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ダンジョンに入って人が少ない所まで来たらメリを先頭に気配で合図を始める。
「最初はゆっくりでいいから段々慣らして行こう。」
『うん。』
俺達はメリの合図を待って動き始めた。
少し走るとメリは敵を見つけたようだ。
しかし気配操作が遅くて走っているうちにほとんど近くまで来てしまった。
何かをしながら気配を飛ばすのは混乱するな。
現に俺達もメリが出す気配に集中していて他への注意力が減っている。
その内もっと自然に出来るようにならなければならない。
気配を出す方も気配を感じる方もまだまだ未熟だがこれも良い訓練になる。
ラピアが気配察知を覚えた事でできる事が広がって楽しい。
同じ事ばっかりだとどうしても飽きてくる。
ちょっと難しい程度の壁を用意して少しずつ突破して行った方が達成感もあって進んでる気がする。
この魔境を訓練場として使い倒す為に頑張ろう。
そう思いながらいつもよりアタフタしているメリを追いかけた。
俺達が訓練に精を出している間にも日々は進んでいった。
そしてついに春が訪れた。
草木も芽吹き風も気温も温かくなった。
春になったのでメリとラピアは12歳になった。
これで二人も成人の仲間入りだ。
俺は11歳だ。
「メリ、ラピア、おめでとう。」
『ありがとう。』
「それで冒険者学校はどうする?」
「私は来年にロッシュと一緒でいいよ。」
「私もー。」
ラピアの案にメリも賛成のようだ。
「その方が俺も嬉しい。それじゃ冒険者学校は来年と言う事で。」
噂の校長に師事できるならすぐにでも入った方がいいけどたまにしか出てこないんじゃ当てにはできない。
せっかくの剣の腕をもっと披露してほしいものだ。
せっかくの剣の腕だからこそ見せないのが正解か。
校長以外となると講師も道場主もどうしても見劣りしてお金を払ってまで師事するには勿体無い感じがする。
まあ、後1年はダンジョンを使って今しか出来ない修行をきっちりしておこう。
お金も貯めておいて損はない。
食事に結構使っちゃうからお金が貯まる速度は遅いがこれ以上収入は上げ辛いよなあ。
セイ達は相変わらず自由に動いていて周囲の嫉妬を一身に受けている。
ありがたいことだ。
このまま1年平穏でありますようにっと。
俺が12歳になるまでに暗闇での戦闘は物にしたい。
他の訓練は別の場所でもできるがダンジョンに潜る事は前線の村や町に行かないとできない。
しかし今はそんなに心配はしていない。
今の感触だと時間はかかるがその内いけそうな気がする。
剣ももっと鍛えたいがそれは来年に一気に鍛えよう。
俺は一年の目標を決めて来年の事を思った。
春になっても俺達のやる事は変わらない。
ダンジョンに2日、訓練1日をひたすらこなす毎日だ。
グロウ達、エル村の人達は今一番忙しい時期になる。
それが一段落した時を見計らってまた遊びに行きたい。
ラコス達も少し収入が上がっている。
次は塩を多めに持っていけばあとは前回と同じでドブヌートでいいだろう。
多少質は悪くなるが前日からドブヌートを凍らせて置けばもっとドブヌートを持っていける。
水魔法適性のあって魔法が得意なラピアでなければできない荒技だ。
魔力をかなり喰うので日常的に使うには向かない。
俺達はそんなことを話しながらダンジョンを駆け巡った。
メリの気配での合図も上達してきた。
そこで俺は次の案を出した。
「気配での合図に慣れて来たからそれをもう少し工夫しよう。」
「どうするの?」
「ある程度時間を決めて、ダンジョン内では話すのを止めよう。無言で気配でのみ意思疎通を図る練習だ。相手が強くなればなるほど人語を理解する魔物もいるし人相手の時に誰を狙うか言ってもばれてしまうからな。と言ってもそんな強い相手とは戦う気はない。自分の身を守る為と今の成長期が勿体無いからできるだけ鍛えているのだ。いいね?メリ君。」
「うん。いいよ。」
「慣れてきたから話さなくてもメリなら大丈夫だよ。」
元々この訓練を始めてから話す回数は減っていたが、意識してそれを無くす。
そうすると今まで足りない物を話して埋めていたがその部分が浮き彫りになってくる。
だから時折メリからどうしたらいいのか戸惑った雰囲気を感じる。
俺達はそんな時に何を伝えようとしているか考え、次回はどうすべきなのかを修正していく。
ミュッケ村の大人達は使っていなかったが他の場所ではハンドサインで情報を伝える人達もいるそうだ。
