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もう一人

 あの戦闘の翌日。


「オラ、服脱げや」


 目の前のチャラそうな男がそう迫ってくる。

 雪風さんとは違うだいぶのチャラ男だ。

 雪風さんがうぇーい系なのに対し、この男はオラオラ系と言うところだろうか。


 急かすように言ってくる彼は、こういうことに慣れているらしく、その言動も自然。


 因みにこれは別にセクハラを受けているわけではなく診察だ。


 場所は『果て』対策チームの本部。


 緑の香りというよくわからない匂いを堪能できる丘の上にプレハブが建っており、室内の一角の診察所に俺はいる。

 

 診察所とは言っても白いカーテンで仕切られ、椅子が二つと机が一つ。診察台が一つあるだけ。


「脱いだ服はどこにおけば?」


 向かい合うように座ったチャラ男に問いかけた。

 俺の言葉を聞いた彼はすこぐ、とても、ものすごく面倒くさそうに答える。


 「その辺ぶん投げとけよ。男の服なんか皺がつこうがゴミがつこうがどうでもいい」


 それには本音を包み隠さない彼の精神的な強かさ(精一杯のフォロー)が滲みでていた。

 

 言われた通りに足元辺りに上の服を落とす。


 そして踏まれた。

 目の前の男に俺の服が踏まれた。


「何すんですか」


 ぐりぐりぐりぐりと靴の泥を服に擦り付けながら踏みしめるチャラ男に聞く。


 喧嘩売ってんだろうか。

 

「男の血とか汗とか油がついた服見ると気持ち悪くて潰したくなるんだよね」

「はぁ……」


 なんだこの人……。剣さん曰く対策チーム唯一の医者らしいが、なんだこいつ。 


 ただの男嫌いの男に見える。

 潔癖症レベルだろ。……いや、潔癖症ならそもそもシャツに触りたがらないか。


「ほら、その汚え黒乳首見せてねえで背中向けろや。包帯巻いてやるからよ」

「黒くねえよ」


 大切な事なので、黒くねえよと心の中でもう一度思いながら背中を向ける。


 そして気づいた。

 この人本当に医者だったらしい。

 包帯を巻くのがすごくうまい。


 包帯を巻かれているとドアがあけられ、誰かが建物の中に入ってくるのが聞こえた。

 そしてそれは診察所の方に向かってきて


「おぉ〜! 独那ひとりな君。剣から話は聞いたよ。うちに入ってくれるんだってね!」


 軽薄な笑みを浮かべながら、雪風さんが入ってきた。

 チャラ男が二人に俺一人。


 チャラいのが普通なんじゃね? と思えるから集団心理は怖い。

 

「見た感じ平気そうだな。何よりだ」


 ひょいと雪風さんの後ろから顔を覗かせたのは、剣さんだった。

 これでチャラ男が二人、そうじゃないのが二人。

 集団心理も起こり得ない。


「あの……剣さん。ありがとうございました」


 包帯が巻かれ終わったのを確認して、立ち上がりながら俺は言う。


「同士を助けるのは当然のことだよ」

  

 息をするようにそんな返答してくる剣さんは、やっぱり凄い。

 この人が何のために戦って何がしたいのか


 ――嫌われたくないだけ。


 ……詳しくは知らないから知ったかぶるつもりはないけど、動機はどうであれ凄いと思う。


「俺はこの男よりも鞘音さやね(剣の下の名前)ちゃんを診察したかった。脱いだ服をすーはーすーはーしたかった」


 いきなりセクハラ発言をぶち込んでくるチャラ男(オラオラ系Ver)に白い目を向けるも反応がない。

 どうやら俺の事なんて眼中にいれてないようだ。


「いやー、仕方ないよ。剣の怪我はここの簡易施設でどうにかできるレベルじゃなかったし」


 雪風さんが言うとおり、彼女の怪我は酷かった。

 全身の火傷と、爆発の衝撃の影響で両腕の骨が砕けており、ついさっきまで病院で治療を受けていたのである。


「あ、そうそう。忘れてた。僕がここに来たのは独那君に伝える事があったからだった」

「俺に? 何ですか?」


 ぽんと手を叩き、豆電球を頭上に具現化させながら言ってきた雪風さんに、俺は尋ねかけた。 


「『果て』が出たから出撃だよ」

「んな大切な事忘れないでくださいよ」


 いやマジで。

 

