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市場の方へ向かっていると木刀がぶつかり合う小気味良い音が聞こえた。
俺とメリは顔を見合わせて音の方向へと向かった。
広場の地図には載っていない小さい道場のようだ。
俺達は道場の敷地内に入った。
俺達が入った事を道場内の人物は感じ取ったようだ。
言葉を出さずにそのまま道場のほうへと向かった。
道場は開け放たれていたのでそこから中を覗いた。
中年のおばさんと若い青年が戦っている。
青年は10代後半位に見える。
一方おばさんの方は40代位だ。
俺達は声を掛けずに一試合終わるのを見続けた。
試合はおばさんが圧倒的強さで勝利を掴んだ。
二人は礼をした。
その瞬間おばさんは木刀をこっちに向かって投げてきた。
殺気もなしに小さい動きで素早く投げられた木刀を俺は強化して掴んだ。
と思ったらメリの方が手が長かったのでメリが掴んだ。
俺の手は木刀を掴もうとする形のまま止まっていたが恥ずかしかったのでしょうがなくそのまま頭を掻いた。
「おばさん、危ないよ。」
メリは木刀を軽く投げ返した。
対戦相手の青年はおばさんの行為に吃驚してオロオロしている。
「見学者かい?」
「はい。良い音が聞こえたので見に来ました。」
「へぇ。うちは私が師範だから私が教える事になるよ。」
こう見てみるとおばさんはかなり細い体つきをしている。
しかしよく見てみるとしっかり鍛えられた体だ。
「腕が良ければ男も女も関係ないですよね。それよりお金が無いのでそっちが心配です。」
「そうさな。金よりも鍛錬に付いて来れるかのほうが心配だな。お前達は何歳だ?」
「俺は11歳です。」
「私は12歳です。」
「私も!」
「うちはそこらへんの道場とは違って厳しいよ。金は・・・・・・1月1銀貨でいいよ。成人と言っても子供だからね。」
俺はメリとラピアを見た。
1銀貨だと12大銅貨、12大銅貨は48小銅貨。
週に1、2回来ると計5回から10回になる。
5回だと約10小銅貨、10回来ると1回5小銅貨位か。
デロス町の高い所に比べるとすごく安い。
ちょっと稽古させてもらってみて良かったら通おう。
メリはただ鍛錬したいだけのようだ。
ラピアはまだ思案顔だ。
「今日一日稽古に参加させてもらっていいですか?」
「いいよ。上がりな!」
『よろしくお願いします!』
俺達は大きな声で礼をした後、靴を脱いで道場に上がった。
「よ、よろしく。」
『よろしくお願いします!』
「私はゲニア、50歳さ。こっちがエクレ、22歳だ。おっと、言葉遣いは崩していいよ。面倒だからね。」
「俺はロッシュ。」
「メリ!」
「私はラピア。」
「荷物は端に寄せておきな。誰も盗ったりしないよ。」
俺達はマントや背負い袋を道場の端に置いた。
ゲニアかエクレだかわからないが同じように荷物が端に置かれている。
「まずお前達はエクレと戦ってもらうよ。3体1だ。エクレまじめにやりなよ!」
俺達は言われた通りに向かい合った。
さっきの戦いでエクレがかなり強い事がわかっているので手加減はしなくていいだろう。
俺とメリが左右に並んで中央後ろにラピアが陣取った。
俺とメリが距離を取りつつエクレを半包囲した。
メリが強化を使わずに切りかかった。
俺もそれに合わせるように距離を縮めた。
エクレはメリの攻撃をいなして俺の攻撃を避けた。
そこにラピアの突きが襲う。
エクレは体を捻ってそれをかわした。
しかしメリは気にせず続けざまに攻撃した。
俺はエクレの後ろに回りながら距離を取りつつ相手が避けられる攻撃を続けた。
時折ラピアが隙を突いて突くが全てかわされた。
俺達はエクレにまともな攻撃を与えられていないがそのままの状態を維持した。
エクレは3方向から来る攻撃に少しずつ集中力が削られて行き突然ラピアへと切りかかった。
ラピアはすぐ後方へ飛んだ。
しかし間に合わずにエクレの一撃がラピアを捕らえようとした瞬間メリがエクレの背後を襲った。
