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「私はエクレみたいに甘くないよ!」
ゲニアは元気に宣言した。
あんまり積極的にやり合いたくないタイプだ。
そう思いつつ交代した。
俺もゲニアに打ち据えられた。
腕が痺れる。
そんな俺の姿を見てゲニアは楽しそうだ。
なんておばさんだ。
ラピアも同様に打ち据えられた。
エクレはそんな俺達を見て可愛そうにという顔をしているがゲニアの次はお前だよエクレと言う言葉に現実に引き戻された。
その後はエクレの体力不足が指摘され、俺達は木刀を持ったゲニアに追われながら道場の中を走った。
走る距離が長ければ長いほど体力の差が現れ、メリ、俺、ラピア、エクレの順になった。
そんなエクレの尻を木刀で嬉々としてゲニアは叩くのだった。
ラピアが負けると困るので朝の走り込みをもっとがんばろうと俺達は胸に誓った。
走り終えた後にまた模擬戦を行って、今日の稽古は終わりとなった。
「うん。お前達いいな。エクレにも良い刺激になる。」
「はい、先生。これからよろしくお願いします。」
『よろしくお願いします。』
「もしうちの道場に入るなら今月は無料で来月の頭に1銀貨払ってもらう。大丈夫だよな?」
「はい!」
「よし、今から飯を奢ってやる!行くぞ。」
「やったー!」
メリは嬉しそうだ。
俺もただ飯なら大歓迎だ。
俺達は食堂で黒パン1個にシチュー、そしてピケットを奢ってもらった。
俺達は今までの事をゲニアとエクレに話した。
エクレは涙は流さなかったものの痛く感動したようだ。
エクレはゲニアの甥っ子で小さい頃から病気がちだったが10代後半で病気も治ってそこから体力を付けるために剣を習ったそうだ。
中々の剣の才能だ。
羨ましい限りだ。
「お前達、夫婦だったのか。エクレもそろそろ嫁を見つけないとな!」
ゲニアはエクレの背中をバンバン叩く。
エクレは困った顔をしている。
「それにしてもロッシュは本当に良い性格してるよな。嫁を2人貰うだけあるわ。ははは。」
「そうだよ。ロッシュはいつも自分が良い所を掻っ攫っていくんだ。」
メリはどうやらエクレとの模擬戦に俺だけ勝った事を言っているらしい。
メリだって消耗戦に持ち込めば勝てる試合だった。
「違うぞ、メリ。メリが体力を削ったから俺が勝てたんだ。つまり俺達の勝利だ。」
「そうか!それならしょうがないよね。」
「いつもこんな感じなのか?お前達はおもしろいな。」
「こんな感じです・・・・・・。」
ラピアは恥ずかしそうに言った。
楽しい夕食も夜の鐘が鳴ったことで終わりを告げた。
「暗くなるのでこれで帰ります。今日はありがとうございました。」
『ありがとうございました。』
「おう。また来いよ。」
「次は3日後になると思う。」
「わかった。気をつけて帰りな。」
俺達はゲニア達と別れて帰路に着いた。
動いて腹がまだ減っていたので帰りにポリジを買って帰った。
「良さそうな所だな。これで本格的に剣の訓練ができる。しっかり飯を食ってしっかり修行しようぜ。」
「うん。がんばろう。」
「おー。」
仕事だけじゃ訓練にはならないから今回は本当に運が良かった。
これからは剣を中心に鍛えていこう。
目標はとりあえずまともにエクレに勝てるようになることだな。
俺達は朝の訓練を始めた。
身近な目標となるエクレがいる事で張り合いが出てきた。
ダンジョンに潜っていた時のように小さな目標を立てたいが中々立てる機会がなかったから助かる。
今日からの仕事は写本なので魔力は使っても大丈夫そうだ。
俺は今までは強化を弱めに使って使う事に慣れることに重点を置いていたがそろそろ強化を強く使う訓練に入ってもいいかもしれない。
だが道場では今まで通り弱めでいい。
強化を強めれば差は縮まるがそれで勝っても駄目なのだ。
剣の技術で勝たなければならない。
理由は前メリに言った時と同じだ。
俺は短期的に強くなる為に訓練をしているのではない。
長期的に強くなる為に鍛えているのだ。
強化を伸ばしてエクレに勝っても自分から伸び代を縮める事になる。
純粋な技で勝てるようにしなければならない。
そしていざ戦う時が来たら確実に勝たねばならない。
その為に強化は温存だ。
ただ、普通の訓練では使って練習しておくぜ。
俺は強化を強めに使って早さを上げて運動場を走った。
朝の鐘が鳴って少し経った後、俺達は体を洗って南の本屋へと移動した。
本屋に入って写本の仕事で来た事を告げた。
俺達は本屋の中に通されて写本をしている部屋に通された。
中には俺達以外にも30代位の女性が2人いて写本を始めていた。
「3人にはまず簡単な本の写本から始めてもらいます。書いてある途中の本があるので各自一冊ずつお取りください。写本の為の道具は揃ってますのでもし足りない物があったら言ってください。」
俺は適当な一冊を取る。
そしてそれと同じ本を受け取って空いている机に移動する。
用意されている羽ペンを持ってみて、自分に合う羽ペンを探す。
インクに浸して練習用の紙切れに軽く文字を書く。
紙の質はまあまあといった所だ。
俺はメリとラピアの方を見る。
ラピアは余裕そうだがメリは大丈夫かな?