「でしたら私も同行します」


 包帯でぐるぐる巻きにされた両手を胸に当てながらの剣さんの発言。

 全身包帯まみれなので迷彩となり、胸に腕が溶け込み一瞬見えなかった。


「いや〜だめでしょ」

「だな」

「ですね」


 雪風さん、チャラ男(臭いフェチ)、俺の順に、その発言を否定する。


 この状態の彼女を連れていけるわけないだろう。

 俺も初出動で、一人だと心細いのを事実なのだが、だからってダメだ。


「しかし……」

「まあ雪風野言う事聞いとけよ。こいつがそこの男一人で充分だって言ったならそうなんだろ」


 食い下がる剣さんの言葉に重ねるように言ったのはチャラ男(変態)。


「ま〜、確かに一人だと戦力的に不安なのは事実だけどね。それも今だけだよ。対策チームは今『果て』に通用する爆弾の開発を進めてる。それが完成すれば君達顕現者の負担もぐっと減るはずだから」


 そしてそれを同意するような雪風さんの言葉。

 それが決め手となったのだろうか


「わかり……ました……」


 彼女は渋々と言った様子で手を引いた。


 しゅんとした剣さんも、普段とのギャップで良いと思う。深い意味はないけど。浅はかな欲望しか俺にはない。


「それじゃ、まあ行ってきますね」

「いってら〜い」

「……気をつけてくれ」


 雪風さんと剣さんに見送られ、俺は基地を出る。

 チャラ男は俺なんて眼中にないようで、剣さんをガン見していた。

 初出動なのに……。なんともドライだ。

 

 流石ですね。と言いたくなる。


「『果て』に効く兵器……か……。もしそれができれば……私の存在価値はどうなるのだろうか……」


 弱々しげに、絞る出すように出された彼女の言葉は、ドアの閉まる音に掻き消さられ誰の耳にも届かなかった。



――



 日が完全に沈み、漆黒に支配された街並み。それに抗うように設置された街灯と窓から漏れる光だけが道標だ。


「……」


 ビルの合間を縫うように、裏道を一人の男が歩く。


 その男の風貌は、いうなら不審者だ。

 

 マスクとサングラス。そしてニット帽。

 それに黒コートとくれば、職質はかたいだろう。


 その男はとあるビルの前で止まると、裏口を蹴り飛ばすように開け、中へと入った。


 床へ踵をすらせわざとらしく音を立てつつも歩けば、


「あ? 誰だお前」


 建物内の人間に発見され、拳銃を向けられる。


 拳銃を持った人間は黒服の男で、完全にヤの人に見えた。

 

 現代日本において銃を入手するのは困難だ。

 故に目の前の人間は――この建物の中の人間は普通の人間ではないと言う事になる。


「そこをどけ、下っ端に用はない」


 吐き捨てられた男の言葉。

 それをぶつけられた黒服の男は勿論激怒する。


「ふざけてんなよ。お前が何者かは知らんが死ねや」


 そして発砲。

 男(黒服ver)によって穿たれた弾丸が男(不審者Ver)に直撃した。


 聞こえてくるのは肉が砕け血が吹き出す音――ではなく、硬いものにぶつかり弾かれた音だった。


 不審者風貌の男にぶつかった弾丸は彼を屠ることなく、直撃と同時に弾かれたのである。

 

「な……ッ」


 目の前の光景に黒服の男が驚愕の声をあげるが、致し方ないだろう。


「冥土の土産に教えてやる。俺達顕現者に通常兵器は効かないんだよ」


 その言葉こそ、彼の聞いた最後の言葉になった。 

 



