ。
「だからこの端末をなんとかしないといけないんだけど、個人情報のあたりはプロテクトが強いから改ざんできなくて困ってるの」
端末自体はどこにでも売ってる上に私の地区のモデルは価格も安いからこれを使っても問題はない。中身さえどうにかできればほとんどこの作戦は成功したといって過言ではないのだがこの壁が厚すぎる。
「今日は惑星が太陽を隠してるから次の日の出は明日なのよね」
「そう」
「端末は私に任せてくれない? なんとかしてみせるから」
任せてしまって良いのか迷った、彼女には悪いが彼女にどうにかできるとは思っていなかったから。それでもこの話をしたのはもしかすると彼女ならどうにかしてくれるかもしれないと心のどこかで思ったからなのだろう。
「……じゃあ、よろしく」
家に帰ってからずっと緊張しっ放しだった。太陽を見られるかもしれない楽しみと、彼女が何をしてくるのかという疑問で頭の中がドレッシングみたいになっていた。それでも今寝ないと明日は寝れないからと自分に言い聞かせながら布団を被っても、彼女が夜通し何か準備をしていたらと思うと寝るに寝れなくて。ベッドの上でバタバタしていたら夜中の三時だった。
明日の今頃は地表にいるのだと思うと少し感慨深くて、神経が落ち着いてところで意識はぷっつり切れた。
「おはよう、ツキさん」
おもむろに端末を取り出して私に差し出した。彼女のものと同じモデル。
「この中に改ざんしたツキさんの個人情報が入ってるからこれで地表にいけるはず」
なにより驚いたのは彼女の能力。そこまでの技能を彼女が持っているとは思えなかった。
「裏取引でこういう仕事をしている人のスキルを買って取り込んだの。便利な世の中よね」
「私なんかのためにそこまで?」
「ツキさんだからここまでやったの」
よくもまあそんなに恥ずかしいセリフを。言いかけた言葉を飲み込んで代わりに
「ありがとう」
「じゃあ行きましょう」
どこに行くのだろう、まだ学校も始まっていないのに。
「これから悪いことをするんだし。学校くらいサボっても問題ないでしょ」
それから日没までは今更ながら私が夜の街を案内して、日没後は最初に訪れた街で思い出に浸りながら時間を潰して深夜。私たちは駅の前に来ていた。
「どちらへ?」
「地表に」
「端末を……はい、大丈夫ですどうぞ」
無意識のうちに呼吸が止まっていた。どうやらうまくいったらしい、キャビンに乗り込んでつかの間のウィニングランを楽しむ。
「そういえばなんでツキさんは昼間に遊びに行けないの?」
「まあ、そういうお約束みたいなものだから」
地表についてドアが開く。地表には駅がなく、地面からキャビンが生えるように鎮座しているだけの状態だ。興奮気味に外に出ようとしたところで彼女の手が邪魔をした。
「嘘つかないで、私少し調べたの。夜の街に住んでいる人がどういう人か」
それはほとんど諦めの気持ちだった。ここまで来たのに。
「だったらなに?」
「最近の論文は非公開で古い文献は解読できないところが多かったんだけど要するに病気なんでしょう? たぶん太陽光に関する」
「それがどうかしたの?」
彼女が深刻そうな顔で言葉を選ぶ。
「こんなことをして正しいのかって思って……」
「じゃあリーナにはわかる? 私の気持ち。生まれながらにして変な病気抱えさせられてあんなところで死んでいくのを強いられた私の気持ちが。」
「分からない、分からないけど心配なの」
彼女は親切心で私を止めてくれたらしい。それなのに私だけヒートアップして圧をかけてしまった。
「大丈夫、私は大丈夫だから」
それは本当かとすがるような目で問われて思わず適当なことを言ってしまう。
「そんなに重い症状は出ないから心配しないで」
夕焼けを見ただけで強い頭痛があるのに直接太陽を見て大丈夫なわけがない。それでも頭痛のことを知らない彼女は騙されてくれた。なにかあったらすぐに帰るということを条件に許された地表旅行が始まる。
近くに木があるところで立ち止まり、寝転んだ。芝のいい香りがする。本物の夜空はあの街よりもキレイに見える気がした。
二人して寝転びながら取り留めのない会話をしていると時間が過ぎていくのはあっという間だった。少しずつ夜空だったものが色を持ち始め、星はほとんど見えなくなっている。
より明るいほうへ目を向けると太陽が頭を出していた。それを視界に入れた瞬間少し痛んでいた頭が爆発するように痛みを増す。冷や汗を流しながら太陽を背にし、反対側を見ると今まで見たことのない鮮やかな世界が広がる。世界がこれほどキレイだったなんて知らなかった。
よろめきながら木の作った影に入るとほんの少しだけ楽になる。
「大丈夫?」
「いや、ちょっとダメ」
リーナに体を預けながら浅く呼吸をしていると意識が遠のくのを感じる。太陽が見せる世界はこれ以上なく美しいけど太陽自体はどうしようもない残酷な何かだった。
リーナのことを「太陽のよう」だと表現するのは悪口にも等しい。彼女はもっと優しくてなんでも包み込んでくれるような雰囲気があって。言うならば「太陽の匂い」のような人だと思った。
「ありがと、リーナ」
ほとんど意識がないような状態で彼女に感謝を伝えると彼女は悲痛な声で私の名前を呼んだ。
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