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朝の鐘が鳴る前にいつものように俺は目を覚ました。
今日は豚を買ってその後はエル村に向かう事になる。
カタロさんは昨日の内に今日発つ事を町長に言っていたので朝一番で豚を買いに行く。
なんだかんだ言って高い買い物は大人の男がやったほうが色々と楽だ。
俺が交渉しようものなら、なめられて話しにならないだろう。
カタロさんが値段交渉をしている間に俺達は豚の品定めを始めた。
「どれが良いかな?」
グロウが嬉しそうに豚を眺めた。
「とりあえず元気なのを探そうぜ」
俺達が柵の外から豚を眺めていると気性の荒い豚が柵に突進してきた。
「おー、こいつ元気がいいな。とりあえずこいつにしようか。雄かな?」
俺達がそんなやりとりをしていると交渉が終わった。
3匹で2金貨と10銀貨だそうだ。
普段は大人の豚1匹が1金貨だが冬なので売られる豚が多くて若干安く買えたようだ。
冬越しをさせるには多くの餌が必要になるので餌が足りない分の豚は売られる。
今は一番豚が市場に出回る時期になる。
件の気性の荒い豚は雄だった。
それと元気そうな雌を2匹買った。
店主は気性の荒い豚に縄をかけるのに苦労していていたが売れた事に少しほっとしているようだ。
やっとの事で縄をつけた店主だったが縄を受け取りに出たのがメリで大丈夫かなといった顔をしている。
雄豚も同様だったようでメリに縄が渡されると急に走り出した。
雄豚が勢い良く走り出したが縄が張ると見えない壁にぶつかったように情けない声を上げて立ち止まった。
メリは最初の位置から動かずに片手で豚の必死の逃走を止めた。
縄には少しの強化がかかっているがそれは力が足りないのではなく縄の耐久性を心配しての事だろう。
豚も一生懸命踏ん張って逃げようとするがピクリともメリは動かない。
「逃げちゃ駄目だよ」
豚は逃走を諦めると一転してメリに目掛けて突進をした。
しかしメリは落ち着いて豚の頭を抱えて豚の突進を正面から止めた。
そしてどうだという顔で俺達を見回した。
「服が汚れるから嫌なんだよな」
俺がメリの後ろの少し離れた場所に待機した。
メリはがっぷりと組んでいた腕を放して豚を解放した。
解放された豚は一瞬戸惑っていたようだが正面にいる俺を見つけると再び突進をした。
俺が突進を受け止めた後はグロウがそれに続いた。
その後、俺達3人で怪我をしないように丁寧に雄豚を持ち上げたり受け止めたりして遊んだ。
豚は賢いのでこれで上下関係がわかっただろう。
気性が荒くてもこうやって上下関係をわからせてしまえば可愛いものだ。
疲れ切った雄豚は反抗を諦めて渋々俺達を認めた。
残りの2匹の雌豚は最初から大人しい。
カタロさんは感心しながら言った。
「すごいですねえ」
「豚は賢いので最初に上下関係をきっちり教え込むんですよ」
俺は服に付いた泥などを払いながら言った。
最終的にメリが雄豚を、俺とグロウが雌豚の縄を持って移動を始めた。
雄豚は大人しくしつつもまだ完全に諦めてない空気を醸し出している。
あれは隙あらば反抗する目をしている。
俺はそれを見て中々良い買い物だったと思った。
俺達は豚を伴って何事も問題なくデロス町を出た。
町と町の移動はいつも走っていたが今回はゆっくりと歩いている。
物足りない気分だが天気も良い事もあってこういうのも有りだなと思った。
肌寒いが日の光が暖かい。
こうやってゆっくりする事は最近ではなかったのでなんか気が緩んでくる。
俺がまったりとした気分で散歩を楽しんでいるとメリが声を上げた。
「あ、なんかいるよ。誰か豚持って」
「はいはい」
メリは俺に縄を手渡すと急いで草むらへ飛び込んで行った。
暖かいからギリギリ冬眠前の蛇でも居たかな?
