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噂の花に実を付ける

作者: らいのべーる

 四十五十の隠居の親爺が三人揃って酒のつまみに話をしてると、そこに居会わす隣の席であーたこれねと笑い話に飲んでいる。何言ってんだとよくよ聞けば作り語りの噂の事に嘘も真と言い張る始末。どれが真か知りもしねぇでどんな顔して言ってんだと鼻で笑うも耳は大きく。それを肴ににやけながら飲む三人に、酒屋の店子娘が田楽片手に持ってきた。


「やっぱり気になりますか?」 


 田楽を置くと同時に会話に入り、それにすかさず「いやいや 違う」と三首揃えて言葉を合わし、それ見て娘は笑い出した。すると源太は上の空に何やらぶつぶつ言い始めた。


「どうした源太 もしかしてもう終まいかい?」

「いやそうじゃねーよ そーじゃねーけどよ なんかこう そう こんな時なんて言うんだっけかな」


 源太も流れの話に高笑いをしていたが、それとは違う所で引っ掛かり、うんともすんとも唸りをあげた。


「いやなにね 噂の話に盛り上がるってぇのは 、、、、あぁ 何ていうんだっけかな あれだよあれ、、、ここまででてんだけどよ」


 喉に指差し首を捻る源太の喉元を見て、ならばその詰まりを除けば出てくるかと桂と二人で遊び半分源太の口を押さえ酒を一気に流し込んだ。


「止めろ止めろ 止めてくれ 息ができねぇ 生憎こちとら水草や花じぁねーん、、、だ、、、は花、、そうそう花だよ花 噂話に花が咲くってんだよ あー良かった あー花だ花」


 何を言うかと思ったらそんな事かと、どの面下げて言ってんだと笑いを堪えて「あーそうだな 花だな花」と相槌うった。酒屋の娘は呆れるように肩を揺らして奥へと下がっていった。すると源太は「なんでぃバカにしやがって」と捲し立てるように言葉を列べ起き上がる素振りにそのまま後ろに崩れ倒れた。思い出せぬ息苦しさに喉元過ぎればなんとやら。安堵に吐息を被せつつ出した次いで残った酒をかっ食らい、酔いの巡りに叫んだのだから倒れるのも仕方ない。


「ところで噂話に花が咲くって それがいったいどうしたってんだい?」

「まぁ なんだ 源太はいつものことだから」


 寝転ぶ源太をつまみに残った酒を二人で空けた。


 そして翌日その話を思い出し、家の庭にて噂の花を探してみるも、まあそんな花など無いことは探しはなくても重々承知。けれど物は試しに無ければ無いで笑い話になりもすると、着物の裾を帯に引っ掛け庭の端へと歩き回ると囲う板壁向こうに声が聞こえてきた。


「奥方様はそれはもう嫌な人です」

「それは言うな 誰かに聞かれたらどうする ほれ 誰かがやってきた 彼の店で続きは聞くよって 女将さんによろしゅう伝えー」

「もーなんさ 話も聞いてくれんのさ」


 パタパタと歩き去る音に何てことない些細な愚痴り。耳を貸すのも痛くなるものの、口憚るも嫌みに聞こえる。けれど

姿見えずも声で解ると「どっかの娘と正だな こりゃ」なんて、にやけついでに己の記憶に胡座をかいて、見えぬ姿に耳で追いかける。探す花など忘れてしまった。


 よっこらしょと裾を下ろし縁側から娘に「おい」と声をかけるも何の反応も来やしない。娘は何処にと軒を支える柱に手を置き部屋の奥に目をやると、娘は居間から隣の部屋へと移りかえ、桐の箪笥に着服を閉まっている。それじゃ聞声は届かぬかと、畳む娘に今一度声をかけると娘は振り向き手を止めた。


「あ はい なんでしょう?」

「その何だ まあ その少し出てくるが」

「そうですか 何時頃お戻りに?」

「それはわからん」


 娘はいつものとこですねと頭を下げて送り出す。


「いってらっしゃいませ」


 家を出ると天の空から陽の光が舞い落ちる。雲一つない青空に手平で影を作り見上げると、白く靄のような濁りが映った。陽の光に目が合わぬのかとしかめた顔にもう一度見上げてみたが、そこにはまだ薄く残っている。


「昨日の酒が残っているか、、」


 しぱしぱとする光に目を擦り、何時か取れると草履に土を纏わせながら前の通りに歩を通す。


 ほどなく歩くと連なる平屋から音が鳴り、次第に丁稚が行き来する。日常茶飯に奇異は無しと見知りの丁稚が言葉を交わすも、急ぐ足では言葉は短い。けれどその意は確かなものだ。


