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「ゴゴゴゴゴゴ。」
腹の底に響くような音がしたと同時に地が揺れた。
俺達は地震かと思い、障害物の無い場所へ移動した。
揺れが最初に比べると収まってきたが依然、地面からは音が鳴り響いている。
俺達が少し落ち着いて辺りを見渡すと多くの人間が戸惑いの表情をしている。
そしてその中に唖然として立ち竦む者が数人いる。
俺は彼らが気になって目が引き付けられた。
彼らは放心しながらなにやら呟いている様だ。
俺達は建物の近くに寄らないように戸惑う群衆を観察した。
音は依然として鳴っているが地震は収まってきた。
呆然としていた者達が動き出したようだ。
そして彼らは全て同じ方向へ向かった。
俺はまさかと思ってダンジョンの方向を確認したが彼らが向かう方向とダンジョンの方向は同じだった。
「もしかして・・・・・・。」
ラピアが思いついたように話し始めたが途中で止めた。
そう、ダンジョンが攻略されたのだ。
「ダンジョンが攻略されたのか?」
俺は口に出して二人に確認してみる。
ラピアも俺と同じ回答に至ったようだ。
メリは難しい顔をしている。
「ダンジョンが攻略された時の状況だね。」
ラピアがダンジョンの方を向いて言った。
周りに居た人達も回答に辿り着いたようだ。
みんな呆然としてダンジョンの方向へ向かって歩き始めた。
俺達も群衆に沿ってダンジョンへ向かった。
ダンジョンからは蜂の巣を付いたようにゾロゾロとダンジョンに潜っていた人達が出てきている。
もしダンジョンが攻略されたならこれから攻略した人物が出てくるだろう。
しかしそれはこれから随分後になるだろう。
攻略した人間はダンジョンの最奥にいるはずだ。
ダンジョンに潜っていた人々は自分がダンジョン攻略者だと思われない為に必死にダンジョンの外へと這い出してきた。
その中にはラコス達の姿もあった。
俺達は背の関係で前列にいたので手を振るとラコス達は俺達の方へやってきた。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。けど周りの大人達はみんなダンジョンが攻略されたって言ってる。」
「やっぱりそうなのか・・・・・・。」
俺達は口を噤んだ。
そうしているとミデンを先頭に町を守る兵士達が到着した。
地鳴りがしてからほとんど時間が経っていないのに素早い対応だ。
彼らはダンジョンの建物を包囲するとミデンを含めた数人が建物に入っていった。
その後、続々と兵士達が到着し、ダンジョンの建物を包囲し中に入り始めた。
兵士達以外の住民は兵士達から距離を取ったが多くの住民は固唾を呑んでその光景を見続けた。
見続ける事しかできない。
ゾワッ。
俺は一瞬血の気が引くような感覚を覚えた。
「見るなよ。」
俺は小さく呟いた。
ラコス達は突然の俺の冷たい声に若干の怯えが伺えた。
メリとラピアは普段通りの様子を保って辺りの気配を探った。
視線の主はダンジョン攻略組合の男だ。
奴はよく俺達やセイへの愚痴をいつも溢していた。
その男はこちらを伺いながら隣にいる数人の男と何かを話している様子だ。
俺はそれを確認すると迅速に行動に移した。
「移動するぞ。」
俺はラコスの手を取って人混みを掻き分け始めた。
メリはウカリスの手を取って俺の後に続いた。
俺達は人混みを抜けると走り出した。
「走るぞ!」
ラコスとウカリスはまだ状況を把握していないようだ。
「俺達はさっきダンジョンで剣を出した。結構な金になったがそれが奴らに知られたようだ。あまりにも早すぎる。」
この情報の伝わる早さから推測するに最初からこのタイミングを待っていたようだ。
俺は奥歯を強く噛み締めた。
しかし俺達はそれに気が付けた。
今の時点ではまだ勝負は付いていない。
それで十分だ。
俺達は教会に走りながらラコス達に状況を説明した。
俺は金貨をラコスに渡そうとして逆に使い辛いと気が付いて手掴みで10枚以上の銀貨をラコスに渡した。
「ラコス達は教会で匿って貰って。1ヶ月かそれ以上は教会から出ないで町が落ち着くのを待ってくれ。奴らは俺達を狙っている。ほとぼりが冷めるまでは絶対外に出るなよ。エル村にもできれば連絡してくれ。俺達はこの町から出る。」
俺はそう言ったが確認の為にメリとラピアを見る。
二人は力強く頷いてくれた。
「ラピア達も教会に隠れてようよ!」
ウカリスが泣きそうな顔で言った。