俺がそう考えているとメリが満面の笑顔で帰ってきた。
取った兎を高く掲げて戻ってきた。
「お、兎だ。当たりだな」
「へへーん。どうよ」
「メリ良くやった!」
「他にもいるかもしれないから豚は俺がこのまま持ってるよ」
「やったー。ロッシュにまかせたよ」
「俺はまだ気配が察知できないんだよなあ。早くできるようになって肉を捕まえたいぜ」
「しょうがないな、グロウにも私がコツを教えてあげようじゃないか」
メリは喜んでいるグロウに気配察知のコツを教えて始めた。
しかし時々聞き取れる言葉は擬音ばかりでグロウの顔を見るとさっぱりわかってないのがよくわかる。
俺は再び散歩気分に戻った。
デロス町を出たのが遅かったのでエル村に付く前に昼飯を取る事にした。
昼飯と言っても来る途中にメリが捕まえた蛇と兎になる。
元々昼飯はエル村で食べるつもりだったのでデロス町では何も買ってきていない。
黒パン1食でも人数分買うと結構な出費になってしまう。
水瓜も時期が少しすぎていて食べられるか微妙だったので止めておいた。
しかし今回は途中で人数分の蛇を捕まえたので準備は万全だ。
腹には溜まらないがエル村まではまだもう少し時間がかかるそうなので空きっ腹で歩き回るよりは良い。
俺達は手馴れた動作で蛇の革を剥いでいく。
蛇と兎の内臓は豚に食べさせる。
豚はグロウとラコスにまかせている。
スタンピート後にゴブリンが増えているそうで警戒は必要だ。
来たら来たで返り討ちだが数が多かった場合に豚に逃げられる可能性が出てくると困る。
豚ちゃん達にはしっかりと増えてもらって俺たちの腹と懐を温めてもらうのだ。
俺の心情を知らない豚はもっとよこせと言わんばかりに鼻を鳴らして擦り寄ってくるが生憎、残りは俺達の分だ。
現金な奴だが甘えは禁物、雑草をどうぞ。
俺達から追加を貰えないとわかった豚は諦めて回りの草を食べ始めた。
豚が草を食っている間に肉を強火で焼く。
魔境に行った時も思ったがやはり鍋がほしい。
焼くのも簡単になるし煮るのができるようになれば山菜等も気軽に調理できるようになる。
次に町に行ったら見てみるとしよう。
人数分で分けたので少ししか食べられなかったのが残念だが、取ったばかりの兎肉は美味かった。
昼飯にしては量が少ないが何も食わないよりはましだ。
そして火の後始末をして俺達はエル村に向かった。
俺達は何事もなくエル村に到着した。
エル村の入り口では大人とミュッケ村の子供が棒を持って見張りをしていた。
メリが真っ先にそれを見つけて手を振ったが向こうはまだ俺達に気が付いていないようだ。
俺もまだ完全には見えてないがメリが見間違った事はないのでいるのだろう。
どうやったらあんなに目が良くなるのだろうか。
少し歩くと向こうもこちらに気が付いたようで手を振り替えしてきた。
ウカリスとラコスを先頭にして俺達は豚を引いて後を着いて行った。
見張りをしていた子供がこちらに駆けて来る。
「良かった。みんなおかえり!」
『ただいま』
そう言うとすぐ踵を返して村に戻った。
走りながらウカリス達が帰ってきたぞと叫ぶと家々から人が出てきた。
ウカリス達を見た村人が各々声を上げる。
なんだか目頭が熱くなりかけたが慌てて首を振った。
俺はそんなみんなの様子を見ながら少し羨ましい気分になってしまった。
主役のウカリスとラコスがみんなに囲まれた。
子供達は俺達と豚を見つけたがちゃんと主役がわかっているようで手を軽く上げて囲いに参加していった。
俺達はカタロさんに先導されて豚を入れておく小屋に移動した。
かなり簡単な作りの小屋で豚が暴れたら壊れそうな雰囲気だ。
カタロさんが言うには村長宅以外はみんな同じようなものなので急いでしっかりとした豚小屋の作るそうだ。
それまでは人が気をつけていなければならない。
まあ、小屋から逃げても村自体に囲いがあるからすぐ外に逃げられる事は無いだろう。
カタロさんが豚の世話をしていた事がある人を連れてきてくれたので後をまかせた。