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村のゆっくりとした生活を満喫しながらも俺達は話し合いは進んだ。
結論から言おう。
鍋を買う事にした。
そして春からは主食はポリジだ。
主食ポリジについてはメリは徹底抗戦の構えを取ったが俺とラピアが組んでしまった為、勝ち目は無かった。
黒パンを毎日1個は高すぎる。
質より量のお年頃なのだ。
エル村の生活で唯一不満があるとすれば食事だ。
全然量が足りない。
元々多めに食べていたのもあるし、体をしっかり動かした事もあって常に空腹だ。
そして今まで俺達が贅沢していた事を改めて実感した。
食べられるだけ幸せなのだ。
鍋を買えば野草とかも食べられるし安い野菜をたくさん買えば嵩増しができる。
今までは調理済みの物以外は昼を除いて生食だったが俺達の食卓に文明の火が灯る事になる。
冒険者学校の様子を眺めていた時に敷地内で調理して食べている人も居たので大丈夫だろう。
一応学校に確認はしよう。
冒険者学校で出る飯は良くてもエル村と同程度だろう。
常識的に考えるとそれ以下でも納得のお値段だ。
メリも村での3週間で空腹のつらさがわかったようで最後の方は渋々ながらも納得した。
とにかく腹に何か入れないと話しにならない。
体力の元となる物が圧倒的に足りない。
今までは勢い良く食べていたが今ではじっくり味わってしっかり噛み砕いてできるだけ栄養を取りやすいようにしている。
量が変らないならどうにかして取れる栄養を増やさねばならない。
こんな細々とした生活をしていたら色々と細々としそうだ。
そんなエル村での生活で食に対する感謝が深まった。
もし、エル村で生活するなら食事量を増やす事が急務だな。
グロウにも飯をもう少し増やすべきと言っておいたがグロウも同じ考えを持っていたようだ。
しかしこれ以上は村の問題だから俺は触れられない。
次来る時は食事量が増えるといいなあ。
天気が良い日を選んで俺達はエル村を出た。
村総出で見送りをしてくれて恥かしかったが嬉しくもある。
次来る時には豚が増えてると良いな。
鍋を買うことを決めた俺達は大麦を1袋買う事にした。
カタロさんはただで良いと言ったがそういうわけにも行かないので1袋を3銀貨で買い取った。
それでも相場より随分安い。
鍋を買う前に中々痛い出費だが町で買うと4銀貨以上はする。
次に買う時には町で買わないで近くの村まで買いに行った方が節約になりそうだ。
あれ、けど買いに行くより働いた方が金になるのか?
まじめに走れば半日で往復できるだろうしどっちが得なんだろうか、うーん。
エル村からデロス町までは軽く休憩をしながらも走り抜けた。
気配察知に小動物が引っかかる事もあったが飛び込もうとするメリを止めた。
ここらへんの獲物は長期的にはエル村の人が狩るから止めておこうと言うとメリも納得してくれた。
強化を使って走ったので2時間ちょっとでデロス町に着いた。
デロス町に着いた俺達だったがウカリスの奴隷解放は町長のネポスがやってくれるだろうからそのまま素通りしようとした。
しかしメリが必死の形相で黒パンをねだったので仕方なく買う事にした。
久しぶりの黒パンにメリは満面の笑みで齧り付いた。
何を隠そう、俺も実は食べたかったのさ。
ラピアも俺達の中では一番小食だが嬉しそうだ。
これからはポリジ生活になるだろうから下手すれば今日で食い収めになるかもしれない。
他の屋台から漂う香りに後ろ髪を引かれつつもデロス町を出るのであった。
俺達は無事にグリエ町に到着した。
途中に人とすれ違う事があったが何事もなかった。
メリが気合を入れて蛇を捕まえたのでグリエ町に着く前に捕まえた蛇をまとめて食べた。
グリエ町に入る時に若干緊張したがそのまま門を通る事ができた。
まず長屋に行って紹介所に行って、時間が余ればゲニアの所に顔を出す予定だ。
長屋に近付くとメリが先行して様子を見に行った。
俺はいつでも動けるように荷を降ろして待機していたがメリが普通に合流してきて肩の力が抜けた。
特に変化はないようだし監視している気配もなかったそうだ。
俺達は一回長屋に入った。
部屋に入る前に屈んで床を見る。長屋の中は目を凝らすと埃が貯まっていて長らく誰も踏み入れてないようだ。
持ち運びに邪魔な小物が部屋の片隅に置いてあるがそれも変化がない。
下手すれば盗まれている可能性もあったが杞憂に終わったようだ。
部屋の掃除は後にするとして俺達は紹介所に向かった。
「おっ、久しぶりだな。大丈夫だったか。大丈夫だからここにいるのか」
いつもの受付の男が俺達を見つけると若干嬉しそうに声を掛けてきた。
「ああ、俺達に関して噂は流れた?」
「おう。人攫いを返り討ちにしてそのまま売り払ったのは聞いたぞ。それ以降来なくなったから心配してたんだぜ?」
「そりゃどうも。その件なんだけどさ、俺達が捕まることはないよね?」
「特に手配はされてないな。一応兵士がお前達について聞き込みに来たぞ。それもどちらかというと普段の素行調査みたいな感じだったぜ。もちろんしっかり褒めておいたよ。仕事熱心でまじめな子供達で自分から手を出すような子ではありませんってな。なにやら事情があったようだが軽く聞かれただけで済んだぜ。それにお前達は一般市民であいつらは冒険者だからな。お前らも冒険者だったら聞き込みがあったかもしれないけど冒険者が一般市民を襲ったら厳罰だぜ。お前達は冒険者学校に入ってないからそこらへんの詳しい話しは知らなかったか」
「そうだったのか。安心したよ」
「俺が兵士にしっかり言ったお陰でもあるな。うんうん。つまりそういうことだ。いやー、俺も発言力が高くて困っちゃうね。感謝してもいいんだぜ?」
「なるほど、下水掃除か。寒いから止めとく」
「そこはお礼に受けておく所だろー。そこんところをどうにかしてくれよー。先方もお前達がいいって言ってるんだからさー。それと指名ではないがラピアちゃん向けに本屋から新しい写本の仕事が紹介できるようになったぞ」
「私ですか?」
「ああ、今までは文字だけの写本だったがそれとは別に絵を描く仕事が入っている。期間は1冊分の絵が終わるまでで、1日12大銅貨だ。お前達は多才だなあ」
「奮発してるなあ。と言っても本次第か」
「それでもかなり割りの良い仕事だぜ。お前達は木材運びばっかりだが普段の仕事が認められるとこうやって新しい仕事が受けられるようになったり正規雇用になれたりするんだ。その時もしっかり紹介所を通して登録しろよな」
「わかった。明日はとりあえず木材運びで良い?」
メリとラピアが頷いた。
「そういう事でよろしく」
「おう。でも下水掃除もやってほしいなー。この時期は誰もやらないんだよなー」
男がわざとらしく何か言っているが俺は木札を受け取って紹介所を後にした。
「やってあげたほうがいいかな?」
ラピアはなんて優しいのだろう。
やってあげても良いけどはっきり言って寒いんだよなあ。
まだ寒いから他の仕事が無い時なら嫌々やってあげるさ。
一つ返事で受けるのもしゃくだし、俺達がその内に受けるとわかっているので面倒だ。
「私も別に大丈夫だよ」
「様子を見てその内だな」
俺達は頷きあってゲニアの道場に向かった。