「駄目だ。俺達が町を出ないと奴らは必死で俺達を探す。俺達が伝手があるのは教会くらいだからな。教会に匿って貰ってても夜は気をつけたほうがいいくらいだ。二人の為でもあるんだ。俺達があいつら如きに捕まる訳ないじゃん。」
そうは言ったものの、ダンジョンに入ってない強者が居たらやばいな。
1人なら3人で全力で当たればいいが2人以上ともなると厳しい。
逆に強者でなくても数で押されたらやばい。
戦った時点で俺達の負けになるだろう。
教会に到着すると泣きはじめたウカリスをラコスが抱きかかえて中に向かった。
「ロッシュ、ありがとう。絶対に負けるなよ!」
「おう。」
『うん。』
ラコス達が教会に入るのを確認した後、俺達は大通りを目立つように走り抜けた。
目指すは北門だ。
こっそりすぎて俺達が町の外に逃げたのがわからないとすぐ教会に人が雪崩れ込む可能性がある。
教会で受け入れてもらえるだろうが万が一駄目だった場合の為に時間を稼がなければならない。
というか形振り構ってられる状況じゃない。
俺達が走っていると敵意ある視線が数回俺達に向けられた。
よし。
俺は目標を達成したので後は北へ向かって走り抜ければいい。
俺はチラッとメリとラピアを見る。
ラピアの顔には不安が多少浮かべど、ダンジョン内で追跡された時に比べると良い顔になっている。
メリはいつも通りだ。
俺はメリの度胸に内心驚きながら走り続けた。
俺達は北門に到着するとそのまま外へ躍り出た。
そして道なりに北へ向かって真っ直ぐ走り始めた。
俺達の様子を見た門番達は一瞬俺達を止めようかと迷ったようだが俺達の後ろに1人の男達が追従しているのを見ると悟ったようだ。
しかし彼らは追跡する男を止める事はない。
止めた所で全く自分に利益が無いからだ。
逆に逆恨みされようものならダンジョン攻略組合を敵に回す可能性すらある。
門番は走り抜ける俺達と男を止めずに不動の姿勢を保った。
そして後から増える追跡者には情報をしっかり伝えるであろう。
短距離では体力を温存して走っていたら大人には追いつかれてしまうので俺達は強化を使って全力で走りぬけた。
追跡者は少しずつ距離を積めて来る。
俺は殿に移動して男からの攻撃に警戒して盾を握り締めた。
「何回か見られたようだけど着いて来ているのは一人か。」
「追いついてきたら倒しちゃおうか。」
メリが余裕の表情で言った。
「倒してもいいけど逆恨みが怖い。見られた数からして人を集めて後から追ってくるのだおろう。後続に強い奴がいて、追いつかれる可能性を考えれば止めておきたい。今は逃げの一手だ。ラピアも大丈夫だよな?」
「うん。大丈夫だよ!ダンジョンに比べるとまだまだ走れるよ。」
町の方で夜の鐘が鳴った。
徐々に距離を詰めてきていた男だったが、走る速さを緩めて追いつくより俺達を追跡する事に切り替えたようだ。
別に距離を積めて来てもいいが、これはこれでいいだろう。
どこまで付いて来れるかな?
などと余裕が出てくる。
後ろを追う男から感じる気配は最初は強い欲望と怒りだったが次第に焦りに変わり始めた。
男が距離を詰める事を諦めたのもそれを如実に示している。
俺は走りながら早く夜になれと 願った。
日は落ち、夜の帳が徐々に下りてきた。
追跡する男の後ろには数人の男が着いてきているだろうが夜になってしまえばこちらの物だ。
しかしその前に後ろからの気配が少しずつ遠ざかっていくのを感じた。
俺は余裕ができたので後ろを見ると男は徐々に走る速さが落ちている。
「追跡者が遅くなり始めたぞ。このまま行けば突き放せる。」
「思ったより根性が無いねえ。」
メリが暢気に言っている。
「私もまだ全然平気だよ。」
俺はダンジョン内での走りこみがこんな形で成果が出て嬉しくなった。
そして徐々に辺りは暗くなっていき、男との距離もドンドン離れ始めた。
ついに男が視界から消えた。
「もう見えなくなったな。もう少しこのまま進んで程ほどのところから東に向かおうか。エル村に行ったら迷惑かけるよなあ。」
「そうだねえ。別に私が返り討ちにしてもいいよ。」
「調子に乗るな。」
「うひひ。」
「東は行った事が無いけどこのまま北に行くよりはいいね。」
ラピアが賛同してくれた。
「確かデロス町から東に行けば村があってそのまま東に行けばダンジョンがある町があるって話しだよね。」
「名前はなんだっけ?」
「えーと、グリエ町だっけ?」
「そうそう。とりあえずそこを目指そうか。村じゃ金が稼げない。このまま北に行っても一個村があってその次に町があるけど絶対追っ手がかかるよね。」
「おっけー。」
「うん。」
俺達が話し終わる頃には辺りは暗くなっていた。
月が少し出ているが追手は気配は完全に消えた。