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森へ入ったの瞬間、俺達は一瞬身構えた。
武器は取らなかったがこの魔素が纏わり付いてくる感覚は魔境だ。
この森は普通の森のようだが俺達にはここが魔境だとわかった。
魔素の密度はほとんどないので一見したらわからないが俺達が魔境に足を踏み入れると魔素が少し集まってきた。
俺達は素早く魔境の性質を判断した。
微々たるものではあるが土が強い。
魔境と言えば普通は魔素に溢れかえっているがここは魔素がほとんどなくて寂しいくらいだ。
普通の人間はここが魔境だと知る由もないだろう。
しかし魔素が薄いから分かる事がある。
魔素はゆっくりと俺達に集まってた。
そしてそのまま俺達の体内へ入ってきた。
魔素が濃いと細かな魔素の動きはわからないが少ないが故に魔素の動きがわかる。
魔素は魔力がある物に引かれるようだ。
そう考えると慣れてみれば魔素も可愛いもんだ。
俺達が足を止めていると部屋から人が出てきた。
髪と髭を生やしっぱなしのほとんど顔すら見えない老人が出てきた。
俺達を見て一瞬眉を動かした。
「森がざわめいたかと思ったらお前達は何者だ。」
「私達は材木運びの仕事できました。材木の場所を教えてください。」
「そんなことよりお前達は何者だと聞いているのだ。」
俺達は顔を見合わせた。
この老人は何を言っているんだ。
始めに森がざわめいたとか言ってたけどそういうことなのだろうか。
俺は言葉を選んで話し始めた。
「私達は開拓村育ちの者です。村がスタンピートで破壊されたので町に出てきました。」
俺はとりあえずの事情を話して老人の出方を伺った。
老人は特に武装しているわけでも殺気を放っているわけではないので敵ではないだろう。
しかし油断はしない。
老人を観察してみる。
老人から感じるのは狼狽や驚愕といった驚きの感情だ。
「お前達は自覚しているのか? だから足を止めていたのか?」
これ以上は話したくない。
俺はメリとラピアを見た。
ラピアは迷っているようだがメリは強く頷いた。
俺はあえてメリにまかせることにした。
「メリにまかせていいか?」
「いいよ!」
「うん。」
ラピアも何故メリにまかせるかわからなさそうだが一応了解してくれた。
「ここが魔境だからだよ。」
老人は気配を読むまでも無く、驚愕した。
「お前達はその歳でわかるのか? 開拓村の民に会ったことがあるがお前達程ではなかったぞ・・・・・・。」
「私達はね。ダンジョンに潜ってた事があるんだ。そこでコツを掴んだんだよ。」
「祝福されている者を見たのは久しぶりだ。こんな小さい子供が祝福を受けるとは・・・・・・。」
最後は呟くように独白になっている。
俺は祝福について聞きたくてしょうがないが話しはメリにまかせているので我慢した。
「祝福って?」
「お前達に魔素が集まっている事だ。」
「ああ、これね。私達は適応したんだと思ったよ。」
「はっ、教えられずに自力で辿り着いたか。多くの人間が魔境を拒絶して淘汰しようとして行く中こんな子供達に会うとはな。人生は不思議なものだ。」
「??」
メリは話しに付いていけなくなったようだ。
1人で納得していないで説明がほしい。
「お前達、ちょっと話しをしないか? 金なら今日1日の分を払ってもいいぞ。」
メリは俺を見た。
交代ってところかな。
「お金はいらないです。私達もお話しがしたいです。」
「言葉遣いは気にせんでいい。それよりお前達の話しが聞きたい。家にあがってくれ。」
「はい。」
俺達は老人の家に通された。
「適当に座ってくれ。」
俺達は3人固まって椅子に座った。
老人は奥へ向かった。
俺は若干警戒したが周りには老人しか居ないので突然襲われても対処できるだろう。
警戒を隠していつでも動けるようにしておこう。
老人は飲み物と平べったい硬そうなパンを持って戻ってきた。
「これを食え。」
「ありがとう。」
老人はぶっきらぼうに言った。
メリは飲み物と平べったい硬そうなパンを受け取ってすぐ食べ始めた。