「メリ、どう?」
「うん、大丈夫だよ。」
軽く見たが難しい本ではなさそうだし大丈夫か。
俺は自分の机に戻って写本を始めた。
文字を書くのは久しぶりだ。
みんな無言で羽ペンが紙を引っかくような音だけが響く。
採光用の窓が一個あるが時間によって光の入り方が違うし少し薄暗い部分がある。
俺は本屋の店主に確認しにいった。
「部屋でライトを使っても大丈夫ですか?」
「いいですよ。他に問題はありませんか?」
「ないです。ありがとうございます。」
俺は部屋に戻って俺達以外の女性に向かって話しかけた。
「窓の光だとムラがあるのでライトを使いたいのですが使っても良いですか?」
「え、ええ。いいわよ。」
「光の量はそちらにあわせて調整するので今からライトを使うので声をかけてください。」
30代の女性はお互い見合わせた後、どっちが合図するか決めたようだ。
「では、いきます。」
俺がライトを天井まで上げてから少しずつ明るくする。
「これくらいでいいわ。ありがとう。」
「はい。もし光の調整が必要な時は教えてください。ありがとうございます。」
俺はライトを使うと机に戻った。
暗いとどうしても目が疲れる。
特に長時間となるとしっかりした光があるのとないのとでは違いが出てくる。
その後俺達は昼の鐘が鳴るまでまじめに写本に勤しんだ。
昼の鐘が鳴ると店主が黒パン半分とスープを持って部屋に来た。
みんな一旦手を止めて机の上を整理し始める。
メリは整理を終えて背伸びをしている。
俺とラピアはこういうのに慣れているがメリには大変かもしれない。
食事が配られると店主は言った。
「途中経過を見せてもらいます。」
俺達3人は店主に書き掛けの本を持っていった。
店主は軽く目を通した。
「大丈夫そうですね。このままお願いします。後で食器を下げに来ますがそれまでは休憩です。」
『はい。』
俺は大丈夫だとは思っていたがホッと一安心して机に戻った。
そうすると30代の女性陣が話しかけてきた。
「ライトありがとね。あなた達はこの仕事始めてなの?」
「若いのにすごいわね。」
さっきまでの沈黙はどこへやらでおばさん達は賑やかに話し始めた。
俺は飯を食べながら時々相槌を打ったりしている。
ラピアはおばさん達から質問攻めにあっているがしっかり対応できているようだ。
おばさんと話すのは苦手だな。
俺はメリの所に行った。
「どうだった?」
「大丈夫だよ。けど今までは体を動かす仕事だったからちょっと退屈だなあ。」
「まあね。けど冬はこういう仕事が多くなるだろうから今の内に慣れておかないとな。」
俺達が話しているとおばさん達の方向から歓声が上がった。
「あなた達3人は夫婦なの? すごいわあ。町じゃそういう人は少ないからねえ。」
こういう話しにすぐなるから面倒なんだよなあ。
ラピアは例の如く顔を真っ赤にしている。
結局昼休みは興奮したおばさんからの質問攻めで終わった。
店主が来て食器を運んで行ったので俺達は仕事を始めた。
仕事は何も問題なく終わった。
夜の鐘が鳴ると俺もメリも背伸びをした。
肩を回して筋肉をほぐす。
そして俺とメリはお互いを見つめて軽く頷いた。
店主が部屋に着て写本の進行具合と紙の枚数を調べた。
店主から仕事の終了が告げられたので俺達はおばさん達に挨拶をして帰宅した。
「今日はほぼ1日机に座ってたから暗くなるまで少し走ろう。」
「うんうん。」
「そうね。メリには大変だったんじゃない?」
「大丈夫だけど、ずっとはやりたくないなー。」
「冬まで温存しておきたいな。俺は平気だけどね。」
俺達は動けなかった分を取り戻すべく走ったのだった。




