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冒険者学校に通っている生徒の中には冒険者になる人とならない人がいる。
ならない人は日雇いの給料を上げる為に冒険者学校に通っている。
バルボが冒険者志望でディグが賃金を上げる為に学校に通っている。
日雇いで稼いだ人は金を貯めて村で畑を買ったりそのまま町で生活したりする。
金を貯めるだけなら冒険者学校に通わないで日雇いを続けた方が短期的には儲かる。
しかし冒険者学校を卒業すればある一定の教養と戦闘能力が保障される。
いわゆる箔が付くというやつだ。
町と違って農村では自分の身は自分で守らないといけないので自衛能力はいくらあっても足りない。
強さとは別に常識を知るというのも大切だという事が実感できた。
下級の紹介所にはどこの出だかわからないぼろ布を着た人が罵り合いながら群がっていた。
お近づきになりたくない人達だ。
そういう人を増やさない為の冒険者学校なのだろう。
冒険者学校に通う女の多くは冒険者にはなる事はない。
町の常識や自衛手段を学ぶついでに結婚相手探しに来ている者がほとんどだろう。
村で結婚相手が決まっていれば色々と誘惑の多い町に出てくる事はない。
親だったら町に出そうだなんて思わないだろう。
そして冒険者になるより結婚相手を見つけて落ち着いて欲しいと思っている人の方が多数だろう。
だから冒険者学校で結婚相手を見つけるならそれに越した事はない。
冒険者志望の男が卒業する時には彼女が出来て村に戻りますなんて事例は山ほどあるそうだ。
女性は女性で武芸を習った人とそうでない人とでは差が出てくるので通って損はない。
冒険者学校は学校であり男女の出会いの場所でもあるのだ。
ただ、町の生活に慣れたら元の農村暮らしには戻れないだろうな。
町は恐ろしい。
などと俺が考えても意味が無い事だ。
常識の授業だけで1日が終わってしまった。
俺が思っていたより冒険者というより学校の意味合いが強い。
ちょっと残念だが半年は通わないといけないので諦めるとしよう。
授業が終わるとみんな走るように食堂へと向った。
案の定、授業終了と共に教室を飛び出した奴が居たがレニーに回り込まれて殴り飛ばされていた。
「ふー、食った食った。ロッシュ達はこれから帰るんだよな?」
「少し校庭で走っていくかな。それでいい?」
「いいよ! 何もしてないと体が鈍っちゃうよ」
「うん」
「という事で少し走ってから帰るわ。」
「お、じゃあ俺も参加するぜ」
「俺も俺も」
夕食のポリジを食べると俺達は運動場へ向かった。
周りも自由時間が来て各々が好きな事を始めている。
「俺達は早めに走るけど慣れてないならゆっくりと走ったほうがいいぞ」
「村一番の俺の健脚を見せてやるぜ」
バルボはやる気満々だ。
しかし5周も走ると息が切れてきた。
村に居た頃は比較対象が居たが町に出てきてからは居なかったので今の自分達がどの程度なのか知りたかったが回りはほとんど農村の出なのでいまいちわからない。
授業を受けていた中には明らかに剣を習っている感じの人が居たので実技の時間が待ち遠しい。
走っている間に運動場を眺めてみたがぼろぼろの服でうろうろしたり地面に座って話している人が多くて町には出せないなと内心苦笑いをした。
走り終わって俺達が冒険者学校の敷地から出ようとすると門ではレニーが仁王立ちして待ち構えていた。
悪い事は何もしていないが目を合わせたくない気持ちでいっぱいだ。
俺達が挨拶をするとレニーは一瞥して、お前達は良しと言ってまた視線を戻した。
これから毎日こんな感じだと思うと少し憂鬱だ。
朝の授業が始まると昨日よりも顔を腫らせている人が増えている。
中には昨日よりひどくなっている人もいる。
顔が腫れ過ぎていて本当に昨日の顔を腫らせていた人物と同一人物だかは確信できないがきっとそうだ。
冒険者学校の体面的にさすがにヒールをしてあげたほうがいいんじゃないと俺が思う程だ。
しばらくするとレニーがやってきた。
「俺があれだけ言ったのに学校から出ようとした愚か者が居た!」
顔を腫らせている生徒に視線が集まる。
「そういった愚か者は容赦なく対処するから覚えておけよ。そして愚か者にヒールをかける事も禁じる! ヒールをした者は愚か者と同じ末路を辿る事になるぞ。顔を腫らした奴は顔の腫れが引くまで冒険者学校の敷地から出るのを禁じる! わかったな!」
「ついでにヒールで直してもらっても、もう一回元に戻すから安心しろよ」
レニーはにっこり笑ってからそう付け加えた。
結局最初の3日は常識の授業だけで終わった。
俺は不完全燃焼気味だがメリとラピアは思ったよりも冒険者学校を楽しんでいるようだ。
そんな二人を見て、俺も学校生活を楽しむ余裕を持とうと思った。
2週間が経って読み書きや初歩的な計算を学んだ後はついに実技の授業になった。
まだ服は新調できていないが多くの生徒が冒険者学校に慣れてきたようだ。
待ち望んでいた実技の授業にみんな興奮を隠せない。
俺もやっとこ実技が始まって嬉しい限りだ。
だがそんな希望はすぐ打ち消される事となった。
「初の実技の授業は走り込みだ!」
内心予想が付いていたので驚かなかったが多くの生徒が露骨に顔をしかめた。
「走れ!」
レニーが持っていた木刀を地面に叩きつけると俺達は追い立てられるように走り始めた。
「へへっ、おっさきー」
メリは1人で速度を上げた。
今まで俺達は積極的に力を見せないようにしてきたが冒険者学校でまで我慢する必要はない。
今までは身を守る為に慎重にしてきたがこれからは攻めの姿勢で行く。
俺も回りに合わせてだらだらと走るのは嫌だったのでメリを追いかけた。
ラピアは様子見のようだ。
「荷物を持ってる奴が先頭を走ってるぞ。お前らも気合を入れろ!」
レニーが煽ると何人かが俺達を追うように速度を上げた。
俺達は盗難防止の為に常に荷物を背負い袋に入れて持ち歩いている。
他の生徒はほとんどが何も持っていないので身軽だ。
しかしどれだけ走るかわからないがメリの体力に付いて来れる人がいるかは疑問だ。
レニーは俺達がしっかり鍛えている事をわかった上で煽っているので性格が悪い。
負けず嫌いな生徒が何人か俺とメリを追ってきている。
俺も村から出てきてからは我慢が多かったので気持ちよく走りきるとしよう。
勝つとわかっていても勝負は楽しい。
俺だってたまには人と比べて勝ち誇りたいのだ。