128
「ったく、心配したんだよ。やばくなったらうちに来りゃいいのさ。自分の教え子を守る位の度量は見せていたつもりなんだけどねえ」
「ゲニアだけなら喜んで巻き込むけど旦那さんの方も考えるとね。次はすぐ駆け込むよ」
「かーっ。餓鬼の癖に賢いねえ。まあ、無事で何よりだ。本当にやばい時にはちゃんと言うんだよ」
「はい!」
今思えばあの時はさっさとゲニアの道場に駆け込むのが一番だったのだろう。
しかし気が動転していたのもあって最善の方法が取れなかった。
最善だったかについてはこの際は置いておく。
しかしあの時にそれを選べなかったのは何故だろうか。
頼れないという自尊心、迷惑をかけられないという気遣い、いざとなった時に本当に頼れるかわからない不信。
すぐ思いついたのはこの3つだがまず不信は消しておこう。
完全に信じてはいないがこの程度の事だったらゲニアは受け入れていただろう。
気遣い、これはあった。
自尊心、これも無意識の内にあったのだろう。
人を殺してしまったので下手したら捕まえられる可能性もあった。
あの場合にどうなるか詳しくは知らなかったという無知も判断を鈍らせる大きな一因だった。
だが、つまらない自尊心や気遣いは捨ててしまえば良かったというのが今回の結論だ。
場合にもよるが大人に頼れる時は頼った方が良い。
俺も普段のように冷静ではなかった。
少し気負っていたのかもしれない。
次からはこれを反省して使える時は大人をもっと使おう。
頭を柔らかくすると他の案も出てくる。
フォレの所に行っても良かった。
ただ、隠れる事に関しては良いが武力的には不安が残るからやはりゲニアの所が安定か。
「という事で飯を奢ってやるから詳しい話しを聞かせな」
「やった! ゲニア太っ腹!」
「メリは素直だねえ。ほら、行くよ」
俺達はゲニアに先導されて飯屋に入った。
俺達は人攫いに襲われてからの一連の話しをした。
「お前達も大変だったんだねえ。けどロッシュ、味方を囮にするのは控えた方がいいよ。そこらへんの雑魚なんて正面から力で押し通りな」
「へいへい。次は危なげなく勝てるようにゲニア先生にもっと鍛えてもらうよ」
「ふむ、次の鍛錬はもっときつくしてあげないとね」
俺は余計な事を言った事に気が付いて顔をしかめた。
「今回勝てたからって油断しちゃ駄目だよ。戦いには何が起きるかわからないからね」
俺とラピアが神妙に頷いた。
メリは食べ物に夢中だ。
「まあ、お前達ならそこらへんの奴には負けないとわかっていたよ。さすが私が教えているだけあるな。うんうん」
ゲニアは満足そうに腕を組んでニヤニヤしている。
次の訓練でどんな風に痛めつけてやろうか考えている顔だ。
俺は話しを逸らすべく行動した。
「話しは変わるけど鍋を買おうと思うんだ。冒険者学校に通うようになったら昼飯にポリジを作るつもりなんだけど、どんな鍋がいいかな」
「なるほどね。だから麦袋を背負っているわけだ。小さい安いので1金貨、3人分を一度に作るとなると2金貨位の大きさの鉄鍋がお勧めだね。銅は安いけど長く使うことを考えるならやっぱり鉄製だ」
「ぐっ、やっぱ高いな。うーん、節約の為に鍋を買おうと思ったら節約する為にお金が掛かる状態になっているなあ」
「旅には必須だし長く使えるから早く買っておいて損はないよ。後は3人で相談して決めな」
ゲニアと分かれてからは冒険者学校に向かって昼に鍋を使って自炊していいかの確認した。
聞いてみた所、決められた場所なら可能との事だ。
俺は安心して鍋を見に行く事にした。
俺達は日用品を中心に揃えている鍛冶屋に着いた。
ゲニアお勧めの鍛冶屋で、値は張るが質が良いそうだ。
俺達が入店すると店番は声を掛けようとして俺達を見て止めた。
またこれだよ。
