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話しが一段落したので自由時間といった雰囲気が漂い始めた。
カタロさんは俺達に近付いてきて3金貨を俺達に差し出した。
「これがそのお金です」
「ありがとうございます。この1金貨はエル村の為に使ってください」
俺は苦渋の選択をした。
さすがに3金貨丸ごと受け取るのは対面上、厳しい。
それに交渉はカタロさんにまかせていたので顔を立てる意味でも必要になる。
「いえ、受け取れませんよ。町長様からは別途にお金は受け取っていますので」
その後、お互いに譲り合ったが結局お金は受け取ってもらえなかった。
受け取ってもらった方が心情的にはさっぱりとして楽だが善意で押してこられると困ってしまう。
グロウは露骨に勿体無いなという顔をしている。
全く、グロウが成長したと思ったけどまだまだだな。
身内だらけで油断しているってのもあるだろうが小さい得に拘って大きな得を逃すタイプだ。
それに比べるとカタロさんは人ができている。
甘すぎて逆に心配にもなってくるが俺が心配しても大きなお世話か。
グロウがんばれよ。
俺は無駄に上から目線で彼らを批評するのであった。
もちろん俺達も彼らによって批評はされているからお互い様なはずだ。
俺は受け取った金貨を握り締めてメリとラピアに向って気配を飛ばした。
丁度2人はウカリスと3人で話しをしていたが俺が注意を向けると二人は気が付いた。
話しを中断させて無粋だが急ぎの話しができてしまった。
俺に視線を向けていないがメリは話しに区切りを付けて合流してきた。
「どうしたの?」
メリは疑問顔だ。
反対にラピアは話しの内容がわかっているようだ。
「カタロさんにお金を受け取ってもらえなかったんだ。だからといって何もしないわけにはいかない。どうすれば良いかな?」
俺はカタロさんに1金貨を渡すつもりだったが受け取って貰えなかった事を説明した。
1金貨は大金だ。
俺達の年齢で金貨を持つって事は中々ない。
カタロさんだから俺達に全部戻ってきたが欲が深い奴なら全額没収される可能性すらある。
いくらエル村の人達が良い人ばかりとは言ってもお金を持ちすぎていると目が眩んでしまうという可能性も否定できないしその状況を生み出し兼ねない状態は不健全だ。
剣を売った代金も受け取っているし俺達が大金を持っている事が知られてしまっている。
金貨の存在を知られたからにはそれなりの対処をしなくてはならない。
逆に1金貨で済ませられずにこっちに判断を投げられた方が困ってしまう。
ということで3人で相談しようと思ったのだ。
明日に町を発つのならできるだけ早く何を買うか決めておかなければならない。
「何かしらを買おうと思うんだけど何を買えば良いかな?」
「おみやげだね!」
メリはいまいちわかっていないようだが近からず遠からずだな。
「グロウ達が買った物を少し見たけど生活に使う小物が中心だったね。食べ物は足りてるみたいだからお塩とか小物になるかなあ」
ラピアは思ったより良く見ていてこれはラピアに任せた方が良さそうだ。
迷ったら塩を買えば良いからそれ以外は特に考えてなかった。
塩さえあれば大丈夫だ。
塩は万能なり。
「お肉は高く付くからなあ。お酒も捨てがたいなあ」
「それはメリが食べたい物だろ」
「なんかありきたりだよね。ロッシュ、なんかみんなが驚くような物はないの?」
「塩でいいよ、塩。迷ったら塩、困ったら塩。どんな微妙な味のポリジでも塩を軽く振っただけで美味しく食べられる。」
「面白みがないなあ。塩は最後としてなんか他は~?」
「果物の木の苗は時期がちょっと合わないよね」
以前村に行った時にはあんまり意識していなかった。
魔境の近くだと魔素があるお陰でどんな種類の木でも結構大丈夫だった。
しかし普通の土地だと合う木と合わない木があるからしっかり調べないとな。
店頭に並んでいる時点で大丈夫だとは思うんだが……。
「もう少し暖かくなってからの方が安心だよなあ。そうすると植物の種とか?」
「普通の種は私達が買わなくてもあるよね。珍しい種は明日の朝すぐ見つけるのは難しいなあ」
「うーん、今安くてすぐ手に入るけどいくらあっても困らない物・・・・・・」
「豚丸ごと1匹食べたい!」
「1金貨あれば1匹分は買えるか。けど贅沢すぎる。塩だったら随分な量が買えて長持ちだぞ。豚だと食ったらお終いだ」
「あ、それもいいね」
ラピアが軽く手を叩いた。
ラピアらしからぬ対応に俄然興味が沸いてきた。
普段のラピアなら絶対塩を押してくるはずだ。
