14話
俺達は食堂へと移動を始めた。
こうやって3人で居ることも最後になるかと思うと戦いで火照った体が急激に冷めるのを感じる。
3人は無言で食堂に着いた。
「私達はこっちだから。」
「ああ、うん。」
メリとラピアは上座の方へ移動した。
俺はいつもの自分の席に着いた。
席にはまだ食事は運ばれておらず、木のコップに水だけが注がれている。
俺は思いのほか自分が緊張しているのに気がついて水を一気に飲み干した。
食堂はほぼ埋まっていてそろそろ結婚の儀が始まるだろう。
「みんな集まったな?そろそろ結婚の儀を始める!婚約可能な9歳から10歳は前に来るように。」
俺達は既に前に集められている11歳の子供達の対面に並んだ。
さっきまで普通だったラピアも緊張して青くなっている。
セリナは顔が真っ青で小刻みに震えている。
ラコスは両手に包帯をしていて沈んだ顔をしている。
不安そうな顔をしていないのはメリとエスタくらいだ。
「これより結婚の儀を執り行う。まず武力、魔力部門優勝者、その次に学力部門優勝者、そして武力、魔力部門準優勝者の順に結婚の儀を行う。」
会場が静まり返る。
「武力部門優勝者メリ!魔力部門優勝者ラピア!」
二人は11歳が集まっている場所から一歩踏み出した。
メリは堂々と足早に俺の元へ来た。
俺は体の内から熱が噴出したかの如き感覚を感じた。
「ロッシュ、私と結婚して。」
メリが言った。
俺はすぐに返事をしたい衝動に駆られたが、一歩踏み出して固まっているラピアを見た。
ラピアも俺達を見ているがその目は感情が映っていなかった。
しかしヨロヨロと弱弱しい一歩を踏み出してラピアが近づいてきた。
その時になって俺は自分の不甲斐無さを悟った。
こういう状況になることを俺はまじめに考えずに逃げていた。
ラピアがここに辿り着いてそれを言ってしまえば全てを決めなくてはならない。
俺は自分が小賢いつもりでメリと結婚するだろうと思っていた。
ラピアは好きだが俺と結婚するのは無理だろうと。
けど最近のラピアの行動から俺はわかってしまった。
ラピアは頑張っていたのだ。
メリと同じ土俵に立つために、今この場にメリと一緒に立つ為に。
魔力部門で優勝する為に精一杯頑張っていたのだ。
最近のラピアは大人しい子供から目的を持った大人に見張るほどの成長を遂げた。
今、俺は自分で見ていられない位の情けない顔をしているのがわかる。
俺は情けなくても生きていければいい。
俺自身が望めば兵士だってなれる。
そしてなりたい気持ちもある。
しかし生きる為に俺は賢く生きる。
わざわざ自分から危険に飛び込むようなことはしたくない。
そうやって賢く生きることはいいことだ。
賢い生き方を選べない人が数多くいる。
程々に自由で、程々に賢く生きるのが俺の人生なのだ。
しかしそんなちっぽけな人生設計がラピアの前では壊れていく。
不甲斐無い俺がこの状況を作ったのだ。
俺がはっきり決めておけばこんな事にはならなかった。
そして張本人の俺は追い詰められて情けない姿を晒している。
こんなにラピアとメリを不安にさせている。
俺は奥歯をギュッと噛み締めて手に力を籠めた。
だがそのお陰で決まった。
この状況は俺の為に、俺がこれからの人生を生きる上で重要なことを学ぶ為の舞台だったのだ。
俺は傲慢で欲深い、ただの小狡賢い人間だ。
ラピアが俺の前に辿り着く。
口を開くが声は出てこない。
メリも堂々としているがわずかに魔力に乱れがある。
いつも一緒にいる俺にしかわからない程度のだ。
しかしメリはラピアの肩を抱いた。
ああ、この素晴らしい二人の事が俺は大好きなのだ。
こんな二人を他人なんぞに渡してなるものか。
俺は精一杯に微笑む。
そうするとラピアに温度が戻ったように感じた。
「私と結婚してください。」
すぅー。
俺は息を吸い込み腹に力を入れる。
「俺も二人が大好きだ!二人とも結婚してくれー!」
ラピアが泣きながら飛びついてきた。
「はい!」
俺はラピアを抱きしめるとメリも俺達を包み込むように抱きついた。
「いいよ!」
俺は堂々と胸を張った。
欲張りな俺は全てを望む。
そして全てを手に入れてもいいのだ。
手に入れるべきなのだ。
俺のつまらない人生設計はこの二人の前では無に等しい。
俺は望む物を望むだけ手に入れるのだ。
「ロッシュ。最高だよ!まさかこの場でそんなこと言えるなんて!」
メリは炎が飛び出さんばかりの目で俺を見つめた。
俺もこの胸に渦巻く熱を吐き出すかの如く見つめ返した。
そして勢いよくキスをした。
「おおー!」
「すげーぞ。ロッシュ!」
「ロッシュ、やるな。」
会場は歓声で包まれた。
感極まって泣いていたラピアが落ち着くのを待って俺達は結婚した人達用の席に移動した。
「武力部門準優勝者エスタ!魔力部門準優勝者セリナ!」
俺達が席に着いたことを確認して村長は言った。
エスタはしっかりとした一歩で同年代が集まっている場所から出た。
一方セリナはその場から動けずにいた。
他の女子がセリナに動いてもらおうと話しかけるがセリナはただ震えるだけだ。
「すまない。みんな道を開けてくれ。」
エスタが言う。
エスタはセリナに歩み寄り、ひざまずいて手を取った。
「セリナ、俺と結婚してくれ。」
ストンとセリナは腰が抜けて、床に吸い寄せられる。
その目には涙がボロボロと溢れ出す。
「わたしなんかでいいの?」
セリナは本格的に泣き出した。
エスタはセリナの手を引き寄せて言った。
「セリナがいいんだ。」
「はいいい。」
エスタは泣いているセリナを抱きかかえると頬にキスをした。
「おー。」
大人衆は感嘆の声を上げた。
小さな女の子達はその様子を食い入るように見ている。
エスタはセリナを抱きかかえて堂々とこちらに来る。
目が合ったが微笑み返されてイラッとした。
セリナはいつもの毅然とした態度はなりを潜め、今日は泣いてばかりである。
そんなセリナをエスタは甲斐甲斐しく世話している。
セリナが正気に戻ったときに大変だなと思った。
「次は武力部門3位ラコス!」
魔力部門の3位は10歳の女子だったので3位はラコスのみとなる。
ラコスはエスタがセリナを選んだ時点でオイオイ泣き始めていた。
泣きながらラコスはウカリスの前に行くと土下座をした。
「ウカリス、お願いだ。なんでもするから俺と結婚してください。」
「はい。」
「おおおおおん。」
ラコスは土下座したまま泣き崩れた。
ウカリスは土下座しても自分より一回り大きな塊となったラコスの背を優しくさすった。
獣の咆哮のような泣き声を上げるラコスだったが泣き止まず、大人2人で席へ連れて来られた。その頃にはラコスの泣きっぷりに負けたセリナは平静を取り戻し、耳と顔を真っ赤にして俯いている。
その後、11歳の男女の結婚が成立した。