メリを先頭にして任せたほうが良かったのかなあ。
うーん、わからん。
今回は買う物も決まっているしジロジロ見られるのも腹が立つから声を掛ける事にした。
俺は堂々と3人分のスープが入る程度の大きさの鉄鍋を要求した。
店員は疑わしそうに戸棚から鍋を持ってきた。
鍋を軽く叩いてみる。
全体を軽く叩いたが肉厚が薄い部分がある。
「ここの鍋は質が良いって言われたけどたいしたことないね」
俺は雑に鍋を返した。
店員はむかっとした顔をしている。
帰れと言われる可能性もあるが強気で進める。
「はー、この程度か。高いし他の店に行こう。もっとまともなのがあるよ」
「ちょっと待て。これならどうだ」
店員は焦って別の鍋を渡してきた。
ちょっと調べてみたが大丈夫そうだ。
ラピアに鍋を渡して俺はもっと他の物を見せるように言いつけた。
店員は迷っていたが仕方なさそうに他の鍋を差し出してきた。
何種類かの鍋を見てラピアが選んだ作りのしっかりとした鉄鍋を買う事にした。
店員の態度が悪かったので値切りを粘りに粘って1金貨17銀貨で買うことができた。
これで俺達も明日から自炊ができる。
黒パンからポリジになるので食事はまずくなるが食べられる量は増える。
野菜でかさ増しもできるし今まで野草を見つけても焼く訳には行かなかった。
それが食べられるようになるので食事の幅が広がるな。
俺とラピアは嬉しそうに軽い足取りで帰宅した。
メリだけがこれからの生活を思い浮かべて少し悲しそうな顔でとぼとぼ後ろをついてきた。
朝が来た。
自前の鍋での始めての料理になるので俺とラピアは足早に町を出た。
門番から見えないあたりで俺達は朝食の準備を始めた。
昨日買った新しい大き目の水袋の水を鍋に注ぐ。
簡単な石のかまどを作って鍋を置く。
俺が今回の火担当だ。
魔法の上手さでいうとラピアになるがこれから毎日3食ラピアが火を使うと水適性のラピアには属性的に良くない。
火魔法の担当を2食が俺、1食がメリにする事にした。
浮かない顔をしていたメリだったが今は楽しそうにしている。
ラピアが木のコップで麦を掬う。コップで一杯で200g程度の麦が入る。
これで量をしっかり計れる。
掬った麦を両手を合わせて待機しているメリに少し乗せる。
ラピアが魔除けの草を粉末にした時と同じ動きだ。
ただし音が違う。
バリバリと鳴らしながら強化を使った両手を擦り合わせる。
そして小さく割られた麦を鍋に入れる。
麦は硬いから細かくするのが結構面倒なんだよな。
「やっぱメリは麦割りが上手いな」
「えへへん。はい、次いいよ」
メリは麦を細かくするのに夢中になって楽しんでいる。
ポリジが出来た時のメリの顔が楽しみだ。
冬の朝方の寒さを紛らわせる為に俺達3人は鍋に近付いて暖を取った。
ついにポリジが出来上がった。
蓋を開けるとポリジ特有の匂いが湯気と共に溢れ出した。
メリは俺が思っていたとおりに顔を顰める。
ラピアがポリジを器に盛ってくれた。
『いただきます』
自炊をすると思ったより時間がかかった。
しかし黒パンより量はポリジの方が多いし、野菜を入れたら栄養的にも良い。
黒パンに生野菜をかじっていた時よりは野菜が取りやすくなる。
できたて熱々のポリジを啜る。
うん、まずい。
食事と一緒にポリジの熱を体に取り入れるかの如くポリジをかっこんだ。
ポリジの量に満足しつつ俺達は火の後片付けをして森に向かうのだった。
雪が降った時は写本や下水掃除をした。
ラピアの報酬が上がったお陰で木材運びをしなくても道場に通う余裕ができる。
ただ、天気が悪いとせっかく買った鍋を使う機会が少なくなってしまうのは残念だった。
露天も保存が効く物が中心になっていて寂しい限りだ。
毎日、早く春が来るように願うのだった。