「今日の通りは賑やかですよ」

「薪屋の旦那がケガしたみたいです」


 一方的に話されるものではあるが交わすその意は奉行も岡っ引きも敵わぬ程だ。誰がどうとてこちらの感情お構い無しに挨拶よりも先に入るのだから、それだけ人は物見好きということか。


「ありがとよ おめえさんも気を付けろよ」

「ご隠居もお気を付けなし」


 話挨拶通りの途中に、声の姿に名前を浮かべ、今の丁稚は桶屋の吉に あやつは六太 してもあやつは、、、、そうかそうかと時の流れに感慨更けるも、記憶の時に遅れを感じた。あの頃きたあやつは今は主。主は隠居に倅は別居。丁稚だった娘ときたら今は立派な屋継の母だ。過ごす流れは人に同じにあるが、使う時はズレが生じる。かの有名な浦島のやつはそれはそれは大変だっただろうと、時同じの暮らしに違いを感じ過ぎ去る刻に足を止めた。


「おい 聞いたか?三門の娘が大事をなすってよ」

「おお 聞いた聞いた」

「それが 豆屋の正が関わってんだってよ」


 落とす肩に通り向こうの傘屋から大きな声で面白可笑しく話す姿に目を向けずとも勝手に耳に入ってきた。


「それがよ 俺も聞いた話なんだけどよ」


 男二人は作り傘を軒下に掛けてあーだそれがと身振り交えて話をしている。話又聞き伝え聞きにも嘘も真も繋がれば、それは当の本人さえもわからぬものに姿を変えては別の真に成り代わる。それに尾ひれ背ひれに豪華に振る舞い、踊り明かせばどこぞ誰ぞに売られていくというのだから噂の真は高価なものに違いない。けれど、売れるものほど易々と壊れるのはよく聞く話。裏があってのモノな故、壊れなければ売ることもままならない。真があっての噂のことに、噂なくては公にはなされず、真は隠れて人知れずということである。しかし噂無くして広がる話はいずれ誰かが事起こす。噂が先か真が先か。よもや待つも待たぬもいずれ見る話というのだから、噂も真も同じことということか。


「三門の娘も 一人の娘、、、か」


 当の娘に出会わなくとも、育つ過程は見てとれる。けれど大事を成すほど成長したかと話す内より外を見て、母の言葉を思い出す。


 ーお天道様は見ているよー 


 あの言葉は人の目ということなのかと今更ながら深く頷き、ぺたぺたと草履を鳴らし目先一里程はある仲見世通りへと歩いていった。


「安くしとくよー」

「へい いらっしゃい」

「たーけー 青たけー 篭はいらんかー」


 川沿いに面して質屋から汁粉屋、果ては丁稚受け入れ旅籠屋まで連なる通りは活気盛んに声が賑わう。


「そんな、、でも」

「おめえさんが話すから こうなるんで」

「うちのせいってのかい?」


 活気盛んにこだまする呼び込む声に、隠れるように軒の隙間から話す声。


「はて この声は確か」


 少し甲高い声としゃがれた声は、あそこの娘と蛸薬師んとこのなんたら。確か名前は名前はと目を閉じ手ひらに文字を書くように指を揺らしてみたものの、顔は出てるが名前が出ない。昨日の源太と同じだなと別に気にする類いのものではないが、一度引っ掛かるとどうもむず痒くて仕方ない。通りすぎて誰ぞに聞くのも良しとはなるが、今のこの場で知り得たい。少し下世話なことなれど癖には勝てぬと軒の陰に隠れて聞いた。


「あと 誰に話した?」

「誰ってあんた 知らないよ うちはてっきりあんたが話してるもんだと思ってたからさ」


 軒の陰に隠れて話す二人はどうも退っ引きならない話をしているが、姿出さずも声だけが表に出てくる。隠すものは姿だけ、声に筒抜けザルの網と言うものだ。次第に大きくなるその声に一人一人と足を止め、幾分足らずに群れとなった。そしてそのたがりに隣の店子が迷惑そうに顔を覗かせ話す二人に声をかけた。


