ストーカーじゃなくて気になっただけ
待ち伏せされた?だとすれば用件はなんだろう、財布? いや、彼女はお金持ちだから私のはした金なんて眼中にもないだろう。警戒しつつジリジリと距離を取る。
「待って、逃げないで!」
腕を掴まれて怯む、誰かと肌を触れ合わせたのなんていつぶりだろう。
「ストーカーはちょっと」
「す、ストーカーじゃないわ」
「じゃあなに?」
答えに窮するように目線を逸らされる。力が弱まったからついでに手を離してもらった。近くの机に腰を下ろして答えを待っているともごもご口を動かし始める。
「ス、ストーカーなのかも……」
「……。」
何も言えない。
「じゃあ出るとこ出ようか」
それから泣きつく彼女の供述を聞くことになる。
なにやら弁明が色々あったように感じたが結局本質は「気になったから」、というところに行き着く、そんな理由でストーカーまがいのレベルまで誰かを観察するものだろうか。育ってきた環境が違うから分からない。確かに私も他地区、特に表層に行ったら周囲の人間に興味を持つかもしれない。だとして、なぜ私なのか。
「私、幼い頃に一回だけここに来たことがあるの」
実はね、と言ってから急に何かを語りだした。妙に真剣みのある顔で喋るものだから私も黙って聞き入ってしまった。
「あの頃は私もやんちゃだったから、初めての場所にテンション上がっちゃってすぐにお父さんとはぐれちゃってね、しばらくして迷子になったと気付いたときにいた公園で私のことを助けてくれた子が――
――「ちょっと待って」
思わず遮ってしまった。
「その子が私だって言うつもり?」
「うん」
あきれた、小学生でももっとマシなウソをこしらえる。
「私は小さい頃に誰かを助けた覚えもないし、そもそも公園にいるような子でもなかったんだけど」
「さあ、たまたまいたとか」
目が泳ぎ始めた彼女を軽くにらんでいると観念したようにウソであったことを告白した。
「だってそういう過去があった方がドラマチックでしょ」
いらないドラマチック要素。
帰ろうとしたら彼女も荷物を持った、一緒に帰る気だろうか、やめてほしい。
「それじゃあまた明日ね」
「そう言わずに、一緒に帰りましょ」
心底いやそうな顔をしてみたが、彼女はそんなことは意に介さない様子で昇降口へ向かい始める。太陽というのはとんでもない迷惑者のことを言う比喩なのかもしれない。
「ラフネさんはこの街が退屈じゃないの?」
学校の最寄から電車に乗り込む。車窓から映画館よりも暗い外を楽しそうに眺める彼女に素朴な疑問を投げかけた。
「窓の外を見ても変わり映えしないし、せっかく外に住んでるのにこっちの学校に来てたらほとんど夜しか過ごせないでしょ」
「リーナって呼んでほしいな」
ファミリーネームで呼ばれたことが不満だったのだろう。
リアナ・レン・ラフネ。本人は自己紹介のときにリアナは少し言いにくいから気軽にリーナと呼んでほしいと言っていた。別にファーストネームで呼ぶほど仲良くもないからその必要はないと思う。
無言我慢大会に勝ったのは私のほうだった。
「退屈ではないわ、確かに年中真っ暗だし少し活気が足りないような気もするけどいい意味で他人には無関心な場所だから」
どういう意味だろう。
「私がどこに住んでるか覚えてる?」
「表層区、のどこか」
まあ、大体合ってる。と少しだけ残念そうに言う。
「どこ行っても私が表層三区の人だって知ると急に態度が変わるの」
VIP扱いならいいじゃないかと思う。
「それで、ここはそういうことがないから気に入ってるわけ?」
「まあそんなとこ」
支払いのほとんどを支給される携帯端末で済ませられるこの時代、所属する区域ごとにデザインの違う端末が配られるため、端末を見ればある程度の身元は判明する。
改札を抜けるときにチラッと覗いた端末は特に派手ということはなかったがそれでも何か特別なものを感じた。多分悪趣味な地区紋章とかそういうものがそう感じさせるのだと思う。
「へえ、まあここでは身分も何もほとんど関係ないからね。みんな明日の死のことを考えてて忙しいから特権階級にかまってる暇はないよ」
そんなところが居心地いいだなんて人間として軽く終わってるんじゃないかと思う。
「それにしても意外」
「なにが?」
「ツキさんが私のこと知りたいなんて」
勘違いにもほどがある、自分の情報を知られたくないから質問されないように話しかけただけだ。
「別に毛ほどもそんなつもりないから」
電車が最寄で止まったので席を立つとつられて彼女も立ち上がる。
「もうすぐツキさんの家が見られるのね、ワクワクする」
「そうね」
駅を出てすぐの駐輪場で自分の自転車を引っ張り出した。若干面食らった様子の彼女をどうしようか迷う。
「まだ家に着かないの?」
「もうすぐよ」
なら安心した、と言って後ろの荷台に腰を下ろそうとした彼女を制止する。
「まさか私に漕がせようとしてないわよね」
「いっ」、だか「うっ」、だか小さなうなり声を上げて目を逸らされた。
「道は教えてあげるから漕ぐくらいして、もともとあんたのわがままでここまで来てるんだし」
おずおず、といった様子で私に目を合わせる彼女はためらいながら信じられない告白をした。
「私自転車漕げない」