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「気をつけていこう」
俺達は足音を立てないように用心して歩きはじめた。
そして植物などを極力踏まないように道を選んで進む。
できるだけ自然を傷つけないように、俺達が居た証拠を残さないように気をつける。
草を踏むと足跡を読まれてしまうし傷ついた草から独特の匂いが発せられて向かった方角や時間までが読まれてしまう。
下級のゴブリンなどはそんなこと一切気にしないで好きなように動き回るので熟練の狩人からすると行動が手に取るようにわかるそうだ。
俺達はどちらかというと侵入者の側なのであんまり盛大に到来をお知らせする必要はない。
気をつけて歩いているが魔境の中は見ているだけでもおもしろい。
外とは植生が違うので見ていて飽きない。
きのこ類は魔素の影響を受けやすい。
物によって毒だったり薬だったりするので熟練の薬師でないと扱うのは難しい。
小動物の気配がチラホラしているが向こうも俺達を察知してすぐ逃げる。
足の遅い小動物なら狩れそうだが本題を終わらせてからである。
形の良い木を探しているが浅瀬なので木も細く、木刀を削りだす事ができそうな木はまだ見つかっていない。
「わあ、すごい」
ラピアが感嘆の声を上げた。
俺もラピアの見ている方向を見て納得した。
メリも同じく見るが何のことだかわかっていない。
メリはラピアが見た方向に足を進めた。
木々の合間を縫っていくと少しひらけた場所にたどり着いた。
辺り一面に生えているのは行者にんにくだ。
行者にんにくは葉も根っこも食べられる。
強いにんにく臭がするから今すぐ採取する事はできないがこれだけあれば背負い袋をいっぱいにできそうだ。
成長が遅くて食べられるようになるまで時間がかかるので根っこは残しておいて葉だけを取れば来る度に収穫できそうだ。
腹には貯まらないがこれだけの量があれば何食か分になるだろう。
問題は茹でる鍋がないってことだ。
乾燥させて保存することもできるが長屋住まいなのでにんにく臭が漂ったら周りの目が厳しい。
取ったらすぐ全部食べないといけないなあ。
俺達はしばらく行者にんにくを眺めた後に木を探すべく再び歩き出した。
行者にんにくのお陰で採取できる物がありませんでしたという不名誉な結果だけは回避できそうだ。
大きさがいまいちな木は見つかるが中々お目当ての木は見つからない。
浅瀬だから良い木があったら通りかかった人が切って行ってしまうんだろう。
この分だともう少し奥へ行った方がいいかもしれない。
幸い魔物には出会わないしまだ浅瀬なので迷う事はない。
しかし油断はしない。
まだ昼時にはなっていないが切って運ぶ事を考えると早めに見つけたい。
その時、メリが敵を発見した気配を発した。
俺も注意深く探るとゴブリン程度の大きさの気配を捉えた。
メリが一回俺たちの方を向いたので俺は無言で頷いた。
メリを先頭に気配の方向へひっそりと向かう。
ゴブリンだ。
魔境のゴブリンなので外にいるゴブリンよりは強いが俺達なら梃子ずる相手ではない。
メリが剣に手をかけてゆっくりと抜いた。
俺は木刀を持った。
もう一度メリが俺達に目を向ける。
俺は木刀を胸の辺りまで上げて握っていない方の手で自分の木刀を軽く叩いた。
メリははっとして剣をしまって木刀に持ち替えた。
俺が頷くと俺達はゆっくりとゴブリンへ忍び寄った。
幸いな事にゴブリンは俺達とは逆方向を見て歩いている。
俺とメリは少し左右に分かれて進んだ。
近付くと強化をして一気にゴブリンに切りかかった。
ゴブリンが強化の魔力を感じて俺達の方を振り返った頃には目の前のメリがいた。
メリは木刀を首目掛けて振っていた。
俺はゴブリンの腹を薙ぐように手加減して振った。
