8話
訓練時間の鐘が鳴った。
引率の大人に先導され、子供達は魔境から出た。
その後、いつも通り孤児院へと向かう。
短時間だったが魔境での活動は疲労が溜まる。
木の根元を掘ってたからではないぞ。
安全がある程度確保されていてこの消耗だと索敵しながら未知の魔境を探索するのはまだまだ力不足だな。
体力と慣れが必要と感じた。
ミュッケ村では年中の歳から魔境に出入りするので耐性が付いているが、一般人では魔境に入ったらすぐ倒れる場合もあると聞いた。
孤児院につくと座学の準備を始める。
グロウは欠伸をしてすぐにでも眠る体勢に入っているが俺はこれからが本番だ。
今日の座学は豚に関する話しだった。
豚は開拓村に取っては貴重な食料であり、換金にも使える。
豚は雑食で成長が早い。
冬越しの関係で一年周期になっているが暖かい地方ではもっと短い周期で繁殖が行われているそうだ。
ミュッケ村の豚もそろそろ繁殖用の豚以外は処理する時期になった。
冬越しの飼料で残せる数が変わってくるのでどれだけ豚を残せるかが勝負だ。
そこらへんの調整は上手く行っているようで年々豚の数は増えている。
魔境の近くで飼うと稀に先祖返りする豚が出てくる。
普通は毛がほとんど生えないがたまに猪みたいな豚が生まれる。
そういう豚は魔力が高いので高価になる。
そんな猪のような豚を掛け合わせて魔力の高い豚を生み出している。
もはや豚を飼っているのか猪を飼っているのかわからない状況になっている。
先祖返りした豚に頬ずりして嬉しそうにしている豚好きがいるが、ああはなりたくないものだと子供心に思った。
猪のような豚は魔力が高いので普通の豚より力も強く凶暴なので強い人間でないと飼育も大変だ。
逆に魔境から離れた場所で飼って魔素や魔力の含まない餌を与え続けると子供はただの豚に戻る。
今日の座学はおもしろかったな。
祭りでは豚の肉も食えるし今からワクワクしてきた。
船を漕いでいるグロウを起こして戦闘訓練場に移動する。
今日も祭りを控える11歳の年長組は気合の入った訓練をしている。
剣の腕自体は上がっていないが気迫が違うな。
同じ相手でも気迫が違うだけで手強く感じる。
メリと戦ったが前回より善戦したが結局は負けた。
剣を構えた時点で勝てないと思うのは同年代ではメリだけだが力も技も負けているので差は広がる一方なのではないかと不安になる。
せめて力では勝たないと同じ土俵に立つのは難しそうだ。
「ラピア、模擬戦しよう。」
「うん。いいよ。」
ラピアとも模擬戦をした。
ラピアの武器は棒で距離を取って手堅い動きをしてくる。
安定はしているが動きが読み易いので戦いやすい相手になる。
「年中の頃までは勝ててたのに最近はもうロッシュには勝てないなあ。」
「盾を使い始めたからだな。盾があるのと無いのとでは安定感が違う。」
俺もラピアも手堅い戦い方を好むので話しがはずむ。
「ラピアも燃費を無視して無属性魔法で強化を使えば強いから魔力って重要だよな。ラピアはここ1,2年で勉強も魔力も一気に上位に食い込んできたよな。」
2年位前まではラピアは武力も魔力も学力もどれも中途半端なあんまり目立たないタイプだったのにここ最近では薬師ほぼ確定と言われるまでになっている。
「そう言うロッシュは最近、魔力も力もどんどん伸びてきてるよね。羨ましいよ。」
「それでもメリには全然届かない。メリは強すぎ。魔力ではラピアに全然届かないな。」
「私のほうが年上だからね。ロッシュも来年になればもっと強くなるよ。」
「あー。まじめにやらないといけなんだ。次は私がラピアと戦う」
俺とラピアが話しながら戦っているとメリが乱入してきた。
