デート
「なるほど。もし仮に内通者がいるとなると、その後ろ盾にはかなり大きな組織がありそうですね。爆弾の理論を入手しても、それを実現させるには一人では無理ですから」
「そゆこと」
彦馬さんの言った事に頷く雪風さん。
「つまり……『果て』対策チームに敵対する組織がいる可能性があり、尚且つその内通者が身近にいるかもしれないってことですか?」
つばを飲み込み、彼らに問いかける。
俺の考えはあっていたようで、「そゆことよん」と軽い返事が雪風さんから返ってきた。
「ま、対策チームはそこそこでかい組織だ。色々やってるから嫌われもするだろうよ」
「?」
何だろう。確かにその通りなのだがヨキさんの言葉には何か別の意味が含まれているように感じられる。
横目で剣さんの方を盗み見るが特に何かを感じた様子もなさそうなのできっと俺の勘違いだろう。
「ま、話ってのはこれだけなんだ。ピーちゃんとヨキと千葉の三人と話す事あるから、君達二人は席外して貰っていい?」
千葉って誰だ。と思ったけど、君たち二人と雪風さんが指をさしたのは俺と剣さんなのでチャラ男の事か。
「了解しました、それでは失礼します」
「あ、失礼します」
席を立ち、ドアへと向かう剣さんについて俺もドアへ向かう。
俺達が外に出てドアを閉めると内側から鍵がかけられる音が聞こえた。
「何話してんですかね」
気になったので剣さんに問いかける。
彼女は俺の言葉を受けて、少し考えてから
「恐らく機密に触れることだろうな」
口に手を当てながら言った。
まあそんな所か。
しかしあのチャラ男――千葉だっけ、機密聞けるって事は結構偉い立場の人だったんだな。意外だ。
無機質な廊下を歩き、同じく無機質な階段を上がってプレハブ小屋へと辿り着く。
チャラ男が下に居るのだから診察所がそうなのはともかく、他の場所も、この室内は無人だった。
本当に人がいない。
彦馬さんのように外にいるだけで、地下が完全に完成すればそこに来るのかもしれないけど。
「さて、竜也もいないし」
「竜也って誰っすか」
剣さんの口からいきなり出てきた人名に、思わず首を傾げる。
「千葉の事だ。千葉 竜也」
「あぁ。あのチャラ男そんな名前だったんですね」
カッコイイ名前しやがって。オトコスキーとかでいいだろ。
「その竜也に頼もうと思ってたんだが、いないしな」
「下の名前で呼んでるんですね」
「ん、そういえばそうだな。少し包帯を外してもらいに病院へ行って来るよ」
「しばらくつけたままなんじゃ? あ、そうでもないのか」
言っている途中に考えがまとまり、自分で自分の言葉を否定した。
剣さんは火傷を負っていたから、膿とかうんぬんで包帯変えるのか。なるほど。
「あぁ。もうすぐ完治しそうだからな。必要ない」
違ったらしい。
極自然な事のように言う彼女の顔に嘘は見えない。
「完治したんですか……? 複雑骨折と全身火傷って聞いたんですけど」
三ヶ月くらい治らないんじゃないだろうか。
そう思い剣さんに尋ねかける。
しかしそれは違ったようだ。
「私達顕現者は通常の人間に比べて回復力が高い。この程度の傷なら一日で治る」
「マジですか……」
俺が出撃する前――大体五時間前はすげえ怪我に見えたのに、もうそんなに治ってるのか。
顕現者って事は俺もなのか。なんかちょっと安心だ。
「まあ急ぐことはないだろう。少しここで休んでからいくとするよ」
その辺に置いてあったソファーに座りこみ、ふぅ……と息をつく彼女に、ついどきりとさせられてしまう。
なんかくたびれたOLみたいな感じで凄く良い。
あれ、よく考えたら今この空間に二人きりじゃないだろうか。
そう考えるとなんかそわそわしてきた。
綺麗ですね。可愛いですよ。俺、剣さんみたいな彼女がほしいです。
等々。
口に出せば黒歴史確定な言葉の数々が頭に浮かんでくる。
浮かんでくるだけならいい。
二人きりという空間のせいで、つい口走ってしまいそうになるのだ。
早く言え、言ってしまえと脳が命令してる。こんな騙されやすい機関の言う事など信用してはいけない。
落ち着け……。落ち着け俺……。言ってしまった方がいいと思えてるこの感情はまやかしだ……落ち着け。
「剣さんって、綺麗ですよね」
ぽつり。
気を抜いたすきにそんな言葉が漏れ出てしまった。
「ん? そうか?」
あっけらかんとして返してくる剣さんの反応を見て、完全に脈無しだと理解した。
別に……好意とか抱いてたわけじゃないけどさ。
ちょっと雰囲気に流されただけで、尊敬の念しか感じてない。
