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大量のふきのとうを前にして心は乾いているが腹はいつもと同じように食事を求めてせわしなく動いている。
ラピアがポリジにふきのとうを混ぜようとしているのを俺は必死に止めた。
ただでさえまずいポリジがふきのとうの苦味と合わさって最高にまずくなる事は請け合いだ。
まずいにしてもまだ各個撃破の方が戦いやすい。
なので先にふきのとうを食べてからポリジを作る事にした。
ふきのとうをつまむ。
しっかりとした大きさでずっしりしている。
意を決して口の中に放り込む。
春の味だ。
毒を持って毒を制すとはこの事だろう。
苦味をもって体の中の毒素を打ち消すのだ。
魔境産なだけあって質が違う。
魔境で取った食べ物は元が美味い物は倍に美味くなるが元がまずい物も倍まずくなるのだ。
すぐ噛み締めて飲み込むなんていう子供じみた逃げ道を使うことはできない。
持った時の感覚からしてわかっていたが繊維ががっちりとしていて噛み応えがある。
飲み込める状態まで中々持っていけない。
噛めば噛むほど苦い。
それでもなんかとか飲み込む。
体に良い事はわかっていても中々つらいものだ。
そして目の前に鎮座する鍋一杯のふきのとうとの戦いが始まった。
ふきのとうを食べた後はラピアからキュアをかけてもらう。
さすがに食いすぎたかもしれない。
結局ポリジまでは行かずにふきのとうだけでお腹がいっぱいになってしまった。
こんなに嬉しくないお腹いっぱいは初めてだ。
体に変調はないので大丈夫だろうが一応キュアをしておけば腹を壊す事はない。
念の為に明日の朝にもかけてもらおう。
それよりも大量に食い応えのある物を食べたのであごにヒールをかけてほしい位だ。
俺はふきのとうが入った樽を抱えて長屋へ帰った。
魔境に行ってから日は空いたが次の標的はわらびだ。
長屋の中に仄かにふきのとうの香りが漂う生活にも慣れてきた。
わらびはアク抜きが必要だが乾燥させれば小さくなって場所も取らない。
適当な籠に入れておけばそれだけで良い。
わらびは独特の味がするがふきのとうに比べれば大したことないので安全だ。
その代わり中腰で大量に取るので腰に来る。
大人達が腰が腰がと嘆いていたのを急に思い出した。
わらびを収穫したがそれだけで籠を全て一杯にすることはできなかったので空きにふきのとうがみっちりと詰め込まれた。
ふきのとうだけで数食分節約できるのでお財布的には優しいが味的にはもう止めて欲しい。
そうか、この大量具合が苦手意識の抜けない原因だ。
他のは量が少なくて喉元過ぎればという感じだがふきのとうには圧倒的存在感がある。
もう少し手心を加えて欲しいが食費の節約になるし栄養はあるから食べない選択肢はないのだった。
採取が一段落すると冒険者学校が始まる時期になった。
俺も春から12歳だ。
ここ1年は内容の濃い1年だった。
あまりの楽しさに魔境に何度も行ってしまったがここから気合を入れなおして鍛錬に励むとしよう。
道場はお金の問題で一旦止めたがゲニアがたまには顔を出せと言っていたので時間が空いたらありがたくお邪魔するとしよう。
ついに待ちに待った冒険者学校入学の日になった。
昨日寝る前は少し興奮して眠れないかなと思ったがあっさり寝てしまったので少し拍子抜けした。
しかしメリもラピアも俺と同様に少し興奮しているので俺だけではなかったようだ。
今日は外でポリジを買って早めに冒険者学校に向う。
道を歩いているといつもより同世代の人を良く見かける。
彼らも冒険者学校に入学するのかと思ってしまうのは気にしすぎではないだろう。
冒険者学校に着くとまだ集合時間にはかなり早いのに運動場には人だかりができている。
希望に胸を膨らませた若者達だ。
俺達もその一員だが目の輝きが強すぎて俺には眩しすぎる。
親と一緒に来ている者、農村からまとめて出てきた者、一人でいる者など三者三様だが誰もがやる気に満ちている。
メリは場の空気に感化されて鼻息が荒くなっているがしかたないと思えるほどに見えない熱気が場を包んでいる。
俺は心地よい緊張感を感じながらもその空気を楽しんだ。
少し経つと教員が学校から出てきた。
視線が教員達に集まる。
教員達は一列に並ぶと一回り体の大きな顔に傷のある男が前に出た。
「注目!」
よく通る声が場の空気を一変させた。
運動場にいる全ての人間が男の方へ体を向けた。
男はそれを確認すると話し始めた。
「俺は冒険者学校の教員のレニーだ。これから冒険者学校について説明するので心して聞くように」
生徒達は各々、背筋を伸ばした。
「この学校の運営は町長のダーデス様からのお金で成り立っている。ダーデス様に感謝して訓練に励め」
どこかで聞いたことがある台詞に内心笑いそうになりながらも周りの真剣な空気を壊さないように我慢する。
そこからは以前聞いた内容と一緒だ。
冒険者学校は春入学で期間は最長1年で入って半年後から試験が受けられるようになる。
それに合格すれば冒険者認定がもらえる。
冒険者認定があると日雇いの仕事の給料が上がって冒険者認定はどこの町でも使える。
授業料は一週間、6日で18大銅貨とのことだ。
飯は朝、夜の2食でほとんどの人が寮生活になる。
授業は1週間の内に3日毎に分けられていて一週間の始めの3日と残りの3日は授業内容が同じだ。
だいたいの生徒が3日授業を受けて3日働くという1週間を過ごすことになる。
俺は早くも退屈になってきて注意が散漫になりかけたが教員のレニーの視線が俺達に一瞬だけ向いたので気を引き締めなおした。
俺達が運動場で訓練をしていた時には冒険者学校をよく見ていたので俺達を知っているのだろう。
詳しい情報までは知らないが視線に篭められた感情はなかったのでなるべく警戒しないでおこう。
これからは生徒と先生になるわけだからこっちから無駄に警戒しても損だ。
長い説明が終わると生徒達の緊張が解けた。
今日はこの後の予定はないのでお金を払った人は自由行動だ。
親との一時の別れを惜しむ人を横目に既に1ヶ月分のお金を払っている俺達は早い昼飯に向かう事にした。