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前回は鳥達に辛酸を舐めさせられた俺達であったが今回は策を用意した。
ちょっと言い過ぎた。
そこまで悔しかった訳ではないが俺達に対して警戒心をさほど向けてこないのには少し腹が立つ。
だから今回は温存していた策を披露しよう。
策という程の物ではないが自信はある。
小さく圧縮したライトを鳥に向かって放って鳥の近くでライトを解放させる。
すると鋭い光が一気に放たれて鳥がびっくりする。
ようは目くらましだ。
これは回りにも気付かれるので最初は封印していたが慣れてきて危険が少ないとわかったので解禁された。
動物にはこの目くらましが結構効くんだよな。
もちろんゴブリンとかにも効くがちゃんと事前に味方に知らせていないと味方も喰らってしまう。
使い所が中々難しいのだ。
目くらましで体勢を崩した鳥をラピアの魔法で止めをさすといった手順だ。
実際に試して見た所、目くらましとしては十分に効果を発揮したといえよう。
ライトを放つとウォーターアローの時の様に鳥は魔力に反応して飛び立つ。
しかしライトは攻撃力がない分、かなり早いのですぐ効果範囲まで到達する。
あとはタイミングを計りながらライトを解放する。
びっくりして地面に落ちる鳥、空中で一瞬動きが止まる鳥、変な動きをしながらもそのまま無理やり飛び続ける鳥と反応は様々だ。
もっとライトに魔力を篭めて解放するタイミングを見極めればライトだけで鳥を落せるようになるかもしれない。
主にラピアは反応が一瞬止まった鳥を狙う。
進行方向に魔法を置きにいっても良いし、そのまま狙っても良い。
地面に落ちた鳥はメリまかせだ。
ライトを使い出してからは鳥も少しだが取れるようになってきた。
俺もやっと狩りに貢献できて満足だ。
しかし最近、魔境で狩りをしていて分かった事がある。
現時点では俺達の狩りの攻撃能力は頭打ちって事だ。
工夫をすれば狩りの成果を増やせるだろう。
しかし遠距離攻撃の少なさが浮き彫りになった。
ラピアの魔法しかないのでこれ以上の拡張性が無い。
今は小動物を狩っているがそれ以上の大きさの獣を取るのは難しい。
あと1人位は遠距離攻撃が出来たら良かったのだが俺達は近接戦闘重視で鍛えている。
だからこれ以上の獲物を求めるなら向こうから向かってくるような獣以外は難しいな。
「今日は魔法障壁の訓練をやるよ」
今までのゲニアの行動からいって悪い予感しかしない。
そんな俺を見てゲニアはにこにこしながら俺に近付いてきた。
「魔物の中には魔法を使ってくる敵もいるし、人間相手なら確実に魔法は使ってくる。そんな時にはどうすればいいか? 答えは避ける! けど魔法は効果範囲が広かったりして中々避けるのは難しい。そうなると後は根性で耐えるしかないよ」
話しの雲行きが怪しくなってきて俺は肩を落とした。
「特に火は厄介だ。慣れていない人は火が当たっただけで体がギョッとして行動が妨害される。下手すりゃそのまま服に燃え移って大惨事よ。氷も厄介と言えば厄介だが火に比べると即効性にかける」
そこまで言うとゲニアは勿体ぶって一呼吸入れた。
そして俺達を一旦眺めてから言った。
「という事でえ、自分を火炙りにしな!」
俺達が、いや俺とラピアが身を引いたのを確認してゲニアは満足気に頷いた。
「お前達は魔境の木で木刀を作ったそうじゃないの。そこで私はピンと来たのよ。普通の木刀じゃ火炙りしながらだと燃えちゃうけど魔境産の木刀なら軽く火で炙っても燃えないでしょ?」
「おー、なんかすごいね。燃える特訓だよ」
メリだけは暢気に楽しそうだ。
「だから火炙りしながら素振りしたら一石二鳥になるね。私は自分の才能が怖いよ。方法はいたって簡単さ。足元にファイアをして自分は強化するなり魔法障壁を張るなりして素振りをする。簡単、楽勝、お手軽う!」
ゲニアは奇妙な踊りを踊り始めた。
自分の話しで興に乗ってきたようだ。
「さあさあ、靴を脱いで始めるよ。ちゃんと防げないと熱いし服が燃えるからがんばりな。火傷したら自分で治すんだよ」
メリはいそいそと靴を脱ぎ始めた。
俺も呆れながらも仕方なく靴を脱いだ。
「普通はどうやってたの?」
「私の頃はヒールできる人も少なかったし火の玉を投げ合ったよ。最初は軽く投げ合ってたんだけどみんな意地になっちゃって大変だったなあ。お陰でやる時は外でちゃんと土の壁を四方に作ってやったよ。火の玉を避けても近くの土壁にぶつかって爆発したりしておもしろかったなあ」
その話しを聞いて自分で調整できる分、こっちの訓練の方がましなんじゃないかと俺は思った。
「魔力が少なくなったら私が燃やしてあげるからまかせなよ。なんと言っても私は火適性があるからね。ヒェッヒェッヒェッ」
ゲニアは小さい子供を驚かすように魔女の真似をし始めた。
俺は消えにくいように魔力を十分に籠めたファイアを地面に撃った。
そして自分に強化を使った。
普段強化を使う時はは燃費を良くする為に体の表面から少し出るか出ないかといった程度にしている。
