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グリエ町にはダンジョンがある。
ドブヌートとスケルトンが主に出るそうだ。
スケルトンはゴブリンと同じように武器を落とすので美味しいダンジョンだ。
しかしダンジョンができてから結構な年月が経っているので今からダンジョン攻略組合に入れても死ぬまでダンジョンで稼ぐのは難しいだろう。
それは新しいダンジョンを熱心に探している所からも読み取れる。
ダンジョンが枯れた場合は農業中心になってしまってダンジョンから恩恵を授かっていた人達の仕事が無くなる。
だからこそ新しいダンジョンを探す事に活路を見出す訳だがそう簡単に見つかる物ではない。
元ミュッケ村を中心にダンジョンを探しているらしいが未だ見つかっていない。
スタンピートや立地的に見てもゴブリンが出るダンジョンがある可能性が高いので多くの冒険者や金持ちが元ミュッケ村に集まっている。
生徒全員をまだ見た訳では無いが今年の生徒の中では俺達が一番強そうだ。
だから運が良ければ俺達に声が掛かる可能性がある。
しかし俺達はタウロ開拓団に入るつもりだ。
タウロ開拓団志望だという事を早めにレニーに伝えておこうと思う。
誘われたのに断ったら色々と角が立ちそうなのでそういう事態は避けたい。
レニーはまだ何やら話している。
俺はその間に他の生徒を眺める事にした。
メリとラピアを除いた全員が男でしかも問題児が大半だ。
それ以外はまじめに鍛えている奴が居て、デールなどがそれに当たる。
デールは明らかに剣を習っていた様子で俺達を除けば頭一つ抜き出ている。
さっき怒られていた金持ちのギールも居るが多少齧ったかなという程度だ。
ほとんどの生徒が初心者か、しっかりとした指導を受けた事が無い我流のようなので俺としてはちょっとがっかり感が否めない。
そもそもデールとギールで名前が似ていて間違えそうだ。
冒険学校に入る前はこんなに新しい人と一気に知り合う事がなかったので名前を覚えるのも大変だ。
今年農村から出てきたバルボも俺と同感のようでちょっと安心した。
ディグは町に出てきて1年経っているので生活の変化にはそこまで気にならないそうだ。
ディグは日雇い仲間も結構居るらしく顔が広い。
冒険者学校に入ったからには俺も積極的に知り合いを増やしていきたい。
俺達は寮住まいではないので他の生徒よりも接点が少ない。
友達、知り合いを作るという意味では周りより出遅れてしまっているのが残念だ。
しかし実技の授業が始まってからは良い意味で目立っていると思う。
この流れに乗ってがんばろう。
俺が素振りをしながら周りを観察しているとレニーが戻ってきた。
「先生! 今の人は誰ですか?」
みんな聞きたかったが聞いていいか迷っていたのでありがたい発言だ。
「ああ、あいつか。今の段階で言うのはあんまり良くないがあいつはダンジョン攻略組合の奴だ」
「おー! すげー」
冒険者学校からダンジョン攻略組合に入るのは冒険者の夢の中の一つだ。
ダンジョンがある町でしかない特権で成績が優秀で将来性がある者でないと選ばれる事はない。
ダンジョン攻略組合に所属する数少ない道筋の一つだ。
他の方法となるとコネやお金が必要になってくるだろう。
まあ、俺達には関係の無い話だ。
もしダンジョンに入りたいなら開放されているダンジョンがある町に行けば良い。
既にある権益に入り込むのは至難の技だからだ。
そんな俺の冷めた考えとは裏腹にレニーの話を聞いた生徒は気合が入っている。
ダンジョン攻略組合の人が来たという事は今年の枠があると考えてしまうのもしょうがない。
冒険者志望のデールやバルボは肩に力が入りすぎて微笑ましい状態になっている。
「模擬戦しようぜ!」
「絶対に駄目だ!!」
ギールが高揚して言ったがレニーはすぐに否定した。
「今お前達が模擬戦をしたら下手すりゃ死人が出る。別に俺はそれでも良いが調子に乗るな!」
「僕は剣を習っている。手加減だってできるさ!」
「駄目だ! 後で言うつもりだったが模擬戦は俺が許可した者のみが許される。お前はまだ素振りだ」
「ふん。僕はゴブリンを狩った事もあるんだ。そこらへんの奴には負けないよ!」
レニーがギールの方を向いて一歩踏み込んだ。
しかし一歩目で足を止めると俺の方に振り返ってきた。
「おい、お前が相手してやれ」
俺が露骨に嫌な顔をして無言で拒否の態度を取った。
「こいつに勝てたらこれからの模擬戦を許可してやってもいいぞ」
厄介事を押し付けられてはっきりいって迷惑だが拒否する時期を逃した。
名案だろと言わんばかりの顔でレニーが見てきて腹が立つ。
「お前か。女が2人いるからといって調子に乗っているようだが僕が成敗してやる!」
ギールは一人で盛り上がってやる気になっている。
俺は全く調子に乗ってないのに理不尽だ。
調子にのってるように見えるのかな?
少し不安になってくる。
騒ぎを聞きつけた他の生徒もこちらを注目し始めた。
「強化はなしだよね?」
「ああ、強化すると危険だから今後一切抜きだ。双方いいな? 始め!」
ギールが両手を振りかぶって直線的に駆け寄ってくる。
俺は一歩右に進み出て振り下ろされる木刀を片手で弾いた。
主を失った木刀が運動場を転がっていく。
これは模擬戦というより子供の喧嘩のようだ。
「止め!」
「おー」
疎らに拍手が沸いたがこんな事で拍手されても恥ずかしいだけだ。
これなら村の年少組の方がまともな剣を振る。
「くそっ。慣れてない木刀だったからだ。鉄剣ならこうはならなかった」
「そうだな。鉄剣を使って戦ったらお前は今頃真っ二つだったな」
「なんだ、ギール弱いじゃん。俺でも勝てそうだ」
「はははっ」
外野は容赦なく追い討ちをかけていく。
「お前達三人は模擬戦を許可する。それとお前はどうだ?」
「はい! 模擬戦したいです!」
レニーはデールに声をかけた。
俺達を除けば次に戦えそうなのはデールだ。
「よしっ。かかってこい」
「はい!」
デールは武器を構えて徐々にレニーとの距離を縮め、斬りかかった。
さっきのギールと違って重心が安定していてまともな模擬戦になっている。
「そこまで! まだ若干足りないが良いだろう。模擬戦を許可する」
「ありがとうございます!」
「やったな」
「おめでとう」
「次は俺がお願いします!」
「俺も俺も!」
レニーに生徒が殺到した。
さっきの変に肩肘を張った空気は一新されて熱気が辺りを覆った。
素振りだけでは暇になっていただろうから心遣いとしてはありがたいがギールから恨めしそうな視線が飛んできて鬱陶しくてしょうがない。
後でレニーには文句ついでにダンジョン攻略組合には興味が無いと言っておこう。
結局、模擬戦を許可されたのは俺達三人とデールの合計四人だけだった。
残った生徒は羨ましそうに俺達の模擬戦を素振りをしながら眺めていた。
素人が模擬戦をしても危ないだけなのでまだ我慢してほしい。