多分。
……俺は何を言ってたんだろう。
はぁ……。こんないきなり告白まがいの事とか、なんで言ったんだ……。馬鹿かよ。馬鹿だよ。
そんな気持ちになっても尚、そわそわとした気持ちが収まらないのだから男というのは単純だ。
「あの……完治祝い的な……その、あれで、明日とか遊びに行きません?」
俺のその言葉は、生まれて初めて言ったデートのお誘いの言葉。
断られるのだろうか。
軽く神に祈りながら返事を待って――
「ん、別に構わんよ」
その言葉に安堵した自分に気づいて、思わず笑いそうになってしまった。
―
通勤ラッシュの時間をとっくに過ぎたというのに、駅の前は小煩い。
いや、今日は土曜日なはずだから通勤ラッシュは関係ないか。関係あるとしたらご苦労様すぎる……すぎるんだろうな。世の中のお父さんお母さんは偉大だな。
そんな彼等が労働に勤しんでるなか、悪いが俺は思い切り遊ばせてもらう。
「あ、独那君。早いな……、もしかして私が遅刻したか?」
声のした方向へと視線を向ければ、真剣な表情で聞いてくる剣さん顔が見えた。
すごく真剣だ。真面目な人だな。
「今十分前ですよ。俺が早く付きすぎただけです」
そう答えれば安堵の息をついた。
そんなに気負わなくても……。少しくらい遅刻してもいいのにな。
もし千葉との約束とかだったら蹴り上げるが、剣さんなら無問題だ。
一時間くらいは待つ。
六時間くらいまでならそういうプレイとして楽しめる。
もちろん冗談だ。
「それじゃぁ……。映画でも見ません?」
ポケットの中に手を突っ込み、中のチケットを手で触りながら彼女に提案する。
もしこれで拒否されたらチケットが無駄になる。
「構わないよ」
俺の杞憂虚しく彼女の了承を得ることができた。よかった。
なんで聞いてからチケットとらなかったんだ、俺の馬鹿が。と昨日一晩悔やみ続けていたのだ。無駄にならなくて本当に良かった。
「それじゃぁ。行きますか」
「あぁ」
――
――君のお姉ちゃんはアイツらに殺されたんすよ。
白髪オールバックの男――ブートンの言葉が、私の中で繰り返されていた。
誰よりも優しく、誰よりも強か。
顕現者を人工的に作り出すこの施設内で育ち、殺されたお姉ちゃん。
人工的に作り出す技術は完璧では無く、力の酷使にはかなりの苦痛を伴う。
それをいつも無理やり楽しそうに振る舞って、私を心配させないようにしていたのを覚えている。
「んで、どうなんすか? やるんすか?」
ブートンが下衆らしい笑みを浮かべながら問いかけてくる。
ここは組織名、トワイネクストの本部内にある顕現者養成施設だ。
養成というよりは製造のほうが近いかもしれない。
薬物を使い強制的に顕現者を作るのだ。
成功の確率はとても低く、未だに五人しか生み出せていない。
その中で戦闘に耐えうるのはお姉ちゃんだけだった。
「それって……とても苦しいんですよね」
「当たり前っしょ? 戦闘に耐えられない個体を無理矢理耐えられるようにするんすから」
――お姉ちゃんの仇をとりたくないすか?
この男の提案は私にとってとても魅力的なものだった。
戦う術をもたない私にそれをくれるというのだ。
苦しいかどうか聞いたのも、苦しさが嫌だからではない。
苦しさが欲しかった。
姉を殺された無力な自分に与える罰として。奴らを殺す覚悟として。
「やります」
私の言葉にブートンは、更にその笑みを深くした。
「そう言ってくれると信じてたっすよ。一緒に倒そうっすね、『果て』対策チームの糞共を」
彼の口から発せられたその言葉は、確かに怒りを含んでおり
「はい。舞お姉ちゃんの仇は私がとります」
私の声も似たような物だったと思う。
―
「面白い映画でしたね。話題になってただけあって」
映画が終わり、剣さんと公園を歩いていた。
ここは街から少し外れた所にある公園なため、人がいない隠しスポットなのである。
遊具は錆び、ボロくなっているものばかり。
この公園に人がいるの滅多に見ないしな。改修とかは中々されないか。
というか改修より撤去される可能性の方が高そうだな。
「あぁ。主人公が車に轢かれるシーンなんて、昔した修行を思い出して胸が熱くなったものだ」
彼女の瞳は野球漫画見たあとに野球がやりたくなったり、ボクシング漫画見た時にボクシングがやりたくなるあの時のような瞳をしていた。
主人公が意識不明になってヒロインの愛でうんぬんかんぬんっていうありふれた感動シーンなんですけどね。
なんでこの人は車に轢いて欲しいみたいな顔してんだろう。