薄く皮膜を張る感じだ。
しかし今回は燃費を気にせずに体から10cm位ははみ出す大きさで展開する。
強化は普段から常に練習しているのもあって悪くない精度だと思う。
纏った強化は安定していて自分でも中々の物だと思う。
俺は自分で放ったファイアの上に手を恐る恐る伸ばした。
ファイアの熱が感じられない程上に手をかざして少しずつ下に下げていく。
いくら強化を強めにしているからといっても中々に勇気がいる。
強化を使っているとは言っても近付くと少しずつ熱さを感じ始める。
火傷をするかしないかの境目ってどれくらいなのかと考えながら俺は手でファイアを触った。
その瞬間、俺の体はファイアに突っ込んだ。
「うわっ!」
「ぶへへへ。ロッシュ、背中ががら空きだよ」
なんてことはない、俺はゲニアから背を押されてファイアに放り込まれたのだった。
ファイアに放り込まれたので反射的に勢いのままに転がって火の中から出てた。
火から出て俺は焦って体を触って確認するが燃えていたり火傷になっている部分はない。
俺は安堵といらつきから深い溜息を吐いた。
「ね? 慣れてないと吃驚するでしょ?」
ゲニアが得意気に俺を見ている。
俺はゲニアを睨みつけた。
「ああ、本当に吃驚した」
「ははは。ロッシュの慌てふためいた姿を見れて私は大満足だよ。今、ロッシュが体験したように火っていうのは人間の本能が反射的に拒否反応を起こしちゃうんだよね。見ての通り服も燃えてないし火傷もしていない。けど不意に火を浴びるとパニックになってしまう」
ゲニアは手の平に火を付けた。
空いている方の手を強化もせずにそのまま突っ込んだ。
「それが強化や障壁をしていない時ならなおさらだ。だから火を浴びる事に慣れていないと強者でも対応が遅れてしまうって訳。それに人間のすごい所はさ、火傷する位の火でも何度も体験していく内に耐性が出来てきて大丈夫になったりするんだよ」
ゲニアは火から手を取り出した。
俺達に手の平を何回か引っくり返して状態を見せる。
手には火傷もないし赤くなってすらない。
無傷だ。
「私もそこまで鍛えてないけどロッシュ達が火傷をする程度の火なら赤くなる程度で大丈夫だと思うよ。うちのじいちゃんはファイアの中でほとんど強化を使わないで座禅してたよ。そういう意味ではうちの一家に火適性が多いのは受け継がれているのかもしれないね。うちのじいちゃんが言ってたよ、火適性持ちの火魔法を正面から浴びて何事もなかったかの如く斬りかかると相手が心底驚いてるのが見れて楽しいってさ」
ここまで説明されると怒りが収まってくる。
というより驚きで無理やり上書きされた感がする。
しかしこの怒りは保存しておいていつか倍以上にして叩き返してやるんだからな。
「自然界の中には雷を起こす魔物や魔獣もいるよ。これは人間が再現するのは難しいからかなり注意しなければならないね。雷を受けると体が痺れて動けなくなる。けど事前にそれを知っていれば知らないよりはましな対応ができるはず。私は受けた事ないからわからないけどね」
ゲニアの話しが一段落したので俺達は訓練を再開した。
俺はゲニアの方を向いて常に注意する事にした。
火の玉を投げてきても不思議ではないからな。
ゲニアに注意しつつもどの程度まで強化を薄くしても大丈夫なのかを手で確かめる。
火に手を入れて徐々に強化を弱くしていく。
熱いと思って手を引く。
しかし火傷までは行かない。
それを何度か繰り返しているうちに体がかなり敏感に反応している事がわかった。
まだ大丈夫な熱さでも体は悲鳴を上げて手を引こうとする。
生物が持つ火への根源的恐怖か。
なるほど、ゲニアの言う事は納得できる。
この大丈夫な熱さを体に覚えこませて慣らさせれば良いということだな。
俺が座り込んで検証をしているとメリとラピアは既に足首まで位の小さい火の中に立つ所まで進んでいる。
俺は焦らずに検証を続ける事にした。
火に手を入れて我慢して強化を下げて行く。
自分的にはもう限界だが手を引くとまだ火傷になる前の状態だ。
そんなことを何度か繰り返すと見た目は火傷をしていないように見えるが熱の感じ方が変化しはじめた。
俺は手を引いてしばらくそのままで様子を見る。
ジンジンしてきて熱を持ち始めたようだ。
試す回数が多かったせいでいまいち火傷をする熱さは計りきれなかったが俺はヒールをした。
ヒールをかけ続けると熱が引いてきて痛みも薄れてくる。
思ったより見極めが難しい。
ヒールが使えない人は絶対やらない方が良い。
その後は俺も2人に続いて小さい火の上に立った。
耐えられない熱さに届く2歩手前位の熱さでとりあえず慣れる事から始めた。
足元に火があるだけで集中力がごっそり奪われて素振りに集中できなくなる。
その日の訓練はいつもより心が疲れた。
魔力も減ったけど心労が重なったようななんかよくわからない不安感に襲われる訓練だった。
ヒールを時間をかけてかけすぎかと思う程にかけた。
普段使わない部分を使った時に起こる筋肉痛のような、なんとも言えない違和感が残る修行だった。