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道場を出ると俺達は素早く家路に着いた。
大通りを足早に移動していると屋台から肉が焼ける香ばしい匂いがする。
喉が鳴りそうになるが我慢だ。
魔境に行くようになったので屋台で買うより獲った方が安上がりだし美味い。
それにここ最近は俺達3人とも背が伸びてきていて服も新しい物にしたい。
食費に結構な金額をかけているので中々お金が貯まらないのだ。
だからと言って道場通いを止めてお金稼ぎ重視にするのも勿体無い。
そう考えているうちに長屋に到着した。
俺達は長屋に入るとすぐ夕食の準備を始める。
厳しい訓練の後のご飯は重要だ。
娯楽的な意味もあるが何より体が栄養を求める。
以前に買ったヤギ乳のチーズを取り出す。
真っ白で酸っぱい独特の風味がする。
疲れた体が酸味を欲しているのがわかる。
ラピアがチーズを切り分けるのを今か今かと待つ。
3つに分けられたチーズのどれが一番大きいか、メリは目を見開いて観察している。
いつもラピアは一番小さいのを選んでくれるので大いに助かるが一歩先に行っている気がして少し悔しくもある。
けど食欲には勝てないからつい甘えてしまうのだ。
黒パンの上にチーズが乗せられて食事が始まる。
まずはチーズの部分だけを齧って軽く味わう。
次に黒パンを入れて二つを同時に味わう。
うん、美味しい。
チーズの味がギュッと詰まった感たまらない。
俺達はいつもより味わって夕食をするのであった。
次は牛のチーズを食べたいなあ。
丸太運びをしていると討伐隊とすれ違う事が何度かある。
その中でも魔境帰りの討伐隊を見かけることができた。
見たところでは猪や雌鹿、鳥類を中心に獲ってきている。
木を採ってきた所は見たことが無いので毎回狩りに成功しているのだろう。
何より帰りの討伐隊の空気が違う。
魔境に向かう時はピリピリしているが魔境帰りの時は空気が緩くなっている。
向こうも俺達に慣れた様子で特に俺達の事は気にしなくなった。
しかし帰り道ですれ違った時に心なしか自慢気な空気を出すのは止めてほしい。
ちょっと羨ましくなっちゃうよな。
だからと言って奥に入って狩りをする事はしない。
討伐隊の人とは話したりはしていないが今の所は良い関係だと思う。
向こうから見れば後から来た俺達が自分達の狩場を荒らすのではないかと気が気ではなかっただろう。
だが俺達の様子から暗黙の了解を守っている事を理解してくれたようだ。
変に目を付けられなくて良かった。
あんまり無理をせずに浅瀬で狩っていこうと思う。
そもそも現状を維持するだけでかなり美味い。
討伐隊の成果を見るだけで結構な情報を得る事ができる。
魔境の環境は場所によって千差万別だ。
食べる物によってはそこに住む動物の味や体格が変わってくる。
季節によって魔境に生える植物も違うので食べる植物が変わり、肉の味に変化が出る。
熟練の狩人は動物の腹の中身から植生まで察する事ができる。
今、俺達はその最初の一歩目を踏み出そうとしている所だ。
まずは植物の種類や季節、どういう環境で育つかなどをとりあえず頭に詰め込む。
その後にどの動物が何を食べるか覚える。
村に居た頃なら大人が教えてくれたのだが今はそれらを自分達で調べなくてはならない。
だからこそ見て盗める物があれば積極的に吸収していこう。
見えている情報は全体から見ると氷山の一角の様なものだ。
討伐隊で一目で見えるのは取った獣だけだ。
しかし本当に儲かる物は他人に悟られないように隠す。
下手をすれば主要な人員のみが知りえる情報があってもおかしくない。
もっと儲かる何が隠されているかもしれないと思うとそれを明かしたくなってくる。
それが隠されていればいるほど暴いた時はどんなに楽しい事か。
っと欲がじんわりと滲み出てきたがそろそろ止めておこう。
欲はしっかり操らないと知らない内に欲に操られる事になる。
欲自体は人が進歩していく上で必要な調味料だが御使用は計画的にだ。
魔境で使える何か良い物はないかと考えながら市場を歩いているとキュッキュッという音が聞こえた。
露天に近寄ってみると男が木の欠片を組合わせた物を動かして音を鳴らしている。
メリが興味を持ったようで露天の男に話しを聞いた。
それは鳥寄せだそうだ。
音を鳴らして鳥のさえずりを真似て鳥を呼び寄せるらしい。
本当に呼べるか半信半疑だったが1個2小銅貨だったのでついついねだられて買ってしまった。
実は俺もちょっとほしかったのだ。
さっそく魔境で試してみることにした。
3人が身を隠せる場所を探して鳥寄せを鳴らす。
思ったより綺麗な音が鳴る。
けどこれが鳥の鳴き声かと言われるとどうなんだろう。
今まで注意して聞いてなかったので判断がつかない。
何もしないで待っているのもつらいもので鳴らし始めてからすぐにもう移動したくなってくる。
だから暇つぶしに鳥寄せに付いて考えてみる。
鳥が来るとしても俺達には相性が悪い道具という事が実感できる。
弓があったり風魔法が上手かったりしてほぼ確実に鳥を捕らえられる人向きの道具だ。
待ちをする人向きといえる。
待ちをする分には色々利点があって、移動せずに済むしこっちで場所を決められるので罠を張っても良い。
だが俺達は足で稼ぐやり方だ。
鳥を見つけても獲れる可能性も低いし、何よりここでは待つよりさっさと移動して探した方が見つかるだろう。
俺は早くも見切りをつけてどの程度の時間で切り上げるかを考え始めた。
そう思った矢先、キジバトが近くの木の枝に飛んできた。
キジバトはキョロキョロと首を振って辺りを見回している。
俺は内心驚いてメリとラピアの方を向いた。
ラピアも驚いた顔をしているがメリは満足気な顔をしている。
頷きあってキジバトの気が変わる前にさっさと捕まえる事にした。
結果は失敗。
ライトで目くらましをしたが驚きは小さく、そのまま飛び去ってしまった。
しかし鳥寄せが本当に効果がある事を実験できたので満足のいく結果だ。
何かに応用できないものだろうか。
夏の熱さが和らぎはじめ、空気が少し涼しくなってきた。
そろそろ秋だ。
魔境の狩りに慣れてきたが最近では材木運びの回数をまた増やし始めている。
魔境は楽しいが訓練としてはいまいちだ。
やはり材木運びの方が体を使った感覚がある。
涼しくなってくると材木運びをする人が少し増えてきた。
長続きはしないだろうなと思いつつすれ違うのであった。
季節が変わるとそろそろ冬についても考えなくてはならない。
良く考えてみると道場は春になったら通えなくなるのでできるだけ今の内に詰め込みたい所だ。
冒険者学校の訓練を眺めてみたがゲニア程の実力者は居なかった。
それに人数が多いので1人に指導できる時間も限られている。
今の道場は人が少ないお陰で俺達に付きっきりで見てもらえるので最高の環境だ。
エクレとはたまにしか会わなくて残念だが俺達にとっては得の部分の方が大きい。
今の一番吸収が良い時期にできるだけ鍛えておきたい。
しかし冬には仕事が減るので秋の間にできるだけ稼いで冬は道場へ行く数を増やすのが吉か。
こう考えると結局は野生の動物と同じ考え方になる。
長い冬篭りの為に秋の内に必死に栄養を蓄える。
賢い振りした人間も結局動物なんだなとしみじみと感じた。




