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豚の餌集めは順調に終わった。
冬眠していた蛇をメリが捕まえたのを見て子供達は羨望の眼差しを送っていた。
集めた草は後でラピアが軽く毒草が混じってないか見る事になったし、豚も自分で食ったら駄目な草はわかるから大丈夫だろう。
夕方になる頃にはみんなが仕事を終えて村に戻った。
そしてこれから戦闘訓練をする。
普段は戦闘訓練に時間を割くには畑仕事の時間を削らなければならない。
しかし冬なら畑仕事が落ち着くので最適なのだ。
いつもはばらばらに作業している村人達が一ヶ所に集まってくる。
村人総出で訓練だ。
以前は大人の男を中心に軽く棒を振るう程度だったがミュッケ村の子供達と合流してからはミュッケ村の訓練を参考にしてできるだけ全員が参加している。
それはスタンピートから逃れている時に見せた女子の奮闘によるものだ。
ミュッケ村では全員が戦闘訓練をしているので村全体の地力が違う。
女の子でも子供でも武器を扱う事ができるし普段から運動することに慣れている。
エル村ではデロス町に税金を払う事で村の護衛や魔物の間引きをしてもらっていたが今回の事で考えを改めて鍛える事にしたらしい。
というより今までの話しを総合すると前村長が村人に力を持ってほしくなかったというのが理由かもしれない。
あんまり積極的に戦闘訓練を行わなかったそうだ。
下手に村人が強くなってしまっては村長の支配力が弱くなってしまう。
今回の人攫いの件で平和な村人達も危機感を感じてくれたなら幸いだ。
みんなが集まると俺達3人が前に出された。
はっきり言ってすごく恥かしい。
現にラピアも恥かしそうにもじもじしている。
メリだけはどんとこいといった雰囲気を醸し出しているので見習いたいもんだ。
「グロウから訓練内容を聞いたよ。とりあえずみんなはいつも通り訓練してね。私達が回って気が付いた所を教えるよ。では訓練かーいしっ!」
何故かメリは拳を高々と上げた。
子供達が声を上げてそれに倣う。
大人達も遅れて拳を上げた。
みんなの前にいる俺もやらないわけには行かないのでやけくそ気味に拳を上げた。
流れでやってしまったが内心はすごく恥ずかしかった。
村人が訓練を始めると俺は気持ちを切り換えて素早く移動を開始した。
何時までも注目される位置に居るのは恥かしい。
ラピアも俺の意図を読み取って素早く動き始めた。
メリだけは最初の位置で腕を組んでうんうんと頷いている。
しかしいきなり指導を始めろと言っても中々難易度が高い。
ここはすまないが早いもの勝ちでエル村出身の子供達を最初に見るとしよう。
いきなりエル村の大人達にビシバシと指導するのは俺の精神力ではつらい。
そこらへんはメリ大先生にまかせるとしよう。
ラピアは女性陣を中心に教えると思うから無難な所を先に掻っ攫うぜ。
村人の訓練を軽く見回したがやはり動きとしてはミュッケ村出身者が良い。
エル村の大人達も力はそれなりにあるだろうが多くの人が動きがまだ少しぎこちない。
それでも冬場にしっかり訓練すればある程度までは上達するだろう。
そうすればゴブリン位なら1対1は難しくても2、3人で無傷で倒せるようになるはずだ。
うん、みんなまじめにやっていて気持ちが良い。
俺はミュッケ村を思い出して鼻の奥にきたが顔を強く振った。
何も考えないように強く地を踏みしめた。
子供達は集まって訓練をしている場所でグロウが子供達を見ている。
「おう、みんなはどうだった?」
「冬の間にしっかり鍛えれば最低限の所までは行けそうだな」
「まあな。村に来てからは畑とか家を直さないといけなかったからやっと訓練できる時間ができた所だ。本当は畑をもっと広げたいけど道具が少なくて厳しいなあ」
「俺達も畑の方に参加するぞ。採取の方は俺達抜きでも変わらないだろ」
