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今回の探索も成功に終わった。
兎が4匹に蛇が10匹以上捕まえられた。
楽しいし肉も取れるし最高だ。
これで他に何か採取できたら大成功だったのだが以前のように食べられる植物の群生地は見つからなかった。
串に出来そうな魔境の木の枝を回収してきたので帰ったら工作の時間だ。
しかし魔境は広い。
浅瀬でも俺達が探索したのはまだ狭い範囲に留まっている。
まだまだ可能性は残っている。
ふう、少し興奮したが落ち着いていこう。
帰り道の兎の運搬は俺がすることになった。
前回の失敗を反省して今回は袋に入れる。
袋が汚れてしまうがあんな思いはもうしたくないのだ。
メリも一回くらいはダニに噛まれてみても良いと思うが今日は気分が良い。
見逃してやろう。
帰りにフォレの所でメリとラピアが木材を運んで帰路に着いた。
魔境に行くようになって俺達の財布は少しずつ余裕が出てきた。
ただ、単純に鍛えるだけなら材木運びや道場の方が鍛えられる。
最近は若干浮ついてきているのであんまり隙を作らないようにしないといけない。
しかし水魔法は大活躍だ。
攻撃力も低く、速度も遅い方だが毛皮に傷が付き難いのが最高だ。
火は森じゃ使えないし風や土じゃ攻撃力が高すぎて毛皮に傷が付く。
あれ、そう考えると俺は狩猟にほとんど貢献していない。
メリは索敵と追い込み、ラピアが止め役なら2人でもそれなりに狩れるはずだ。
ま、いいか。
そもそも俺の適性を考えると遠距離は苦手だ。
魔境に通うにようになった俺達だが訓練は怠らない。
「今日からは防具を着けた訓練を始めるよ」
俺達が道場に付くとゲニアが突然言った。
ゲニアは奥に戻ると皮鎧が入った木箱を持ってきた。
皮鎧は相当使い込んでいるようでボロボロだ。
「本来は皮鎧を着て木刀で模擬戦をしたい所だけど最初だから素手でやるよ。まず、鎧の使い方と攻撃の受け流し方を教えるよ。さあ、自分に合った皮鎧を着な」
俺達は汗臭いボロボロな皮鎧を各々着けた。
「着方に関してはまあ、それなりだね。今回は体にぴったりと着けてもらうよ。鎧の種類によって使い方が少し変わるけど今回は受け流しの練習も一緒にやるから鎧をきっちりきつめに着けな」
俺達は素直に皮鎧を体に密着するようにきつく付け直した。
「剣等の武器はただ振れば良いってもんじゃないのはわかっているね。ちゃんと、どのタイミングでどこを攻撃するかしっかり決めて一番威力が出るべき時に当てるべき場所に当てる。つまり武器での攻撃って言うのは10割の攻撃が加えられる場所が本当に小さい。実際は本当に10割の力が出せている人は少ないがとりあえず10割の力が発揮できるという仮定で話しを進めるよ」
ゲニアは木刀を持って様々な角度で振った。
「人と人が戦う時は10割と10割をぶつけあうからある程度攻撃が読めて攻防が成立する。けど魔物は10割の攻撃をしているつもりで武器の扱いが下手な奴だと6~7割の攻撃になっている。腕だけで振り回していて腰と足が入っていない攻撃は遅いし、力を攻撃に集中できていないから人との戦いに比べて簡単に避ける事ができる。ただその分読み難い。」
ゲニアは木刀を雑に振った。
さっきまで動きは効率的で太刀筋が綺麗で体も剣の動きに連動していた。
しかし今回の動きは何も知らない子供が棒を振り回すのに似ている。
一言と言えば素人の動きだ。
「遅いから冷静に見て戦えれば大丈夫だろうけど人間ではやらないような攻撃とか非効率すぎてやらないこともやってきたりする。けど強い魔物だと自分の体をどう使えば最大の力を発揮できるかわかっている奴もいるから注意が必要だよ」
ゲニアは木刀を振るのをやめた。
「それで鎧の使い方について話しは戻るよ。人間や強い魔物と戦う場合は相手の10割の攻撃をずらす事が重要だ。避けるのが一番だけど受けた方が良い時や受けないといけない時は絶対にある。その時に相手の10割をそもそも受けない、または10割を受けても受け流す」
ゲニアは俺達に見えるように木刀の剣先から全体の長さで2割位の部分を指した。
「剣で例えるなら10割の威力が発揮される部分は大きさにもよるけど剣の先端から少し手元よりになるね。叩き切るタイプと切り裂くタイプではまた微妙に最大の威力を発揮する場所と言うより切り方が違うから注意しな。相手の10割の攻撃を受けないやり方は相手が10割の攻撃をしてくる場所よりずらして受ける。受け流す方はそのまま受けた攻撃を受け流すだけだよ」
「さあ、言葉で講釈してもわからないだろうから実践に入るよ! ロッシュ、私の木刀を力が10割になるように叩いてみな」
ゲニアは俺の正面に立って、木刀の両端を手に持って俺が切りやすい高さに持ってきた。
俺は言われた通りに力が一番加わるようにゲニアの木刀を振った。
「よし、これが10割の力をそのまま受けた状態になる。ロッシュ、もう一回さっきと同じ様にやりな」
俺はさっきと同じように振った。
しかしゲニアはさっき受けた位置より半歩俺側に進み出て剣を受けた。