その後いつも通りメリが勝ち続けて訓練が終わった。
「次は魔法訓練だな。ラピアがんばれよ。」
「私達は走るだけだけどラピアがんばって。」
「うん。」
ラピアは訓練場へ移動していった。
「俺達もがんばるぞ。」
俺はライトを使って走り始めた。
「私もバーンと魔法が打ちたいなー。」
「その魔力を強化に使った方が効率的だろ。」
「そりゃ、そうだけどさあ。」
などとメリは贅沢な悩みを言う。
「ロッシュは何で光魔法適性があるのに攻撃魔法は使わないの?」
「何度も言ってるけど俺は無属性魔法の強化を一番優先してるの。色々できるものがあっても熟練の問題もあるしちゃんと意識して自分が何を使うか決めなくちゃならないの。」
「はーん?勿体無くない?」
「俺が優れてるとは言わないが、優れた才能を持っててもそれを使いこなせなきゃ宝の持ち腐れでしょ。器用な戦い方を目指すのはどこでも安定してていいけどそれって逆に言うと魔力さえあれば適性がなくてもそこそこできるんじゃん?そういった意味では選択肢がないぶんメリは恵まれているな。色々やる必要はないよ。今まで通り強化して剣振ってればいい。」
「今まで通りでいいって事がわかった。」
「全く・・・・・・。多くの戦士がメリの才能を望んでいるのに本人ときたら。」
地味な訓練だが無属性魔法を使って体を強化するのは気持ちいい。
走っていると踏み込める力の強さが上がることでいつもよりしっかり地面をとらえられる。
体の発する熱と肌寒い空気が奪う熱とが丁度いい具合に調和してすっきりする。
これ以上寒いとただ寒いだけだ。
戦闘訓練場の周りを走っているとラピアが真剣に魔法を打っている所を見かける。
俺もやる気が沸いてくるのを感じる。
ミュッケ村の大人は鍛えるのには走るのが一番と言っていたので大人しく従っているが確かにそうかもしれない。
丁寧に綺麗に走ろうとすると自分の下手さが目立ち地面がグラついてくるのを感じる。
効率的に走ることの難しさを感じると共に、平坦な道なのに自分が若干ふらついていることにおもしろくなる。
「たまにヨロヨロしてるけど、それは何をやってるの?」
俺が自分のふらつきを楽しんでいるとメリは不思議そうに言った。
「走ることを極めようとしてるだけさ。」
「???」
メリは何を言っているんだという顔をしている。
俺がよくからかう時に嘘を付くがその類ではないかと邪推しているようだ。
「ゆっくり歩く時とか効率を考えて歩こうとすると上手く歩けなくなるよね。それと同じ感じ。」
「あー。それならわかるかも。なんでこんなに上手く動けないのかなって思うことがあるね。」
「強い人はスッと動くけど俺達はまだヌッって感じだよね。」
「あははっ。そうだね。私はそろそろヌワッといけそうよ。」
「まじかよ。すごいな。全然追いつけそうにない。」
「ふふん。ロッシュ君はがんばってお姉さんの後を必死に追いすがってくるといいよ。」
急に根拠のない自信から得意気になったメリ。
頭はいまいちだが戦いの勘みたいなものは鋭い。
このまま育てば村一番の強さを誇る村長を超える日が来るだろう。
なんか悔しいな。
俺は安定感重視でいくのだと自分自身に言い聞かせる。
有り余る才能を剣と強化だけに注ぐ。
なんて贅沢なことなんだろう。
俺は剣と強化と光魔法を鍛えているがただでさえ才能差があるのに分散している分の差が広がる一方だ。
回復かライトを捨てるか?
いや、さすがにどっちも勿体無い。
だがそういった悩みができる環境にいるだけ俺達は幸運だな。
普通の村じゃ戦闘訓練も何日に一回ちょっとだけとかそれすらもほとんどやらない村もあると聞く。
もっとがんばらないとな。
魔法訓練の時間が終わった。