「おいおい、蛇とかの肉を補充するのは重要な役目だぞ。少なくてもだしが出るからあったほうが断然良い。早く俺も気配察知できるようになりたいぜ」
「気配察知は時間がかかるからなあ。俺も教えられるか微妙な所だ。日頃の訓練から自力で習得してくれとしか言えないな。今の所は雨とか雪の日の訓練でやろうとは思ってる」
「ロッシュでも上手く教えられないかあ。ラピアはどうだ? けどメリよりはましだろうから明日にでも最初に軽くやってもらおうかな。訓練自体は各自でできるから教わるなら早い方がいい」
「わかった。ラピアでも厳しいだろうけど早い事に越した事はないな。俺達の場合、夜出歩きたくなかったのもあって毎日結構訓練してたのが良かった」
「よろしく頼むぜ。エル村の食卓はお前達に掛かっているんだ!」
「気配察知できるようになっても根こそぎ狩るなよ?」
俺はグロウとの話しを終えて子供達の方をじっくり見た。
まだまだってところだ。
けど小さい頃から訓練しているのとしていないのとでは全然違うから良い傾向だ。
才能があるやつなら大人になってから始めてもあっという間に強くなるけど凡人はやはり経験が多い方が有利になる。
素振りから始めて模擬戦まで一通りの訓練が終わった。
俺も最初は若干気後れしていたが雰囲気も良かったので最後の方は大人の方にもしっかり教える事ができた。
ありがたいことだ。
普通だったら子供のくせにと思われてもしかたない所だがみんなが一生懸命でまじめだった。
気配察知ができるようになると読めすぎて色々と面倒だがエル村には町にあったような刺々しさがなくてゆったりしていて俺的にはかなり心地が良い。
ゆったりしすぎて不安になるがそれはグロウの仕事だ。
ラピアが薬師になれたら村に引っ込むのも有りかな。
でもまだ色んな事を体験したい。
そう思う反面、俺の臆病な心がさっさと守りに入れと急かす。
小金を手に入れただけで心が揺らいでしまう。
どっちにしろもっと先の話しだ。
今後どうするかは端っこにそっと置いておこう。
一通りの訓練が終わるとメリがみんなの前に移動した。
「これから5人位に分かれて村の周りを走るよー。体力が一番重要なのさ!」
メリは変なポーズを決めて言い放った。
終わったと思っていた所に伏兵が現れてみんなギョッとしている。
「さあさあ、大人から順番に5人組を作ってかけっこの始まりだよ!」
大人達は言われたとおりに走り始めた。
走るのは聞いていなかったが良い案だ。
俺からしてみれば体力が有り余っている状態だから溜め込まずに一気に使い切る。
突然言われたにしてはみんなまとまっていて子供達のほとんどが走り始めている。
「これはメリがお手本を見せてやらないとな。ラピア、今回はしっかり走りたいから子供達を見ててくれない?」
「うん、いいよ。二人ともがんばって」
「よしっ。ロッシュ競争だよ」
「今日は体力をほとんど使わなかったからまじめに走るか」
俺の了解を聞いたメリは走り始めた。
俺もそれを追う。
強化を使った方が訓練になるが今回は村のみんなに体力の重要性を知らせる為に強化なしでいく。
走っていると徐々に太陽が地平線に沈んでいく。
少しずつ暗くなり寒くなっていく中、俺達は懸命に走った。
純粋に走るのは気持ちが良い。
走るなら街中より外の方が空気が澄んでいて身が引き締まる気がする。
最後まで走っていたのは俺とメリだけだったが外が暗くなってきたので今回はこれで止めておいた。
途中、子供達の様子を見ていたラピアが村全体を軽く照らすライトを使ったのでまだ走る事はできたがポリジの香りがしてきたので俺達はウォータで汗を流して村長宅へ向かった。
グリエ町に居た時は走ってばっかりだったので急に走らなくなると体がムズムズしてくる。
明日は朝からもっと走ろう。
ついでに畑の拡張も手伝って体力を消費した方が良さそうだ。
俺は明日の予定を考えながら夕食を食べるのであった。