「あぁぁぁああぁぁ………っ。やっぱこの薬効くぜぇ」


 事務室のような場所に五人の男がたむろしており、そのうちの一人が蕩けた声で言った。


 手には注射器が、そして机には大量の麻薬と見られる物が散乱していることから、俗に言う闇取引きと言うやつなのだと理解させられる。


「でしょ? 私の扱う薬は純度が自慢ですからね」


 売人と思わしき男が自慢げに尋ねかけ


「あぁ最高だよ」


 先程の男がそれに答えた。


 ごくありふれた反社会的な行為。

 表に出てこないだけで日本中至る所で見られる景色だろう。


 そして。


「「!?」」


 その光景を壊すかの如く轟音が鳴り響いた。

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような音量だ。


 何がそこまで大きな音をたてたのか。


 男達が音の元へ視線を向け、その正体がわかった。

 壊されていたのだ。

 壁が壊され、一人の男がそこから侵入してきている。


 破壊によって巻き起こされた土煙の中から出てきたその男――マスクにサングラス、ニット帽をかぶった謎の男は――


「はぁ……、特異能力って使うのだるいんだが……。まぁ……お前ら悪党処理するためだ。しかたないか」


 そう、気怠げに呟いていた。




「やり過ぎたな。後処理を誰がすると思ってるんだ」


 黒髪短髪、メガネをかけた知的な男が忌々しげな視線を向ける。

 視線の先は不審者風貌な男だ。


 今この部屋には思わず眉間に皺を寄せそうになるくらい血の臭いが充満しており、五体の死体が転がっていた。

 まともな形をした死体はない。

 頭がなかったり、腹が抉れていたり腕がなかったり。歪な死体ばかりだ。

 

「そう言うなよ。ピーちゃん」

「ピーちゃんじゃない……。彦馬ひこまだ」


 不審者風の男にピーちゃんと呼ばれた眼鏡の男――彦馬のその言葉には諦めが入っている。

 訂正したところで呼び方は変わらないとわかっているのだろう。


「仕事はこなしてるし問題無いだろ?」

「大アリだ。ヨキ、君が『果て』対策チーム本部から寄せられた依頼はこの人間の処理。足がつかないようにだ。こんなに派手にやれば隠蔽が大変だろうが」


 男――ヨキの言葉に彦馬が返す。

 それを受けヨキは「へいへいすいません」と適当にあしらい、話題を変える。  


「つるぎんが手伝ってくれたら楽なんだけどなぁ……」

「剣か。無理だろうな。彼女は真面目だからこういう仕事はやってくれんだろう。だからそもそもこの仕事の事を話してすらない」


 彦馬の言葉の通り、これは剣の知らない『果て』対策チームの一面だ。 


 顕現者に通常兵器は効かない。それならば『果て』とだけに戦わせるというのはいささか以上に勿体無いというもの。


 人間との戦いにおいて、その力は強大だ。


 故に『果て』対策チームは、反社会的な人材、組織の始末をもう一人の顕現者であるヨキに任せていた。


 いうなら汚れ仕事と言うやつだ。

 

「ですよねー」

 

 同意し、肩を落とすヨキ。


「それとそうだ。私達に本部の雪風司令から招集がかかった。何でも至急会議を開きたいそうだ」

 

 そんな彼に容赦などなく彦馬は言葉を投げかける。


「司令が……?」


 それを受け取り投げ返す。

 しっかり言葉のキャッチボールは成功したようだった。



 

「ふう……ただ今戻りました」


 『果て』を無事撃破し、俺は本部へと帰還した。

 

 わかったことがある。『果て』はそんなに強くない。油断さえしなければやられることはないだろう。少し安心だ。


「無事で良かったよ」


 俺を出迎えてくれたのは剣さんだ。

 