「どんな修行してるんですか……」
俺が頬を引き攣らせながら聞けば、彼女は少し誇らしげに答えてくれた。
「顕現者になる前に耐久力を上げるため、五十キロの車との衝突訓練をやっていたんだよ。今は百キロだろうが二百キロだろうがノーダメージだけどね」
「俺達に通常兵器聞かないらしいですもんね」
まあダメージが無いだけで衝撃はあるから、吹き飛ばされて軽く酔うくらいはするらしいんだけど。
三半規管鍛えないとな……。
「剣さんって普段何してるんですか?」
顕現者とは言っても一日対策チームに拘束される訳ではないらしい。
まだ入って一日目だからよくわからないけど、必要な時に呼び出されるだけで、それ以外は自由にしていいと雪風さんが言っていた。
剣さんは見た感じ俺より年上っぽいし、仕事でもしているのだろうか。
「己を高めている」
「えっと……?」
「道場で自己鍛錬をしていると言う事だよ」
なるほど。ニートか。
俺も学生とはいえ、殆ど課題とかやってないしな……。半ニートみたいなもんだろ。
「俺達気が合いますね」
「君も鍛錬しているのか。うむ。同士がいるのはうれしいものだな」
なんか誤解されているようだが、彼女が嬉しそうなので解かない事にしておいた。
「剣さん、もう昼の時間なんで適当な飯屋いきません? 近くにいい感じの所があるんですよ」
腕時計を見てみれば十一時半。飯には少し早いけど、歩いていればいい感じの時間になるだろう。
「む、そうだな。そこへ行こう」
剣さんの返事を聞いて、俺達は公園から出た。
……なにやら胸騒ぎと言うか、嫌な予感がするが、今はこの瞬間を楽しもう。
そう思ってその予感を胸の奥底にしまいこむ。
「どうかしたか?」
顔に出ていたらしい。横を歩く彼女が心配げな顔をしてくるが、
「いえ、なんでもありません」
と答えて飯屋へと歩いた。
―
時間は遡って一日前。
独那と剣が退室した後の会議室内。
千葉が気怠そうに言った。
「んで? あいつら二人を追い出して何を話そうって?」
それに答えたのは彦馬だ。
「独那君の事についてです」
「あの男の事か」
「はい」
興味ねーと顔で示しながら肩をすくめる千葉の行動に、ヨキが笑いを堪えきれず吹き出してしまう。
静寂な室内に男の笑い声はよく響いた。
「おまえほんとうにの男に興味ねえのな」
「男に興味ある方がきめえだろ」
「ま、確かにそうだ」
返ってきた言葉にまたもや笑い始めるヨキ。
けらけら、けらけらと。
それが収まったのを見計らって、雪風が口を開く。
「ええっとね。ピーちゃんから要望があったんだけどね」
「ピーちゃんじゃねえ」
「裏の処理部隊。汚れ役が一人じゃ足りないらしいの」
彦馬の訴えかけは完全にスルー。意図的なスルーではなく、本当に頭にその言葉が入ってきていないのだから質が悪い。
それをわかっている彦馬も、あきらめ半分程度で言っているので、ヨキはまた笑いそうになってしまう。
「そうそう。俺一人じゃ足りない。というか俺一人で地方の『果て』と悪い奴らの処理してんだぜ? 今の今まで出来てたことの方が異常だろ」
「『果て』はそもそも発生件数すくねえし、悪人共なら別にお前じゃなくても、それこそ暗殺のプロでも雇ったんでいいだろ」
ヨキのその言葉へ、千葉が不服そうに反論した。
彼は別に独那の事を案じたわけではない。
独那が裏の仕事をする事で剣が巻き込まれる事を案じたのだ。
どこまでも性欲に忠実な男であった。
雪風がそれに補足するように言葉を綴る。
「うん『果て』は別に問題じゃないんだ。地方ではそんなにいないしね」
「地方では?」
「そう。何故かここ東京では発生件数が増えてる。まぁそれは今の話には関係ないから置いとくとして――」
「そこから先は私が話しましょう」
千葉の問いに答えようとしていた雪風の言葉尻をとるように被せてきたのは彦馬だ。
「先程内通者の話をしましたよね。爆弾が完成したならまず襲われるのは顕現者だと思われます」
その一言で彦馬の言いたい事を察するのには充分だった。
「おいまて、お前まじで言ってんのか?」
ピンと、張り詰めた空気が部屋の中を覆う。
睨みつけるような千葉の視線を受けても、彼はたじろぎすらしない。
当たり前のように、否。
当たり前なのだ。大きな組織を運営するため、今までもやって来た事。
今回が特別なわけじゃない。
「独那君に裏仕事をさせて、早い話が囮にします。最悪死ぬでしょうが、敵を特定できるなら安いものかと」
サラリと告げられたその言葉に、躊躇いの類は見えなかった。