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覚醒

 無心に走る。

 倉庫の出口から外へ出るのは少女が途中にいる為無理だ。

 だから出口から遠ざかるように、少女から遠ざかるように走った。


 壁を殴って壊してそこから出よう。


 徐々に近づく壁を見ながらそう思っていた矢先の事だ。


「いっつぅ!!?」


 背中に衝撃を受けその場で転んだ。

 顔から倒れ込んでしまったためヒリヒリと痛む。


 しかし、その痛みも気にならない程の傷みが俺を襲った。


 水柱が俺の背中に突き刺さっていたのだ。

 血が出、痛覚が限界まで刺激される。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


「ぐがああああああああ――ッ!!!」


 情けない程にあっさりと、俺の口から悲鳴が漏れ出る。

 

「うわぁ……自分を助けようとしてくれた相手見捨てて逃げるとか……」


 そんな俺を見下ろしながら少女が近づいてきた。

 こつり。こつりと足音を鳴らして。一歩一歩恐怖を感じさせるようにゆっくりと。


 このままじゃ死ぬ。

 俺という命が散ってしまう。


「んで……たまるか……。死んでたまるかよ……っ……」


 まだ何とか動く両腕を使い、這いながら壁へと急いだ。

 何とかしないと……。

 何とかして壁を壊して逃げないと……。

 

 俺は死ぬわけにはいかない。

 何を犠牲にしてでも生きてやる。


 俺を庇ってくれた剣さんを見殺す?


 だからどうした。

 俺の命が一番大事で何が悪い。


「無駄だよ? どんなに足掻いてもあんたは死ぬよ?」

「ふさげんな……俺を殺すならお前を殺してやる……」


 もうすぐそこまで近づいて来ていた少女を睨みながら返した。

 だが彼女にとって俺は死にかけのゴミ。負け犬の遠吠えにしか聞こえていないだろう。


「あんたが私を殺す? 無理無理」


 その証拠と言わんばかりに、俺へ向けられたその顔はとても清々しいものだった。

 仇をとれるのだ。さぞかし嬉しいのだろう。


「ぶっ!?」


 少女に腹を蹴られそのまま横へ吹き飛んだ。

 俺の軌道を描くように血が舞い散る。


 二、三回転がった所で停止し、仰向けのまま倒れ伏した。

 

 くそ……くそくそくそくそっ!!


 裏仕事なんて受けなきゃよかった。対策本部になんて入らなきゃよかった。


 入らなきゃ俺は今頃普通に高校生できていたはずだ。

 ちくしょうが……。


「クソがッ!!」

「あら怖〜い。でもここまで。さよなら」


 溢れ出た俺の怒りを受けながし、少女が水柱を一本顕現させる。


 俺の彼女は今十メートルほど離れてはいるが、あの撃ち出す速度ならあってないような距離だろう。

 

「ばいば〜い」


 死の宣告に等しい声が聞こえ俺の体に水柱が直撃――しなかった。


「まだ生きてたの? しつこいなぁ……」


 気怠げな少女の視線は俺では無く水柱を弾き俺の前へ立つ剣さんへと向けられていた。


「は……ははっ……。あの程度では……死なんさ……」

「立ってるのがやっとじゃない。よく吠えるわ」


 ふらふらな彼女。俺が見ても立っているのがやっとだとしか思えない現状だ。


 何で……。

 何でこの人は……


「ここは私が時間を稼ぐ。独那君……君だけでも逃げるんだ」


 俺の為にこんな事が言えるんだ――ッ!!


 俺はこの人を見捨てたんだぞ。

 何で……何でだよ!?


 いや分かってる。

 これまでの付き合いでわかっているんだ。   

 

 剣さんはどこまでも自分勝手で、独りよがりで。

 勝手に助けて勝手に命を投げ捨てる人。


 捻くれた見方をすれば上から目線目線で偉そうだと思うのかもしれない。 

 でも俺はそう思わない。

 

 俺にはできない生き方で、やろうとも思わない生き方。

 だけど、だからこそ俺は。


 こんな俺みたいなクズの為に命を張ってくれてる剣さんを――


「俺は……」


 震える喉に力を込める。


 剣さんを――

 

「俺は……俺は戦います……ッ!!!」


 守ってみせる。


 そうだ。

 ここまでやってくれる人がいるんだ。

 ここで逃げたらもっと大切な何かを失ってしまう。


「何を馬鹿な……今の私じゃこいつを倒せない……。体力が残ってないんだ……。顕現者としての力を一割も使えない……」


 俺の言葉に驚いたらしい剣さんが説得するように言ってきた。が、この程度で説得されるようなら何も言わずに逃走中している。

 

 先の言葉は俺の生まれて初めての覚悟だ。


「大丈夫ですよ。俺が勝ちますから」


 歩を進め剣さんの前に立つ。


 勝算はない。

 でも勝たないと俺達は死ぬ。それだけだ。


「いいから逃げ――」


 そこまで言った所で彼女は膝から崩れ落ちる。

 限界だったらしい。


「そのまま横にでもなって見ててくださいよ。俺の活躍を」

「……。…………そう……だね……。それしか……ないね……。すまない……体が動きそうにないんだ……」


 倒れ伏せ、息もあがっている様を見るに、本当の本当に限界だろう。

 