「帰ってきたのか」


 剣さんだけじゃなかった。チャラ男もいた。

 彼の残念そうな言葉に思わず愛想笑いをしてしまった。


 帰ってくんなって事かな。このチャラ男が……。


「ちょっと擦りむいたみたいなんで見てほし――」

「塩塗っときゃ治る」


 俺の言葉を最後まで聞くことなくチャラ男が塩を投げてくれた。

 悪魔かよこいつ。


 早く塗れと視線で促してくるが、塗るわけないんだよなぁ……。

 むしろコイツの傷口に塗ってやろうか。


「独那君。司令が話があるから地下に来てくれとの事だ」

「地下?」


 剣さんの言葉に思わず首を傾げる。

 この施設地下とかあったのか。

 いやよく考えたらプレハブだけとかおかしいもんな。


 丘の上にプレハブだけとかすげぇシュールだもん。

 地下に色々続いてたんだな。


「まだ建設途中だけどな。医療室が完成してないんだ。完成してれば剣ちゃんの治療も俺ができたのに……」


 完成してなくてよかった。

 チャラ男の言葉を聞いて俺は心の底からそう思った。


「揃ったしいこうか」


 彼女の言葉に頷き、その後へとついて歩ていった。




 会議室と思わしき部屋に入れば、中に三人の影があるのが見える。


 コの字を模したように配置された三つの机の奥に雪風さん。 

 そして雪風さんから見て右側の机に見たこと無い二人が座っている。


「君が独那君か、雪風から話は聞いてるよ。私の名前は白井しらい 彦馬ひこま、よろしくね」


 そのうちの一人、眼鏡の男が挨拶してきたので俺もし返す。

 

 こういうのは一番最初のイメージがかんじんなんだ。

 ピッシリしっかり、ちゃんと好青年と言うところを見せてやろう。


「ど、どうも。よ、よよろしくお願いします」


 はいどもり。

 力んだせいでどもってしまいコミュ障みたいになった。


「緊張しなくていいんだぜ? あ、俺の名前はヨキ・クレイモアル。よろしく頼むぞ後輩君」


 彦馬さんとは別、もう一人の男……? いや男なのか……?

 ニット帽サングラスマスク。不審者三種の神器が揃っているため、見た目では性別がわからない。

 声的に男だし男だと思うんだけど……。

 その人へ返すように軽く頭を下げた。


「はい。よろしくお願いします」


 今度はどもらずに言えた。完璧だろう。


「あー、君らは左側にすわってちょ」


 雪風さんの言葉に従い、俺、剣さん、チャラ男の三人共が席へとつく。


 『果て』討伐の直後で疲れているからだろうか。

 思ったより勢い良く座ってしまい、パイプイスが軋む音が聞こえてきた。


 俺達が座ったのを確認した雪風は、咳払いを一回、二回、三回、四回、五回。いやしすぎだろ。


 そこから続いて五回。

 計十回してから口を開いた。


「ちょっと連絡しときたい事があるんだよね。幹部達にはもう伝えてて、伝えてないのはきみたち下っ端だけだからさ」

「まってくれ。私は副司令のはずだが……」


 彼の言葉に意を反したのは彦馬さんだ。


 と言うかあの人副司令だったのか。

 まあ、偉い人って感じだもんな。

 雪風さんはそんな感じしないけど、実際この場で一番偉いんだよな。ちょっと現実味がわかないが。


「ほらピーちゃんヨキ君と仕事で外出てたから言えなかったんだよい」

「ピーちゃんじゃない。彦馬と呼んでくれ」

「それで説明するけど、対策チームが『果て』に効く爆弾を開発中なのは知ってるよね。この理論って対策チームだけしか知らないはずなの」


 雪風さんの言葉に頷く。

 それを見た彼は理解したと判断して説明を続けた。

 

「剣を傷付けた爆発、敵顕現者の能力だと思ってたんだけど、違うみたい。爆弾が使われてたっぽい……。まあ早い話が、内通者がいんじゃね? って話」

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