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「ちょっと二人に相談だ。」
「何々?」
「道場に通うことになったけどそうすると収入と支出を考えなくちゃならなくなってきた。」
「そうだね。けど今から食費を削るのもメリとロッシュにはつらいよね。」
「今までが贅沢なだけで普通の大人は1日黒パン2個だからなあ。下手すりゃ朝ポリジで夜黒パン一個とスープか?」
「とりあえずお金がいくら必要か計算してみようか。まずお部屋代は45大銅貨。道場の月謝が12大銅貨。合計で57大銅貨になるね。1ヶ月が30日だから1日だと約2大銅貨かかるね。今の2日仕事、1日道場だと収入は最低16大銅貨だね。そこから3日分の6大銅貨を引くと残りは10大銅貨。3日で食費10大銅貨になるけど他にも細々としたお買い物も必要になるね。」
「むむむ? つまり?」
「ざっと計算すると最大まで食費に使ったとして仕事の日は3大銅貨、道場の日は4大銅貨。」
「仕事の日は黒パン2個、ポリジ1杯、お水、お野菜で3大銅貨に収める。道場の日は黒パン3個にお水とかで4大銅貨になるね。」
「黒パンを減らしてもピッタリか支出の方が多くなるのかあ。困ったな。」
「私が治療院で働いたらもっと収入が減っちゃうよね。逆に1日9大銅貨だと18大銅貨で2大銅貨の余裕ができるね。それだと黒パン1個半でも大丈夫。」
「うーん。だいたいの支出が分かったのは良いがお金が足りないなあ。はっきり言って我慢できるけど食事は減らしたくないなあ。」
「えー、このままじゃご飯減っちゃうの?」
「仕事3日、道場1日にすれば24大銅貨で4日で8大銅貨引くと残り16大銅貨になる。1日4大銅貨になるな。道場に行く回数も減らしたくないなあ。明日は休みだから道場に行く前に一回紹介所で相談してみよう。もし良い案が無かったら黒パンは1食1個にするか。」
「うーん、下水掃除しかないのかな。臭いの我慢すればお金は稼げるよ。」
「今は平気だけど夏とか冬は想像したくもないな。あんまり下水掃除ばかり受けると人気が無い仕事だから当てにされる可能性が高い。とりあえず1日9大銅貨の仕事を探す方向でいこう。」
「うん。」
写本の仕事の6日目の休みの日になった。
俺達は道場に行く前に紹介所に相談しに行った。
俺達が紹介所に行くといつもの受付の男が気だるそうに欠伸をしている。
『おはようございます。』
「ああ、おはよう。次の仕事か? まだ写本の仕事の期日は残ってるよな。」
「今日はちょっと相談があるんだ。」
「相談か。写本の仕事がつらくなったか?」
「写本の仕事は順調だよ。それより訓練に力を入れたいから出来るだけ2日仕事、1日休みの仕事がしたいんだ。それでその関係上1日9大銅貨の仕事を探してる。」
「訓練?なんの?」
「剣の訓練。道場に通うことにしたんだ。」
「はー。お前達は休みの日に訓練するのか。お前達の村はタウロ開拓団の関係者の村だって聞いたけど納得したわ。普通だったら金稼ぐか遊んでるのに考え方自体が違うな。特に男は女の尻を追っかけてる時期なのにさすがに二人も嫁がいる男は違うな。そんな強くて賢くて格好良いロッシュ君には下水掃除を進呈します。」
「やっぱそれになるか。臭いから嫌なんだよな。」
「俺知ってるんだよー。おこづかい稼ぎで上手い事やったみたいじゃん? そうすりゃお金の問題はあっという間に解決さ。」
「あんまり受け過ぎて当てにされても困るし。今はいいけど夏、冬はきついだろ?」
「お前は本当に可愛気がないな。普通は調子に乗って荒稼ぎするのに慎重だなあ。若さが足りないぞ。」
「無駄な煽りがなければやったかもしれないのになー。」
「そんな、ひどいわ! どこから聞きつけたかわからないがお前達と同じ事をしようとした中級紹介所の奴らがドブネズミ捕りにかまけてお仕事をまじめにやらないで注意を受けたそうだぞ。結局数も取れなかったそうだ。お陰でこっちの評価が上がっちゃって困ったわ。」
「数回やっただけでそんな情報が出回っているのか。町は怖い所だな。でもとりあえず次の仕事は下水掃除を受けるよ。」
「素敵!」