「ご両人 ちょっといいかい?」

「なんでい?今取り込み中でい」

「それは聞声でわかりますよって」

「なら 話はすんだ どっかいっちまえ」

「そうだよ 割り込んでこないでくんまし」

「でもご両人 そうも言ってはいられませんし」


 語気を強める蛸薬師の男は店子の後ろに見える群れに目を丸くした。


「な、、なんでいおめえら 見せ物じゃねーぞ 散れ散れ」


 群れの姿に顔を真っ赤に叫ぶ声、両腕をあげ逃げるように人をかきわけ蛸薬師の男は出ていった。相手の娘は軒の裏手に回るようにそそくさと居なくなった。


「まったく こんな刻から逢い引きか?」

「いやいや 別れ話に火がついたのかもしれんよ」

「蛸薬師の倅と茶屋のちずか あの二人がねぇ」

「まぁ ちずと壱が?」


 群れを作った人だかりは、二人の姿に話を膨らませやんややんやとその場から離れていった。蜘蛛の子散る野次馬達の後ろ姿に店子の顔は満足そうだ。


「蛸薬師の、、あの倅があの壱か、、」


 名前を思い出せた心地に嫌な痒さが収まった。気分上場胸のつかえに安堵はするが「声でわかるも名前がでぬか、、」と釈然とせぬ己の老いに鼻をかんだ。それなら一度確かめ見るかと通りの店子を見て周り、名前と声を見聞きする。その目は品定めのような鋭い目付きに、歩く通りに道が広がる。歩く人らの目が光るが己の沽券がそれを蹴る。


 あれはコマにあやつは銀二と店子の覚えに気を休めるも、またどこからともなく声が聞こえてきた。


「はて この声は」


 連なる通りの店子かと辺りを見渡すも、どの店も客で賑わい呼び込む店子は誰もいない。聞いたこともない声に気のせいかと川を眺めて通りを進む。


「ご隠居 ご隠居ってば」


 またしてもどこからともなく呼ぶ声に「はて誰だ」と、今の一度と辺りを見渡すもやはり誰も呼ぶ者はいない。可笑しな事だと右へ左へ顔を動かし様子を見るも近くに誰も来はしない。けれど私を見ている妙な視線は私の前後に現れる。声に名ばかり思い出すのに躍起になっては、気づけば茶飲みの的となっていたようだ。年若ならまだ知れず、この年で歌舞いて見られるのは恥ずかしい。穴があったら入りたいものだと急によそよそしくも鼻唄何かを口ずさんだ。



「それにしても今日は、、ああ丁稚が言っていたか」


 白々しくも丁稚の話を思い出し、落ち着き素振りで目をやると至るところで身ぶり合わせて談笑しては、はれはあれよと袖をおろして立ち止まっている。決してまみれぬ帯の紐もその時ばかりは結ばれるなんて考えながら、歩を進めると見知った姿に立ち止まる。


「ん?あれは確か、、、」


 今度は耳に聞かずも目で捉えた。


「おい正 おい正」

「あ ご隠居 どうしたんで?」


 正はかける視線に振り返り、知った顔見て言葉を返した。


「いやなにね 丁稚が賑やかだと言ってたもんでな」

「そうなんで?まぁ今日は特別っちゃ特別だが、、、あ そうそう ご隠居これから何処へ?もしなんなら あっしの話を聞いてもらえねーですかい?」


 正は辺りを警戒するように口を隠して夕時の刻に茶屋で待つと小声で頼み、慌ただしくも走り飛んでいった。


「おい おい正や、、、」


 猪突の申し出断るのもどうなものかと顎下触り、気づくと列びの呉服屋の前にいた。絹下着物に飾るかんざし、どれもかしこも透けて輝く。


「お ご隠居じゃありませんか こんな刻にどうなされました?娘さんとは御一緒で?」


 一人歩きに物珍しモノを目にするごとく店子は店主に手を招き、店主は揉み手にやって来る。


「いやなにね 丁稚が通りが賑やかだと言うものだからね」


 ここで捕まれば逃げられないと、愛想着かぬ内に離れるように手切れ悪くも同じ言葉を繰り返すが、そこは商い呉服屋主。買わず買わさず底知れず、足を止めれば手中の内にと歩く先へと体を入れる。


