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 冬の訪れと共に人々の心にも少しずつ冷たくなって外出している人も少なった。

露天の数も減り、店に並ぶ商品の種類も減っている。


町人は何かに追い立てられるかのように足早に移動している。

逆に仕事にあぶれた冒険者や日雇いが昼からふらふらしている。


この時期になると俺達もできるだけスラムの方には行かない事にしている。

俺達へ向けられる視線は妬み等が混じりあった嫌なものだ。


もちろん特に理由はないだろう。

ただ、自分より少しでも幸福な者を無意味に妬みたくなる時期なのかもしれない。


特にメリの成長もあってか視線は強くなるばかりだ。

俺達は町人と同じように足早に移動している。


夕方は暗くなる前にできるだけ早く帰ることにしているが日雇いの仕事が長引く日がたまにある。

普段は鐘が鳴るまでなのだが慣れた職場だと急な仕事等で遅くなることがある。


その分、お金はしっかり増えるので悪くはなのだが俺としてはさっさと帰りたい気持ちでいっぱいだ。

しかし周りの日雇いは冬場の仕事で報酬が上がるのはありがたいという具合だ。


さすがに俺達だけ帰るというのは少しきつい。

そういう日は涙を飲んで市場に寄らずにそのまま長屋へ帰る。


夕飯のおかずがないのは悲しいが無用な争いに巻き込まれる可能性が減るならしょうがない。



 寒くなるに連れて日雇いも減る。

外を出歩いている人が一定まで減った後にそこから徐々に増える。


そうして増えた女性達の視線がまた男とは違って怖い。

顔は笑顔だが目の奥から黒い感情が滲み出ている。


気配を読めるようになって便利になったがこういうできれば知りたくなかった事まで感じられるようになって痛し痒しだ。

いや、読めるだけましか。


俺達は人目を避けるように足早に帰路に着いた。

そうして歩いていると偶然にも俺達以外の人通りが絶えた。


スラムからは随分離れているがすぐに人通りの多い道に合流しよう。

すると視線を感じた。


顔を向けないように視線を一瞬動かした。

小さい口笛の音が鳴る。


慌てた気配がして前方の脇道から男が出てきた。

俺達は脚を止めて急いで来た道を引き返そうとした。


しかし振り返ると慌てた様子で俺達の退路を塞ぐように2人の男が道を塞ごうとしている。

俺達3人は武器を抜いた。


前方に2人、後方に2人の男達に囲まれてしまった。

慌しかった男達だったが俺達を包囲すると余裕が出てきて武器を抜いて見せびらかしてきた。


全部鉄製だ。

俺は足元から血の気が引いていくのを感じた。


「お前達、有り金を全部出せ」


メリとラピアは前方を、俺は後方を向いて武器を構えた。


「やだね」


メリが答えた。

俺は自分が答えなくて良かったと内心思った。

声を出したら抑えていた振るえが気取られてしまいそうだ。


「子供ばかりじゃん。気が変わった。売れば金になりそうだな。抵抗しなければ男だけは見逃してやるよ」


他の男達が下品に笑い始めた。

奴らの中ではもう勝った時の皮算用が始められたのだ。


男達は無警戒に包囲網を狭めてくる。

最悪の状況に俺の中の恐怖が体を支配していく。


最初に動いたのは俺だ。

奇声を上げて前方の男達に向かってラピアを押し飛ばした。


「きゃっ」


俺は無様に木刀を大きく振り回しながら後方の2人の男を突破しようとした。

平静を失った俺の強化は心を映し出すかのように歪な形をしている。

俺の背中にはメリの視線が強く突き刺さる。


俺の正面にいる男は2人で片方が剣、もう片方が槍を持っている。

自分だけ逃げようとしている俺を見下しながらも男達に逃す気は全くない。


木刀を振り回す俺を余裕を持って痛めつけようと2人の武器が振るわれた。

俺は雑に振るわれた剣を避け、槍使いの持ち手を木刀で叩き付けた。


焦って槍を拾おうとする男を盾にするように回り込み槍をやっと掴んだ男の首に木刀を振り下ろした。

鈍い音が鳴り、木刀を通して嫌な感触が伝わってくる。


俺は驚いているもう一人の男に向かって今殺したばかりの男を蹴り放った。

さすがにそんな攻撃が当たる訳もなく避けられたがそこへ木刀を投げつけた。

体勢を崩しながらも木刀をギリギリで打ち払った男の前には既に槍を持った俺が居た。


