57
朝、目が覚めると昨晩より一段と寒くなっていた。
隙間風も冷たく、ついつい体が丸まる。
俺は眠っている二人を起こさないように静かに起きてゆっくり部屋の扉を開けた。
外は一面の雪模様となっていた。
俺の息は真っ白になり、開けた扉から冷気が滑り込んできた。
俺は扉を急いで閉めた。
こりゃ日雇いの人は仕事も少ないだろうし大変だ。
もし俺が日雇い仕事をする事になったら冬が来る前にしっかりお金を貯めておかないと冬に大変な事になる。
内職なら大丈夫だろうが外仕事はこの雪じゃどうなるかわからない。
俺はもう少し寝ようとかと思って戻ろうとしたがラピアはさっきの冷気で目を覚ましたようだ。
しかしいつもより寒い事もあって動きが鈍い。
「ごめん、起こしちゃったか。」
「ううん。それにしても今日は寒いね。」
「雪が降ってる。」
「寒いわけだね。」
「毛布がほしくなるな。いくらするんだろう?」
「うーん?いっその事ドブヌートの未加工の毛皮を買ってそれを敷き詰めるのが一番安いかなあ。」
そう言うとラピアは考え始めた。
買い物の事はラピアにまかせて俺はメリを起こした。
「寒いー。」
メリはそう言うとさらに丸まった。
「暖かいポリジが待ってるぞ。」
「余計に起きたくなくなった。」
「ダンジョンに行ったほうが暖かいかもしれないな。」
「なるほどー。」
今日は暖かいスープがよく売れるだろう。
現に俺も今日は温かいスープが飲みたい。
俺は丸まっているメリを引っくり返して起こしてから部屋から出た。
まだ誰にも踏まれていない雪を踏みしめながら俺達は朝食を取った。
ダンジョンに入ってみると外とは違い、いつもと変わりが無かった。
魔境の性質を調べたがいつも通りだ。
外の魔境だと天候に属性が引っ張られたりするから注意が必要だ。
しかしダンジョンの性質は安定しているようで俺は安心した。
俺の心配を知ってか知らずかメリはダンジョンに入ると寒くなくなったのでいつも通り元気になった。
今はダンジョンに入れるが俺が成人したらさすがに無理だろう。
その後は冬にどうやって稼ぐか考えておかないと不味い。
肉体労働系なら体の訓練になるが、頭脳労働はあんまり訓練にならない。
みんな考える事は同じだろうから冬は頭脳労働系の日雇いが人気になるだろう。
今の恵まれた環境を利用して俺達は自分達を鍛える事を選んでいる。
それが後々、幸と出るか不幸と出るかはまだわからない。
商売をする予定ならひたすらお金を稼がなければならないだろうが後5~6年はまじめに鍛えたい。
俺は暗闇の中を走りながら思った。
ダンジョンでの狩りを終えた俺達は市場で夕食を買いに行った。
俺達は市場で1小銅貨の人参を1人1本の合計3本を買った。
俺は小銅貨が手持ちに無かった為、1大銅貨で払った。
俺はおつりをもらう為に手を出したが、野菜売りのおばさんはお釣りを払おうとしない。
「おつりは?」
「ないよ。」
俺は溜息を付いて大声で言った。
「人参3本買って1大銅貨払ったのにお釣りはないんですか?」
「子供のくせに五月蝿いわね!ないわよ!」
「大人なのに簡単な計算もできないの? おつり返してよ。」
周りは俺達の様子を遠巻きに見ている。
メリは怒って前に出ようとしているが俺が片手で抑えた。
その市場の変化を見て兵士が来た。
「お前達! 何を争っている!」
「兵士様! 私は1本1小銅貨の人参を3本買って1大銅貨払ったのにおつりをくれません。助けてください。」
「3本で1大銅貨なんだよ!」
兵士は俺と野菜売りのおばさんを交互に見て少し伺っている。
俺はハッとして兵士に1大銅貨を握らせた。
兵士はそれが小銅貨でないことを確認すると声高に話し始めた。
「人参が3本で1大銅貨だと? この人参は1個1小銅貨で十分だろ。1小銅貨以上なら周りにもっと良い人参がある。これ以上騒ぎを大きくするならここから出て行ってもらうぞ!」
野菜売りのおばさんは顔色を変えて懸命に言い訳を始めた。
その言い訳を兵士は少し聞いていたが自分に何も渡さないと察したようで彼は高そうな物を数個手に取った。
「今回はこれで済ませてやる!次騒ぎを起こしたら出て行ってもらうからな!」
野菜売りのおばさんは野菜を取られて抗議しようとしたがギリギリの所で踏みとどまって抗議をしなかった。
去る兵士を睨み続けていたが無駄だと悟り、俺達の方を睨みつけた。
「簡単な計算も出来ないなら物売り止めな!」
俺は睨まれたので上から目線で堂々と言い放ち野菜売りの小銭入れ用のかごから1小銅貨を取った。
「次からまじめにやれよ!」
そう言ってわざと周りをゆっくり見渡しながら去った。
「あのおばさんなんなのよ!」
メリはプリプリ怒っている。
「ごめん。兵士に1大銅貨渡しちゃったよ。」
「あれはしょうがないよ。私達もちょっと油断してたね。」
俺が謝るとラピアは慰めてくれた。
「けどある意味では見せしめになっただろう。今までこういうのがなかったのは運が良かったからなのかもしれない。ちゃんとお釣りを用意させてからお金を渡す事にしよう。たった1大銅貨でそれがわかって良い勉強になった。」
『うん。』
その後、市場に行くと露骨に目をそらすような物売りが出てきたのでそういう所からニヤニヤしながら値切るのを楽しんだ。
そう言っても程ほどだからね。
何事もやりすぎはよくない。
メリはなんで簡単に値切れたのかよくわかっていないようだったが、これ以上やったらラピアに怒られるだろう。
だが今回の件で悪さをする奴とは別に小額の計算も結構まずそうな物売りが居るって事がわかった。
よく考えたら普通の農家から出てきた人だったら計算が苦手でもしょうがないか。
エル村の人も計算は苦手そうで村では並だったグロウに付き添ってもらっていたからな。
そういう意味ではグロウは良い立ち位置に滑り込んだものだな。
グロウも才能的には悪くない感じなのだが食い気ばかりに気が行ってあんまりまじめに訓練やってなかったが今回の件でまじめに取り組み始めたようだった。
村人とも上手くやっていたようだし俺も少し嬉しい。
つくづく自分達が恵まれている事を噛み締めた出来事だった。