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最初の実技の授業は散々な結果となった。
昼の鐘が鳴る前にも関わらず運動場は屍累々だ。
それだけだったらまだ予想できた事だが1人のがんばりすぎた男によって運動場は地獄と化した。
俺達の走りに付いてきた数人の中の1人でやる気はすごいのだがやる気がすごすぎて必死に喰らい付いてきた結果、限界を超えてしまった。
ただでさえ走り込みで疲れきっていた生徒達は彼が朝食を盛大に解放する場面を見てしまった。
それを見た女性陣が一気に貰いゲロしてしまい、負の連鎖が始まった。
広い運動場に酸っぱい臭いがしてきて多くの者が体力と朝食を失うはめになった。
俺も一瞬だけ朝に食べたふきのとうが胃の中で思い出したかのごとく自己主張してきたが押さえ込んだ。
せっかく食べた朝食を出してしまうなんて勿体ない。
俺はこの状況をどうするのだろうかとレニーの方を見た。
レニーは満面の笑みを浮かべている。
どうやら恒例行事だったようだ。
しかし俺は悪魔の片棒を担いでしまったようでちょっと罪悪感が沸いた。
「走れ走れ! 冒険者は重い荷物を持って走る事が仕事だ。この程度でへばるようじゃ冒険者失格だぞ!」
運動場の惨状とは裏腹に快活なレニーの叱咤が響き渡った。
件のがんばりすぎた男はなんと走りこみに復帰してきた。
千鳥足だがすごい根性だ。
それを見て数人が復帰してきた。
レニーから一瞬だけ喜びの気配が漏れ出たのを俺は感じ取った。
しかし次の瞬間、俺を睨み付けてきたので見なかった事にした。
昼の鐘が鳴る前にほとんどの生徒が脱落してしまった。
疲れきって荒い息をしている生徒を見ながら最初と変わらない様子でレニーが冒険者の心得を話し始めた。
「君達はすごいな」
さっきの惨状を先導したがんばりすぎた男が俺達に荒い声で話しかけてきた。
「すぐ復帰してきて最後まで走ってたのはすごいよ。俺はロッシュ。君は?」
「僕はデール。よろしく。村では結構やれる方だと思っていたけど、やっぱり上には上が居るんだな」
俺達は自己紹介をしあった。
ディグとバルボは虫の声だったが話せる余裕がある人の方が少ない。
結局、午前の授業は早めに終わって俺達は校庭の掃除をすることになった。
まだ午後の授業が残っているのに生徒達は疲れ果てた顔をしている。
多くの生徒が昼の休み時間を体力の回復に当てて座り込んでいるとレニーが木刀の束ねて運んできた。
「少し早いが午前の授業が早く終わったから始めるぞ」
運ばれてきた木刀を見つけると現金なもので男衆の目に光が戻った。
地べたに寝転んでいた生徒が急に立ち上がり木刀へと群がった。
「落ち着け! これから木刀を貸すが授業が終わったら必ず返せ! しっかり数を数えているから全部集め終わるまで授業は終わらないからな」
近づいてきた生徒を手で払う。
それでもお構いなしに生徒はにじり寄った。
「最終的には木刀は自分で買え。服と木刀を自分で買う事が冒険者学校の生徒としての「俺は自分の鉄剣があり「俺が話している時は黙れ!」
「は、はい」
突然立ち上がって鉄剣を取り出した男はすぐ座った。
「ぷぷっ、怒られてやんの。あいつはギールだぜ。金持ちの商人の息子だからって調子にのっててむかつく奴だ」
そう言ったディグもレニーからギロリと睨まれた。
「お前達より備品の木刀の方が大切だから丁寧に扱え。服と木刀を買うまでは外で買い食いや無駄使いするなよ? わかったな?」
そういうとレニーは群がる生徒に木刀を配り始めた。
「自分の木刀を使って良いですか?」
「いいぞ。鉄剣しか持ってない馬鹿は木刀を貸すから次からは自分の木刀を持って来い」
「ここまで言っても、毎年働いて得た金をすぐ使い切ってしまう馬鹿共がたくさん出てくる。俺もそろそろお前達の顔を全部覚えたから町で無駄使いしていたら容赦なく指導するかな。まあ、服すら満足に買えていない奴には関係の無い話しか」
レニーが生徒を見回すと体をビクッさせる者が何人もいた。
授業は基本通りに木刀の素振りから始まった。
レニー以外の先生も加わって各々が素振りを始めている。
俺はすぐに素振りをせずにレニーの素振りをじっくりと観察している。
先生の中ではレニーが一番強そうだ。
しかしゲニアと比べると見劣りする。
他の先生はそこから1、2段階は下だ。
冒険者学校の授業は俺達にとっては簡単すぎるので自分達で方向性を考えて鍛えなければせっかくの時間を無駄に費やしてしまう。
生徒に比べると先生の数が圧倒的に足りないので教わるのも大変だ。
先生の数が少ないので必然的に生徒は先生を中心にして集まる。
中には女性の先生も居て、そこには結構な人だかりができている。
レニーの周りには普段から威圧的なのもあってか他よりも人が少ない。
良く観察しているといつも怒られている問題児揃いだ。
問題児を1まとめにして教えているあたり、レニーは面倒見が良いのかもしれない。
俺達はもちろんレニーの所で教わる事にした。
先生といっても実際に剣の技術が高い人が教えるのが上手い訳ではない。
先生をしている時点で最低限の指導力はあるのだろうが先生が複数いる場合には誰に教わるかを見極める必要がある。
剣の技術が無くても教えるのが上手かったりする場合もあるので先生を見る目を養う訓練になる。
他の生徒が素振りをしている中、俺は先生の品定めに邁進した。
レニーはそんな俺からの不躾な目線を浴びても睨み返してこなくて少し感心した。
教わる立場なのに品定めをしていて嫌な生徒になってしまっているが生命の危険が無い安全な場所で訓練できる内に色々と試してみたい。
俺が観察しているとふと視線を感じた。
視線の気配は無色で特に感情が篭っていない感じだ。
つまりなんとなく目に留まった程度か。
視線の元は冒険者学校の敷地の外からだったので、視線の元を確認したかったが止めておいた。
視線に気が付いた事を気が付かれたくない。
するとレニーはその外からの視線に気が付いて手を止めた。
レニーはその場を一旦離れて視線の主へと向った。
違和感無く視線の主を見ることができるので運が良い。
レニーはその男と話しを始めた。
冒険者のような格好だが清潔で身に着けている物も質が良い。
強さはレニーと同程度といった所だ。
俺の予想では儲けている討伐隊かダンジョン組合の人かな。
兵士っぽい感じはない。
グリエ町にはダンジョンがあるので才能ある奴の勧誘かもしれないがその偵察にしてもまだ時期が早い。
討伐隊なら春は冬に休んでいた分を稼がないといけないので余裕がないはずだ。
ただの知り合いだろうか。
強いので少し気になる。