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男の両手と両腕を1本の縄で不恰好に縛り付け、縄を強化して簡単には逃げられないようにした。
人攫いから痛みによる声が上がるが殺されないだけましだと思ってほしい。
浮浪者に死体の処理をまかせて俺達は奴隷商人の下へ向かった。
普段は使わない人通りの少ない道を選ぶ。
「許してくれ。なんでもするから奴隷商人と詰め所はやめてくれ」
男はしきりに逃げだそうとするがわざと縄を引っ張って無駄な考えを起こさないように牽制する。
話しかけて集中力を乱すことにした。
「なんでこんなことしたの?」
「違うんだ。俺は元々そんな気はなかったんだ」
「人攫いはよくしてたの?」
「俺達はそんなことはしない。ただ、脅して金を取ろうとしただけなんだ。あいつが勝手に攫う気になってただけで俺は違うんだ」
「冒険者なの?」
「そうだ。金が欲しいなら後で必ず払う。だから見逃してくれ」
「見かけた事はないけど俺達を狙ったの?」
「誰でも良かったんだ。お前達を狙ったわけじゃない。許してくれよ」
歩いていた時に強い敵意とか殺意を感じなかったのはこの為か。
無計画にも程がある。
行き当たりばったりを察知できるはずがない。
しかし最初から俺達を狙っていたとしても町中が殺気立っていて区別が付かなかっただろう。
俺はどちらかというと突発的な出来事に弱いので困ったものだ。
裏道を通っていると人の気配がするが遠巻きの視線を感じるだけで近づいてくる者はいない。
冬で人通りが少ないのが唯一の救いだ。
今回の件は町中に広まることだろう。
その上、噂はおもしろおかしく広がりそうだ。
一番心配なのはこいつらに仲間が居た場合だ。
仲間が居た場合、そいつらに復讐される恐れがある。
浮浪者のじいさんに確認はしたものの、完全に信用してしまうのもよくない。
こいつらと同程度ならなんとかなるかもしれないが強い奴を呼ばれたら今の俺達ではどうしようもない。
今後の事に頭を悩ませていたが思ったより早く奴隷商人の店に到着した。
護衛が扉の左右に1人ずつ店の入り口に待機している。
俺達が視界に入ると少し驚いた後にやや戸惑った様子で俺達の出方を待っている。
「男を1人売りにきた」
「わかった。入れ」
人攫いは建物に入ろうとしたわずかな隙に逃げ出そうとした。
しかしそれを待っていた俺は縄を強化して男を力強く引っ張り上げた。
人攫いは踏ん張りが利かずに投げ飛ばされたが地面に打ち付けられる前にギリギリの所で受身を取った。
俺は構わず前後に縄を振って人攫いを地面に叩きつけた。
人攫いが受身を取れたのは最初だけで後は不安定な姿勢で地面に叩き付けられて悲鳴を上げた。
護衛は武器を構えて俺達を牽制している。
「生きが良くってね」
俺は痛みで蹲っている人攫いを観察した。
縄で縛られた不安定な状態で地面に叩きつけられたので思いのほか効いているようだ。
とりあえず今すぐまた逃げようとする事はないだろう。
俺は人攫いが良いタイミングで逃げようとしてくれて悪くないなと思った。
そして人攫いを引きずって店の中に向かった。
人攫いは小さな悲鳴を上げて引きずられないように自分で歩き始めた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件で?」
奴隷商人と思わしき太った男が仰々しく俺達を向かえた。
今のやり取りが聞こえていただろうにあたかもそんな事聞いていませんよといったすまし顔だ。
「この男を売りたい。いくらになる?」
「しかしこの男は嫌がっているように見受けられますが?」
奴隷商人はにやにやしながら俺の出方を待った。
「こいつらは人攫いだ。俺達を浚おうとしたのを返り討ちにした。他に3人居たが邪魔だったので殺した」
「それは大変でしたねえ。それなら詰め所に突き出した方が良いのではないでしょうか?」
「助けてくれ!金は」
今度は縄を下に引いて人攫いの男を地面に引きずり降ろした。
手前に引っ張った勢いで人攫いの腹に手加減をして蹴りを入れる。
地面に転がされた人攫いは体を九の字にして咳き込んだ。
「詰め所に出されて処刑されるのと今殺されるのと奴隷になるのとどれか選べ」
俺のさっきからの一連の行動にラピアは若干引いて怖がっている。
それが何より俺にはつらい。
これは振りなのに。
「・・・・・・。奴隷で良い」
人攫いは少し考えた後に観念したかのように地に這ったまま答えた。
「奴隷にしてくださいだろ?」
俺は力を入れて縄を俺の方にゆっくりと引く。
足を上げて踏み付ける準備はいつでも万端だ。
「ひっ、奴隷にしてください!」
「という事でいくらになる?」
俺達のやり取りを舐め回すような目で見ていた商人は頷きながら言った。
「2金貨ですね」
「健康な若い男だったら10金貨で売れるだろ。あんまり安いと他の店に行くぞ」
「いやー、困りましたね」
奴隷商人はやたら大きな動作で困った振りをした。
思ったより相手が強気なので俺は上げられても3金貨位なのかと思う程だ。
さすが本職なだけあって手強い。
奴隷商人が気持ち悪い位に強気なので俺は気味悪くなって諦める事にした。
「そうか。他の店にするよ。ありがとう」
「あー、ちょっと待ってください。短気は損気ですよ。見切りが早すぎて困っちゃいますよ。いやー、実はでしてね? お客さんが確実に欲しがる商品があるんですよ。だからもう少し話しを聞いてもらえませんかねえ」
人を小馬鹿にしながらもモミ手をしている奴隷商人の余裕は崩れない。
「奴隷なんていらない。俺達じゃすぐ逃げられるのが落ちだよ」
「お客さんの評判は聞いていますよ。その年で上手い事やっているらしいじゃありませんか」
蛇の舌に舐められたかのごとく悪寒がする。
自分達の情報が知られる事がこんなに気持ち悪い事なんて思いもよらなかった。
しかしそこまで知っていての自信は気になる。
大人の男を買っても逃げようとするだろうし、子供は買っても金を稼げない。
それに一番の問題は俺達の仕事に付いて来れる奴隷が安く買える訳がない。
「とりあえずその商品を見せてもらおうかな」
「はいはい。もちろんですとも、足元に気をつけて着いてきてください」
買う気は全くしないが奴隷商人の自信に興味が沸いてきたので見ることにした。
薄暗い店の中を奥へと向かう。
商人の横にはそれなりに強い護衛が2人ついている。
もしかしたら俺達を捕まえるつもりかと思い、メリの方を向いた。
メリと目が合ったがいまいち通じなかったらしい。
興味深そうにキョロキョロしている。
「奥に他の護衛の気配はある?」
「うーん、わからないけどあんまり強そうな人の気配はしないよね」
俺はメリに小声で確認したがわからないそうだ。
俺は警戒しつつも少し遅れて奴隷商人の後を追った。
いざとなれば今売ろうとしている男を囮にして俺達は逃げよう。