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長引くかなと思われた斧の素振りだが数回で終わりになった。
「剣を習っているだけあってわかっているな。それでは実際に木を切ってみよう。」
「やったー。」
メリは飛んで喜んだ。
「俺が説明しながら切るから見ていろ。」
フォレは細めの少し曲がった木の横に立った。
「まず切り倒す方向を最初に決める。そしてその方向が決まったらその方向から切っていく。最初に斜めに1切り、水平に1切りだ。これを交互に続けて木の中心近くまで切る。こう切ると切り口が3角形になる。次は反対側に周りさっきの3角形の一番上が反対側の3角形の一番下になるようにまた斜めに1切り、水平に1切りを繰り返す。中心に達する前にこの3角形の間にある木の皮の部分を取ると切り倒した時に皮が巻き込まれて木材に傷が付くことを防げる。これをやっていないと材木屋から素人だとばれるな。あとは木の中心部の芯を傷つけないように落ち着いて切る。木の芯が割れてしまうと木の価値が随分と減ることになるから注意だ。」
説明しながらフォレは細い木を切り倒した。
メリは早く自分がやりたくてウズウズしている。
「これが基本だ。これさえしっかりできるようになれば他は応用だ。それでは次は1人1本切るぞ。」
「私が一番ー!」
メリが元気よく手を上げた。
「わかった。ついてこい。」
フォレは森の中を歩き出した。
特に周りを見ながら歩いている訳ではないのでもう切る木は決まっているのだろう。
案の定、フォレは予定していた木に辿り着いた。
「これだ。見ているから焦らずゆっくり切れ。」
「メリ、切りますー。」
メリは最初から強化をしてごっそりと細い木を切りはじめた。
せっかく見てもらっているんだから少しずつゆっくりやればいいのにと思いながら俺はメリを見ていた。
細い木はあっという間に切られてしまった。
「まあまあだな。もっとゆっくり丁寧に切るんだ。」
「はーい。」
「次は俺がやりたい。」
「わかった。」
俺達はまた切る木に移動した。
次に着いた木も細くて若干曲がっている。
「これだ。」
俺は頷いてゆっくり丁寧に切り始めた。
素振りが足りなくて切り込む位置が少しずれたりしたがまあまあな感じで切れた。
「丁寧だな。ただ切り込む位置がまだ安定していない。」
「はい。」
「次は私です。」
ラピアも普段通りに丁寧に切った。
俺と同じでまだ素振り不足といった様子だ。
「3人とも初めてにしては及第点だ。切っていて自分でもうわかっているようだが素振りがまだ足りない。素振りを増やして実際の伐採を少しずつやっていこう。」
『ありがとうございます。』
俺達はまたスープをご馳走になった。
メリは遠慮せずにお代わりをしてラピアを少し呆れさせていた。
フォレは別に気にしてないようなので大丈夫そうだった。
俺達はその後もフォレに教わりつつも材木運びを続けた。
時折、ロバや馬で木材を運ぶ人が居たが一様に俺達を見て少し驚いているようだった。
一番凄かったのは馬車で木材をごっそり運んでいる所を見た時だ。
目測でも350kg以上は積み込んでいたようだ。
その馬は中型の大きさの馬のようなので大型だったらもっとたくさんの量を運べるかと思うと感心する。
俺達は毎日合計200kg位運んでいるのでその倍の量になる。
しかしその馬車はゆっくり道草を食いながら1日かけて往復していたので走っているのを知られたくない俺達にははっきり言って邪魔だった。
1日に何回も会えば俺達が走っているのもバレバレなので少し厄介ではある。
馬車や馬、ロバを使う人も俺達の持っている木材の重さを見ているようで俺達の稼ぎも向こうにわかってしまっているだろう。
材木運びが儲かる仕事だとバレると人が増えて色々と面倒になる。
そう思いながら俺は走るのであった。
「ドブネズミが取れなくなって下水掃除の仕事がまた溜まっている。」