「そうですか それはそれは 賑やかなのは何時もの通り いやぁ特別と言えば特別か」

「そうそう 今日は何が特別なんだい?」

「そりゃご隠居一人でやって来なすったんだから 本に日のりは特別ですよ これなんかどうです?」


 呉服屋店主は贔屓な言葉に手繰りを寄せて舌が乾かぬうちに売り文句も付けてくる。それは何を誰かに売れば得かと商い気質に受け継ぐ血筋。


「それならこちらは?いやぁご隠居は何でも似合う 似合わぬものは野暮の吝嗇(りんしょく)ってなもんで 娘さんにも一つどうです?」

「よくもまぁ ぬけぬけと まぁそれでこそ商い家か 今日は負けたと それとこれを包んでおくれ」

「ありがとうございます ご贔屓にー」


 作り言葉に飾りの言葉、嫌みさながらつけ込む腕には泥棒家業も舌を巻く。買うまで逃がさぬ業火の如く、その根性に畏れ入る。


「それはそうとご隠居 知ってますかい?」


 呉服屋店主は品を渡すついでに口隠し、聞こえ漏れぬように話をしてきた。


「細かい事は言えませんが 何やら屋敷で大事が起こるとかって」

「それは真か?」


 店主は黙って声に頷き、また小声で伝えに口を隠した。


「ええ そりゃもう噂も噂 知らぬ人などいるのかってぐらいに」

「それでも噂だろ?」


 店主はキョロキョロ見渡し三度目の口を隠してきた。


「これはまだ知られてはないですが、、、」

「ほう それは真か?真なら一大事ではないか」

「そうですよ それに蛸薬師の壱と三門の娘がね、、、」


 そんな話をしていると店子が店主に声をかけ、店主は人差し指を口にかざして内密にと仕草で表し戻っていった。


「呉服屋家業は口で物売り手足で止める」と良く言ったもんだと品を袖にしまい入れ、そのまま腕を組み歩く。それにしても話に頭が離れぬものだと、考えようも無いものに一々止まるとするならばむず痒くなるだけだと、静観鈍感決め込むも気になることは確かに残る。それでもと頭を掻きながら近くの茶屋へと歩みを寄せた。


「茶と団子を」

「はーい」


 店の前に置かれた竹の椅子に腰をかけ、運び店子に品を伝えた。前の通りを歩く人らに目を落とし陽の光を遮るように手をかざすと自然と影が流れてくる。


「今日もお天道さんは元気ですねぇ」


 茶屋の娘のちずが傘を広げて影を持ってきた。


「ああ ちずか」


 先の刻、壱と何を言い争っていたのかと聞こうとしたがそれは人の懐を裸足で荒らすようなもの。それに聞かれても困ることは一つや二つ誰にでもある。下世話な事は繰り返せぬと、そこはこの茶と一緒に流し込む。


「ありがとよ」

「ゆっくりしてってー」


 明るく気さくなちずは、通りの茶屋では看板娘だ。それがあの蛸薬師の壱と、と無粋な話に笑みを浮かべ首を横に振った。後から持ってきた店子の差し出す茶をゆっくりと飲み込んだ。


「さてさて どうなるものか」


 人の話は75日。嘘も真も時を重ねば移り変わる。残す残さぬもそれは店の前に構える瓦版屋の受け持つところか。


「ようご隠居 隣いいかい?」

「ああいいよ」


 橋のたもとで売り配る瓦版屋が一服がてらに寄ってきた。


「よう ちずか あまり粗相はすんじゃねーぜ ま 俺は助かるけどよ」

「もう やめてくんなまし その話は」

「あははは わるかったって 茶と団子 おっと団子はみたらで頼むよ」

「はーい」


 瓦版屋はちずの件にはもう目をつけているようで、ちずも半ば諦めていたように受け流している。


「おっと ご隠居はアンコで?団子はみたらにしないといけませんぜ」

「何故です?」

「そんなの決まってますぜ みたらってのは丸い団子の上に餡をかけても形が見える それは俺ら瓦版屋としても同じで 隠し事は何もないってんで 隅から隅まで偽りなしってことですぜ」

「まったく 何を言ってんさ はい団子と茶ね」

「おお あんがとさん」


 ちずは呆れた口調で品を置いていった。


「そうだ瓦版屋 ちと聞きたいことがあるのだが」

「お?なんでい 何でも聞いてくんなー」


 瓦版屋は団子を一気に口の中に入れ頬張りながら茶をすすった。


「いやね 噂の話ってのには花があるらしいんだが どんな花か知ってるかと」


 瓦版屋はその話に団子を喉に引っかけた。胸をドンドン叩きむせる団子を押し流した。


「すまんすまん 幾ら瓦版屋でもわからぬか いやね私も無いとは解ってはいるんだがね」


 むせる咳に瓦版屋は涙を浮かべてた。


「いやー何を聞くかと思ったら 噂話の花ときたか 」

「いやいや すまんね ちぃと気になってしまってね」


 年甲斐もなく恥ずかしながら聞いてはみたが、そんな花などありはしないかと半ば笑い話になればと瓦版屋に伝えて聞いた。


「まぁ 無いって言えば無いが 有るって言えばある か」


 息を整え空を見上げ、瓦版屋は遠くをみるように話をつなげた。


「かの昔 ある村で一人の子供が居なくなってよ 拐われたとかでも家出とかでもなく 村の皆は何かと祟りだとか神隠しだとか騒いでは村中探し回った けどどこにも見当たらなかった んでそんな事も日が経つにつれ話す事も無くなっていった 悲しいことだけどよ そんでなんだ ある日突然一瞬にして消えた子供が村に戻ってきたんだってよ」