既にメリも前方の男と1対1で戦い始めている。


ラピアは自分を捕まえようとした男に足払いをしたが避けられたようだ。


俺は深呼吸をして強化を全身に巡らせてまだ驚愕が抜け切っていない男に追撃した。

俺は激しく攻撃をしながらも槍の射程を維持して必要以上に近づかずに視界にメリとラピアを入れるように移動した。


すると既に趨勢は付いていた。

俺が2人を視界に入れた時には既にメリは1人の男に止めを刺していた。

今はラピアと合流して2対1になっている。


その途端に俺は怒りや殺意が冷めていくのを感じた。

冷静なつもりで知らない間に頭に血が上っていたようだ。


全体を気配を察していれば音と気配だけでも十分に周りの状況を理解できたかもしれない。

しかし思い返してみると視野が狭くなっていた。


俺は目の前の男が今の状況に気が付かないようにあえて攻勢を強めた。

俺が相手にした2人の男は決して弱い訳ではなかった。


2対1だったら厳しい戦いになっていただろう。

不意打ちが上手くいって良かったが後味は悪い。


2人は最初から不意打ちとわかっていて振りをしてくれていたがあんな手を使わなければならなかった自分が情けなくなる。


しかし俺も正直必死だった。

最良ではなかったが3人が無事ならいくらでも取り返しが付く。


俺の視界にはメリが2人目を倒したのが見えた。

俺は男から少し距離を取って、槍を強く石畳に打ちつけた。


「武器を捨てれば命は取らない」


男は俺の言葉を聞くと恐る恐る後ろを振り向いた。

前方にいた2人の男は既に事切れている。


大怪我でも魔力が続くうちは動くことができるが既に男達の体には首がない。

メリとラピアが男に向かって武器を構えている。


男は俺達3人の顔を戸惑いながら見た後に肩の力を抜いて強化を解除した。

そして俺の方にゆっくりと武器を投げた。


俺は警戒しながらも武器を拾い、メリに気配で合図を送った。


「動くな」


俺は脇道に向かって殺気と共に言い放った。


「ひっ、私達は違うんです」


2人の見物客が両手を上げて前に出てきた。

年老いた浮浪者と痩せ細った子供だ。


俺はゆっくりと2人に近づいた。

メリとラピアは降伏した男を縄で縛り付けている。


浮浪者は俺が目の前に立つと喉を鳴らした。

その音に自分で驚いて目が泳いでいる。


俺は2人に殺気や敵意がないかをじっくりと観察した。


「こいつらって他に仲間居るか知らない?」

「他に仲間はいません」


「復讐に来るような奴は? どっかの組織に入ってるとかは?」

「こいつらは4人組の小悪党でどこにも属していません。弱い者いじめが好きな最低な奴らでしたよ」


「そうか、ありがとう」


俺は袋から1大銅貨を2枚取り出して浮浪者に渡した。

一瞬、唖然とした後、浮浪者はおっかなびっくり大銅貨を受け取った。


懐に大銅貨を入れると浮浪者は満面の笑みを浮かべた。


「他に御用はありますか」


俺はメリとラピアの方を見た。

二人は男を縄で縛った後に死体を3体まとめている。


首の断面を焼いて血がこれ以上出ないように処理をしている。

ラピアは真っ青な顔をしているので酷だったかもしれない。


「死体の処理はお願いできる?」

「は、はい。もちろんですとも」


浮浪者は大げさに何度も頷いた。

俺も頷くと袋から大銅貨を4枚取り出した。

浮浪者に2枚渡し、子供に2枚渡そうとした。


しかし子供はさっきから放心していて大銅貨を受け取ろうとしない。

浮浪者は焦って子供の背を叩いたが子供に反応はない。


浮浪者に怒りの気配が出はじめたで俺はその大銅貨を浮浪者に渡した。


「今回の事はあんまり言い触らさないで」

「はい」


男達の死体を脇道の物陰に移動してから彼らの持ち物を回収した。

血を水魔法で雑に洗い流したら終了だ。


金目の物以外は浮浪者に渡した。


「後はお願い」

「まかせてください」

「うん、よろしく」


「おい。片付けるぞ」


浮浪者は子供を無理やり引っ張って手伝わせようとしているが俺は足早にその場を去った。


「糞餓鬼が! 呆けてないで手伝え!」



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