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長い雨の日々が終わりを告げた。
空はカラッと晴れて風が一段と温かくなった。
天気がよくなってきたのでラピアも木材運び2日、治療院手伝い2日に予定を変更した。
間に1日の休みの日が入る。
ラピアはグリエ町の治療院でも上手くやっている。
俺達は今日は3人で木材運びだ。
重心を安定させる走り方にはまだ到達していないが体力は徐々にだが増えている。
一時期は3,3,4大銅貨の分の丸太を運んでいたが最近では3,3,5大銅貨にしている。
ここから報酬を増やすなら3大銅貨を一回4大銅貨にするか、4往復をやってみるかだ。
けどさすがに4往復は面倒だ。
俺達が木材運びの1往復目が終わって町に着くと南門に珍しく人が集まっている。
俺達は走るのを止めてゆっくり歩いて南門に近付いた。
徐々に近付いていくとその集団の正体がわかった。
どうやら探索隊のようだ。
武装した冒険者と荷運びと思わしき人間達と馬車がいる。
俺達は彼らから少し距離を取って南門から町へ入った。
魔境で何を採取すのかな。
一番安定してるのは木だ。
狩猟だと慣れていないと取れる量は不安定だ。
腕が良ければ安定して取れるのだろうがどうなんだろう。
冒険者の中には剣等とは別に斧を持っている人も何人か居た。
魔境の木の伐採が儲かるなら俺達もやってみてもいいかなと思った。
あとで情報を集めてみよう。
森の魔境は何も取れなかった時に木を切ってくれば良いから大きな失敗は防げそうだ。
それも魔境の木の値段次第だろうが斧を持っている人がいるのでそれなりになるのだろう。
もしくは先に先遣隊をやって金になる物や場所を見つけている可能性が高い。
この時期に行くという事は既に下見が済んでいるという事だろうから手際が良いな。
仕事が得にくい時期に魔境を探っていたのかもしれない。
そう考えると勇気があるなと思う反面、効率的だなとも思う。
ここまでは全て俺の考えだから見当違いの可能性もある。
俺達はまだ準備をしている探索隊の横を移動して再び南へ向かった。
俺達をチラチラと見る目線はあったがすぐ視線は解かれたので自分達の方に必死なんだろう。
あんまり俺達が材木運びで3往復している事が回りに知られたくないが態々西や東から出て遠回りして行くのも面倒だ。
俺達は丸太小屋に付くと丁度フォレが居たのでさっき見たことを話した。
「ああ、たまに魔境に行く探索隊は居るな。魔境を荒らす輩もいるから注意した方が良い。」
「魔境の木って高く売れるの?」
「普通の木よりは高く売れるぞ。だから魔境で何も取れなくても木を持って帰れば多少の金になる。しかし木を主体に稼ぐのには木の値段は安いな。開拓村などからの供給があるし、木を乾燥させるのが難しくてある程度慣れた人間でなくては失敗する時がある。」
「なるほど。」
「お前達も興味があるのか?」
「儲かるならね。ここの魔境も一回は見てみたい。けど魔境の木を切るとなるとしっかりとした斧がないと切ることは難しいね。」
「そうだな。斧がないと魔境の木を切るのは難しい。お前達は丸太を持っている所を見ると強化は結構鍛えているのか?」
「私が強化一番上手いんだよ!」
「俺とメリなら斧さえあれば確実に切れると思うよ。1人じゃ無理でも2人で交互にやれば大丈夫。」
「ほう、ならわしが少し手解きをしてやろう。」
「え、いいの? やったー。」
「お前達には今までの疑問を解いて貰ったからな。それに継ぐ者が居ない技ならこれから先のあるお前達になら継いで欲しいと思っている。別にきこりになれという訳ではない。自由に生きてくれ。」
「いいの?」
俺はフォレを正面から目を見た。
フォレの目は揺らぎが無く、真っ直ぐ俺達を見ている。
「お願いします。」
俺は礼をした。
メリもラピアも同じように礼をした。
「いいんだ。わしが好きでやる事だから今まで通りでいい。その代わりお前達に報酬は払えないから報酬が減るが大丈夫か?」
「お金なら大丈夫。」
「うん。」
「今日は何も用意していないから次来た時から半日くらいずつ教えよう。」
『ありがとうございます。』
俺達は再び礼をして次回に期待しながら3大銅貨の丸太を持った。
俺達が行くのをフォレはわざわざ見送ってくれた。
それに対してメリは軽く手を振った。
たぶんこの状況を一番喜んでいるのは俺だ。
職人の技を習うには数年は下働きをして見て盗むのが常識だ。
悪意のある職人の場合は下働きでこき使ってほとんど技を教えない者だっている。
それを防ぐ為に紹介所がある。
税金も回収できるし悪意のある雇用主から雇われ人を保護する事ができる。
中々考えられているがこれも先達の犠牲あっての物だろう。
それを簡単に教えてくれるなんて根無し草の俺達には望外の喜びだ。
下手すりゃフォレの後を継げる可能もある。
その気はないがある程度の技を覚えれば一生ここでやっていけるかもしれない。
ここでやっていけなくても他の開拓村できこりになって、最終的には森番になれる可能性もある。
それ程、人に技を教えるという事は教える人に取っても教わる人に取っても人生を賭けたものなのだ。
俺は足が軽くなるのを感じながら走り続けた。
だが少し走って冷静になった。
浮かれるな。
油断は強者をも殺す毒だ。
弱者がして良い物ではもちろんない。
浮かれている時には何かとつまらない失敗をする。
失敗をして冷や水をかけられてやっと冷静になる。
けど失敗をする前に落ち着くのが一番だ。
ふう、落ち着いてきたぞ。
道の途中で探索隊に合う可能性があるから2人に話しておいたほうがいいな。
俺達は探索隊とすれ違う時の注意点を話し合った。
俺とメリはいつもより前方に気を配って走る事にした。
気配を察知する前に探索隊が見えた。
俺達は打ち合わせ通りに1列になってゆっくり歩いた。
探索隊が近付いてくると軽く頭を下げて離れて通り過ぎた。
向こうからすれば人通りが少ない道で人がすれ違ったのだから普段よりも注目するのは当たり前だ。
俺達は目立たないように彼らとすれ違った。
俺達へ向けられる視線はまだあるが少し離れていくと自然に離れていった。
俺達はそのままゆっくり歩き続けて少し経つと後ろを振り返って彼らが見えないことを確認して走り出した。
全く、面倒なこった。
しかし彼らの中に賢い者が居たら移動距離から移動速度まで察せられる可能性がある。
しかしいちいちそんな事を考えていたら仕事にならない。
急いで追いつこうとしなければ次に会うことがあるとすれば魔境の帰りになるだろう。
町に着いた俺達は探索隊に追いつかないようにゆっくりと森へ向かった。
その甲斐もあって探索隊に会う事はなかった。
俺達は遅れを取り戻すべく町へ向かって走り出した。