「ほう それで」


「おう そりゃもう村中大騒ぎだなんだのってよ なんたって消えた子供が生きて戻ってきたんだからそりゃそうだろうよ けどなこの話はそれで終わりじゃねかったんだ 」


 瓦版屋は一通り話をすると事の真相を言わずに橋の近くに戻り、また何時ものように声をあげては聞紙を売り配っていった。


「瓦版屋の話 鵜呑みにしちゃいけないよ なんたって噂を種に売ってんだから」

「ほう 噂の花にも種があるのか ならその種はちずってことだな」

「そん、、もうやめてくんなまし、、、」

「すまんすまん ならば行くとするか ごちそうさま」

「またお越しをー」


 ちずの言葉に笑いを得ては、瓦版屋の姿を見つめる。


「噂の種か、、花というなら種があっても可笑しくはないか」


 無いものを探すというのは、なかなか骨が折れる。些細な会話に時の知恵、油断してればいつのまにか流されてしまう。無いものだから無いのだと言ってしまえばそれまでではあるが、無いと思えば知りたくもなる。好奇な心に芽をつくり人に話して種を埋め、他の誰かに話しをすれば、やがてたがりの花が咲くってことである。


「あ、、ご隠居 ご隠居」

「お?、、、ああ正か」


 頼みの情事も忘れた頃に、息を切らして正がやってきた。


「ああ良かった ご隠居何処にもいねーんで どうしようかと思いやしたぜ」


 正の言葉に「それはすまんな」と忘れた事を隠すように胸を張る。


「それでどうしたと言うんだい?」

「それは、、、ここではちょっと、、、あ、ちず ちっと奥使っていいかい?」

「あんたねぇ もう 勝手にしてくんなまし」

「すまねぇな じゃあご隠居 ちっとこちらに」


 正はちずの姿に声をかけ茶屋の奥へ入っていった。


「なんかすまないね」

「ご隠居が謝ることはありませんよ 全てあいつの性ですよ」

「ご隠居 ご隠居 ささ中へ」


 正はちずに頭を垂れて奥の座敷で一部始終を話はするも何処か隠すものがある。それは何かと聞くも聞けず、語り口調の話に耳を置き、要約すればこう言うことかと言い直す。


 ここの通りの先の平屋づたいに道を歩けば大きな三つ門が見えてくる。そこには多くのお抱え人がひっきりなしに出入りをしてるもんだから、籠の屋号がずらーっと塀に並ぶときたもんだ。どんな屋敷人が住んでるものかと周りの人等は見に行けど、塀に石垣 雑木に蔵と内は隠され手が届かぬ。そこで誰も知らぬが先にと、見栄も隠れも知った口調で巷で女子ら容易に話せば、作りの語りに長蛇の列よ。そこへ奉公丁稚が耳より目よりと見得た話を持ち込み出すも、伝える側から聞きもしねぇ。でっち上げた語りがポーンと先にきたもんだからどれがどれだかわかりもしねぇと。それでもあいつら二六時四六時話しすんだからこちらの耳も垂れてくるってんでって、「よう正 それで何が言いたい?」と、膝を合わせる正に聞いた。


「ですからね あっしはただそこの娘の目附人から あぁその娘ヨシってんですが そのヨシとは、、まぁいいか そのヨシの目附人から愚痴の捌け口に使われてたんですが 妙な話になってきやしてね」

「ほう それで」

「なんとまぁ相瀬の恋だの逢い引きだの 果ては奥方の何てことを噂されてしやいやしてね そんで、、、」


 正は奥の座敷から内にちずを見た。


「まぁご隠居も知ってやすと思いやすが ちずとあっしは許嫁だったんですが まぁ親が勝手に決めつけたモノですがね、、、」


 始めはものは相談かと思ってみたが蓋を開けたら身内の悩み。辛み哀しみ寄り添う場所にと、己の弱さに口にした。それならこちらも聞いてみようと、先の刻のちずとの壱を思い出した。