「そう、大変だね。」
グリエ町は夏真っ盛り、朝も夜も昼も暑い。
そんな暑い日にわざわざ下水掃除なんてやる奇特な人はいるのだろうか。
いや、いるわけがない。
「しかもこの暑さだ。下級紹介所でも余っている。そうなるともう頼るのはお前達しかいないんだ。」
「ふーん、次も材木運びでよろしく。」
「そうなるよな。だが、しかし今回は切り札を用意してある。おい、ちょっと話しが終わるまでは残って聞けよ。」
俺は紹介所を出ようとしたが止められた。
「ごほん、他には言えない話だがな・・・・・・。下水掃除をいつも通り4日分受けてくれたらドブネズミ退治が2日分着くようになったぞ。ドブネズミが賢くなりすぎて数が増えているみたいなんだ。ちなみにこの仕事はお前達専用だぞ。他の奴らにドブネズミ退治を頼んでも数が取れないからな。」
「こういう風になるのが嫌だったから避けてたんだよ?」
「そこをなんとかしてくれよー。通年通りに大人数を集めると出費がでかいしお前達なら掃除もまじめにやるし安心できるって向こうが言うんだよ。」
「それに仕事の斡旋の評価も上がるね。」
「そうそう、って言わせるなよ。大人数を集めようとしても中々集まらなくて報酬を高めに設定しなくちゃならないから頼むよ。」
俺はラピアをチラっと見た。
ラピアはしょうがなそうに頷いた。
「今すぐってわけには行かないけどその内受けるよ。ただドブネズミが思ったより賢くなってたからドブネズミ退治の方は成功は確約できないなあ。準備も必要そうだしね。」
「わかった。その辺りはちゃんと話しを通しておく。ドブネズミ退治の方は失敗しても評価が悪くならないように調整する。これならいいだろ?」
「ああ。」
「うひょー、助かるねえ。お前達もなんだかんだ言いつつも仕事は受けてくれるんだよな。」
俺はジロリと少し睨んだ。
「へいへい。調子には乗りませんよ。まあ、その内よろしくな。」
「はい。」
俺は呆れながらも了解した。
ドブネズミ退治に準備は必要ないがとりあえずそういう事にしておく。
ドブネズミ退治と聞いてメリがやりたそうな空気を出していたのでしょうがなかったのだ。
ほとんど狩るのはラピアなんだけどね。
ここ最近はずっと材木運びで午前中はフォレに教わっている。
そっちが優先なので下水掃除をする事をフォレに伝えてからじゃないとな。
物事の順番は大切だ。
俺がフォレにその内、下水掃除を受けると伝えると意外な反応が返ってきた。
「わかった。お前達に教える事もほとんどなくなってきたから好きな時に受けると良い。」
「え、まだまだ教わり足りないよ?」
メリのそういう素直な所は大変助かる。
「お前達にはしっかり基本を教えている。あとは自分でそれを磨くんだ。きこりの仕事は森次第なのだ。この森にはこの森特有の特徴がある。他の森には他の森の特徴がある。それを長い時間をかけて見つけ出すのが森番の腕の見せ所なのだ。だから色々な森を巡らなければ本物の森番にはなれない。」
フォレは近くにある木を叩いた。
「森にはその森に合う木と合わない木がある。その木の種類によっては木の枝打ちを変えなければならない。光を当てても大丈夫な木、光を当てすぎると枝が生えやすくて光を調整しなければならない木などがある。ここは魔素が少しあるから魔素の影響が強い場所は日当たりが良い場所よりも木の成長が早い。日当たりや近くに川があったりなかったり、それらの全ての要因が折り重なって森を作っている。それを観察してその森にあった調整を人が行うのだ。木の1本1本にもそれが言える。その木をどれくらいまで育てて売るのかを木が小さいうちに決めて枝打ちをしなくてはならない。しかも成長は森によっても違うし森の中の場所によっても違う。」
「はー。」
メリは口を開けて関心している。
「だからお前達はしっかり基本を学ぶ事だ。例などはいくらでも教えてやるが結局は森次第って言うのを理解してくれれば良い。」
「はい。」
俺とラピアは神妙に頷くのであった。