「これが10割の力を受けなかった状態だ。ロッシュも手応えからして力が10割になる前だったのがわかったよな」
「そうだね」
「もう一回さっきと同じ様に」
ゲニアが構えた所に俺が再び切る。
今度はゲニアは受ける位置を少し上にずらした。
「これはさっきより少し移動しただけだがそれでも10割には届かなかったな」
「うん」
メリもラピアも頷いている。
その後、受ける剣の位置を移動したり傾けたりして3人に感覚を掴ませた。
「これ自体は剣を少し齧っていれば誰でもわかる事だ。しかしそれをしっかり理解しているのとしていないのとでは応用力に差が出る。川を飛び越える時に川幅が狭ければそのまま飛び越えられるけど川幅が広がると助走をつける必要が出てくる。剣の攻撃とはこの助走をつけた着地点が10割の力を発揮する場所と考えると良い。」
「本来なら助走の始まりを叩くのが一番だ。逆に良くないのが着地ギリギリになってから行動する事だ。利に適った攻撃には常に起点、つまり助走の始めの部分があるからそれが読めるようになるとまた一つ上の位に到達することができるぞ」
メリは頭に情報を詰め込みすぎて理解できなくなっているようだ。
そんなメリを見つつもゲニアは話しを続けた。
「まあ、ようするにだ。攻撃ってのは一番効果的な点があるからそれをずらすと被害を抑えられるよってことだ。敵が強くなればなるほど正面から攻撃を受けてたら体が持たないぞ。では、あとは実戦あるのみだ」
ゲニアは木刀を置くと踏ん反りかえりながら俺の方に手の甲を向けて指をクイクイ動かして俺を挑発して来た。
俺は露骨に嫌そうな顔をして木刀を道場の端へ置いた。
「ロッシュ君には私から直々に指導してしんぜよう。組み手始め」
そう言うとゲニアは俺に殴りかかってきた。
俺は訓練だと思っていて油断していたがゲニアは嬉しそうに俺の顔を殴ってきた。
俺は慌てて後ろに下がって避けた。
「おい! 防具ある所を攻撃しろよ!」
「ちっ。手加減はしたが避けられたか。一発位は喰らうのが愛嬌ってもんだよ。顔は一番の弱点だから狙われて当然さ!」
さっきの話しはなんだったかと思うほどゲニアは普通に攻撃してきた。
俺は急所への攻撃を避けるのに精一杯で攻撃を受け流す所ではない。
とにかく距離を取ろうと逃げ回っているが体格差もあって一方的に嬲られている。
力量的にも俺は完全に遊ばれていてとてもじゃないが考えて動ける状況ではない。
「あ、鎧は強化してもいいよ。体は強化しちゃ駄目よ。練習にならないからね」
「最初に言えよ」
俺は皮鎧を強化した。
が、ゲニアの攻撃は正確で鎧を強化した上からほぼ10割に近い攻撃を喰らってしまっていて鎧による衝撃の吸収が上手く行かない。
「もっと手加減してよ」
「十分手加減してる」
俺は現状を打破しようと、とにかくゲニアに反撃をした。
もちろん攻撃は避けられたがゲニアは一層嬉しそうになった。
「反撃しちゃ駄目だなんて言われてないよな」
「そうそう。それでいいんだよ。攻撃こそ最大の防御さ」
受け流しの訓練のはずだったのになんか訳がわからなくなってきたぞ。
興が乗ってきたのかわからないがさっきよりゲニアの攻撃のキレが増した。
ただでさえ受けで精一杯だった俺はすぐ地面に倒されてしまった。
「人の体は輪切りにするとほとんどの場所が楕円なのさ。攻撃を受ける時は円を意識して受けると少しずらすだけで力を逃す事ができるよ。強い敵相手だととにかく強化して防具を切られない事、衝撃を逃す事が重要だ。衝撃を逃がす場合は広い面で受けた方が良い。広い面で受けて円で受け流す。矛盾しているようだがそれが重要だ。」
ゲニアは話しながらも受け流しの動きを実演する。
わかりやすいものからほとんど動いていないようなもの等、多種多様だ。
「敵が強すぎると受けてもそのまま防具ごと切られるけどね。そういう意味では胴体が一番力を逃し難い場所になるから注意しな。攻撃を避ける事も重要だけど受ける事も同じ位重要さ。相手の攻撃を剣で受け流して綺麗にカウンターが入れられた時なんて最高に気持ちが良いよ」
話しが終わると俺に立ち上がるように催促した。
俺は立ち上がるとさっきとは逆にゲニアとの距離を縮めるように動いた。
どうせ殴られるなら接近した方が打撃による攻撃を軽減する事ができる。
体格が小さいなら俺の戦いやすい間合いで戦うようにすれば良い。
ゲニアは俺の作戦がわかったようで感心した顔をした。
しかし次の瞬間足を払われそうになった。
ゲニアの性格からして油断させてから不意を衝くなど当たり前の事なのだ。
しかし足払いを避けて体勢が崩れた俺をゲニアは掴んだ。
俺は振り払おうとしたが時既に遅く、地面に叩き付けられた。
その上、足で踏み付けしようとしてきて俺は必死になって転がって逃げた。
「ロッシュもメリには及ばないけど中々筋が良いね」
「受け流しの訓練なのに掴むなよ。もうちょっと手加減して基本から少しずつ教えていこうよ」
「それだと私がつまらないよね?」
その後はいつもの如く俺達はゲニアにボロボロにされたのだった。
俺とメリ相手にはきついがラピアにはちゃんと手加減しているようだったので許しておいてやろう。
いや、やっぱり許さない。