「それはないですぜご隠居 あっしと壱は兄弟のようなもの 恋の瀬にもなりゃあっしは祝うつもりですぜ それにちずは壱との方が、、、いや 何でもありゃしやせん」


「そうかそうか」と正の心情聞き入れて、肩を擦りて嗜めた。


 そうこうしてると噂の壱が店の軒下でちずと話をしている声が聞こえてそれを正が目を向ける。


「ほれ見たことか ご隠居そうゆうことですぜ あっしは裏から帰りやすよって 本にありがとうごぜいやす、、、そんじゃあっしはこれで」


 正は暖簾の隙からちずを見てそそくさと茶屋を後した。


「壱とちず そして正、、か」


 下手な関係耳にしては、痒みが増して来るというもの。


「あっご隠居 あれ、、、さては言うだけ言って逃げやがったな あのバカ正」

「これこれ ちず口が悪い ところでどうしたんだい?」


 ちずが座敷の暖簾を開けて中を見れば、後ろにいるのは壱である。


「ご無沙汰してます 蛸薬師の壱でございます」

「おうおう 壱だな 大きくなったな」


 壱は深々と頭を下げ、招き入れるその手に座敷に上がった。


「どうしたんだい?壱よ こんなところで」


 壱は座敷を見渡し一つ息を吐いて目を向ける。


「あのご隠居 その実はちずとのことで、、」


 壱の言葉にピンときては知った口調に言葉をついた。


「仕方ないとは思うが けどな 人の道を外れちゃいかん それはわかっておるな 蛸薬師よ」


 蛸薬師は俗に言う寺であり、壱はそこの代々次がれる坊の世継ぎだ。


「それはわかっております お言葉ですが ちずを思うと不憫でならないのであります」


「それはどういうことだい?」


 壱はこれをどう話せば良いものかとおぼろながらに伝えてくる。


 ちずが正との許嫁とは皆が知る事なゆえ、その間に入ろうとは思わない。それに壱と正との間にも切っては切れない契りがある。けれど正が三門のヨシと恋瀬の中だと聞かされては、黙って聞くにも耐えきらない。