飲み物を飲んだが顔をしかめたので苦いかすっぱいのだろう。
ラピアもそれに続いてパンと飲み物を飲んだ。
ラピアが大丈夫そうな気配を出したので俺はパンだけ食べた。
「ドングリパンとオーク樹皮の茶だ。」
「ドングリパンを食べるのは初めてだ。村だと魔素が強すぎてドングリが食べられなかった。」
「毒抜きはしっかりやっているから大丈夫だ。わしはフォレだ。」
「俺はロッシュ。」
「メリ!」
「私はラピアです。」
「お前達が警戒するもはわかる。わしだって同じ立場だったら警戒するからな。それにお前はまるで深き森の狼のようだ。賢い狼はしっかり相手を観察した後に行動に移す。相手がどういうものなのかをじっくり見極めてくる。攻撃してきたり吼えてきたりするのは我慢ができない証だ。だからとりあえず信用を得るためにこちらから話そう。」
フォレはお茶を軽く啜って間を置いた。
「老人の戯言だと思って聞き流すのも良しだ。それでももし話してくれるならわしの長年の疑問の答えが出るかもしれない。わしは代々森番をやっている家系に生まれた。生まれてからずっと森で暮らしてきた。若い頃は町の生活に憧れたものさ。しかし結婚して子供が生まれると森番の暮らしも悪くないものだとわかりはじめた。」
フォレは椅子に深く腰かけた。
昔を思い出して懐かしがっているようだ。
「町にも何度か行ったが町の生活は何もかもが早すぎて地に足が着いていないように感じた。そしてわしが30歳になる少し前に魔素に祝福されたのだ。お前達は適応と言ったがこの祝福と言う言葉はうちに言い伝えられている言葉だから他の場所とは違うかもしれない。昔は祝福された人間がたまにいたが最近では人と会う機会も減って見る事はないな。」
「俺達森番にとってはある日を境に急に体が軽くなり、外より森の中の方が全ての活動が容易に、効率的に出来るから祝福と呼ばれているのだ。俺にも息子がいるが今は町でしっかり暮らしている。俺みたいな人間は減っていくのだろうと思っていた矢先にお前達が来て驚いたぞ。」
フォレに今ある感情は仄かな喜びだけのように見える。
これなら話してもいいか。
「俺達は開拓村の孤児院の出だ。村の大人達は魔境に祝福されていたかどうかはわからないが、魔境と共存していて俺達から見ても魔境の中の獣の1種類に見えた。俺達の村は半年位前にスタンピートに遭って村は破壊されて大人達も俺達を守る為に全滅した。その後、俺達は運よくダンジョンに潜れるようになったからずっとダンジョンに潜っていたんだ。そこで瞑想とかをしていたら突然適応できた。」
「なるほど、小さい頃から魔境の近くで過ごしていたからなのか。わしも昔はこことは別の場所でもっと森の深くに家があった。今思えばあれはわざと魔素の集まる場所に家を建てたのかもしれない。長年ダンジョンに入っている者でも祝福を受ける人はほとんど居ない。魔境に対する見方が違うのだろうか。」
老人は考え込みだした。
「お爺ちゃん、良い事を教えてあげるよ。」
ドングリパンを食べ終わったメリは暇になったのか話しに参加しはじめた。
老人は今考え込んでいるのにメリは構わずに自信満々に話した。
「魔素とお友達になるんだよ。魔境はお友達の家。私も3人の中では一番適応が遅かったけどそれがわかったら早かったよ。」
老人は不意を打たれたようだ。
「ははは。なるほど、子供ほうが直感で本質を衝くか。」
俺が適当に言った事をありがたそうに老人は噛み締めている。
俺は微妙な顔になった自覚があるがフォレが納得したならそれでいいだろう。
「お前達と話せて長い疑問に回答が出たよ。ありがとう。引き止めて悪かったな。」
「別に気にしなくていいよ。ドングリパンありがとう。」
老人にはメリを当てる。
相手次第ではラピアを当てる。
それが老人必勝法なのだ。
別に今までそこまで考えてなかったがこういう時は素直なメリがことのほかに効く。
俺はついつい警戒が先に出てしまうから年長者相手にはあまりよくないかもしれない。
適材適所といったところか。