「それじゃあ行ってきます」

「危なくなったら私を見捨てて逃げてくれ……」

「そんなことしません――ッよ!!」


 駆け抜ける。

 距離を一瞬で詰め少女へと蹴りかかった。


「最後の思い出にって話邪魔しないでやったのに…、いきなり襲い掛かってくるとか最悪なんですけどっ!」

「ぐぶっ!!!」


 思いの力。

 それは限界を超えたコンディションを発揮させる。


 つまりは、この光景は。


 過去最大の火力で放たれた俺の蹴りが簡単に躱され水柱に腹を貫かれているこの状況は――。


 限界を超えても尚、この少女に勝てないのだと言う事を表していた。


 貫かれた勢いで後ろへ吹き飛び背中から落下する。


 そこに受け身も何もあったもんじゃない。

 もろに衝撃を受け、口から血が吹き出した。


「くっ……そっ……」


 やれると思っていたわけじゃないが……。こうもあっさりとはな……。

 俺にも……特異能力があればもっと戦えたのかもしれない。


 戦う力さえあれば……。


 自分自身の保身ばっか考えてたから誰かを、剣さんを守ることすら出来ないのか。

 

 悔しさのあまり頬が濡れていることに気づいた。


「怖いの? 怖いから泣いてるの? ならすぐに開放してあげる」


 今度こそ。

 と言わんばかりに水柱が迫ってくる。


 その数三本。

 

 歪な少女の笑みが見えた。

 今までただ真っ直ぐに飛んできていると思っていた水柱の回転が見えた。

 

 どうやらジャイロ回転しながら飛んできているらしい。


 やけに遅い。


 周りの情景が異常なほど遅く過ぎていく。


 だというのに。

 心臓の鼓動だけはいつもと同じ――いつも以上に早かった。


 一鼓動ごとに黒い感覚が胸を中心に広がり、体に浸透していくような感覚が―――


「ぐっ……」


 痛む。

 体中がズキズキと傷んだ。


 体を内側から抉られているかのような感覚。

 それが爆ぜるかのように爆発し――


 ――、俺の周りを衝撃波が覆った。


「なっ――」


 目を見開く少女。

 その先には衝撃波によって砕かれた水柱がある。


「はぁ……はぁ……なん……だ……これは……」


 自分に問いかけるも、もちろん答えは返ってこない。

 

 体中から黒い靄のようなものが漏れ出し、俺の左腕は薄黒く変色していた。

 指に関しては人のものではないかのように鋭く尖っている。


 そして理解する。


 これが俺の特異能力なのだと。

 権限者としての戦う力なのだと。


「この土壇場で特異能力に目覚めたの……? なんて悪運の強い……」

「……」


 少女の言葉に無言で返す。


「でも。覚えたてのその力で私に勝てるのかしら?」

「……」


 自分の能力の詳細が頭に浮かんでくる。


 しかしそれを咀嚼して理解するにはあまりにも時間が足りない。

 ましてや戦闘しながらなど、大まかな能力の概要を理解するので精一杯だ。


 俺が不利なことに変わりはないのである。


「そ……れが君の力か……。勝て……勝ってくれ。そして生きてくれ……」


 後から聞こえてきた言葉に、そんな弱音は消し飛んだ。

 弱々しい剣さんの言葉。マイナスとマイナスをかければプラスになるように、弱々しい言葉だからこそ俺の弱気を消してくれたと言える。


「勝つさ」


 口にすれば力が溢れてきた。

 俺は勝つしかないんだ。


 剣さんが後ろにいる。応援してくれている。


 そう理解すればする程力が溢れてくる。


「出力が……あがった? なぜ……」


 そんな俺を見、彼女が酷く困惑した顔をしていた。



(なんで? どうして出力が上がっているの? なんでよ。これが奴の能力だというの?)


 少女は内心焦っていた。


『この波形……この数値は精神エネルギーを力へ変えてるんすか……。そこの転がってる女の願いを受けて出力があがってる……。他人の希望を自分の力に変える能力ってわけっすか』


 そんな少女を他所に、ブートンは冷静に分析していた。


 舞同様、妹である結の目にもカメラがつけられており、リアルタイムで視覚情報が伝わってくるのだ。


「私は……どうすれば」


 結がブートンに尋ねかける、


 剣との戦闘で体力と、そして左腕を失った彼女。


 能力に目覚めたばかりの独那ならともかく、力を増した彼を相手にして勝てる保証はなかった。


『データが欲しいっす。倒して連れ帰ってください。いいっすね?』

「い、いやよ。それだと復讐が……」

『データ取れたらすきにさせてあげますから。いいっすね? 連れて帰れよ?』

「……はい」

 

 どこか煮え切らないような顔をしながらも結は肯き、目の前の標的を迎え撃つべく臨戦態勢へと入った。



(誰かの希望を力に変える能力……か……)


 頭に浮かぶ情報を整理しながら、俺は思わず笑いそうになっていた。


 誰よりも自分勝手に生きてきた俺が。

 恩人すら見捨てる俺が。


 誰かの希望で強くなる?


 俺にそんな力が宿るなんて……強烈なまでの皮肉だ。


 神様とやらがいて狙ってやったとするのなら、そいつはさそがし捻くれたクソ野郎なのだろう。


 でもいい。

 今だけはそのクソ野郎に感謝する。


「こいよ。お前を倒して……そんでもって剣さんを守り切ってみせる!!」


 少女へ攻撃を仕掛けるべく、俺は脚に力を込めていた。

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