「それで ちずから相談されたと?」

「いえ、、その、、はい その通りで」

「そうかそうか お前さんとちずには何も無いのだな?」

「もちろんでございます それに私には、、、」


 壱も壱で正と同じに身内の話に切り替わる。


「私は蛸薬師の跡取り それ故に相瀬の恋瀬などと 出来る身分ではありません けれど、、、」


「どうしたというのだ?」


 壱は膝上で拳を握り、意を決したように強く息を吐き目を見開いた。


「私には、、、ヨシと言う好いてる女性がいます そのヨシと言うのは三門の娘さんでございます」

「ほう 三門のね」

「そのヨシとの間に正がと聞きまして 正にはちずと言う許嫁がいるにも関わらず手を向けるとは甚だ握る拳も強くなるもので」


 寺の世継ぎとしては外道を諭す道義に見えるが、これは個人の思惑の道義。


「ならば壱よ ヨシには聞いたのかい?」

「それは成りません 聞きたくなるも それは人の心を 踏みにじるようなもの これでも蛸薬師 自ら相手の心を疑う事は出来ません」

「それでは外しか見ないと?」

「そうではございませんが そのなんと返せば良いものか、、、上手くは言えはしませんが 内も外もまんまの姿に人を見るってことですが、、、」

「それじゃ 知らぬ話も耳にすれば 嘘も真も無いではないか」

「なんともおきついお言葉 返す言葉がありません まだまだ未熟と言うことですね ご隠居 説法ありがとうございます 私はこれにて下がります」


 壱は深々と頭を下げ、茶屋の表から帰っていった。その姿を目に座敷の壁に隠れて聞いているちずに言った。


「これちず 隠れてないで出てきなさい」


 ちずは「はぁい」と声をだし跳ねるように座敷の淵へと現れた。


「ちずや どう思う?」

「なんですかね 誰も彼も真の話は目もくれず聞く話に耳を傾けるってこと?」

「あっはっはっはっは ちずも大人になったな」

「もぅ それは言うてくんなまし 」


 ちずは頬を膨らまし下ろす足をバタバタさせた。


「ではちずよ この話を聞いてどう動く?」


 暫く悩みはするも、そこは下町商い娘。気持ちいいぐらいに声を張る。 


「本人に聞いてみる」


 ちずはそれじゃと立ち上がり出向く所に声をかけた。


「ちょっと待て どこへ聞きに行くと言うのだ?」

「えっ?それはあのバカ、、、正にですよ」

「ほう やはりちずも正を慕っているのか」

「そ、、そりゃそうだけど、、、って何を言わせんのさぁ」

「あっはっはっはっは それなら話が早い お前さんと正と壱 あともう一人聞かなきゃならなん人がいるであろう?」


 四人いるのに三人からの話しか聞いていない。そこは聞かなければならないものだと痒みが体を押し上げるとは言えないが、真の話に目を向けなければ全て外れの蚊帳の外。


「聞くっていったいどうするのさ?ヨシって子はあの屋敷の娘だよ?」

「それは行ってから考える」


 どうも収まることをしらない癖の類いは痒みとなって動かしてくる。今すぐにでもと思ったが、ちずは店の終いがあると夕時過ぎに通りの先で待ち合わすことになった。


「あっご隠居 ご隠居ー」


 暗くなる空にちずの声が響き渡り、その姿に目を凝らすと後ろに誰かがいるのがわかる。


「おおここだここだ、、、と 正と壱もいるではないか どうしたというのだ」

「いや これには色々あって、、、」

「いやーご隠居 あっしはただ歩いてたらこいつがいやしてね、、、」

「申し訳ございません 暗闇の中 お二人を目にして声をかけた次第でありまして、、、」


 三人三様言葉を出すも「かまわんかまわん」と、笑い受け流す。


「それよりも ちずはまだしも お主らはわかっておるのか?」

「知ってますぜ」

「先程耳にいたした次第で」


 壱と正は聞いた話だと言い返すも互いの口調に言い争った。


「ところで壱よ てめぇ何他人行儀に話してやがんでい それにちずも、、、」

「何を言う ご隠居の手前 体たらくな事は出来ないってんだ それぐらい知っとけっバカヤローが」

「なんだこのっ 腐れ坊主が」

「てめぇ 言って良いことと悪いこと知らねーのか だから 豆腐の頭じゃザルからこぼれるって言われんでい」

「もーなんで喧嘩さすんのよ」

「あーはっはっはっは 仲が良いのはわかったわかった」


 三人の争う姿に笑いをあげて、それじゃ行くかと三門の所へいざ進む。


「ちょいと ちずよ 二人に何て話したんだい?」


 道行く途中にちずに聞いた。


「えっ?それはご隠居と待ち合わせっていっただけ」

「それだけか?、、あっはっはっはっはそれは良い それは良い」


 たった一言添えただけで一緒に待つとはそれだけ仲が良いのだろう。決してまみえぬ心の内をこうも見せてくれるものかと、年若子らに教えられた気がした。


 三門の門まで来てはみたもの、噂通りに内が見えない。さてさてどうしたものかと考えてると正が手招き話をしだす。


「ここの屋敷は役人やら商人 それに公族の身しか入れないってんで 内を見るのは難しいですぜ」

「なんでそんなこと知ってんのさ やっぱりアレは本当なんね?」

「違ぇーよ 違ぇーって 聞いただけだ」

「おいこら正 聞いたって誰に聞いたってんだ えっ?」

「あ?なんだと壱 誰だっていーだろうが」


 門に繋がる壁の近くで言い争っていると、通りの奥から籠屋の音が聞こえてくる。


「あぁ あれはここの娘、、それと奥方様か、、」


 籠の屋号で乗る人がわかる。それは年若では知らぬものゆえ、教えてあげた。


 籠は主に二つにあるが、もっと別ければ何種にもなる。そのうち高座と下座に座椅子に立て椅子、担ぎ手装い法被の紋に、髪の結い方話し方。屋号によりけり違うものと、それに使用する人の地位にて呼ぶ籠も違う等々、教える事に力が入り通る籠の道を塞いでいた。