エクレはメリに振り返りメリの剣を弾いてメリにカウンターを入れた。
「やめ!エクレ、相手を舐めた結果がこれだよ。」
エクレの背中には俺の剣が寸止めされている。
エクレは息が上がっている。
「お前達もその歳で中々やるようだね。どこで修行したんだい?」
「ミュッケ村という開拓村で大人に教わりました。」
「ミュッケ村? ああ、この前のスタンピートで壊滅したっていう村か。お前達も苦労したんだね。」
「大人達のお陰で俺達は元気にやってます。」
「なるほどね。エクレ、自分がなんで負けたかわかるかい?」
「油断していた? いや、僕は本気でやったはずだ。」
「一番大きな理由は私達の試合をしっかり見られた事だね。さっきの試合でも後半は集中力が乱れただろ?自分達が正面からやり合ったら勝てないとわかったこいつ等は深追いせずにじっくりお前の体力を奪ったのさ。最初っから陣形が整う前に崩しにかかっても良かったけどお前の性格じゃできないか。逆に焦って攻めていたらエクレが勝つ可能性のほうが高かったよ。」
「どう見ても力押しでエクレさんには勝てないってわかったからね。次は1対1でいいですか?」
「うん。いいよ。」
「私から!私がやる!」
こっちも最初から攻めていたらすぐ勝負が決まっただろう。
だがそれじゃつまらないし訓練にならないと思う。
メリの強い希望によりメリが一番槍となった。
エクレの強さはセイより下だがセンスというか勘はかなり良さそうだ。
さっきゲニアと戦っていた時も劣勢ながらも戦いになっていた。
ゲニアは村長程ではないが中々の腕のようだ。
俺は良い掘り出し物だったなと内心喜んだ。
「メリ、あれはやるなよ!」
俺が考え事をしている最中にも模擬戦は進み、メリは押されている。
だからと言ってあれを使うのはまずいので釘を刺しておいた。
勝負はエクレの勝利となった。
メリは礼をすると悔しそうに今の模擬戦の反省点を考え始めた。
次は俺だ。
「次は俺がやる。」
エクレの前に出てお互いに礼をする。
俺はエクレに切りかかった。
俺は本気で戦ったがエクレの普通に押される程度だった。
戦ってみて分かるがやはり勘が鋭いようだ。
こういうタイプは読みきれないから嫌な相手だ。
メリも勘が鋭いしゲニアもそういうタイプのようだ。
逆に俺とラピアは考えて戦うタイプだ。
「参った。」
エクレの一閃が寸止めされた。
俺は礼をすると引いた。
ラピアは俺の後に戦ったが俺より弱いラピアではエクレに圧倒された。
「よし、次は強化有りだよ!」
エクレはギョッとした。
メリはやる気満々で立ち上がった。
エクレは少し休憩をしたそうにゲニアを見たがその視線を受けてゲニアはニヤッと笑った。
エクレがガクッとして観念して試合が再開された。
強化有りになるとエクレとメリの差が一気に縮まった。
エクレが疲れているのもあるがエクレは強化の適性がないようだ。
一方メリは適性があるので水を得た魚のように動きが良くなった。
しかしエクレは辛勝ながらもメリに競り勝った。
俺はメリが礼をするとすぐ礼をして戦いを始めた。
疲れが出てきたエクレを果敢に攻めて疲労を蓄積させた。
俺はそのまま嫌らしく戦闘を長引かせて最後に一本取った。
この様子を見ていたゲニアは腹を抱えて笑っている。
次のラピアはゆっくりと準備をしてエクレに休憩をする機会を与えた。
その後ラピアも強化をして戦ったが多少の差は埋まったがそれでも疲れ切ったエクレが余裕を持って勝った。
エクレはラピアとの戦いが終わると疲れきって肩で息をしている。
「次は私が相手だ。よくも可愛い弟子をいたぶってくれたな!」
このおばさんは自分からそう仕向けたのによく言うぜ。
見るからに楽しそうだ。
しかし強化有りのメリでもゲニアの強化なしに押されている。
ミュッケ村の大人を思い出す。
ミュッケ村の大人と比べても平均より強いな。
メリはゲニアに木刀で腕を叩かれ、木刀を落とした。