「やった。じゃあ豚1匹ね」
メリはラピアの賛同を得て勝ち誇って踏ん反り返った。
まずいぞ、このままだと負けてしまう。
食べたいけどそのお金があればもっと村を豊かにさせる物が買えるはずなんだ。
「これはカタロさんに相談する必要が出てくるけど豚を3匹買うのはどう?」
「あー、そういう事か。俺は良いけどそれだけ払ったならお金はしっかり返してもらうよ」
「金額が金額だから将来的には返して欲しいよね。それも含めて一回相談してみよう」
俺とラピアが話し始めたのを見てメリはさっきの体勢で固まっている。
どうやら内容はわからないが自分が願っているのとは別の方向に行ってしまったことはわかったようだ。
「え、どういう事? そんなにいっぱい食べるの? 嬉しいなー」
「豚を買って増やすんだよ」
「飼うのかー。食べないのかー。食べたいなあ」
メリが大げさに肩を落とした。
「上手くいけば2、3年後に食べられるよ」
「今食べたいー。けどしょうがないかあ」
「メリ君が納得してくれた所で話しを進めようか。もちろん、エル村で豚を飼っていない事が前提だ。既に飼っていたらこのお話しはなしってことで。もしまだ飼っていないならかなり期待できるはずだ。豚の数は最低2匹だけど安全を考えて雄1匹に雌2匹だ」
「うん。本当は雌がもっと多い方が良いけど3金貨なら3匹買えるだろうから丁度だね」
「よし、ならカタロさんに相談しにいこうか」
「豚の発案は私なのに・・・・・・」
メリが拗ねた振りをしているが気にせず俺達はカタロさんに相談しに向かった。
俺達の相談を聞いたカタロさんは大いに驚いた。
エル村では現在、鶏は少しと兎を飼っていて数を増やしている最中だそうだ。
豚は高いのでまだ居ない。
最低でも2金貨はかかる上、スタンピートがまたあることを考えると鶏ならまだしも豚までは手を出せなかったようだ。
幸い、前村長が豚を飼っていたので世話をできる人が何人かいるそうだ。
以前は小作人だったが今では自作農になっていて世話をして貰えるか相談する必要があるが村全体に取っても得なので大丈夫だろう。
格差がなくなったので村は以前より賑わいを増しているそうだ。
豚は病気に強いのでミュッケ村で軽く世話をしていた子供達だけでも大丈夫だと思うが経験者がいるか、いないかでは大きく違う。
俺の細々とした心配を余所にカタロさんは乗り気だったので話しはすんなり決まった。
最初の1、2年は数を増やして3、4年目に豚を売って4金貨を俺達が受け取る事で話が付いた。
大金なので話しがどうまとまるか心配だったが双方が納得できる結果となった。
俺としては3金貨が戻ってくれば良かったのだがしっかりお金を払いたいというのがカタロさんの意見なのでそうすることにした。
ミュッケ村の子供達なら最低限のヒールをみんなが使えるので豚が病気になっても数が少ない内は力技でなんとかなるだろう。
あとは適正がある人がキュアを使えるようになれば最高だ。
最初の年さえ無事に越したらあとは数を増やせるだろう。
エル村の人達は家財道具を一回ほとんど失っているのでお金を持っている家が豚を飼い始めるとまた前回のように貧富の差が一気に広がってしまう。
そういう意味では共有財産としてなら角が立たない。
俺の豚か……。
実際は俺の豚ではないが豚を買える日が来るなんて感慨深い。
自作農家の夢の一つだよな。
広い土地にたくさんの豚。
豚は多ければ多いほど財産になり年々それが増えていく。
そう考えると豚を思いっきり抱きしめて頬づりしたくなっちゃうよね。
冒険者を止めて村に引っ込んでもそれなりに幸せになれそうな気がしてきた。
だが上記の理由で村の平穏を乱しそうなので駄目だ。
想像だけにしておこう。
お金はすごい。
3金貨あれば豚を飼い始める事ができる。
村だったら農地が買えるし、奴隷だって安い子供なら買える。
そもそも村にいるなら奴隷なんか買わなくても現物支給で安くこき使える小作人を雇えば良い。
村には現金収入を得る機会が少ないので町より現金の価値が高い。
日雇いを頼むにしても町より随分安くしても人が集まる。
人生を変える額ではないが他人より1,2歩分前に進める額だ。
うん、特に難しい事は考えてなかったが深く考えると中々の妙案だ。
スタンピートで町に逃げてきても繁殖用に数匹残していれば再起もやりやすいだろう。
エル村の人達はみんな素朴な良い人達なので大丈夫だろうが村でのミュッケ村の子供達の立場を良くする為に考えて損はない。
これから少しの間は寝床と食べ物をただで振舞ってもらうつもりなので一目で分かるおみやげとして効果を発揮してくれるだろう。