「それやめてよ。そのかわり、下水掃除の次の仕事で1日9大銅貨のやつを見繕ってよ。きつい仕事でも大丈夫だからさ。」
「わかった、わかった。2日仕事で1日休みのやつな。お前達はどの仕事でもそつなくこなすから大丈夫だろう。」
「頼んだよ。写本の仕事が終わった次の日は休みでその次の日から下水掃除でよろしく。一応写本の仕事が終わったら報酬を受け取りに来るから詳しくはその時で。」
「はいよっと。」
受付の男は満足気に返事をした。毎回9大銅貨の仕事が出来るなら食事は今のままを維持できる。
そう思いながら俺達は道場へと足を運んだ。
本当はできるだけお金を貯めておきたい時期ではあるがぐっと堪えてここは訓練に力を入れたい。
道場に着いたが今日もエクレは居ないようだ。
俺達より程良い強さだから良い練習相手になるのに残念だな。
「開拓村だとお前達くらいの強さはどれ位いるんだい?」
ゲニアは訓練の最中に良く話しかけてくる。
俺としては訓練に集中したい。
「俺はまあ子供の中では強い方、メリは子供の中では常に一番、ラピアは少し強いくらいかな。ラピアは魔法のほうがすごいよ。」
「そうかい。お前達みたいのがウヨウヨしてたらどんな所かと思ったけど強い方なら納得だね。ラピアでも同世代に比べたら十分強いよ。強さもそうだが一番すごいのはその体力だね。毎日しっかり走りこみしてないとそこまで行かないよ。エクレはまだ体力が足りないけど普通の相手だったら腕で誤魔化せるのに体力が切れるまでやるとは思わなかったよ。しかも最初からそれ狙いで余裕すらあったよな。」
「ゲニアはあの時、エクレさんが負けてもそれはそれでいいなって思ってたよね。それに今後は勝てないだろうから勝てる時に一回勝っておくだけでも違う。」
「ロッシュは本当に嫌らしい男だね。」
「そういうところがおもしろいんだよ!」
「今すごく貶されてるけどひどくない?」
「あはは・・・・・・。」
ラピアまで。俺の味方は居ないのか!
「ロッシュは普段は勝てるんだけど、勝負だって時になると負けるほうが多いんだよね。」
「むしろ勝てる時にしか勝負を挑まないタイプだね。」
「だから奥の手を残しておけっていつもロッシュが言うの。」
「そうだね。どんな強い者でも弱い者の必殺の一撃で負ける時がある。」
「前にね、私達と同世代でエクレさんより強い奴と模擬戦したんだよ。」
「そんなに強いのがいるのかい。さすがの私も驚くわ。」
「そいつは強いんだけどすごく油断してるしなんか戦い慣れてなかったんだよね。最初は勝てないと思ってて戦ってても勝てないと思ったんだ。けど相手が最後の一瞬だけ完全に油断したんだ。その時に奥の手をズガンとかましたら当たっちゃったんだよね。」
「そりゃよくやったね。最後の最後に油断して負けるなんてのはよくある話しさ。」
「なんか不思議だったよ。私の方が完全に弱いのに勝っちゃった。今同じ事をやっても絶対に勝てない。」
「戦いは水物だからねえ。けど戦っているとそういう間というかタイミングっていうのがふっと沸いてくる時があるんだよ。最終的には運が良かったって話しになるんだけどその一瞬で勝てる! と思う瞬間があって本当に勝てちゃったりする時がある。そういうのがあるから戦いは怖いし楽しいねえ。」
その後はゲニアの体験談などを聞いた。
話してみてわかったことがある。
それはゲニアは強いだけのただのおばさんってことだ。
ゲニアは余裕あるけど俺達は訓練で一杯一杯なんだけどな。
ただ、話し自体はおもしろいので文句も言えない。
それでも自分達だけで訓練していた時と比べると圧倒的に効率は良い。
「お前達は技を教えるより基礎を伸ばして技は見て盗んだ方がいいね。見て盗める下地がしっかり出来つつあるよ。今まで自分達で考えながら試行錯誤してきたんだろ? そうやって四苦八苦しながら強くなっていくもんさ。その方が結果的に強くなる。焦って技を教えてもらってある程度使えるようになっても次に繋がらないよ。自分の成長に悩む若者を上から目線でお説教するのも楽しいし!」
最後の一言が無ければ最高だったんだけどな。
だが今までの成果があると言われると素直に嬉しいな。
少しずつでもがんばろう。
その日もゲニアにこってりと絞られた。
夜の鐘が鳴って訓練は終了となった。