ゴキッという音を立てて首の骨を折られたゴブリンは重力に引っ張られるかのように崩れ落ちた。
俺はゴブリンの首に足を置いてもう一度念のために首を折った。
ラピアが合流すると3人で目立たない所にゴブリンを移動して持ち物を探った。
棍棒以外は何も持っていなかった。
その棍棒は魔境の木でできているが小さくて俺達からは微妙な大きさだ。
とりあえず回収はしておこう。
さっきメリが剣を持った時に木刀に変えるように合図したのは綺麗に倒す為だ。
剣だとそのまま首をはねてしまって血が出てしまう。
棍棒で傷を付けない様に首だけ折れば血を出さずに済む。
血が出てしまうとその匂いを嗅いで他の魔物や獣が寄ってきてしまう。
討伐の依頼だったらわざと血の匂いをさせて誘い込むのも手だが今回は採取に来ている。
今回の目標は敵を倒す事ではない。
逆にわざと傷をつけて逃がしてそれを追跡しながら魔境の魔物の種類を観察するという手もある。
しかしそれは強者がやることだ。
俺達はこっそり目的の事だけ達成できれば良い。
これなら目立たない場所に隠しておけば見つかりにくい。
魔境は何もかもが硬く、地面を掘って埋められないので処理が面倒だ。
ゴブリンを隠し終わると再び歩き始めようとする。
しかしメリは動き出さない。
メリを見ていると俺の方を向いた。
「ロッシュ、緊張しすぎだよ。もっと平常心だよ」
「そりゃ魔境だから警戒するよ? けど、うーん」
「もっと余裕を持っていいよ。いざとなったらお姉さんが助けてあげる」
「よくわからないがわかった。もう少し肩の力を抜くよ。魔物避けの草を掛ける時も俺の緊張を解く為にやったんだな」
メリは何の事だという顔を一瞬したが慌ててそうだよと言った。
あのいたずらは素だったのか。
感心して損をした気分だ。
しかし少し気が抜けたな。
注意をするけど張り過ぎないようにしよう。
自分で考えていてよくわからなくなってくるがそういう事なのだ。
「もう少し奥も探してみよう」
「待ってました。ラピアもそれで良い?」
「うん。もう少し探したらお昼にしよう」
「やった。がんばるぞー」
メリが張り切って先頭を歩いた。
奥に進むと木が大きくなりはじめ数も増えた。
これならその内見付かりそうだ。
またゴブリンが見付けたがさっきと同様に静かに倒した。
しかしゴブリンが多くいるようなら浅瀬に戻った方が良い。
ゴブリンが居るってことは他の魔物や獣もいるってことだ。
俺が引き際を考え始めるとメリが声を上げた。
「あれなんてどう?」
メリが指す方向には大きめの歪んだ木があった。
歪んでいるもののそれなりに大きいので丁度木刀を削りだせる長さがある。
「よし、とりあえずはあれにしよう」
俺達は木を切る事にした。
まずその木を中心に円を書くように魔物が居ないかを探った。
小動物くらいしか引っかからなかったのでさっそく伐採を開始した。
俺は斧に強化をかけて丁寧すぎるほど丁寧に木を切った。
メリには周りの警戒をまかせた。
そこまで太い木ではなかったので短時間で切ることができた。
切り倒したら木刀の長さの所で切る。
よし、終わったぞ。
「終了だ。小さいけど結構重いな」
「それで次はどうする? 2本分集めてからお昼にする?」
「重いけどまあ大丈夫かな。ちょっと探してみて見付からなかったら一旦魔境から出よう」
「そうだね」
「りょーかい~」
俺達は木をラピアに持ってもらって探索を再開した。
その後、少し探した所でお目当ての大きさの木を見つけた。
今度は俺が周囲の警戒をしてメリが木を伐った。
俺に比べて思い切りが良くあっという間に切り倒した。
伐った木を俺が持って魔境を一旦出る事にした。
荷物を持っているので魔物と遭うと面倒だなと思ったが特に何もなく魔境を抜ける事ができた。