冒険者学校で教えてくれると助かるなあ。
ダンジョンの中を小さな足音だけが響いた。
俺達は目標収入に到達して訓練を始めた。
体を動かす訓練を終えて後は瞑想だけとなった。
俺達はお互いに少し距離を取って瞑想を始めた。
訓練で乱れた呼吸を整えながらへその下にある丹田に魔力を集めた。
細く息を吸って、ゆっくり細く吐く。
俺という魔力の塊が体中のみならず外から魔素を集め始める。
そして俺の体との境目が曖昧になってくる。
俺はその場所と同化して回りから魔素を集める。
そしてある一線を越えたときに魔素の吸収効率が一気に上がった。
体に纏わり付いていた霧が一気に晴れたようだ。
俺はこの魔境に適応したのだ。
今まで魔境は敵地だと思っていたがここはもう俺の領域となった。
俺は感動しながら深呼吸した。
今ではこの体に纏わり付く魔素が心地よい。
心なしか魔素も今までは俺にとって障害物だったが今はじゃれ付かれているように感じる。
俺は魔境を受け入れて、魔境は俺を受け入れたのだ。
俺は歓声を上げたいのを一生懸命抑えて平静を装った。
乱れそうな気配を整え深く息を吸う。
これでラピアに追いついたぞ。
もっと時間がかかるかと思ったが暗闇の中に居ると視覚以外が研ぎ澄まされて感覚系の訓練にはかなり有利になったようだ。
俺は1人でニヤニヤしながら訓練が終わるのを待った。
「ロッシュ!なんか掴んだでしょ!」
しかし早速メリにばれた。
「そんな、こと、ないよ。」
「嘘だー。そんなに嬉しそうな気配を出してたら気が付くよ!さあ、どんな悪巧みを考えたかお姉さんに言ってごらん。」
「いやー。わかっちゃったかあ。参ったなあ。」
ラピアは俺がこの環境に適応した事に気が付いたようだ。
さすが俺達より早くこの魔境に適応しただけある。
「くねくねしてないで早く教えてよー。」
メリが急かすので俺はしょうがなく教えた。
「えー、どうしようかなー。でもなー。」
メリから早く言えよという圧力を感じる。
「俺もここの魔境に適応したよ。魔力回復量が増えた。メリさん、お先に失礼~?」
「う、おめでとう。私もすぐ追いつくんだからね!」
「ロッシュ、おめでとう。」
修行の成果が分かりやすく出ると嬉しい。
俺もこれで魔力にもっと余裕ができて別の事に魔力を使えるようになったぞ。
何に魔力を使おうか。
「しかし適応してわかるな。なるほどこういうことか。うんうん。」
「何1人で納得してるのよー。早く小難しい面倒な説明をしてよー。」
「え、俺の説明って小難しい面倒な話しだと思われてたの? 傷ついたわー。もう恥ずかしくて説明できないわー。」
俺がメリをからかっているとラピアが説明を始めた。
「簡単に言うとね。魔素を受け入れるってことなんだ。普段私達は魔境に入ると体が重く感じたり空気の密度が上がったように感じるでしょ? それって魔素を私達の体が無意識に拒んでるからなんだと思う。だから余計に抵抗感があるの。水の中に入るのと一緒。水の知識や泳ぎ方を知らないと水はとても危険な物だけど水を知って泳ぎ方を知れば楽しいし、有益な場所になるでしょ?だから私達は魔境の魔素を受け入れればいいの。そうすると今まで体が魔素を拒絶していたのが魔素が来ても体が驚かなくなって逆に利用できるようになるの。魔素を受け入れた人は魔素が体にぶつかってもそのまま体に入っていくけど受け入れていない人は魔素を弾き返しちゃうイメージ。その違いだね。」
「???」
メリは完全にわかっていないようだ。
俺は少しからかってやろうと一言付け足した。
「つまり魔素と友達になるってことさ。」
「わかりやすい!」
「魔境はお友達の家。俺達はお友達の家に遊びに来ていたのだー!」
「なるほどー。最初からそう言ってくれれば良かったのに。」
俺の戯言をメリは真に受けたようだ。
しめしめ、してやったり!
そんな俺をラピアは飽きれて見ている。
ここまでだったら俺は気持ちよく終れた。
世の中そんなに上手く行かない。
3日後、ダンジョンを走っている時に突然メリが立ち止まった。
何事かと訝しんでいるとメリはこう言った。
「私も魔境に適応できちゃった。」
俺の絶望感は深かった。
魔素はお友達だったのか・・・・・・?
せめて適応するにしても瞑想している最中じゃないのかな。
メリから素直に褒められたが俺は苦虫を噛み潰した顔をしていた。
俺の天下は3日で終わったのだ。
元々俺の天下ではなかったが。