「籠が通るぞ どいたどいたー」

「おっと これはすまんすまん」


 籠屋の声に体を避けると、目の前で籠が止まった。


「どうしたってんだ?」

「もしや 籠にぶつかりでも?」

「えーどうすんのさ 何もしてない 何もしてない」


 噂の屋敷は様々な話が付いて廻る。それも鬼だの化け物だのと、果てはモノノケ亡き家主だのと、夜更けになればなるぶんだけ知らぬものが作られる。


「あら そこにいるっしゃるはご隠居ではありんせんか?」


 止まる籠の竹櫛口から声が漏れる。


「はて 誰だ?」

「もう お忘れだとは 哀しい事よ ちょっと下ろしてくんなまし」


 籠屋はソイノっと掛け声合わせ、ゆっくりと地面に置き下ろす。


「まったくどうして忘れるものです? あんな夜を過ごしたと言うのに、、、」

「おお、、、お前は 半四郎 半四郎ではないか」


 綺麗な髪結い白粉の、素肌隠して扇子を広げる。優しい口調に言葉を鳴らし、フワリと降りる姿は百合そのものだ。


「こんな所でどうしたと言うのだ?まさかこの屋敷に住んでるのではあるまいな」

「まさかそんな大層な 本に呼ばれただけでして それとこちらの娘さんとの約束もありましてね」


 半四郎は籠に座る娘のヨシを呼びだして、この娘と遊びに出掛けてたと言ってくる。


「そうそう これからこちらで演じますけど どうです?よければ」

「いや でもそれにこちらも、、、ね」


 話す後ろの三人に目をやり続けると娘のヨシが口を挟む。


「それは構いませんよ それにご隠居ぐらいの人しか来ませんから 私は退屈で退屈で、、、」

「あらヨシさん そんな事言われたら この半四郎泣くに泣くこと出来ません  ウッウッウッ、、、」


 半四郎はその言葉に泣き真似をし、ヨシを少し慌てさせた。すると屋敷の奥から呼び人が現れて、それに半四郎が事情を話すと内へどうぞと誘われた。



「えっと ヨシって言ったっけ?うちはちず ところであの半四郎って男?女?」


 ちずはシナリシナリと奥ゆかしく歩く半四郎にヨシに聞いた。ヨシは口を抑えて必死に堪えている。


「何?何笑ってんのさ ああもう気になるんだから 教えなさいよー」

「おい ちず 何いってんだ 仮にも屋敷の娘の前だぞ」

「何よバカ正 あんたはヨシを知ってるかも知れないけどねぇ うちは知りたいのよ なして隠してるんさぁもぅ」


 ヨシはそんな二人を目にして更に笑いを堪えていた。


「なんね?なんね?もぅいや 聞いてくる」

「おい止めとけって ちず おいちず」


 と、ちずと正の掛け合いが面白可笑しく見えたのかヨシは声に出して笑いだした。


「あーもう なしてその人気づかんの?もう 無理なして」


 ヨシは壱を指差し笑いが止まらなかった。壱は何がと気づいてなかったが、ちずと正は振り返り笑いだした。


「おいおい壱よ それはまだはぇーって」


 正は壱の姿に指摘すれば壱は自分の姿に顔を真っ赤に染め上げた。


「もう 本当壱って一つの事しか頭に無いねぇ」

「あーちずの言う通りでい」


 着物の帯が弛みきり、中のふんどし見え隠れ、よもや一物隠せぬ事に心を隠すも姿に現す。見えぬ暗闇見えぬもの、けれど明るくなれば見えてくる。


「あ、、これは あのその、、」

「あっはっはっはっは 坊主やめて歌舞いていくか?」

「何を?正 てめぇ 待て こら おい、、、ちょっと待て この帯を、、」


 壱は着物の帯を絞め直しながら正へと睨む。それをヨシが見て笑う。


 知らず知らずに打ち解けていく年若四人に声をかけ、屋敷の内へと入り込み、天下の演目 半四郎の演技を魅了した。


 半四郎とは、かの旅芸家業の女形。全国旅して津々浦々、どこぞの誰とも言われなくともその姿に誰もが魅入る。その魅入る内側見て取れぬものだが、その姿だけで十分なほど。


 そして演目見え終え当の難題年若だけで、ここは用無し家へと戻った。そして次の日いつもの酒場で今の仲間と飲みあった。


「おいおい 知ってるか?昨日屋敷で大事が起こったってよ」


 源太は酒を注ぐなり言ってきた。それに対して「半四郎のことか?」と思いながらも何も知らぬ桂と二人で話を聞いた。


「聞いた話だけとよ 男が女を追いかけて連れ逃げる所が 逆に女に捕まり屋敷の中へと囲われたってんだ」

「おう それでそれで」


 桂は源太の話しに身を乗り出して話を聞いた。何処かで見てたかそれとも籠屋が話してたのかと、昨日の夜を思いだし、面白可笑しく伝わったのかと言わぬは言うに勝りけりってなことで、その話を静観し聞いていると店子娘がひょいっと顔を出し口を入れてきた。


「その話 聞きましたよ 通りで瓦版屋が配ってたから これですよ」


 下げる皿を木棚に置き、もらった聞紙を見せてきた。


「おいおい 誰だよこいつは 不貞野郎だ」

「どんな顔か見てみたいってんだ」


 源太と桂は聞紙に物言い酒を飲んだ。


「なぁ そう思わねぇーか?ってどうしたんだ おい 桂 水だ水」


 源太は桂に水を頼み顔を真っ青にした姿を見ては介抱しに近寄ってきた。


「おいおい まだてめえは飲んでねーだろうが」

「あいよ 水だ」

「おお おら水だ 水 口開けろっておい」

「、、、おい源太 この顔絵 ちと似てねーか?」

「あ?そんなん後だ おいこら 返事しろ この野郎が」

「似て、、似てるよな、、」


 桂は紙を投げ置き源太と一緒に口に手を入れ開けはじめた。


 瓦版屋の配る聞紙には、ふんどし下げた男と魅惑の女が描かれてあり、その男を縛りあげている様相が書かれていた。


 それは当の本人にもわからぬほどに、けれど解るものには解るが故に、知ったときには時遅し。それに真を言い返すほど気力も何もありゃしない。それだけ語り続くものには訳があり、詰まらなければそれまでのこと。全ては噂話の種になり、蒔くも蒔かぬも人次第。それに花が咲ければ人が笑うってことである。


 薄れる意識に言葉をついた。


「蒔くは瓦版屋か、、、、」



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